籠城戦
正式配属から約1週間、再び大きな事件が起きた。薄暗い森、ガリナは茂みの中で短機関銃を握り締めた。場所は郊外の田舎町。私有の森にある一軒家を国家保安隊が包囲している。
事件は2時間程前に起こった。偶然通りかかった警官2人が爆発音を耳にし、事情を聞くために家へと近付いたのだ。だが家の中から突然発砲され、1人が死亡、もう1人は必死で近くの交番へと逃げ帰った。相手が複数かつ武装していると予想した警察が保安隊への出動を要請し、現在に至る。最寄りの警察が駆け付けて先に包囲していたので、犯人が逃げた様子はない。後の制圧が保安隊の役目だ。既に最後の降伏勧告は終わっている。犯人は沈黙を続け、時折威嚇するように拳銃を撃ってきた。
「第1分隊は右から、第2分隊は左から。突入は第2に任せる。こちらの合図を待って始めろ。それから、ガリナは私の側に」
レイラが小声で指示を出した。
それぞれ9人の分隊員が素早く動いた。ガリナの隊にはタチャーナとロベルトも一緒だ。相手が銃を持っているとなると、緊張と恐怖はこの前の比ではない。上手く動かない身体をどうにか動かし、仲間について行く。
距離を維持しつつ右側に回ると、大きく割れた窓が見えた。あの場所から最初の警官に発砲したのだ。分隊員の数人は盾を持っているが、この辺りの木は太く、伏せていれば遮蔽物には困らない。ロベルトがライフルを構えて言った。
「隊長、殺すんですか?」
「なるべく殺さない。新入りもいるから教科書通りに」
「了解」
彼のライフルの銃口にはカップのような物が取り付けてあった。彼はそこに手榴弾を入れ、安全ピンを引き抜いた。レバーが押さえられているので、まだ爆発はしない。
「牽制射撃。窓に撃ちまくれ」
レイラはガリナの方を見つつ、分隊全員に命令した。彼らは散弾銃や短機関銃を一斉に発砲した。ガリナも弾倉が横に付いた短機関銃を発砲する。パパパパ……と乾いた音がして次々と弾が撃ち出される。銃自体に重みがあるので連射しても反動はそこまで大きくない。分隊全員が撃ち出したので耳がおかしくなりそうだった。3〜5発ずつの連射をしていると、ロベルトがライフルを発砲した。弾薬は空包だが、その圧力でカップに入れた手榴弾が窓に飛び込んだ。
「撃ち方止め!」
レイラがそう言い、皆は一斉に遮蔽物に隠れた。しばらくすると、薄い煙が窓の中に立ち昇るのが見えた。低致死性のガスだ。目、喉、鼻に強い痛みが走り、涙、鼻水、咳が止まらなくなる。
「……もう1発撃ち込め」
中の様子に変化がないと見たレイラは、ロベルトに追加のガス弾を撃たせた。すると、相手は窓から手だけ出して、拳銃を乱射した。ガリナは咄嗟に身を伏せ、相手の連射が終わる前にサブマシンガンを撃ち返した。弾が近くに着弾し、軽いパニックになりかけたのだ。伏せたまま狙いを付けていないので、壁のあちこちに小さな弾痕が残る。
「落ち着きなさい」
レイラが冷静に彼女を諭す。その間にガリナは弾倉を交換した。気持ちが落ち着くと、家の中から激しく咳き込むのが聞こえた。ガスが効いている証拠だ。するとそこへ、第2分隊から伝令が走って来た。
「少尉、敵は奥に引いたと見えます。突入するので、反対の窓からガスを追加願います」
「了解した。気を付けてね」
レイラは部下を見送ると、タチャーナと分隊員の半分に窓の見張りをさせ、ガリナ達残りを別の窓の前へと移動させた。それを察してか、向かう先の窓から拳銃が吠えた。幸い、弾は近くの地面に当たっただけだ。
「撃ち返せ」
レイラが命令した。ガリナは地面に伏せると窓に向けて銃を撃ちまくった。撃っている間は恐怖がいくらか和らいだ。ガラスが一瞬で粉々に割れ、そこへロベルトがガス弾を撃ち込む。
