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大学紛争

ラーソン大学の校内掲示物

政治討論部、部員募集!

一緒にこの国の未来を語り合いましょう!

代表者 イーゴリ・ケレンスキー

「先日の立て篭もり事件だけど」

待機室でレイラが報告書を手にして立っている。

「犯人は革命派の連中でラーソン大学の学生ってことが分かった。かなり小さな組織で、あの手製爆弾で名を上げるつもりだったらしい。トップの名前はイーゴリ・ケレンスキー。2留してる色男よ。それから政治討論部の部長もやってるそうね」

「この短期間でそんなことまで分かるなんて」

彼女の報告にガリナは驚いた。

「良い口説き文句があるのよ。後で教えてあげる」

「口説き文句?」

「中々いい例えですな」

何かの隠語なのか、ガリナ以外の隊員はニヤニヤと笑っていた。

「今日はそのイーゴリを挙げに行く。彼のいる学生会が大学側と紛争になったから、これ以上ないチャンスよ」

レイラが牙を剥くように笑った。そして持っていた資料を机に置いた。そこには学生会リーダーのイーゴリ・ケレンスキーの写真があった。確かに整った顔付きをしている。

「我々が介入出来るんでしょうか?捜査と逮捕はどちらかというと警察の畑なのでは?」

「安心なさいなガリナ。もう許可は得てある。チャンスは掴むんじゃなくて、もぎ取るものよ」

レイラがまた、ニヤリと笑った。


 ラーソン大学は小規模な私立大学だ。伝統的な煉瓦造りの建物だが、建築からは30年も経っていない。そこの講堂は現在、バリケードで封鎖されている。3日前の深夜、学生達が学費の値下げと准教授の解任を求めて講堂占拠という暴挙に出たのだ。

 

 国家保安隊の複数小隊が建物を囲んで配置に着いた。装甲車やトラックを即席の堰体にしている。すぐ近くの学生会本部と寮のある施設も包囲されている。

「なんでこんな大事になってるんです?」

ガリナはこの騒動の原因がよく分からなかった。ラジオや新聞で話は聞いていたが、そこまで注意を向けていなかった。

「流行りに乗ったんでしょうね。似たような学内での紛争は何件か起きてるから」

「じゃあ、その准教授は何をしたんです?」

「あいつらの言う政治運動を暴動って言ったらしい。そしたら革命派の学生と口論になって、中々引き下がらなかった。元々保守思想強めの人物で、連中から嫌われていたそうよ」

「あいつらの言う政治運動って……我々に殴り掛かるような?」

「そうよ。政治に関心があるのは結構だけど、エネルギーの使い方が間違ってる」

レイラは呆れているようだった。ガリナは講堂の方に向き直った。3階建ての建物で壁には要求を伝える横断幕が掲げられている。保安隊の後ろでは大学の関係者らが拡声器を使って説得を試みている。学生達は聞き入れる様子はなく、大声で反論するだけだ。


 辺りは緊迫した状態ではあるがタチャーナ、ロベルトなど古参の隊員達は然程緊張していないようだった。

「軍曹、どれくらいで降伏しますかね?俺は2時間に賭けますが」

「仕事で賭け事はしない主義なの……1時間ね。これは予想よ」

2人が話している間も何人かの隊員が拡声器を使って投降を呼び掛けていた。

「今なら諸君の罪は軽くなる!速やかに講堂から退去せよ!」

しかし、彼らは罵声と投石を持って応えた。

「うるせぇ!誰が従うかよ!」

「この国家の犬め!」

しばらくすると建物2階の窓が開き、そこから何かが投げ出された。

「これでも食らいやがれ!」

中から

「馬鹿野郎!早まるな!」

とと叫ぶのも聞こえた。ガリナは投石だと思ったが、よく見るとその放物線を描いて飛ぶ物体には火が付いていた。

「パイプ爆弾!!」

彼女が咄嗟に叫ぶと隊員達は一斉に伏せた。パイプ爆弾はガリナ達の8m程前で爆発した。


 パイプ爆弾の被害はほとんど無かった。派手な音に対して威力は低いようだ。爆音が終わり、ガリナが頭を上げるとレイラが笑っているのが見えた。彼女は無線機を背負った通信兵を呼ぶと何かを伝えた。そして、ガリナ達小隊員の方に顔を向ける。

