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陸話 椿姫

「ーーー六花さん、あなたとは一年間の婚約期間を取らせていただきます」


「婚約期間、ですか?」


一条邸に入り、私は客間に通された。

すぐにとって喰われるものだと思っていた私は、全く想像していなかった言葉に首を傾げていた。


「えぇ、本家が決定したこととはいえ、まだ人間を向かい入れることにごたごた言っている連中もいますし、そちらに話が行ったのはつい一昨日のことです。

いろいろ僕らの方でもあなたの方でも準備があるでしょうから」


準備、とは喰われる心の準備のことだろうか。それに一年間もいらない気がするが・・・。


「私を、すぐには喰べないのですか?」


すると蓮さんは赤い目を見開いた。


「喰べる?六花さんを、ですか?」


「はい・・・」


あれ、この反応、私は何かおかしなことでも言ったのだろうか。

蓮さんはため息を吐くと頭を抱えた。


「そのように思われていたのですか・・・。

いいですか六花さん。三百年前の戦争より、すべての妖は人を喰らいません。

一条なんてもってのほかです。一条の鬼は元々親人間派でした。ですから、昔から一条の鬼が人を喰ったことは一度もありません」


衝撃の事実に私も目を見開く。


「そうなんですか。てっきり私は喰われる為に娶られたのだと・・・。妖は妖としか番う(つがう)ことはないと言いますし・・・」


「そうですね。妖は基本妖としか番いません。霊力に差がありすぎて子ができないからです。しかし、一つだけ例外があります。

鬼と、椿姫つばきひめです。」


「椿姫・・・?」


初めて聞く言葉に私は戸惑った。蓮さんがえぇ、と頷く。


「椿姫とは、生まれつき非常に高い霊力を持つ人間の女性のことです。百年に一度の周期で生まれてきて、一般の妖よりも、高い霊力を宿した子を生むことができる上に番となった相手の霊力も増やす。なぜ鬼としか番えないのかはあとで説明しますが・・・。

鬼の一族にとっては喉から出るほど欲しい存在。それが椿姫。

そして今代の椿姫が、六花さん。あなたです」


「私、ですか?

人違いだと思います。元々この縁談は妹のものでしたし」


「いえ、人違いではないはずです。一鬼と二鬼が見えていたでしょう?他はともかく、あれらは霊力がただの式神よりも高いので、妖であっても見える奴はかなり少ないんです。

なりよりあなたには椿眼つばめーーー人間であればあり得ることのない、紅い瞳を宿している」


「‼︎」


私は思わず片目を手で覆う。

生まれてきてからずっと忌み嫌われてきたこの瞳に意味があったなんて思わなかったからだ。確かに、この紅い目は生まれついてからずっとこの色だった。

ーーーそうしたら、私はやっぱり椿姫だということなのか。


すると蓮さんは私に近付いて私の手を取ると掌を上側に向けさせた。


「少し痛いかもしれません」


「え」


すると蓮さんは私の人差し指をーーーなんと噛んだのだ。尖った犬歯で私の人差し指の腹を小さく破り滲んだ血を舌で舐めとる。


「ひぁっ⁉︎」


突然のちくりとした痛みに小さく声を上げてしまった。

鬼は人を喰わないんじゃ・・・。すると蓮さんは私の手を持つ方とは別の手の親指で唇を拭うとフッと口元を緩ませる。


「やはりとてつもない霊力です。一部の鬼でさえも凌駕するほどのこの霊力は椿姫以外にあり得ない」


そう呟くと蓮さんは、再び、血が流れ続ける私の人差し指を舐めた。すると急に痛みが引き、みるみるうちに傷が塞がってゆく。

瞬く間に人差し指の傷と、元々あった手の傷が跡形もなく消えていた。


「傷が・・・」


「軽く術を使いました。・・・元々あった傷も治しましたがどうでしょう。よければもう片方の手の傷もあとで治しましょうか。

いきなり申し訳ありません。痛かったでしょう。妖は霊力の高いものを好んで食べますから、口にした物の霊力を測ることができるのです。

傷をつけてしまい、申し訳ありません」


私は慌てて噛まれた方の手を蓮さんに向けて握ったり開いたりしてみせる。


「だ、大丈夫です。確かに驚きましたが・・・。このくらい今までに比べたら全然痛くないですし」


私は蓮さんを安心させようとして言ったのだが、私の言葉に蓮さんは目を見開くと、私の着物の袖をめくった。痣や傷跡でボロボロの私の腕を見て蓮さんは顔を歪ませる。


「ーーーあぁ・・・。なんてことだ。聞いてはいたがここまでとは・・・」


「れ、蓮さん?」


「今日はここまでにしましょう。続きの話はまた明日にして、今夜はゆっくり休んでください。

四鬼しき…。六花さんを部屋にお連れしろ。あと、薬湯を用意しなさい」


「承知いたしました〜

あっ、はじめまして六花さま四鬼と申します。是非四鬼とお呼びくださいな!」


すると間延びした高めの声とともに四と書かれた紙を顔に貼った薄茶色の長い髪を高めの位置で左右、二つに結んだ小柄な女性の鬼が現れ、私をひょいと抱えた。


「え?えっ?」


「しっかりつかまっててくださいよぉ〜。あ、舌噛むかもしれないので口閉じてたほうがいいかもです!」


そういうと四鬼さんは猛スピードで走り出してしまう。

ーーー去り際に、頭を抱える蓮さんが見えた気がした。

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