伍話 椿と牡丹と、蓮と立花と
「六花さま、着きました」
何時間経ったかは分からないが、朝早くに如月邸を出てきたというのに、夕日は沈みかけていて、藍色の暗い空が広がり始め一番星が浮かんでいる。
・・・逢魔が時。鬼に逢うに相応しい時間だ。
手が小刻みに震え始める。
私は怖い、と感じていた。とっくに覚悟を決めたつもりでいたのに。
恐る恐る、牛車から降りる。
「大きい・・・」
目の前に聳える一条の屋敷は、私の想像を遥かに超えて大きかった。如月邸が二つ三つすっぽり入りそうだ。
妖を統べる鬼の一族全てが住う、妖の巣窟。
私はここに一人で乗り込み、喰われるのだ。
私は一条邸の前に立ち声を張る。
「き、如月 六花でございます。
一条のご当主さまに嫁すため参りました」
鎮まり返った一条邸からは何もない。
・・・どうしよう。もう帰る場所もないのに。
私は後ろを振り返るが、私の後ろにあるのは形だけの貧相な嫁入り道具だけで、もう牛車も帰ってしまった。
そもそも死ぬつもりで来たのだから一条邸に招き入れてもらえなかったことなど考えていなかった。
「・・・ようやく死ねると思ったのに」
ぽつり呟いた言葉は誰にも受け止められず虚空に虚しく響くだけ。
私は死ぬこともできないのか。
やはり、鬼も器量良しで美人な鈴の方が良かったのだろうか。そんな考えがぐるぐると頭をめぐる。
その時だった。
「如月 六花さんですね。お待ちしておりました」
「‼︎」
突然聞こえてきた声に驚いて俯いていた顔を上げると、そこにいたのは私と同じ赤い目のとても美しい青年だった。
しかし、銀糸のように白くて、短い髪の間から突き出ている一本の角を見て、その人は鬼なんだと理解する。
いつの間に、居たんだろう。音はしなかった。扉が開く音も、誰かが歩く音も。
鬼、だからだ。
驚きと緊張で硬直する私に彼は無表情のまま淡々と告げる。
「お迎えが遅くなり、申し訳ありません。こちらもあなたをお招きする準備で忙しくしておりまして。
僕の名前は一条 蓮です。
一条家の当主を務めております」
一条の当主。ということは・・・。
「六花さんの、あなたの夫になる者です」
この人が、と思うと同時にこんな美しい方に食べて貰えるのかと思うと少し嬉しく思う。
私には身に余る光栄な話だ。
「・・・一条さま、よろしく、お願いいたします」
「是非蓮とお呼びください。長い付き合いになりますし、この屋敷には一条だらけですから分からなくなってしまうでしょう?」
長い付き合い?もうすぐ喰われるのに?私の中に一つの疑問が生まれた。しかし、一条でややこしいのは事実なので素直に蓮さんと呼ばせてもらう。
蓮さんが手を差し伸べた。
「では六花さんこちらへ」
「あっ。すいません荷物が」
もう必要のないものだが、いくらなんでもここに置いていくわけにはいかないだろう。私は慌てて荷物に駆け寄る。しかし、
「六花さん。大丈夫です、荷物は運ばせますから。
・・・一鬼、二鬼、これらの荷物を運んでおけ」
「「御意」」
蓮さんが呟くと、一、二と書かれた布で顔を隠した鬼が二人、蓮さんの後ろに片膝をついた状態で現れた。その鬼たちは、驚いて再び硬直してしまった私の横を通って荷物を抱えたと思うと、そのままはゆらゆらと集まって来た霞にかき消されるように消えていなくなってしまった。
「今のは…」
「一条の鬼が使役する式神のようなものです。動物の姿に変化することもできますよ」
「そうなんですか」
動物か・・・少し見てみたいかもしれない。




