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言論の自由

ルノヴァナ共和国市議会選挙法第21条

合同演説会場にて演説等政治活動をする際は事前の届出を必要とする。また、その対象は候補者本人、あるいはその代理人に限られる。

 ガリナの正式配属から約1ヶ月、大体の仕事には慣れ同じ時期に配属された別小隊の青年とも仲良くなっていた。歳の近い新入りということで話も合った。名前はディミトリ。短い茶髪の青年だ。

「え!?てことは俺より2つ歳上!?」

彼が驚いた声を上げる。

「そっか。通りで落ち着いてると思……思いましたよ」

「これまで通りでいいよ。それから、落ち着いてる?」

「ああ。激しい任務中とか、終わった後とかにさ。古参と近しいものを感じるかも」

ディミトリはそう言ったが、保安隊員としての経験はほぼ同じだ。

「年齢っていうよりは、性格とか、過去の経験かも」

「経験?」

「言ってなかったっけ?数日だけど、戦場にいたことあるから。多分それかも」

それを言うとディミトリは納得したように頷いた。

「おーい、そろそろ出発するぞ」

上官の呼ぶ声が聞こえ、2人は会話を切り上げた。去り際にディミトリのボヤきが聞こえた。

「なんで隣の市にまで、駆り出されるんだか」


 ガリナの勤務先の隣の市で市長選が行われていた。連日候補者や応援する政治家の演説が行われ、その治安維持に管轄外の保安隊も駆り出されていたのだ。

「こういうのって、我々がやることでしたっけ?」

「本当なら警察の畑ね。でも『政治絡みはおたくの得意分野でしょう?』って押し付けられたのよ」

ガリナと一緒に巡回するレイラは呆れたように首を横に振った。2人は今、候補者が演説している公園を巡回していた。制服を着て、武装は拳銃と警棒だけだ。選挙期間中は街頭演説の他に、公園などでの合同演説が行われるのだ。一面には広大な芝生が広がり、その間を石畳の道が走っている。遠くには池も見えた。その公園で各候補者が演説をしており、何ヶ所も人だかりが出来ている。他に目を引くものがないので、それを見れば候補者の場所がすぐに分かった。本来は警察の仕事であるが、以前別の県議会選で暴動が起きて以来、政治絡みの仕事は保安隊に押し付けられるようになっていた。

「それでいて、犯人を逮捕して手柄だけ盗もうとするから頭に来る」

「そうなんですね……。それにしても、候補者多過ぎません?」

ガリナは候補者リストの紙を見返した。普段は3〜5人程度なのだが、今回は24人も候補者がいる。市の規模を見ても異例の事態だ。

「まともに政治するつもりの奴なんて半数もいないでしょうね」

「じゃあなんで立候補してるんです?」

「堂々と演説出来るからよ。革命派の連中は派閥の内外にアピールが出来て、保守派の連中はそれを牽制したい、どうせそういう目論見」

レイラは長く息を吐いた。実際、有名な政党と関わりのある候補者は少なく、無所属か聞いたことも無いような政党所属がほとんどだ。


 様々な候補者が乱立し、公園は軽く混沌としていた。

「新同盟は軍国主義の入り口です!外国が戦争する時に、ルノヴァナの軍隊を貸しますよって文言があるんです!つまり我々は、外国の侵略戦争のために殺されるんです!僅かな分前やるから、金儲けのために死んでくれ、そう言われるんですよ!政府の連中は裏で手を組んで、外国に侵略して……」

声高に現在締結に向かっている条約を批判する声が聞こえた。

「……あれ、逮捕出来ませんかね?デマで市民を混乱させた罪とかで」

「微妙なとこね。言論の自由があるから」

しばらく歩くと今度は勇壮な軍歌が聴こえてきた。

「この国は、病に侵されている!そうした病は切除せねばならない!だからこそ、我々は立ち上がるべきなのだ!私は市長となり、まずこの地から売国奴を一掃する!市長を経て、国会議員に食い込み……」

中年男が拳を振り上げ、野太い声を張り上げる。大型の音響設備もわざわざ用意したようだ。

「あの人も……」

「……言論の自由ね。騒音による迷惑罪で因縁付けるなら出来なくもないけど」

呆れていると、軍服のようなコートを着た彼が演台の上からガリナ達を見つけた。

「国家保安隊の皆様、ご苦労様です!」

彼は2人の方に向けて敬礼をした。取り巻き達も姿勢を正して敬礼した。ガリナは癖で返しそうになったが、

「目を合わせないで」

レイラに手を押さえられた。わざとらしく目線を逸らし、足早に通り過ぎる。

「あの手の連中は攻撃こそしないけど、関わると面倒だから」


 またしばらく歩くと、ギターの音と歌声が聞こえて来た。弾き語りをしているようだ。

「ああいう演説スタイルもあるんですね」

聴衆も手拍子をし、和やかな雰囲気だ。2人は特に気にせず通ろうとした。しかし

「決して許せぬ奴がいる。税金泥棒、独裁者、軍国主義者に弾圧者、奴らをまとめて追い払え。地の果てまでも追い詰めろ」

と攻撃的な歌詞が始まった。

「財務大臣はスケベ野郎、外務大臣はペテン師で、政治屋みんなロクデナシ。詐欺師をみんなで訴えよう。みんなまとめて地獄行き」

「レイラさん」

「………」

歌詞が政治家への悪口に変わる。レイラは何も言わずに通り過ぎた。

「あの手のものは判断が難しいの。現場判断で逮捕したら面倒になるから、無視するのが得策なの」

「言論の自由って、厄介なんですね」

「取り締まる側はね」

レイラはそう言いながら足早に立ち去る。ガリナがそれを追いかけると、今度は他より規模の小さい人だかりが見えた。そこではシンプルな背広を着た青年が演説していた。内容としては革新寄りだが、先程と比べると地味な、普通の若手政治家という雰囲気の候補者だった。普通の人がいたことにガリナは安心したが、レイラは足を止めた。一度リストを確認すると

