婚約者の罠にハメられた聖女候補
オードリーヌ王国には現在、二人の聖女候補がいた。
現聖女のカトリーヌが引退のため、二人は次の聖女の座をかけて争うことになった。
勝負内容は、一時間の間にどれだけ多くの人を癒やせるか。
「はい、私の勝ち! 悔しいでしょう、ミリア? アハハハッ!」
聖女対決に勝利したロジーヌの高笑いが城の謁見の間に響き渡る。
ロジーヌは桃色の髪が特徴的な二十歳の女性で、綺麗な顔立ちをしている。
服の露出が多めでスタイルも良いので、男性たちからの支持は厚い。
現在、城には王族や有力貴族が集まっている。
みんなで、勝負の行方を見守っていたのだ。
残念ながら勝負に負けたミリアは、悔しさよりも疑問で頭がいっぱいになる。
どうして、今日はこんなに調子が悪かったのだろうと。
普段の半分の力も出せなかった。
前評判ではミリアが勝つだろうという話が濃厚だった。
そのくらいミリアの回復魔法は強い。
では、いつもとなにが違ったのか?
「……あ」
ミリアは首元にかけたネックレスに気づく。
これは婚約者であるブルーノにお守りとしてもらったもの。
ブルーノは伯爵家の嫡子で、現在は魔法学校で魔道具学を専攻している。
ミリアと同じ十八歳で、金糸を紡いだような髪と男らしい顔つきが魅力的だ。
「ブルーノ様、このネックレスですが……」
ネックレスについてミリアが尋ねようとした途端、ブルーノはダッシュで近づいてきて奪うようにネックレスを持っていく。
「悪いな! これは大事な物だから返してもらう!」
行動の怪しさもさることながら、ロジーヌが今のやりとりでニヤニヤしていることにミリアは嫌な予感を覚えた。
二人の関係が怪しい――
そういう噂はよく耳にしていた。
それでも、ミリアは婚約者を信じて探ることはしてこなかった。
だが今回の勝負、ブルーノはロジーヌに肩入れした可能性がある。
あのネックレスは、魔力や魔法の力を弱めるものだったのではないだろうか?
お守りだから身につけてと渡され、ミリアが素直に身につけたことが勝負の敗因かもしれない。
「カトリーヌ様、少しだけ時間をいただけますか?」
「少しだけですよ」
審判を務めたカトリーヌが許可を出す。
仮に力が戻ったとするならば、ミリアにはやりたいことがあった。
ここに集められた怪我人たちの元へ向かう。
彼らは聖女勝負用に集められた怪我人たちだが、まだ傷が完治していない者がいる。
ミリアが傷に手を添えると、そこから白光
が生じて、みるみるうちに傷が塞がっていく。
(……やっぱり力が戻っている)
本来の治癒力が発揮された。
先ほどと変わったのはネックレスを外したことだけ。
つまり、あのネックレスは魔法を弱体化させる効果があるのは疑いようがない。
でもミリアは訴えたりはしない。
そんなことよりも目の前の怪我人を治すことに一生懸命だった。
「ミリアさん、ありがとな。楽になったよ」
「よかったです。でも今日は無理しちゃだめですよ」
ミリアは満面の笑みで告げる。
たとえ聖女でなくとも、こうやって人々を癒やすことにやりがいを感じている。
怪我人たちが退室すると、王が威厳たっぷりに話す。
「では、ロジーヌを次の聖女に任命する。異論はないな?」
すでに勝負を終えたのだから誰もなにも言えない。
形式上の問いだ。
ただ、何名かは不満げな者たちがいた。
王は咳払いをして、新たな聖女ロジーヌに問う。
「ではロジーヌよ、望みを一つ叶えよう」
聖女勝負に勝利した者には、なんでも一つ願いが叶えられる。
ロジーヌは、ミリアのことを指さす。
「ミリアをこの王都から追放してください。癒やしの力を持つ者は二人もいりません」
ある程度、予想できた願いではあった。
拮抗する相手が王都に残れば、派閥ができてしまうことがある。
平民はおろか貴族の中にも、実はミリアのファンは多い。
ロジーヌからすれば、このまま王都に居着いてもらっては困る。
王は視線をミリアに送る。
目で受け入れられるかと尋ねている。
「……私を王都に残していただくことはできませんか。今後、聖女の座を狙ったりはしませんし、お仕事の邪魔もいたしません」
なぜミリアが王都に残りたいか。
いつも魔法をかけている患者がたくさんいるからだ。