「強制排除の口実が出来た。ガス攻撃で奴らを燻り出す。総員、かかれ」

それだけ短く命令した。ロベルトは待ってましたとばかりに擲弾発射器を使ってガス弾を撃ち込む。バリケードで封鎖された入り口や、投石に使われた窓にも何発も撃ち込む。他の小隊もガス攻撃を繰り返し、辺りは霧が掛かったようになった。ガリナはいち早くガスマスクを装着していた。風で煙が少し流れて来る。突入にはレイラのような現場指揮官ではなく、より上の責任者の許可が必要だ。本来ならなるべく交渉して荒事を避ける方針で、すぐに許可は降りない。だが、相手からの攻撃があった場合には突入の許可が降りやすいのだ。特に爆発物の使用は周辺への被害も考えられるため、すぐに許可が降りる。

「これで投降してくるといいんですけど」

「3割くらいは出てくるでしょうね」

「そんなに出るもんなんです?」

「奴らは勢いだけで紛争起こした素人よ。幹部以外はすぐ逃げ出すはず」

マスクを付けながらレイラは講堂の方に目を向けていた。


 5分程経過すると、玄関のバリケードを押し除けるようにして10〜15人余りの学生が眼や口を押さえながら飛び出して来た。

「両手を上に上げてゆっくり歩け!」

レイラが拡声器で呼び掛ける。彼らが保安隊のバリケードまで歩いて来ると、ガリナはその先頭の1人を手錠で拘束した。

「これは権利の侵害だ!」

催涙ガスのせいか大粒の涙を流しながらその青年は喚いていた。

「歳は同じくらいなのに、なんでお前は弾圧する側にいるんだよ!」

ガリナは彼を護送用トラックまで連行するが、その間もずっと叫んでいた。

「政治に不満があるなら正当な手段でやってください」

「それじゃあ意味がないから、革命を起こすしかないんだろ!」

「そこまでする程腐ってないと思いますがね」

ガリナは護送車近くの隊員に彼を預け、持ち場へと戻った。ガリナも少なからず政治に不満はある。物価は高くなり、議員の汚職疑惑も耳にする。税金も上がっている。それでも暴力に訴えようとは思わなかった。やったことは野党に投票するか、談笑の中で政治家の悪口を言う程度だ。


 最初の一団が皮切りになったのか、続々と学生達が投降していた。ガス攻撃に加えて空包による威嚇射撃も行われていた。戦闘訓練を受けていない、その上勢いだけで強硬手段に出た彼らは安易にパニックを起こしたのだ。中には「撃たれた気がする」と叫び仕切りに出血してないかの確認を求めて来る者もいた。

「少尉、そろそろ突入しようと思うのですが、どうでしょう?」

盾を持ち、拳銃を抜いたロベルトがレイラに提言した。

「そうね。残ってる連中を掃討しろ。ガリナはここで待機して……」

その時タチャーナが割って入った。

「お言葉ですが少尉、ガリナに突入の経験をさせるべきかと。相手は火器も少ない素人。初の実戦には丁度良いと思います」

「……名案ね。ガリナ、貴方はどう思う?」

ガリナは少しの間考えていた。突入自体は訓練で何度も行った。だが実戦は初で、大した武器を持っていないのが分かっていも恐怖はある。しかし……。

「やります。突入に参加させてください。今ここで、慣らしておきます」

「いい心がけね。行って来なさい」

ガリナがそう言うとレイラは頷いた。

「俺と軍曹のケツにしっかり着いてこいよ」

ロベルトが肩を強めに叩いた。

ある新聞記事

私立大学の乱立に学者苦言「大卒資格の質が下がる」

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