大きな一歩
白鳩財閥
ルノヴァナ共和国の航空産業の一角を占める大企業。大規模な工場を持ち、大型爆撃機や旅客機の生産を得意としている。その他にも不動産、旅行、銀行などのビジネスを展開している。
「……強盗に入るんだよ」
エミールは獰猛に笑ってそう言った。
「白鳩銀行は知ってるだろ?あそこは財閥系の銀行だ。そこを襲うんだ」
彼は計画を説明する。
「あの財閥の主要産業は航空機、それも軍用だ。つい最近、新型爆撃機のトライアルを勝ち抜いたらしい。いずれはそこの爆撃機が世界を焼き尽くすだろう」
「……つまりは、政府の軍拡に協力してる訳だね。確かにそこ関連の銀行を襲うことは、僕達の思想とも合致する」
「その通りだヴィクトル。ここを襲えば、金が手に入るだけでなく、軍国主義に打撃も与えられる。どうだ?乗ってくれるか?」
エミールはこのグループが過激派寄りであることは事前に調べていた。規模は小さいが、他の団体と合同でデモを起こし、保安隊と乱闘になった経験もある。火種をくれてやれば一気に燃えると目論んでいた。
「俺は大賛成だ!んで、いつ襲うんだ?」
血の気の多いキールはすぐに賛成した。
「そうね。確かにお金は必要だし、私達もそろそろ大きく動くべきだと思う。賛成よ」
「アーシャも乗ってくれるか。それで、リーダーはどう思う?」
「銀行強盗か。リスクはあるし、反社会的な行動だ。……だが、相手が爆撃機メーカーとなれば話は別だ。世界が燃え尽きる前に、僕達が止めなければ。政権交代は早い方がいい。これは革命のための必要悪だ」
「ありがとう。それじゃあ、計画を話すぞ……」
全会一致だった。予想はしていたが、エミールは内心胸を撫で下ろしていた。
それから約2週間後、エミール達は白鳩銀行の小さな支店を訪れた。既に偵察と準備は入念にしており、この銀行が国家保安隊の基地からも警察施設からも遠いことは調査済みだ。時刻は午後の5時前、日が落ち始める頃だ。秋の冷たい空気が、彼らの緊張を高めた。
「時間だ。行くぞ」
エミールは腕時計を見ると、車の外へと出た。作戦メンバーはエミール達4人と信頼のおける古参メンバー3人だ。古参3人に車を任せると、5人で銀行へと正面から入った。狙い通り、閉店直前で客は居ない。作戦メンバーは全員サングラスやスカーフ、帽子などで覆面している。
「いらっしゃいませ。順番にお呼びしますのでお待ちください」
閉店間際の来客に嫌な顔をしつつも、窓口の女が丁寧に対応する。30代くらいの彼女に、エミールはコートの内側に隠していた軍用拳銃を突き付ける。
「動くな。叫んだりしたら撃つ」
他の4人もそれぞれ拳銃を抜いた。
3人の係員は悲鳴一瞬漏らしたが、すぐに飲み込んで両手を上に上げた。窓口には防犯用に鉄格子があるが、その隙間から銃を向けている。目の前の女にスタッフ用の扉を開けさせたエミールは窓口の中へと押し入る。そのまま体当たりするように後ろの事務室に飛び込んだ。キールも後から続く。
「お前ら動くな!!ぶっ殺すぞ!!」
キールが拳銃を振り回して威嚇すると、5人の事務員は全員震えがった。
「ここと窓口にいるので全員か?」
「お願いです、命だけは……」
「他に従業員はいるのか?黙ったり、嘘を言ったら脚を撃ち抜く。楽には死なせない」
エミールは恰幅のいい店長らしき男を脅迫した。
「い、いません!私達と窓口の3人だけです!」
歯をガタガタ言わせながら彼が答えると、アナスターシャが窓口の3人を事務室に連れて来た。
「よし、お前は金庫室に来い。鍵は開けられるんだろうな?」
「はい……ですからどうか助けて……」
ヴィクトルとアナスターシャに従業員を見張らせ、エミールはキールと金庫室へと進んだ。
金庫室は重い扉の先にあり、中には小さなロッカーが無数にあった。それぞれにも鍵が掛けられている。店長は震える手でロッカーを次々と開ける。エミールとキールは札束を鷲掴みにして持って来た麻袋に詰め込む。重くなるとポケットにも入れた。
「おいおっさん、お前の財布も寄越せよ」
キールは支店長の財布も奪った。中を見て「しけてんなぁ」と呟く。
「私も勤め人なんだ……」
「知るか。キール、こんなもんで充分だ」
「袋にはまだ入るぜ?」
「これは時間との勝負だ。引くぞ」
2人はまた支店長を先頭に金庫室を後にした。
銀行員達を縄で縛ると彼らは従業員用の出口から外へ出た。見張りにについていた古参メンバーの1人が表の入り口には鍵を掛け、「営業中」の札も裏返しておいた。彼が鍵を開けるとすぐさま仲間の待つ車に飛び乗り、急発進させる。
犯行には20分も掛からなかった。エミール達は途中の森で車のナンバーをあらかじめ持って来た別の物と付け変え、キールの隠れ家へと戻った。
「大成功だ!!!」
部屋に入るなり、キールが大声で叫んだ。
「上手くいって良かったよ。本当に」
「私、ずっと心臓が止まりそうだった」
ヴィクトルとアーシャは安堵に胸を撫で下ろしていた。エミールも嬉しかったが、終わって見ると物足りなさが残る。確かにスリルはあったが、今回は1発も撃っていない。しかしそれを隠して、心から喜んでいるふりをした。
「それじゃあ、早速金を数えよう」
エミールは大量の紙幣で重くなった袋を床に置いた。キールが薄汚れたテーブルを持って来る。
「それにしても、無事逃げられて良かったよ。これだけあれば何でも出来そうだ。君には、感謝しかないよ」
「感謝するのは俺の方だ。俺1人じゃ、無理だった」
「でも、計画したのはエミールよ」
「そうだ!エミール万歳!」
皆が口々にエミールを讃え、労った。確かに物足りなさはあるが、初の大犯罪にしては上出来な結果だ。興奮が冷めないまま、7人は深夜まで金を数え続けた。
勘定が終わると解散となった。集まった金額は15人を拳銃と小銃で武装させてもお釣りが来る程の金額だった。万が一逮捕された場合に備えて、それぞれが金を分散して帰ることになった。エミールはアーシャを車でアパートまで送って行った。
「それじゃあ、明日学校でな」
彼女を車から降ろし、自分も家へと帰ろうとした。
「待って」
アーシャが切なさを湛えた声で叫んだ。白い腕で、エミールの腕を掴む。
「私、まだ胸がドキドキしてて、今夜は1人で寝れそうにないの……だから……」
彼女は自分の胸に手を当ててエミールを見つめている。彼女の肩に掛かる黒髪と、黒い目がいつもより艶っぽく見えた。エミールは心の中で笑みを浮かべた。
「いいよ。君が寝れるまで付き合おう」
彼はエンジンを切ると外に降りる。彼女は以前からエミールに気があるようだった。誘えば応じただろうが、焦らすのが面白くて知らないふりをしていた。
「ありがとう。狭い部屋だけど、上がって」
アーシャは嬉しさと恥ずかしさの混ざったような顔で微笑むと、彼の手を引いて自分の部屋へと案内した。「意外に積極的だな」とエミールは思ったが黙っていた。いずれ自分達は血みどろの戦闘へと突入するのだ。今の内に甘美な時間を過ごすのも悪くない。