いくら回復魔法といえど万能ではない。
不治の病は治せない。
でもそういった人たちの痛みを緩和してあげられる。
だから病気の人たちを置いて王都を出るなど心苦しい。
聖女の座など、ミリアは本当はどうでもいい。
今回だって、無理矢理対決を申し込まれたようなものだった。
「見苦しいったらないわよ! 貴方は負けたのだから今日中に出ていきなさい!」
ロジーヌはヒステリックを起こしたように、ミリアを平手打ちする。
「……わかりました」
ここでダダをこねたところで結果は変わらない。
理解したミリアは素直に引き下がる。
そんな彼女に声をかけたのはブルーノだ。
「君が去ってしまうのは心苦しい。でもそうなると、婚約の件は難しいな。俺は跡継ぎだから王都を出ることができないし」
自分から婚約破棄を告げると周囲からの信用が落ちる。
だから不可抗力で仕方なく……という流れにしたいのだろう。
元々、婚約したいと迫ってきたのはブルーノだ。
ミリアの見た目が清楚で好みだからと猛烈にアプローチをしてきた。
将来は、医院を作って人々を救う手伝いをする。また、孤児院育ちのミリアのような親のいない子たちを助けたい。そのためにお金を使う。
そう約束してくれたからミリアは婚約を承諾した。
だが彼は口だけの男で、裏ではロジーヌと浮気をして、さらにネックレスでミリアを罠にはめた。
信じた自分が馬鹿と言えば馬鹿なのだろうが、あまりにも人としての倫理に外れていると感じた。
「ブルーノ様にプレゼントされたネックレスはすごかったです。全然、力を発揮することができませんでした。さすが、魔道具学にお詳しいだけありますね」
精一杯の反撃をする。
さすがに周囲からどよめきが起きる。
不正があったのではないかと疑問の声があがったのだ。
それをかき消すようにブルーノは叫ぶ。
「いい加減なことを言うな! 僕の名誉を傷つけるなんて許さないぞ!」
「そうよ、とっとと王都から出ていきなさいよ、負け犬女!」
グルであるロジーヌとブルーノが唾を猛烈に飛ばしながら怒鳴り散らす。
二人がギャーギャー騒ぐので聞き苦しくなった王がミリアを連れていくように命じた。
ミリアは荷物をまとめると、兵士に患者に最後に魔法をかけさせてくれとお願いする。
これを許可してくれたので、いつものように病人の家を訪ねて魔法をかけていく。
それが終わり、町の入り口にいくと、患者たちが大勢で駆けつけてくれた。
彼らはいかないでくれと泣きながら懇願する。
ミリアもそれに応えたかったが、どうすることもできない。
涙をのんで町を出ていく。
落ち込んでとぼとぼと目的もなく歩き続ける。
病気で苦しむ人たちをもうサポートできない。
それがなによりも苦しい。
ミリアは捨て子で両親の顔も見たことがない。
それでもミリアは町の人たちや孤児院の仲間のおかげで明るく育つことができた。
決してお金はない貧しい生活ではあったが、代わりに笑顔が溢れるほどあった。
だから少しでも恩返しをしたいと毎日頑張っていた。
「これから、どうしよう……」
魔物も存在するため、女の一人旅は決して安全ではない。
ミリアは回復は得意でも、攻撃は苦手だ。
魔物に遭遇しなそうな道を進んでいると、一匹の野犬と遭遇する。
一瞬身構えるが、あちらに敵意はない。
「くぅーん」
それどころか切ない鳴き声まで出す。
野犬はジッとミリアを見つめた後、走り出す。
しかし少し経つと足を止め、振り向いてクーンと鳴く。
まるで着いてこいとでも言うかのように。
不思議に感じたミリアは後を追ってみる。
一キロほど歩いただろうか。
小さな森が見え、野犬はその中に入っていく。
「あっ、そっちは入っちゃだめだよ!」
そこは聖なる森と呼ばれるところで、絶対に入るなと言い伝えられている場所だ。
強大な力を持つ魔物が生息しており、遭遇したら生きては帰れないと。
迷った末、ミリアは野犬の後を追う。
森の中は、昼間だというのにひんやりしていて、木々が日光を遮るせいか薄暗い。
恐怖心はあるけれど野犬がどんどん進んでいくので、ミリアもそうする。
罠じゃなければいいなと祈っていると、野犬が湖の近くで足を止めた。
木陰になにかいるようだ。
