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第1話

 雄大な山脈の麓にある街、鉱山都市アグトレア。ぼんやりと街並みを明るく照らす蒸気灯に、街のそこかしこに張り巡らされた配管の数々。重厚に噛み合う歯車の音。水蒸気によって常に霧がかった景色。ここに住む人の中には、これを風情と捉える者もいる。建物は麓から山の中腹近くまで立ち並び、この山一つがまるごと人々の生活圏となっている。


 街の運河を挟んだ先の一角に、一つの小屋がある。鉄板と廃材をただ闇雲につなぎ合わせただけのものであり、一見粗さが際立つものの、この街の景観においてはそれもある意味情緒と言っていい。


 中を覗くと、部屋のあちこちに乱雑に置かれたガラクタの数々。隅に放置されたままの工具。家の外装といい、主の性格が窺える。


 丁度、部屋の一番奥。床が一段下がったところで何やら作業に興じている人物がいる。手元に並べられた資材を吟味しては、テーブルの設計図とにらめっこ。あれこやこれやと試行錯誤を繰り返す。


 ウェーブ混じりの灰色がかった髪。よれたシャツの袖をこれでもかとまくり、頭にはでかでかとしたゴーグルと、腕には作業用の分厚いグローブ。如何にも、職人といった風貌だ。


 少年の名はロクタ。彼は採掘士という職業の傍ら鉱物加工技師の側面を持っている。鉱山に赴いては、かき集めた鉱物をこうして己の作品に組み込んでいるのだ。


ーーガチャ。


 作業に勤しんでいると、裏口の扉がガチャリと開いた。


「ういーす、ロクタ。頼まれた資材、持ってきてやったぞ」


 入ってきたのは友人のスコラットだ。短髪に袖なしのジャケット、肩にキズがトレードマーク。ロクタとは幼少の頃からの付き合い。所謂、腐れ縁という奴だ。小うるさい一面もあるが、何かと気の良い奴である。スコラットは木箱を両手で抱えたまま、裏手の階段を降りてロクタの元まで持ってくる。


「よいしょっと。これでいいか?」

「おお、助かるぜ」


 木箱の中には、ロクタが注文した資材がたんまりと入っていた。


「うちに余ってた資材もいくつか入れておいたぜ」

「いやぁ、十分十分」

「で? どうよ調子は」

「最高にいいもんができそうなんだ。見てくれよ」

「うん?」


 ロクタは左腕をスッと横に出す。彼の腕に装着された装置。腕と同等の大きさで長さも肘から手首までと、前腕に収まる程度。本体は全体的に丸みを帯びていて、周りには簡素なメーターと小さな管が取り付けられている。先は筒状になっていて、その部分だけ他のパーツと質感が特に異なる。


「なんだこれ?」

「ヘヘ、オレ特性。蒸気圧砲!」

「蒸気圧砲?」

「ああ、クォータルを動力源に、蒸気圧で弾丸を打ち出す。弾丸の素材は、鉱物の中でも硬度が高く、なおかつ加工しやすいゴルジニウムをベースにしてる」


 クォータルとは、アグトレア周辺の鉱山にのみ存在する特殊な鉱物のこと。謎に満ちたエネルギーを秘め、湯を沸かすのにも、街を照らす街灯にも使われる。この街において、欠かせない大事な資源である。


「へぇ、こいつはすげぇや。これなら、坑道の地底生物にも対抗できそうだな」

「ただ、いくつか問題があってな」

「問題?」

「クォータルを動力源にしてるだけあって威力は申し分ないんだが、その分調整が難しい。強すぎたらボディがもたないし、かと言って弱めたら威力が落ちる。そのために、フレーム部分を足して強度を高めるつもりだったんだけど、それに見合う素材が不足しててね」

「なるほど、それで資材が必要だったってわけか……」

「そゆこと。他にも反動を抑えるための排気出口はもちろん、蒸気圧を調整するメーターも重要になってくる。これでもまだ改良の余地はあるかな」

「ふぅん」


 納得したスコラットは部屋に吊るされたハンモックに寝転ぶと、ポケットから深紫色の鉱石を取り出す。石ころほどのサイズのそれを指先で転がし、しみじみと眺める。


「クォータルねぇ……見れば見るほど、不思議なもんだよなぁ。これさえあれば、街のあらゆるところを動かせるんだから。これが見つかるまでは、人はものを動かす動力源を人力が水力に頼ってたって話だし。まさに、時代の救世主ってカンジだな」


 時代の救世主か……確かに、言い得て妙だ。


「それにしても、こんな時間までご苦労なこったな」

「ああ、例の新鉱調査か」


 ハンモックに寝転がりながら、窓から確認するスコラット。もう夜だというのに、山の方ではまだ明かりが灯されている。通常、この時間帯は全ての採掘士は帰宅しているため、採石場に明かりがつけられることはない。しかし、あの一帯だけは夜通し明るいままだ。


 クォータルはこの街の生命線。だが、ここ数年。その重要な資源も徐々にかげりを見せている。上層部の人間はクォータルに代わる新たなエネルギー資源を探し当てようと躍起になっているが、未だ発見には至っていない。