「あいつを捕まえる」

と言って歩き出した。

「レイラさん、彼に何か問題が?」

「リストをよく見て。あいつの写真がある?」

「……無いですね」

「合同演説の会場で、届出無しの政治活動。明確な違法行為よ」


 2人はその青年に近付いた。ガリナが声を掛けると、青年はそちらに目を向けた。

「何かご用でしょうか?」

「えっと、お名前をお伺いしても?」

「なぜ言わなければならないのですか?」

「立候補されているかの確認のためです」

「してません。選挙演説では無いので」

念の為の質問だったが、彼は平然とそうに答えた。

「この場所では事前に立候補した者以外の演説は禁止されてますので、お引き取り願えますか?」

ガリナは低姿勢で続ける。

「離れているから問題ないでしょう」

彼はまた言い返した。

「そういう問題じゃなくてですね……」

「じゃ何が問題なんですか?」

「選挙法で決まってるんです。それにこの場所は……」

「なぜ違法なんですか?一体誰の迷惑になると?僕はただ自分の意見を言っているだけです。離れているから問題ないですよね?」

「別の日にやってもらえますか?今日はダメなので」

「嫌ですけど?何か強制力あります?僕は何かに付けて弾圧しようとする連中が嫌いなので。あなた達法律の意味考えて仕事してますか?ただルールだからそれに従うだけしか出来ないんですか?」


 彼は演台から降りると、ガリナ達を睨んだ。聴衆からもどこか剣呑な空気が出始めていた。

「レイラさん、どうしましょう?」

「……連行しなさい。今後似たような奴が出ないために」

2人は小声で相談した。

「とにかく違法なので、立ち去らなければご同行願います」

「だから嫌ですって」

ガリナがレイラの方を見ると、無言で頷いた。

ガリナは彼の腕を掴む。彼は暴れたのでレイラと2人で押さえつけた。

「皆さん見てください!言論の弾圧です!これは酷い!この瞬間をしっかりと伝えてください!今、善良な市民の権利が蹂躙されています!」

力は然程強くないが、彼は大声で叫び続けている。2人は構わずにその青年を手錠で拘束し、連行した。あまり痛くはなかったが、振り回した手がガリナの顔に当たったので公務執行妨害の罪にすることも出来そうだった。聴衆が怒号を上げたが、レイラが腰の警棒に手を触れたのを見て、怒鳴る以外の行為はしてこなかった。ガリナも片手で警棒を握ったが抜く必要は無かった。青年も諦めたのか、大人しく連行されていた。


 多少のアクシデントこそあれど、この日の演説は無事に終わった。逮捕者もその青年だけであった。以前は与党系候補者に火炎瓶が投げ込まれたことや、暗殺未遂事件もあった程だそうだ。帰り道、ガリナはレイラからその話を聞いて「憂国」という国を憂いる気持ちが分かった気がした。この国は、荒れ過ぎている。



 翌日、ガリナが出勤すると明らかにレイラの機嫌が悪かった。彼女は待機室で机の上に置いた新聞を睨んでいる。

「レイラさんおはようございます。あの、何かありました?その記事は?」

「革新派が愛読してる新聞よ。敵情調査のために読んでる」

そう言いつつ、彼女はある記事を指差した。

「見事にしてやられた」

そしてそうに吐き捨てる。


『国家保安隊による弾圧の瞬間。言論の自由、崩壊か』


 そう見出しがされた記事が載っていて、文章より先に昨日ガリナとレイラが無許可演説の青年を連行する瞬間の写真に目が止まった。顔は不鮮明だが、国家保安隊の制服と、手錠を掛けられる青年の姿ははっきりと写っている。

「奴らの策略ね。無許可演説の罪は軽い。どんなに悪くても罰金で終わりだもの」

「えっと……?」

「僅かな犠牲で撮りたい絵が撮れたのよ。国家保安隊の言論弾圧ってね」

ガリナは記事に目を通した。そこには選挙期間の無許可演説、選挙法などの文言は無く、ただ演説をしていた青年が連行されたこと、そして保安隊や政府への批判があるだけだった。

「貴方も気付いたでしょ?聴衆の反撃が無い違和感に」

「そう言えば……」

その上、途中から青年が大人しくなったのも今思えば不自然だった。取り巻きも何人かは仕込みで、その中にカメラを持った人がいたのだろう。

「まあ、顔が割れなかったのが幸いね」

レイラは長く息を吐くと「さ、仕事の時間よ」と新聞をゴミ箱に投げ捨てた

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