ミリアは足音を殺して近づく。
「犬っころ、こっちに来んなって言っただろう。オレのことはもういいから、どっか行け」
誰が喋っているのかと確認して、ミリアは驚きのあまり目を丸くした。
ユニコーンだ。
雪のように真っ白な肢体に、淡い青色のたてがみ。
額からは立派な一本角が伸びている。
一見、白馬のようだがよく見えると神々しさがまるで異なる。
神獣といわれ、他の魔物たちとは一線を画する存在だ。
ミリアも噂では聞いたことがあったけれど、実際に目にするのは初めてだった。
あまりの美しさに見惚れてしまう。
ユニコーンは、とっくにミリアに気づいていたようで声をかける。
「人間がここにくるなんて珍しいな。だが、すぐに帰った方がいいぞ。他の魔物に食い殺される」
それは恐ろしいが、どうしても見過ごせないことがある。
ユニコーンの脇腹には切り傷のようなものがあり、赤い血が大量に流れているのだ。
「その怪我は、どうしたのですか?」
「ああ、これか……。森に突然やってきた竜と戦いになった。倒しはしたが、傷を負っちまってな」
魔物の中でも竜は恐ろしいほどの力を持つ。
それを倒してしまうのだから、さすが神獣としか言い様がない。
傷は爪あたりに裂かれたのかもしれない。
ミリアはユニコーンのそばに座り、傷のあたりに手を添える。
「おい。魔法が使えるのかもしれないが、無理だぞ。その辺の人間ごときの中途半端な回復力では、オレの擦り傷一つ治せねぇよ」
それでもミリアは、回復魔法を発動する。
ユニコーンの言うとおり、一度で傷はふさがらなかった。
それでも効果は間違いなくあって、一部は治り出す。
何回か魔法を重ねると怪我は完全に癒えた。
これを見たユニコーンは死ぬほど驚いていた。
「お、お前、マジかよ……。すごい才能だな。聖女ですら多分治せないってのに」
人の言葉を話すのでユニコーンが賢いのはわかるが、聖女まで知っていることにミリアは驚く。
「人の世界にもお詳しいんですね」
「まぁな。こう見えて、王国の発展にそこそこ貢献してたりするしな」
王国の発展に貢献とはどういう意味だろう?
ミリアは気になったが、その前に名乗ってもいないことに気がする。
「申し遅れました。私、ミリアと申します」
「オレはグルフ。見てわかる通りユニコーンだ。長い間、この森に棲んでいる。……それにしても、すごい才能だな」
グルフは改めて、腹の傷を確認する。
そしてミリアの魔法レベルの高さに感心する。
「ああそうか! 今はミリアが聖女をやっているんだな?」
「いえ、私は聖女ではありません。聖女になり損ねた女と言いましょうか」
「そのレベルの魔法が使えるのに、聖女になれないなんてことがあるのか……。人間は今、そこまで進化しているのなんて信じられないな。お前の話を教えてくれ」
グルフが興味津々に尋ねてくるので、ミリアも事のあらましを包み隠さずに話す。
話を聞き終わったグルフは今までと同じフランクな感じではあったが、どこか怒っているようにも感じた。
ミリアが罠にはめられたことに対して腹を立てたのかもしれない。
しばし考えた後、ミリアに質問する。
「それで、ミリアはどうしたい? 町に戻りたいと思っているのか?」
「はい。私が一番気になるのは、怪我や病で苦しんでいる人です。とても気のいい人たちなんです。町に戻れないのが、本当に悲しくて……」
話しているうちに、感情が溢れ出てくるのか、ミリアは涙をこぼした。
落ち込んだミリアを野良犬がペロペロと舐めて慰める。
ありがとね、とミリアは野良犬の頭を優しくなでた。
傷がほぼ完全に癒えたユニコーンはすっと立ち上がる。
「ミリアといったな。お前、めちゃくちゃいい女じゃねぇか。俺と一緒に街に戻るぞ」
「え? でも、私は街に戻ることが禁止されているんです」
「俺は人と深くかわるのをやめていたから知らないだろうが、それなりに人間社会にも詳しいし、一時期は関与していたこともある。あと、一つ前の聖女って誰だ?」
「カトリーヌ様ですが」
それを聞いたユニコーンは数秒黙った後、何かを思い出したかのように笑った。
「カトリーヌって、あの小娘か! それなら話は早い。やっぱり戻るぞ」
カトリーヌが小娘?
