若き獣
郊外にある小さなバー。そこは革命派グループの溜まり場の一つだった。その日の夜は「革命研究会」というグループのメンバー30人程が集まっていた。皆の前に立ち、注目を浴びる若者が4人いた。
「彼がこの前入ってくれたエミールだ。皆、仲良くしてあげてくれ」
メガネをかけた茶髪の青年が紹介した。彼は学生会のリーダー、ヴィクトルだ。隣に立つのが新メンバーのエミール。背が高く、整った顔をした黒髪の青年だ。
「よろしく頼むよ」
彼は爽やかに微笑んだ。
「よし!それじゃあ新入り、今日は沢山飲めよ!俺様の命令だ!」
4人の右端にいた、大柄で金髪の男がエミールの背中を叩いた。彼はキールと言い、幹部の1人だ。
「程々にしてあげなさいよ?」
そうに言ったのは左端に立つ、長い黒髪の女。同じく幹部でアナスターシャという名前だ。
「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
エミールがそう言うと、歓迎会が始まった。メンバーからの挨拶質問にある程度答えた後、彼は切り出した。
「そう言えば、入会前に見せた論文があっただろ?あれの感想を聞いてもいいかな?」
エミールはヴィクトル達幹部メンバーと同じ大学だった。最初に彼らと仲良くなり、そこから「革命研究会」へと入会したのだ。数日前に、自分で書いた論文も渡している。
「読ませて貰ったよ。あれは……」
「超分かりやすかったぜ!!」
ヴィクトルを遮るようにキールが叫んだ。
「俺の言いたいことが文章化されてるって感じだった!」
「そうだね。僕達の共通認識、暗黙の了解で済ませていた主張がまとまってて良かったよ」
ヴィクトルもキールの意見に同意だった。
「中盤のノイマンって人の主張、なんて本に書いてあるんだっけ?どこかで読んだような……」
「貧民哲学かな、アナスターシャ」
「そう!どこかで読んだことがあったの!それから私のことはアーシャでいいから!」
メンバーから称賛されながら、エミールは密かに笑みを浮かべていた。「上手く潜り込めたぞ」と……。
彼は元々、革命思想などは持ち合わせていなかった。彼の本当の目的は、闘争行為そのものだった。4年以上前、彼は義勇兵として戦争に参加していた。ある時、彼は激しい戦闘の中で自分が興奮していることに気が付いた。負傷し、戦友を失い、何度も死にかけた。それでも、彼の闘争への衝動は強まるばかりだった。そうした負の面を考慮しても、闘争は魅力的だった。まだ10代だった彼はその衝動のままに戦場を駆け抜け、血みどろの青春を過ごした。機関銃で敵分隊を一気に殲滅したこともあるし、白兵戦の乱闘で敵の喉を切り裂いたこともある。文字通り命を賭けた極限の世界。それは彼に強烈過ぎる刺激を与え、麻薬のように心と身体を蝕んだ。
だが戦争が終わると、エミールは深い虚無感に包まれた。大学には入学したが、闘争は無くなった。密かに格闘や射撃、運転の腕を磨き続けても実戦のような興奮は得られない。路地裏のチンピラに喧嘩を仕掛けたこともあるが、その程度では本気の命の奪い合い経験した彼を満たすことは出来なかった。ギャングになる道も考えたが、下っ端として雑用係をするのは御免だった。
そこで目を付けたのが政治運動だった。彼らは革命を目指して国家と正面からぶつかりつつある。デモ行進は次第に過激になり、火炎瓶や手製爆弾も登場した。それは紛れもなく彼の望んだ闘争だった。彼らを上手く扇動すれば、国家保安隊との全面戦争に持ち込める。そう計画した彼は手頃な学生団体に潜り込み、闘争の準備を始めていた。これはその第一歩だ。血みどろの戦闘が出来れば、思想などどうでもよかった。
数日後、エミール達はキールの持つ隠れ家で会議をしていた。この場所はキールが叔父から貰った家で、車を弄るガレージ代わりにしている。古いが隠れ家には最適だった。エミールは新参者だが、先日の論文の効果は凄まじく、早速幹部の会議に参加させて貰えた。元々上下関係の薄い組織な上、エミールは頭の回転が速いタイプだ。学内で政治談義している時点から高評価を得られていたと自信があった。それから戦時中に学んだ即席爆弾や火炎瓶の作り方も役に立った。大雑把な作り方を知っている人は多いが、具体的な火薬の量や効果的な薬品の種類などは経験者でないとわからない。そのため幹部に取り入るのは簡単だった。
「で、エミールよ。俺達に秘密の相談があるってことは、何かあるんだろうな?」
「その通りだキール。ただ、その前に質問してもいいかな?今の俺達に必要なのは何だと思う?俺達の、革命のために」
「そりゃあ勿論武器だ!パイプ爆弾と機関銃があれば保安隊も怖くねぇ!」
キールが息巻いて答える。
「私は組織間の協力が大切だと思う。今はバラバラに動いてるけど、横の繋がりが強くなれば、大規模な活動も出来るんじゃないかしら?」
アナスターシャはそう答えた。2人の答えを聞いてエミールが頷く。
「そうだね。2つとも重要だ。だが、俺はそれ以前に必要なのは金だと思っている。そして今俺が考えている方法を取れば、その両方を進められると思う」
彼はニヤリと笑った。他の3人は興味津々だ。
「で、どうすんだよ?早く教えてくれ!」
キールに至っては興奮で掴み掛かりそうになっている。
「……強盗に入るんだよ」




