国家保安隊
新作です。よろしくお願いします
時代感は1940〜50年代側のヨーロッパをふわっと想像してもらえると幸いです。
降り続く雨が通りの石畳を濡らす。その中に怒号や叫び声が響いている。
「軍国主義の犬め!!」
そう叫び、兵士の盾を蹴った青年が警棒で殴り倒された。兵士は溶接工のようなバイザー付きヘルメットを被っており、顔は見えない。この国の治安部隊、国家保安隊の隊員だ。別の若者が持っていた角材で兵士に殴り掛かる。だが兵士は渾身の一撃を左手の大盾で防ぐと、警棒で彼を突き返した。
「お前ら!まずはコイツからだ!」
角材を持った青年は近くにいた仲間を集めると、5人で兵士に襲い掛かった。兵士は盾と警棒で応戦するも徐々に後ろへと追い込まれる。
「加勢するぜ」
しかし、彼も1人ではなかった。近くにいた仲間3人が集まり、反撃を開始した。
その広場では乱闘が起きていた。戦闘服に身を固めた兵士と、角材や鉄パイプで武装した群衆。数は群衆の方が多いが、装備と練度が違う。1人、また1人と地面に倒され手錠を掛けられる。
「くそっ、撤退だ!一旦引くぞ!」
誰かがそう叫ぶと撤退の声は連鎖し、群衆は一斉に逃げ出した。逃げ遅れた者や、果敢に抵抗を続ける者は包囲され、次々と拘束される。
隣国の侵攻を追い返して3年半、ルノヴァナ共和国は復興の道を歩んでいる。瓦礫となった都市は修復され、平和に向けた政策も進められている。市民生活もほとんど元に戻った。ある政治家は声高に演説する。
「皆さん、戦争は終わりました!自由で、平和な生活が戻ったのです。我々はこの平和を恒久のものとするべく……」
戦争は終わった。しかし平穏は長くは続かなかった。若い民衆の間で政治批判の風潮が強まり、陰謀論者がさらにそれをを煽動し、国内各地で先のような抗争が続いている。革命、を掲げる青年グループも少なくない。国家保安隊と群衆の乱闘はもはや日常茶飯事だった。内戦の始まりを予想する人さえもいる。それが、今のルノヴァナだった。
0830、ガリナは自室の鏡の前に立った。耳までくらいの長さの金髪で、茶色の詰め襟軍服を着ている。帽子をしっかりと被り、服にシワや汚れが無いか確認する。小柄な彼女には1番下のサイズですら少し大きい。彼女は鞄を持つとアパートの玄関に向かった。今日が初出勤日だ。秋風が涼しく心地よい。
0850、彼女は国家保安隊の基地へと到着した。陸軍憲兵隊から派生した、凶悪犯罪や暴徒の鎮圧を目的とする組織だ。ここ最近は暴動続きで街で姿を見かけることも多い。ガリナは数ヶ月の訓練を終えてこの基地に正式な配属となったのだ。認識表を門番に見せ、中へと入る。
0855、彼女は小佐のオフィスの前にいた。後ろの部屋の窓ガラスで身だしなみの最終チェックをする。室内なので帽子は取った。近くの椅子に「荷物置き場」と丁寧に紙が置いてあったので鞄を預ける。息を整え、扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼致します!」
思いの外大きな声が出てしまった。
部屋の中は広く、物が多いが落ち着いた雰囲気だ。手前には応接セット、奥には執務机がある。そこに黒髪でメガネを掛けた、長身の30代中頃の男性が座っている。その斜め後ろには、茶髪で30手前ぐらいの女性が立っている。2人ともガリナと同じ軍服を着ていた。彼女は2人の正面に立ち、敬礼をした。
「本日着任致しましたガリナ・ガラノヴァであります。国家と市民の安全のため、尽力致します」
「ああ、よろしく頼むよ。僕は少佐のオスカル・コワルスキだ」
彼はこの基地の最高責任者だ。国家保安隊はほぼ軍隊と同じ階級を採用している。
「それから、後ろにいるのがタチャーナ・アントーノヴァ軍曹だ。君の直属の上官で、当分の世話役」
「よろしくね」
彼女はハスキーな声をしていた。ガリナは、彼女の名前や声、顔に覚えがあった。タチャーナもそれに気付いたらしく
「失礼だけど、どこかで会ったかしら?」
と聞いてきた。
「……同じ名前の陸軍軍曹を知っています。レイラ・ペトロフスカヤ少尉の隊で……」
「やっぱり、あの時の。4年振りかしら」
2人の話にコワルスキ少佐も興味を持ったようだった。
「知り合いかい?」
「はい。戦時中お世話になって……」
「なるほどね」
ガリナは過去を思い出しながら答えた。そして、ここで彼女と再会したことである予感が頭によぎった。しかし、その話はそこまでだった。
「小佐、失礼しました」
「いや、いいんだ。さて、話を戻そう。君も国家保安隊の正式な一員となった訳だから、これを支給しよう」