彼女もう40代ということもあり、ミリアは首を傾げる。
カトリーヌとユニコーンの間に何があったのかまではわからないが、力強く帰ると言われて、頼りになる感じもした。
ミリアとしても可能であれば戻りたい。
ユニコーンに言われるままに森を出ることにした。
もちろん野犬も一緒だ。
森の入り口辺りで、ミリアは危険な目に遭う。
イノシシの魔物に襲われたのだ。
巨大で、体の大きさが体長五メートルはあろうかというジャイアントボアだ。
もし 一人の時にミリアが出会っていたら、間違いなく餌となっていただろう。
このジャイアントボアがミリアに目をつけて突進してきた。
恐怖で身がすくむが、ジャイアントボアがタックルしてくる事はなかった。
ユニコーンの 1本角が光り出したかと思った瞬間、ジャイアントポアに雷が落ちたのだ。
その威力たるや凄まじく、一瞬でジャイアントパワーは昇天してしまった。
「俺の恩人に手を出そうとするなんて、ずいぶん舐めた魔物だ。安心しろ、ミリアの事は俺が半身失ってでも守ってやるよ」
すごくかっこいいし、凛々しいとミリアは嬉しくなった。
無事森を出て、街に戻る。
門番は追放されたミリアがユニコーンと一緒にいるので戸惑う。
「ミ、ミリアさん、あなたは追放されたはずだ。街に戻ってきてはいけない」
「お前みたいな下っ端では話にならない。カトリーヌを呼んで来い」
人語を完璧に操るグルフに門番がたじろぎながらも城に向かう。
少しすると前聖女のカトリーヌがやってくる。
彼女はグルフと対面するなり、驚きのあまり口を開ける。
「おぉ、カトリーヌか? 随分、成長したな」
「グルフ様……!? ご無沙汰しております!」
カトリーヌが胸に手を添え敬意を示す。
王国では、聖女の地位は王の次に高い。
王妃や王子よりも上になる。
つまりカトリーヌに命令できるのは王だけなのだが、その彼女が畏まっている。
その様子に門番や集まった野次馬たちが驚愕する。
「あの、グルフ様とカトリーヌ様はどういったご関係なんですか?」
ミリアは興味を抑えられず、尋ねてみる。
するとグルフが過去の出来事を教えてくれた。
約二十年前、カトリーヌは自身の回復能力をあげるために森に入った。
ユニコーンの血をわずかでも飲めば、その者は膨大な魔力を得ると言い伝えがあったからだ。
森で運良くグルフと出会ったカトリーヌは、血をくださいと頭を下げた。
グルフはいくつかの質問をした後、カトリーヌを認めて血を一滴あげる。
その結果、彼女は国一番の魔力を得て、一年後には聖女の座を得た。
「……ミリアは、どうしてここにいるの?」
カトリーヌの疑問に、グルフが答えた。
森でミリアに助けられたこと、王都での聖女対決の話などを聞いたことを伝える。
その上で、グルフは鋭い眼光をカトリーヌに向ける。
「お前は二十年前、正しきことに力を使うと言ったな。ミリアの話が本当なら、現聖女や元婚約者が正しいと思っているのか?」
「――大変申し訳ございません。その件について、陰ながら調査していたところでした」
カトリーヌは反省しているようで深く頭を下げる。
嘘ではないだろう。
実際、ミリアは彼女に悪い印象はない。
いつも弱き人々のために尽力していた。
ただ、年齢による衰えもあったことから、聖女の座を譲ることになった。
ミリアの弱体化ネックレスのことなどは、カトリーヌは一切知らなかった。
「ミリアさんじゃないか!? 戻ってきてくれたのかい!」
騒ぎを聞いて、ミリアを慕う人たちが続々と集まってくる。
彼らは弾けるような笑顔で迎えてくれた。
さらに、カトリーヌに懇願する。
「ミリアさんを王都に戻してやってください。こんないい子を追放するなんておかしい」
