初仕事、初乱闘
ルノヴァナ観光協会
ルノヴァナは1年を通して涼しい気候です。夏でも長袖を忘れずに。
ガリナが椅子から立ち上がると、別室に居たタチャーナが駆け付けた。
「出動よ。散弾銃を持って、駐車場に急いで」
既にフル装備の彼女はそのまま武器庫へと直行した。普段は入れないが既に鍵は空いていて、彼女は自分のロッカーから散弾銃を取り出した。ポンプアクションで、銃身には穴の空いた放熱板が取り付けられている。それを持つと部屋の端にある窓口のような所で弾薬を受け取る。
「頑張れよ、新入り」
弾薬係の青年が弾を挿入した弾帯2本と、バラの弾薬20発を渡してくれた。ガリナはそれを受け取ると、駐車場まで走った。
他の隊員はガリナのすぐ後に駐車場へと集まった。兵員輸送用のトラックの荷台に乗り込む。向かい合わせにタチャーナ軍曹が座った。ホロの掛けられた荷台には重苦しい空気が漂っている。
「小隊長は出張で不在のため、私が指揮を執る。伍長、全員いるか?」
「全員乗車よし、であります」
1番後ろに座ったロベルトが言った。
「出せ」
タチャーナはそう言って運転席側の壁を叩いた。すぐにトラックはエンジンを唸らせて発進する。
「弾を装填して。白い非殺傷弾だけよ」
タチャーナに確認されながら、ガリナは銃に弾を込める。弾帯に挿入されたシェルは全て白色だった。一方バラで貰いポーチに入れた弾は赤、つまりは実弾だ。銃に弾を込めていると、ガリナは身体の内側の妙な感覚に襲われた。何度も身じろぎをして誤魔化そうとする。
「怖くてチビりそうになったか?」
「武者震いです!」
隣の兵士に揶揄われ、大声で返した。
「緊張を解してやろうと思ってな」
彼は笑ってガリナを小突いた。それでも感覚は抜けずに、自然と鼓動が早くなるのを感じていた。興奮、ガリナはその言葉が1番適切だと感じた。
10分程でトラックは目的の場所へと到着した。背の高いビルの並ぶビジネス街だ。銀行の裏手に停めて降車すると、遠くから騒めきが聞こえてきた。ガリナは隊員達と共にその方角へと向かった。
中央の大通りに出ると、プラカードを掲げた群衆が行進していた。彼らは「侵略協定反対」「銃よりパンを」などのスローガンを叫び、プラカードにも掲げている。隣国と結ぶ新条約と政府の軍拡路線への反対デモだ。ルノヴァナにも言論の自由はある。しかし道路を占有してのデモ行進には事前の届出が規則だ。彼らは届出を行なっていないため、違法となる。その上一部は暴徒化したのか、店や路上の車に破壊の跡が見える。
保安隊員は指示されるでもなく陣形を組んだ。大楯を構えた前衛が2列になって進路を塞ぐ。ガリナ達はその後方で散弾銃を構える。更に後方には指揮官や実弾を装填した予備部隊が待機している。タチャーナが拡声器で叫んだ。
「諸君らのデモは届出がされておらず、違法である!速やかに解散せよ!従わぬ場合は、強制排除を実行する!」
彼女や他の指揮官も解散を呼びかけるが、応じる気配はない。寧ろ、
「失せろ!国家の犬共め!」
彼らは激昂し、暴言や投石で抵抗を始めた。石が盾やヘルメットに当たり甲高い音が響く。ガリナも暴動の訓練は受けている。だがこれだけの規模で、尚且つ殺気だった集団を前にすると身体が硬くなるのを感じた。何度もまばたきをして、唾を飲み込む。
「これは最後の警告だ!速やかに解散せよ!」
タチャーナが警告した。だが、それも虚しく抵抗は止まなかった。ガリナが振り返ると、タチャーナが首を横に振り、隣の指揮官と目を合わせ、無言で頷くのが見えた。
「強制排除!撃ち方用意!」
彼女は拡声器を使わず、よく通る声で命令した。
訓練通りガリナは前衛隊員が作った隙間に入り、散弾銃を構える。ヘルメットのバイザーも下ろした。
「胸より上は狙うな。失明されると面倒だ」
撃つ直前にロベルトが小声で言った。彼女は白いシャツを着た男性の腹部に狙いを定め、引き金に指を掛ける。
「撃て!」
タチャーナの声が響き、射撃手が一斉に発砲する。ガリナも引き金を絞った。弾を食らった男は衝撃で後ろに数歩下がり、腹部を押さえて蹲った。この非殺傷弾は皮膚を貫通しない特殊な素材で出来ている。それでも大男のパンチに匹敵する威力がある。ガリナは群衆に次々と弾を撃ち込む。保安隊の一斉射撃で群衆は一時勢いを落とした。だが、彼らの中には廃材で作った盾や鎧で対策をしている者もおり、中々総崩れとはならなかった。
弾を込め終わったガリナが次の標的を狙っていると、群衆の中から何かが投げ出された。