 新鉱調査とは、あらゆる高性能な掘削装置を使い、未知のエネルギー資源を掘り当てる試みの事だ。


「ああやってぶっ続けで作業してるところを見ると、上も相当焦ってんだろうな」


 その気持ちも分からないでもない。クォータルのおかげでアグトレアは栄えているが、それもいつまで持つか……。



ーービーーーーーッ。


「「!?」」


 思考を遮るようにして、突如街中に鳴り響いた警報音。それを聞いた瞬間、ロクタとスコラットは顔を見合わせた。


「ロクタ!」

「ああ、奴らだ。さっそくコイツの出番ってわけか」


 ロクタは腕に装着したブツを眺め、ニヤリと笑う。




 ジャケットを羽織り、ロクタは裏口の扉を勢いよく開ける。外に出た二人は建物の裏手に置かれた三輪のバイク、蒸気トライクに乗り込むとすぐさまエンジンをかける。

「行くぜ、ギアっち!」


 ギアっちの愛称がついた蒸気トライクは後方から水蒸気を噴出すると、意気揚々と街中を走り出した。



 先ほどの警報音……間違いない。例の鉱石泥棒だ。昨今、山の中腹にある貯鉱庫から鉱石を持ち去る事件が相次いだ。管理人の調査によると、正体は新手の鉱物窃盗集団、ロック・ギラー。奴らの手口は大胆そのもので貯鉱庫に爆発物を仕掛け、扉を破壊し、鉱石を根こそぎ奪ってゆく。対策しようにも、奴らは一筋縄ではいかない。扉前の鉄柵も難なく突破し、駆け付けた警備隊も、武装した相手にあっけなく返り討ちにされてしまう。


 そんな中、地底生物の潜む危険な坑道に出向くロクタ達採掘士の腕を買われ、少し前からロック・ギラーの制圧を一任されていた。



 現場に到着する二人。状況はひどい有様だ。襲撃によりあちこちで煙が舞い上がり、流れ弾の影響で周辺の建造物にも被害が及んでいる。


「うっひゃあ! こりゃ、すげぇな……」

「他の奴らはもう来てるみたいだ。オレ達も行くぞ!」

「おうよ!」


 遠くから、激しい爆発音が聞こえる。音の聞こえる方へと走り出す二人。斜面を越えた先。丁度、貯鉱庫がある窪地の部分に奴らはいた。他の採掘士に取り囲まれ、既に追い詰められたロックギアのメンバーは厳しい表情をしている。


「く、くそう……何なんだコイツらは」

「こんな奴らがいるなんて聞いてないですぜ兄貴! 」


 まさに多勢に無勢というべきか。十数人ばかりの人数に対し、こちらは百を優に超える。


「なんだなんだ? もうカタつけちまってるじゃねぇか」

「オレらの出番はなさそうだな」



 もはや勝負は決したようなもの……と思われたが、中心にいる荒々しいリーダー格の男が何やら懐をゴソゴソし始めた。


「ちくしょう……こうなったら」


 そう口にした直後、懐から取り出した何かを地面に叩きつける。その瞬間、猛烈な速度で黒い煙が立ち込め、周囲を一瞬にして包み込んだ。視界が黒一色に染まる。


「うっ」

「え、煙幕!?」


 数十秒後、煙幕はたちまち消えていったが、肝心の奴らの姿が見当たらない。


「どこへ消えた?」


ーーギュイーーーーーン。


 直後、空に鳴り響く羽音。見上げると、ロック・ギアーのものと思われる小型飛空艇が飛び去って行くのが見えた。


「あいつら、逃げる気か!?」


 採掘士は銃を構え、飛空艇に向けて一斉に発砲する。だが、その分厚い装甲の前には何の効力も示さず。空しくも全てはじかれてしまった。スコラットも太もものホルスターから銃を抜き加勢するが、彼らと同様、まるで効力がない。


「まじかよ……」

「オレがやる」


 そんな中、ロクタが名乗り出る。片膝をつき、蒸気圧砲の後端に、ポーチから取り出したカートリッジを装填する。左腕を上に向けて突き出す。サイトを立て、落ち着いて飛空艇に狙いを定める。


ーーバァンッ。


 本体側面の引き金を引くと、凄まじい爆音と共に取り付けられた管から蒸気が噴き出し、光る矢のごとく弾丸が勢いよく発射された。


ーードゴォ!


 弾丸は飛空艇のエンジン部分に直撃するとそのまま貫通し、里帰りする流星群の如く空に消えていった。


「よっしゃあ!」

「うそぉ……」


 あまりの威力に、スコラットもポカンと口を開けたまま、ただただ落ちていく飛空艇を眺めている。



 ロクタの放った渾身の一撃により、飛空艇は墜落した。その後、駆け付けた警備隊によってロック・ギラーのメンバーは無事に逮捕された。これで当分は街に平和が訪れるだろう。


「飛空艇で逃げられそうになった時はだいぶ焦ったけど、何とか任務達成だな」

「そうだな」

「ふぅ。なんかホッとした腹減ってきたわ。帰りに何か食って行こうぜ」

「おう」

「ほんじゃ、ギアっちに乗ってソッコー帰還帰還っと!」


 後頭部で腕を組み、上機嫌に下山するスコラットの背中を見ながら、ロクタも後に続いた。


ーーカッカッカッカッカッ。


「ん?」


 気のせいか。たった今、山の斜面に設置された鉄骨の上を誰かが走って行ったような……。その方向を凝視していると、遠くからスコラットの呼ぶ声がした。


「おーい! 早くしろーい!」

「今行く!」


 気になりつつも、ロクタは下山した。

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