自分のことを庇ってくれる人たちに、ミリアも胸が熱くなる。
カトリーヌは頷いた後、グルフに告げる。
「……王のところに、ご案内します」
グルフ、ミリア、野犬が城の中に向かう。
王の間に入ると、王は引きつった顔を見せる。
魔物に強襲されたのかと思ったのだ。
さらに追放したはずのミリアまでいる。
しかし、そこは王。
すぐに我を取り戻し、落ち着いた。
そんな彼にグルフは言う。
「お前が今の王か。少し話がしたい」
「いくら神獣といえど、許可なく城に入ることは許されないぞ」
「あのな、この国の発展に俺はかなり貢献してきたぞ。歴代で最も優秀だった王の名を知っているか?」
これについては、ミリアやカトリーヌも十分知っていた。
敵国の侵略を幾度もはねのけ、王国を大きく発展させた。
聖女のポジションを作り出したのも、その王だと言われている。
公園の名前などにもなっているほどだ。
「――あ! え、まさか……」
ミリアがここでハッとする。
どうして、今まで気づかなかったのだろうと。
王は怪訝そうにする。
「馬鹿にしないでもらいたい。歴史は学んでいる。グルフ王だろう?」
「ミリア、俺の名前を教えてやってくれ」
「グルフ様です」
思わず、王が立ち上がる。
まさかユニコーンがオードリーヌ王国の王をしていたなど衝撃的だ。
だが王が完全には信じないのは、グルフ王は人だった記録があるからだ。
その思考を読み取ったグルフはすぐに証明してみせる。
ほぼ一瞬で、人間の姿になってみせたのだ。
青髪のとにかく美しい青年で、衣類もしっかりと身につけている。
人となっても神秘的な雰囲気があり、いつまでも見ていられるような魅力があった。
「オレが最後に王をやったのは百年以上も前か……。もう覚えている奴もいないだろうな」
遠い目をするグルフに釘付けになりながらも、王は歴史書で学んだことを思い出す。
グルフ王は青髪の美丈夫で、何十年経っても年を取らなかった。
そして、ある日突然、次の王を指名して姿を消したと記述があった。
国をあげて探したものの、結局彼が見つかることはなかった。
もしユニコーンの姿に戻っていたのならば、それも合点がいく。
「王よ。悪いようにはしない。その座をオレに譲ってくれ。もう一度、オレが国王となる」
「……なにを言っているのか」
「ま、当たり前か。いきなり出てきたユニコーンに地位を譲れるわけがない。……そうだな。カトリーヌ、お前はどうする?」
その問いに、彼女は迷うことなく答える。
「グルフ様のご命令通りに動きます。私の力は、グルフ様によって授かったものです」
これを聞いた王はショックを受ける。
実質ナンバー2である聖女がいとも簡単に主従関係を表明したからだ。
そればかりか、カトリーヌは王を説得する。
「グルフ様が本気になれば、一日とかからず王都は滅ぼされるでしょう。それほどの力を持っている方です。どうか、賢明なご判断を」
神獣がその辺の魔物と異なることは王も理解している。
だからこそ迷う。
グルフが少し妥協してみせる。
「今すぐじゃなくていい。三年後に、オレを次の王に指名してくれ。その間に、国民の感情も納得させてみせる。どうだ?」
王は必死に考え、あることを思い出す。
歴史書には、グルフ王は他者の魔力を飛躍的に上げることができるとあった。
カトリーヌの件はあるが、実際に自分の目で見たわけではない。
そこで、そのことを伝えた上で、自分にそれを体験させてくれと話す。
「こう見えても、多少の魔法は使える。本当に予の力が上昇したならば、先ほどの話を受けよう」
「なかなか策士だな。成功したら自分が美味しいし、失敗しても王の座は守られる。いいだろう、オレの血を一滴やる」
