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肆話 花と花嫁

私は客間を辞すと屋敷の裏にある井戸へと走った。井戸に着くと私は井戸の周りを回りながらあるものを探す。


「・・・あった」


それを摘んで持ち上げる。私の手にあったのは白い一輪の花だった。


「今月は鈴蘭か」


12の頃から毎月月末から五日前になると置かれる一輪の花。今日は弥生三十日だから置かれたのは少し前になる。

私は何気にこの花が置かれるのを楽しみにしていて、花瓶を持ってきて花を差すと、

一週間後くらいにその花がなくなっているのだ。誰かは知らないが、そのやり取りが秘密のやり取りのようで少し楽しいと感じていた。


でも、私が一条に行って仕舞えば、そのやり取りも最後になってしまうのだ。私は井戸の縁に持参した陶器の花瓶を置いた。その中に井戸から汲んだ水と、鈴蘭を差して立ち去る。


しかし、私はまた花瓶の元へ駆け寄ると、私の瞳のように赤い小さな石がはまった指輪を置いた。

お父様が10の誕生日に、あの古いお仕着せと共にくれた母の形見。柘榴石の指輪だった。投げ捨てられるようにして与えられたものだけど、私にとっては大きな心の支えだった。

もうすぐ死ぬのに、きっとこれは必要ない。

だから、誰かにあげるのであれば、顔も名前も知らないこの人に持っていて欲しいな、と思ったのだ。

私は頬に伝う温かいものを乱暴に拭うと、再び井戸に背を向けて走り出した。


◇◇◇


翌々日、卯の月一日、私は早くも一条に移ることになっていた。

あっさりと決まった縁談に少し拍子抜けするような気もしたが、今更だ。

ごてごてと簪やら何やらで飾られた重い頭で牛車に乗り込む。見送りは父、義母、鈴だ。お父様はひたすら無表情で腕を組んでいて、鈴は興味なさそうに爪をいじっている。義母は見下すような嫌な色を浮かべた目でこちらを睨んでいた。とてもじゃないが、名前だけだとしても家族の死を前にした態度だとは思えない。

私は作り物の笑顔を浮かべる。


「・・・行ってまいります」


「あぁ」


定型的に決められた挨拶を交わすと私は牛車が動き始めるのを感じ、やがて私が乗った牛車は一条へと出発した。


牛車の物見から見上げる空は清々しいほどに青く澄んでいる。

こんな日に死ぬことができるなんて幸せだ。

私は物見から目を逸らした。

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