玖話 異なる人と妖
「────落ち着きましたか」
「はい。ありがとうございました」
・・・恥ずかしすぎる。いきなり泣き出してしまった上に手巾まで借りてしまった。きっと彼を困らせてしまった。
落ち着いてくるのと同時に申し訳ない気持ちが膨らんできて、つい俯いてしまう。
「六花さん。少しこちらを向いてもらえますか」
「え?あ・・・わかりました」
顔を上げて再び蓮さんの方を向くと、彼の手が大体私の頭と同じ高さまで持ち上げられた。
瞬間、過去の様々な記憶が蘇り、身体が反射的に強張った。
────叩かれる。
染みついてしまった癖はなかなか取れないもので、身体が強張る。日常的に振るわれる暴力に耐えてきた私が本能のままに身につけた防御のための行動だった。
テイコウするな。フセグな。ウケイレロ。
・・・そうすれば早く終わるから。
だが、予想していたような痛みはなく、固く閉じた私の瞼の上に、暖かい何かが置かれた。それが先程持ち上げられた蓮さんの手だと気がつくのはそう時間はかからなかった。
直後、目の上に当てられた蓮さんの手が急激にひんやりと冷えていく。
・・・つ、冷たい。でも凍る程じゃない。涼しい。
夏、火照った体に冷たい風があたるような心地よさを感じた。澱んだものがさあっと晴れていくようだ。数秒後、蓮さんの手はゆっくりと外れる。
「もしかして今のは・・・」
「霊力を使った術です。目元が赤くなっていたので、冷やして治してみたのですが、どうでしょう」
そこで初めて泣き腫らした目元の腫れが引いていることに気がついた。目の周りが軽くなって、心なしかすっきりしたような気もする。
「すごい・・・」
「この程度なら妖であれば誰にだって出来ますよ。
────六花さんも僕と同等の霊力を宿しているので、練習すればこんなものよりずっとすごい術も扱えるようになります」
照れたような彼の言葉に私は目を丸くした。
「私にも先程のような術が使えるのですか?」
少し身を乗り出してしまうような気分で問うと、蓮さんは微笑みながら頷いた。
「六花さんには霊力がありますから。妖固有の術は難しでしょうが、貴方のその膨大な霊力があれば、霊力のみを使用する術は大体できると思いますよ」
例えば、と蓮さんは片手を柔らかく開いて軽く振る。
すると、私が持っていた手巾がふわりと宙に浮かび、蓮さんの元へと移動する。
人知を超えた光景に呆気にとられて、私の思考回路は停止した。
「これはごく簡単なものなのですが・・・どうですか?」
「す、すごいです。本当に。これが私にもできるのでしょうか?」
こんな素晴らしいことが自分にもできるようになるかもしれないと、柄にもなく期待してしまいわくわくする。
「えぇ。この家に慣れたら練習を始めましょうか」
「はい!」
◇◇◇
「ではそろそろ本題に入りましょうか」
ついに本題に入るということで、私の背筋は自然と伸びた。
「何故、椿姫が鬼としか番えないか、ですが、単純に保有する霊力が釣り合わないからなのです」
「霊力・・・」
ここにも登場した霊力という力は、やはり妖の中でとても重要な存在なのだろう。
「実は一般的な人間でも、誰だった多少は霊力を宿しています。その中でも霊力が高いものが、巫女や僧侶、陰陽師といった職業の人々です。
・・・それでも一部の例外を除き!人と妖は番いません。その理由が先程言った霊力が釣り合わないからなのです」
◇◇◇
妖と人間は体の構造から違う。
人の中心となるものは心の臓だが、妖にはそれが無い。
ただ、代わりに霊力の結晶の’’核''というものが存在し、それが放出する霊力によって活動している。
故に、妖は核を壊されたり、核の霊力が尽きたりしない限り、何百年と生き続けるし、時を重ねる毎にすり減っていく霊力を補うため、霊力の高いものを好んで取り込もうとするのである。
核は母親の腹の中で両親の霊力が混ざり合い結晶化することで生成される。
しかし、父親と母親の霊力が釣り合っていなければ、混じり合う際に一方の霊力量が、もう一方の霊力量に負け、飲み込まれてしまう。
核とは妖の命そのもの。
保たれていた均衡がひとたび崩れれば、核は崩壊し、腹の中の子は死に至る。
「妖と人が番わないことにそんな理由があったのですか・・・」
「稀に、とても霊力の強い人間と妖が番うことはありますよ。
有名な話ですと、静安時代の大陰陽師、安倍晴明の母親は妖狐だったと言いますし。
────今までの話は飽くまで大前提です。
長引いてきましたが、どうかもうしばらくお付き合いください」