グルフはナイフを借り、皮膚の一部を切って血を流す。
その内の一滴を王に与える。
それを口に入れた王は、しばらくして体の異変を感じ取る。
「……力がみなぎってくる」
部屋が広いこともあって、得意の水魔法を壁に撃ってみる。
その威力は普段の何倍もあり、壁の一部を破壊してしまう。
能力の上昇を身をもって体感した王は高揚感に包まれた。
「な、本物だろ? 交渉成立でいいよな」
「受け入れよう」
「よし。それで、もう一つ頼みがある。オレは森でこいつ……野犬を庇って大怪我を負った。それを治してくれたのがミリアだ。聞けば、その恩人が困っているというじゃねえか」
ミリアが罠に嵌められた件などを説明する。
先ほどカトリーヌも話していたが、王もそれらを認識していたようだ。
「それについては方々から声があがっており、慎重に調査していた」
「それならもう一度、対決させるのはどうだ? オレはミリアを強化していない。本来の力で二人を戦わせるんだ」
これを王は受け入れ、すぐに有力貴族たちを集める。
二時間もしない内に、対決の時とほぼ同じ面々が集結した。
ロジーヌとブルーノだけはまだ呼んでいない。
そこで、王は二人の関係が怪しいのではないかと聞き取りをする。
結果、確定ではないが、二人は恋仲にあると推測できた。
二人が手を繋ぎながら、借家に入っていくのを見た者もいた。
その後、最後にロジーヌとブルーノを呼び出した。
二人はミリアの姿を見るなり、激しく動揺する。
「陛下、なぜミリアがここにいるのでしょう!?」
「そうです! 聖女対決はロジーヌが勝ったはずでは!」
「その前に、二人に問わねばならない」
王は午前中に行われた聖女対決の話を持ち出す。
二人が共謀して、ミリアに魔力減退のネックレスを付けさせたのではないかと。
当然、二人は全力で否定する。
「ネックレスの件は、王命のもとに調査する。後に判明するであろう」
これに真っ青になったのはブルーノだ。
王が本腰を入れて調査すれば逃げられない。
ロジーヌにはもう一度聖女対決を行うように要請するが、かなり反発する。
「陛下。お言葉ですが、今更勝利を取り消しにするのは如何なものかと。そもそも私は先の勝負で魔力を使い果たしてしまいました」
「だったら、回復させてやるよ」
グルフが一歩前に出る。
一瞬、ロジーヌの表情が緩む。
めちゃくちゃタイプだったからだ。
「……このお方は誰でしょう?」
「神獣ユニコーンで、次期王になる者だ」
「ふぁ!?」
驚きのあまり唾を噴き出すのも無理はないだろう。
そんな変顔のロジーヌを見て、グルフはブサイクだなと呟いてから魔法を使う。
手元から淡い光が生まれ、それがロジーヌとミリアの体内に入る。
「すごい……。グルフ様、力が一気に回復しました!」
「だろ? 頑張れよミリア」
グルフは愛おしそうにミリアの頭を一回撫でると、次はロジーヌをにらむ。
「お前程度の魔力なら完全回復したはずだ。さっさとミリアと対決しやがれ、この尻軽女め」
「――っ!?」
惚れかけていた相手に罵られ、ロジーヌは小さくないショックを受ける。
だが魔力回復した以上、言い訳も通じない。
すぐに対決の準備が進められた。
怪我を負っている者たちが多く集められて、聖女対決が始まった。
結果からいえば、ミリアの圧勝だった。
元来の力で戦えば、負ける要素などなかったのだ。
それを知っていたからこそ、ロジーヌとブルーノも卑怯な手を使った。
「では、ミリアを聖女と認定する。異論はないな?」
異論どころか、あちこちから拍手が湧き起こっていた。
歯ぎしりをして悔しがるロジーヌと、未来を憂いて半泣き状態のブルーノ。