「爆弾来るぞ!!」
隊員の誰かが叫ぶ。前衛が前を向いたまま急いで後ろに下がり、ガリナも押されるように後退した。その物体は最前列の数メートル前に落ちると、轟音と共に破裂した。爆発の衝撃で前衛数人が転倒した。ガリナも思わず顔を腕で覆った。厚い装備によって前衛は皆軽傷ではあるが、陣形が崩れたのは大きな問題だった。隙を見つけた群衆は勢いよくガリナ達の方へと突撃をした。怒号を上げ、波のように押し寄せる。
乱闘が始まった。至る所で敵と味方の接近戦が繰り広げられている。即席の爆弾で前線を崩し、その隙間から突撃を敢行する。それが最近の彼らの戦法だった。ガリナは銃床を脇に挟んで、移動しながら連射していた。訓練を受けていても、殺気を纏って襲い掛かる無数の暴徒を前にすると恐怖の感情に支配されつつあった。興奮して痛覚が麻痺し、弾が直撃しても突っ込んで来る相手が少なくない。
弾の切れた彼女は慌てて弾帯から銃に装填した。突如、雄叫びが聞こえたかと思うと側頭部に強い衝撃を受けた。ヘルメットのお陰で痛みは少ないが、彼女は地面に薙ぎ倒された。
「やっちまうぞ!」
5人程の暴徒が集まり、彼女を角材や鉄パイプで激しく殴打する。防具を付けていても完全には防げず、苦痛から呻き声を漏らすしか出来なかった。特に、刺突には命の危険を感じる程の威力があった。彼女は必死になって腰のホルスターに手を伸ばす。そこの拳銃には実弾が装填されている。初任務で撲殺されるくらいなら、いっそ撃ち殺して懲戒された方がマシだ。痛みの中でそう考え、手探りで拳銃を抜こうとする。
「この野郎失せやがれ!」
どこからか罵声が聞こえ、彼女を殴っていた1人が弾き飛ばされる。残りの暴徒も彼女への殴打をやめた。どうにか身体の向きを変えると、保安隊員数人が彼らを蹴散らしてくれたのが分かった。その中の1人、ロベルトは手近な暴徒を無力化すると、警棒を差し出して立つのを手伝ってくれた。
「ありがとうございます……」
呻きながら立ち上がると、彼はガリナに向かって怒鳴った。
「馬鹿野郎!訓練受けてねぇのか!?」
乱闘時、弾が切れたら後方に下がって装填するのが基本だ。今回彼女は、そのことを忘れて隙を作り、袋叩きにされてしまった。
「転倒したら殺されると思え!……俺が援護すっから、さっさと装填しやがれ」
彼は怒りながらも彼女の前に立った。その間に散弾銃を拾い、弾を込める。
「あの集団をやるぞ。俺のケツに着いて来いよ」
彼女がスライドを引いて装填すると、彼は振り返らずに言い、盾持ちの前衛と乱闘している集団へと走って行った。
群衆は数と勢いこそあったが、所詮は素人の集まりだ。確保される者や負傷者が増えると次第に勢いが衰え、やがて蜘蛛の子を散らすように撤退していった。保安隊員の数人は逃げる背中を掴んだり、非殺傷弾を撃ち込んで1人でも多く捕まえようとしていた。戦闘は終了した。軽く数えて20人程の暴徒が拘束され、保安隊員側の死者はゼロだ。最近のデモ隊は暴徒化しやすい。武器の所持も珍しくない。そのため保安隊も排除までの判断が早くなるし、やり方も過激になる。それに応えるようにデモ隊も過激になる。悪循環だった。
ガリナはバイザーを上げて息を吐いた。ようやく終わった。そう思った瞬間に全身の痛みと疲労に襲われ、その場に座り込んでしまった。
「お疲れ様。手酷くやられたようね」
「面目ないです……」
タチャーナが手を差し伸べてくれた。
「今日のはまだ平和な方だから、すぐ慣れることね。……帰ったら医務室で診てもらいなさい」
戦闘は30分も続いていなかった。先輩達も「今日は楽だった」などと軽く言っている。覚悟の上で入隊したとは言え、ガリナは丸一日激戦区で戦い抜いたような感覚だった。早く慣れ、一人前にならなければ。生き残るために。トラックに揺られる帰り道、彼女はそうに決意を固めた。
午後、ガリナは医務室を訪れていた。30代の医者(というより軍医に近い)が診てくれた。服を脱いで気付いたが、全身にあざが出来ている。現場にいた時より痛みは増している。
「軽傷だね。折れてないし、出血もない。1週間もすれば治ると思うよ」
「1週間……」
「安静には出来ないだろうから、なるべく殴られないようにね。痛み止めと湿布を出すから、悪化したら言ってくれ」
これまで負った怪我の中で2番目くらいに重いが、医者はあくまで軽い感じだった。
ルノヴァナ観光協会
ルノヴァナ南部にはビーチが広がっており、避暑地やリゾートとして有名です。