「あの野郎脅かしやがって。コイツはおまけだ」
彼は素早く2発目のガス弾も撃ち込んだ。少しして、家の中から銃声が聞こえた。
「突入したようね」
レイラはいくらか肩の力を抜いたようだった。
「報告します。1人を射殺、残りは地下室に逃げました。それから、地下以外の安全は確認しました」
突入班の1人が報告に現れた。
「ご苦労。ガリナ、タチャーナと一緒に仕上げに行きなさい」
「仕上げですか?」
「地下室を落とすの。やり方は習ったはずよ」
「了解しました」
ガリナはガスマスクを装着すると、タチャーナの後に続いて家へと侵入した。
家の中は薄暗く、ガスの煙もあって視界は悪かった。その上重苦しい空気が漂っている。既に制圧を終えた隊員が中で待機している。ガスマスク越しで表情も見えずらい。
「軍曹、地下室は隣の部屋です」
「ありがとう。ガリナ、ついて来なさい」
2人は地下室のあるリビングへと足を踏み入れた。ふとテーブルの上に目を向けると、短く切ったパイプのようなものが数本置いてある。
「パイプ爆弾ですか」
ガリナがそう言うとタチャーナは頷いた。恐らくこれの実験をしていたところ、警官に音を聞かれたのだろう。その部屋の隅の床が扉になっており、そこから地下へと入れるようだった。
「来るなら来やがれ!こっちはショットガンで狙ってるんだ!」
床下からくぐもった声が聞こえる。まだ諦めるつもりは無いらしい。
「ガリナ、その床に数発撃ち込んで」
タチャーナがいつもより冷たい声で言った。ガスマスクも相まって酷く冷酷に見えた。ガリナは床から距離を取ると、短く引き金を絞った。
「畜生!やりやがった!」
床板に穴が空き、転がり落ちる音と罵声が聞こえた。
「今よ。ガスを」
待機していた隊員が扉を少し開け、ガス弾を直接投げ込んだ。そして、タチャーナはその扉にテーブルを乗せ、仲間数人で押さえつけた。
しばらくすると地下から叫び声や扉を叩く音が聞こえた。
「開けてくれ!目が痛ぇ!!」
「降参する!するから助けて!」
最低でも中に2人いるようだ。
「軍曹、開けますか?」
「まだよ」
ガリナはテーブルを持ったがタチャーナは首を横に振った。密閉空間でガスに晒されるのはかなりの苦痛のはずだ。
「武器を捨てて、両手を上げて出て来なさい。妙な真似をしたら撃ち殺す」
30秒程待って彼女はそう言った。数人の隊員が扉に銃を向けている。ガリナがテーブルをどかすと、勢いよく2人の若者が飛び出した。片方は脇腹から血を流していたが、待ち構えていた隊員に素早く手錠を掛けられる。
「頼む!先に目を洗わせてくれ!」
「ダメよ。中にはもういないでしょうね?確認のために手榴弾投げるけど」
タチャーナが冷たく言った。
「まだ1人いる!お前も早く出て来いよ!殺されちまうぞ!!」
仲間の必死の呼び掛けで、最後の1人も投降した。念の為隊員が地下を見たが、これで最後だった。
外に出たガリナはガスマスクを外した。視認性が悪く、息苦しいをそれを一刻も早く外したかったのだ。マスクの裏は汗の水滴が無数に付いていた。外すといくらか楽になったが、服に残留したガスを少し吸って咳き込んでしまった。
「お疲れ様。外に水道があるから、車に乗る前によく洗うことね。それから、戦闘服の上も脱いで」
レイラが労いの言葉を掛けてくれた。振り返ると大した戦闘はしていないが、実戦となると疲労は相当のものだった。スリングで背負った短機関銃もやけに重く感じる。
「どう?やっていけそう?」
「……やります。いけるかどうかではなく」
目にかかった髪を払い除けて、ガリナはレイラに答えた。それを聞くと、彼女は黙って頷いた。