その二人に、王が厳しい口調で告げる。
「勝負は終わったが、ネックレスの件はこれからだ。悪いが二人には監視をつけさせてもらう」
「濡れ衣ですわ! 私は関係ありません! やったとしたらブルーノが勝手に行ったことです!」
「そんなっ!? 最初は君が……いや、なんていうか、俺はなにもやってない……」
うっかり本音を漏らしそうになるが、ブルーノは辛うじて堪えた。
この調子だと、ブルーノの罪が確定してもロジーヌは逃げ切るかもしれない。
証拠もないのに罰することは難しい。
そこでグルフは王に一つ提案する。
「自白剤を使ったらどうだ?」
「意識朦朧とさせる薬はあっても、自白までの効果はなく……」
「じゃあ、オレがやっていいか? 以前、王をやっていたとき、敵国のスパイなんかを魔法で見つけていた」
「そのようなことが可能とは、神獣に不可能はないのか……。ぜひ、やってもらいたい」
なにがなにやら、わからないロジーヌとブルーノだが、自白系の魔法があるのなら直感的にヤバいと感じた。
合図をしたわけでもないのに、ほぼ同時に全力ダッシュで走り出す。
完全に逃亡する気だ。
誰もが意表を突かれたこともあり、捕まえるにしても出だしが遅れる。
グルフだけは違う。
一瞬で二人の前に回り込むと、それぞれの首を掴んで持ち上げる。
「ぐぎぎぃ……」
「だ、だすげてぇ」
二人が苦しそうにするのも無理はない。
地面から足が浮いている状態だ。
「すぐに解放してやるよ。ただし、オレの目を見ろ」
グルフの虹彩が青く輝く。
二人は目が合った瞬間、意識朦朧となって脱力状態に陥る。
もう大丈夫なので、グルフは二人を床に座らせて、大事な質問した。
ミリアを罠に嵌めるためにネックレスを渡したのかと。
「……はい。俺が学校の保管庫からこっそり持ち出して、ミリアに渡しました……」
「……私がブルーノにそうするように……頼みました……」
「お前らはそれぞれ婚約者がいたようだな。裏切ったのはなぜだ?」
グルフの問いにそれぞれ理由を口にする。
「……ミリアの身持ちがかたいので、簡単にできるロジーヌと……関係をもっていました……」
「……私は聖女になるために、我慢してブルーノと関係をもっていました……」
「――というわけらしい、皆さん。答えは出たな」
パチンとグルフが指を鳴らすと、魔法が解けて二人の状態が元に戻る。
魔法にかけられていた時の記憶はほとんどないため、二人はなにが起きていたかわからない。
ただただ、冷たい目が自分たちに降り注いでいることだけはわかった。
王が兵士に命を出す。
「その二人を牢獄に入れよ。罪状は後ほど決めよう」
「は? え、え、どうして? なんで私が牢獄行きなのよ!?」
「俺はなにもやってない! なんでこうなるんだ、おかしいってぇ!」
散々喚くが、そんなことで決定が覆るはずもなく二人は連行された。
静寂を取り戻した部屋で、王が静かに話す。
「聖女ミリアよ。我々の過ちにより、不快な目にあわせてしまった。恨まれても仕方がない。心よりお詫びする」
王やカトリーヌだけでなく、他の貴族の面々もミリアに対して謝罪する。
だが、ミリアにはもう怒りの感情はない。
そもそも貴族の中には、あの負けはおかしいと声をあげてくれた者もいた。
「おやめください。私は恨んでなどおりません」
「……そうか。それでは改めて、望むものはあるか?」
「個人的な望みはありません。ただ、病や怪我で苦しんでいる人の補助を手厚くしていただけると助かります」
王は深く頷いて承知する。
こうして、新しい聖女が誕生した。
☆ ☆ ☆
ロジーヌとブルーノは一週間後に罰を与えられた。
両者とも額と両腕に犯罪者の焼き印を押され、十回ほど鞭で体を打たれた。
