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講堂の中へ

ルノヴァナ観光協会

近年ルノヴァナでは地方都市、と呼ばれるエリアが拡大傾向にあります。飲食店や駅などの施設が増え、観光客や若い世代にとっては便利になる一方、昔から住む世代は「伝統や自然が失われる」などの理由から反対する人も少なくないそうです。

 突入自体は問題なく行え、ガリナ達は講堂へと押し入った。中は窓が塞がれていて、想定より薄暗かった。ガスの煙が霧のように立ち込めている。ガリナの小隊からは2個分隊が突入に参加した。

「我々は2階を。1階は任せる」

タチャーナは分隊を半分に分けた。ガリナはタチャーナ、ロベルト、他2人の隊員と一緒だ。盾を構えたロベルトを先頭に、慎重に階段を登る。相手の数が不明な以上、この前よりずっと緊張感があった。それと同時にガリナは初めて見る大学の建物に物珍しさを感じていた。無人の教室や壁の掲示物に気を取られたが、すぐに前を向き直って重苦しい空気の中ゆっくりと廊下を前進する。


 突然目の前の部屋の窓ガラスが破られた。そして廊下に何かが転がる。

「下がれ下がれ!!」

ロベルトが叫んだ。パイプ爆弾だ。ガリナはタチャーナに腕を強く引かれ、物陰に隠れることが出来た。導火線はすぐに短くなり、本体が炸裂する。轟音で少しの間耳が聞こえなくなった。

「怪我はない?」

「五体満足です。音の割に、大した威力じゃありませんな」

耳鳴りがする中タチャーナの声が聞こえ、マスクの下でロベルトが笑うのが見えた。次の瞬間、その部屋の中から拳銃が吠えた。腕だけ出して当てずっぽうに乱射している。ガリナは短い悲鳴を漏らし、先程の物陰に隠れた。

「撃ち返せ」

タチャーナが小さな声で言うとガリナは命令通りその窓に向けて発砲した。恐怖から半分ヤケになっていた。10発程撃った辺りで相手の指に当たり、拳銃が廊下に落ちた。部屋の中から男の絶叫と女の悲鳴が聞こえる。

「こいつで脅かしてやります」

ロベルトがガス弾を見せて囁いた。続いて相手にも聞こえるように

「軍曹、手榴弾をぶち込みます!」

と大声で言って割れた窓からそれを投げ込んだ。すぐに室内で騒ぎが起き、6人の若者が飛び出して来る。見事にガス弾を手榴弾と勘違いしてくれたのだ。

「動くな!武器を捨てろ!」

ロベルトが先頭の1人を殴り倒し、拳銃を突き付けた。ガリナや他の隊員も銃口を向けて拘束する。ガリナが手を撃ち抜いた青年には、タチャーナが応急処置をしていた。その時、ガリナはその青年に見覚えがあることに気が付いた。 

「軍曹、この人イーゴリ・ケレンスキーです」

現場に向かう前に資料で見た、学生会のリーダーだ。

「本当?顔をよく見せて」

処置を終えた彼女は青年の顔を凝視した。口調は穏やかだが、顔を掴む腕には力が入っていた。青年は首を振り、最後の抵抗をした。

「間違いない。思わぬ収穫ね」

 


 彼らを拘束して連行すると、入れ違いで別の隊も突入して行った。学生側は陥落寸前であり次々と拘束されるか、自ら投降して外へと出て来た。ガリナはこの時初めて、自分の心臓が破裂しそうな程鼓動していることに気が付いた。 

「お疲れ様。2回目行く必要は無さそうね」

ガスマスクを脱ぎ捨てて装甲車の影で休んでいると、待機していたレイラが労ってくれた。彼女のような将校は外で全体の様子を確認する必要があり、他の隊との連携のためにも突入に参加しないことが多い。

「突入は、慣れませんね……」

「冷たいようだけど、慣れなきゃ今後が大変よ」

そうは言いつつも、レイラの言い方は優しかった。ガリナが講堂の方を見ると、また4人程の若者が連行されているところだった。


 その後20分程で講堂占拠事件は解決した。逮捕者46名死者0名と、この手の事件にしては小規模かつ少ない数字だった。保安隊側も、数人が軽傷を負っただけだ。学生側は勢いで決行したため時間が経つに連れて士気も下がり、武器も雑多なパイプ爆弾数本と7人程が拳銃を持ち込んでいた程度だった。


 その夜、保安隊基地の地下にある酒保でレイラとタチャーナは晩酌していた。薄暗いが、落ち着く空間だ。この日は他の利用者が見えずとても静かだった。2人とも私服に着替えている。明日は休日だ。

「あの子の様子はどう?」

「命令には忠実、程よい真面目さ。育てればいい兵隊になりそうね」

タチャーナが赤いワインを一口飲んで答える。階級差はあるが、砕けた口調だった。レイラもそれを咎めはしなかった。

「すぐ死なないといいけど」

レイラは氷を入れた琥珀色のブランデーを飲んでいた。

「……貴方の思ってること、当てようか?」

タチャーナはレイラの眼を真っ直ぐ見つめた。

「当ててみて」

「『なんで戻って来たのか?』って思ってない?」

「なんでもお見通しな訳ね」

「長い付き合いだもの」

タチャーナがグラスの残りを飲み干す。そして隣に置いたボトルからまた赤いワインを注いだ。

「本当に、なんで戻って来たのか……あれで懲りたと思うんだけど」

「そこまで愛国心が強そうにも見えない。他に理由があるのかもね」

2人は静かに晩酌を続けていた。

「にしても、相変わらずの飲みっぷりね」

タチャーナが今日開けたボトルは、もう半分以下になっていた。

「レイラは相変わらず将校らしい飲み方」

「どういうこと?」

「兵は安酒を浴び、将校は高い酒を舐める」

「なにそれ」

レイラが笑った。

「兵隊の格言というか、ジョークみたいなものよ。あるいは皮肉?」

「初めて聞いた」

「隠れて言ってるもの」

タチャーナなが悪戯っぽく笑った。

「これまで色々部下は持ったけど、貴方ほどの酒豪は少ない。でも、飲み方には品性がある。将校でもやって行けるんじゃないの?代わりにやる?」

「とても光栄なお言葉。でも遠慮するわ」

タチャーナは大袈裟に振る舞ってみせた。2人とも酒が回りつつあり、頬は紅く染まりつつある。

「ガリナは兵隊向きだったかしら?」

確認するようにレイラが言った。

「そうね。だからこそ心配なのだけれど。それはそうと、もうすぐ市長選ね。忙しくなりそう?」

「残念なことにね。その上今回はやけに候補者が多い……その話はよしてよ。憂鬱になる」

レイラは煙を払うように手をひらひらと振った。

革命派機関誌

ラーソン大学、陥落

ラーソン大学で決起した学生らが国家保安隊に鎮圧された。大学側は首謀者数名を退学処分にし、学生会も一時的に管理するとのこと。

革命派の間では小勢力ながら決起した同志達を讃える一方で、準備不足で先走り過ぎた、などの批判意見も見られた。

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