少佐は机の端に重ねてあった3つの箱をガリナの前に並べて蓋を開けた。そこにはそれぞれ拳銃が収まっていた。一般的な自動拳銃、これも自動式だがコンパクトなモデル、そして少し古いリボルバーの3つだ。
「好きなのを1つ選んで、ここの登録書にサインしてくれ」
彼は引き出しから1枚の紙とペンも出し、箱の横に並べた。迷わずにコンパクトな自動式を選んだ。陸軍将校の間で好まれるモデルだ。
「それでいいのかい?」
「はい。訓練では1番よく当たったので」
彼女は椅子に座り、拳銃の登録書にサインをした。その間に少佐が革製のホルスターと実包入りの弾倉も用意してくれていた。
「規定通り、拳銃は出勤時と退勤時も携行すること。よし、それじゃあ軍曹に施設を案内してもらってくれ。これからよろしく頼むよ」
基地には待機室、食堂、仮眠室、武器庫、シャワー室、簡易的な牢屋、事務室など様々な部屋があった。地上2階地下1階もあるので、全て回ると半時間は簡単に過ぎてしまった。やがて、ガリナとタチャーナは更衣室へと入った。そこにはロッカーが並び、自分のスペースも確保されていた。
「施設案内は以上よ。何か質問は?」
「ありません。大丈夫です」
「よろしい。それじゃあ早速、暴動用装備に着替えてちょうだい。実戦だと思って、素早くね」
そう言うと軍曹は部屋の外に出た。
「始め!」
外から軍曹の声が響く。ガリナはロッカーを開けて、今着ている制服を脱いだ。暗い灰色の戦闘服に着替える。打撃や刃物を防ぐ薄い鉄板入りのボディアーマーを身に付け、弾薬を入れるためのポーチやベルトも装備する。支給された拳銃もホルスターに入れてベルトに付け、脚と腕にも革製の保護具を取り付ける。最後に溶接工のようなバイザー付きヘルメットを被り、手袋をはめて完成だ。
「終わりました!」
精一杯急いで装備を身に付け、軍曹の元へ駆け寄る。彼女は腕時計を見た後に、ガリナを上から下まで目を通した。
「脚の保護具が緩んでる。サスペンダーももう少し締めなさい。それから、後1分半は短縮出来るはずよ」
評価は手厳しい物だった。
「それじゃあ、今日はそのまま事務作業をして貰うから。待機室に向かいましょ」
「え、このままですか?」
「ええ。手袋は取ってもいいから」
ある程度の厳しさは覚悟していたが、ガリナはこの組織に入ったことを少し後悔した。
待機室にはソファーやテーブルが並べており、数人の隊員がそれぞれ過ごしていた。彼らはカードで何かのゲームをしたり、煙草を吸ったりして寛いでいる様子だ。皆戦闘服に着替えてはいるが、アーマーやヘルメットは着けていない。上着も脱いでいる人が多い。
「よお、俺は伍長のロベルトだ。よろしくな、新入り」
「よろしくお願いします……」
古参の風貌がある中年の隊員が話しかけてくれた。大柄で、浅黒く日焼けした肌の男だ。頭は綺麗に剃ってある。他の面々も挨拶をしてくれたが、ガリナは返すので精一杯だった。訓練で何度も着たとは言え、暴動用の装備はとても重い。それを着て事務作業などやりたくなかった。
「そいつは洗礼みたいなモンだからよ。俺ら古参が飽きるまでは耐えることだな」
それを察してか、ロベルトはそう言ってくれた。
「ちなみにどれくらい掛かります……?」
「さあ?飽きるまでだ」
渋々ガリナは椅子に座った。目の前には書類の山があり、どうやらこれを日付順に整理するのが「任務」らしい。
「お昼休みは外していいから」
タチャーナは優しく笑いウィンクをした。
ガリナは時折唸りながら書類整理に取り組んでいた。厚手の戦闘服は細かい作業に向かず、ヘルメットはバイザーを上げていても閉塞感がある。隊員達は皆気さくでいい人ばかりだ。雑談を振ってくれたり、キャンディーを分けてくれたりしたが、装備を脱ぐ許可だけはくれなかった。
「面白半分でフル装備で事務仕事させてるが、一応ちゃんとした理由もあるんだぜ?新入りは装備着ただけでバテるから、それに慣らすって理由がよ」
隣に座ったロベルトはそう言っていた。
「その気持ちは分かりますが……重いです」
「訓練だと思えよ。2週間以内にはみんな飽きるだろうからよ」
「2週間……」
その時、施設内にけたたましいベルの音が鳴り響いた。天井付近のスピーカーから声が聞こえる。
「商業地区にて非合法デモが発生。第1、第2小隊は直ちに現場へ急行せよ」
それを聞いたロベルトは戦闘服を素早く身に付けた。
「よかったな。事務作業は終わりだ」
明けましておめでとうございます。
本作でもお付き合いください。