焼き印は魔道具によるもので、ロジーヌ程度の回復魔法では消すことができない。
さらに財産や持ち物はすべて没収された上で国外追放。
今後、オードリーヌ王国に足を踏み入れることを禁じた。
移送中の馬車の中で、発狂したのか泣き叫んだりしたが、その度に兵士に頭を叩かれて大人しくなるを繰り返していた。
送られた国は、外国人に非常に冷たいことで知られる。
その上、犯罪者の烙印まである。
厳しい未来が待っているのは判然としていた。
☆ ☆ ☆
それから三年が経過した。
ミリアは平穏ながらも忙しい日々を過ごしていた。
基本的には王都で生活しているが、たまに遠くに出向いて人々を癒やしたりもする。
元々、回復魔法の天才ではあったが、そこにグルフが力を与えた。
そのため、過去の聖女と比較しても抜きん出た能力になっている。
元来の人柄もあって、国内での聖女の地位は揺るがないものとなり、国民からの人気は歴代最高といえる。
一方、グルフもまた国民からカリスマ的な人気を得ていた。
人化した際の見た目の良さもあるが、なにより実力が凄まじい。
天災も魔物による被害も、グルフにかかれば簡単に解決する。
さらに、人として生活していく内にグルフはミリアにベタ惚れになった。
二人はカップルになったこともあり、次の王と王妃の誕生を誰より心待ちにしていた。
ちなみに現王もまた、その一人だ。
強くなった彼は、本当はすぐにでも冒険に出たい気持ちがあった。
そのため、グルフにすぐに王位を譲ろうとしたのだが、彼がそれを断っていた。
しっかり地に足を着けて活動してから王になる、という意志があったのだ。
「――イテッ!?」
夕暮れ時、ミリアとグルフが道を歩いていると、小さな男の子が転んで膝をすりむいた。
ミリアは男の子の傷に水をかけて洗い、簡単に処置をした。
「慌てないでね。もし傷跡が残ったら、私のところにきてね。綺麗にしてあげる」
「ありがとう!」
男の子はまた転ばないように慎重に歩いて帰る。
それを見守るミリアの横顔をグルフは不思議そうに眺める。
「治してやらないのか?」
「怪我をして痛みを覚える経験や、自分の力で治すことも必要だと思うんです。私は学ぶ機会を奪いたくはないんです」
「惚れた」
「もう、今月五回目ですよ」
ちなみにまだ五日なので毎日惚れていることになり、グルフは少々恥ずかしくなった。
でも本心ではある。
多くの人を見てはきたけれど、ミリアのようなタイプは初めてだ。
「来週、オレは王になるわけだけど、王妃になってくれるんだよな?」
少々ドキドキしながらグルフが尋ねると、ミリアはしばし沈黙する。
「なんか、引っかかるのか?」
「……私は、今までのように人々の役に立ちたいんです。王妃になっても、できますか?」
「もちろんだ。王妃の仕事はあるが、その辺はオレが上手くコントロールする」
「よかった。よろしくお願いします!」
「おうとも!」
ああ良かったぁとグルフは安堵する。
まさか神獣である自分が人間の女性にここまで心動かされるなど、森にいた時は想像もしていなかった。
肩を並べ、沈んでいく夕陽を二人で楽しんでいると、クゥーンと鳴きながら一匹の犬が駆けつける。
「あっ、ノラ。こっちよ」
ミリアとグルフと引き合わせてくれた野犬だ。
あの後も一緒に暮らし、名前はノラと名付けられた。
ノラは尻尾を全力で左右に振りながら、ミリアの頬をペロペロとなめる。
「オレが王で、ミリアが王妃だろ。お前だけただの犬ってのも変だよなぁ。なにか役職でも与えようか」
「役職がなくてもノラはノラですよ。いるだけで尊いんです」
戯れるミリアとノラを眺め、確かに尊いな……とグルフはしみじみ思った。