第一肉 筋肉戦士よ立ち上がれ!
時は現代。世は大筋肉時代。ドラマ、アニメ、ゲーム等の娯楽コンテンツは勿論。飲食店やサロンや美容院、書店や雑貨小物店に洋服屋からコンビニエンスストアに至るまで、軒並み筋肉に訴えかける商品やサービスを提供するようになった。
今や男子小学生から女子大学生、いや、老若男女人種も問わずダンベルを携帯しプロテインは国境を超える愛用食となった。
この筋肉ブームの火付け役となったのが後に新たに制定されることとなる『ノーベル筋肉学賞』を人類で初めて受賞することになる天才筋肉科学者、ドクター・プロテインである。
彼は世界一不健康とされる国に電撃訪問すると、独自のトレーニング方法を伝授。更には自身の筋肉で実験を繰り返して新たに発明したプロテインを寄贈し、多くの国民の身体を引き締めることに成功。それにより世界中からラブコールが掛かり、結果として世界中が筋肉の虜となった。
しかし筋肉は一日にしてならず。選ばれし者でない限り、あくまで引き締められた身体にすぎない。ボディビル選手のような『黄金の肉体』を手に入れるには桁外れの努力と生まれ持った才能が不可欠なのだ。
そこに目を付けたある集団が、違法薬物などの摂取による筋肥大を餌に世界中の花開かない筋肉愛好家を誘拐。彼らの肉体を文字通り道徳を欠いた方法で改造し、筋肉武装集団『ステロイド』を名乗った。更に、『ステロイド』は世界一影響があるとされる街を襲撃。『真の筋肉の自由と解放』を宣言して仲間を募ると、何の罪もない筋トレ愛好家『筋トラー』に肥大した筋肉で乱暴を働き、その恐ろしさを世界中に知らしめた。
世界が悪しき筋肉に支配されようとしたその時。全人類の愛と平和、そして筋肉を守るために最強の筋肉戦隊『超筋力バルクマン』が立ち上がった!
───これは、筋肉を鍛え、精神を鍛え、人類の期待をその大きな広背筋に背負った、熱き若者達の物語である!
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俺の名は古見家 拓夫。名は体を表すなんて言われるがその通り、アニオタだ。子供の頃から外で遊ぶより家でゲームしてたりアニメ見てる方が楽しかったのだから、ある程度身体が成長しても、俗に言う『立派な大人』ってやつではない方向に仕上がっている。
ただ勘違いしないで欲しい。俺はオタクであることに誇りを持っている。二次の嫁は数えきれず、推しアニメに貢いだ額は数えない。ソシャゲはハズレるのが怖くて手が出せないが、その分円盤やフィギュアなんかのコンプリート率は高い。当然初回限定版で揃えてある。予約限定もあればそれも。つまり物によっては重複してることだってある。でもそんなの当たり前だ。俺だけじゃない。
とはいえ、最近の筋肉ブームに押されてこの辺のサブカルチャーも軒並み筋肉尽くしになりつつある。筋トレするJKのアニメは元より、有名コンテンツの筋肉キャラクタースピンオフとして筋トレ漫画が出るのなんてもう珍しくも何ともない。少し前の猫も杓子もグルメしてたような感じだ。『食って太ったんだから次は痩せろ』っていうことだろうか。
……まあ、俺も最近、そのブームの影響で筋トレを始めた。嫁や推しに貢ぐ方が忙しくてジムに行けてるわけでもプロテイン飲んでるわけでもないけど、朝早起きして腕立て腹筋スクワットをそれぞれ15回1セット×3こなす。バイトから帰ってきてやる元気は無いからね。始めてから半年位しか経ってないけど、所謂ポッチャリ系だった身体は少しずつ、確かに変わってきているのがわかる。
努力したことが確実に形になって現れるってのは気持ちがいいもんだね。ゲームでもそうだけど、目に見える形で現れる結果があるから俺は頑張れる、続けられる。
でも、世の中俺みたいに単純なヤツだけってわけでもないみたい。俺よりも金かけて、俺よりも努力して、俺よりも高い目標を掲げていた筋肉愛好家達が次々と攫われたステロイド決起事件。奴らは強力な薬物によるドーピングやDNA改造手術によって強靭的な筋肉を得られるのを宣伝文句として仲間を増やそうとしているらしい。本当の目的かどうかはわからないけどニュースやなんかで報道されてるのは『真の筋肉の自由と解放』らしい。意味が分からない。
でも、まだまだ初心者とはいえ俺だって筋トラーの端くれ。許しては置けない。ステロイドの奴らがやってることは筋肉への冒涜だ。
俺には何の力も無いけれど、でももし俺にできることがあるのなら力になりたい。一人の筋肉を愛する者として……!
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俺はいつもの様にバイト先へ向かっていた。推しに、嫁に、貢ぐための軍資金は俺が稼いでるのだ。別に威張れることでもなんでもない普通の事なんだけど。バイト先の焼肉屋はハッキリ言って地獄だ。酔っ払いに絡まれるし、ヤンキーにも絡まれるし、先輩や店長からのパワハラなんて日常茶飯事。でも給料だけはいいのだ。親父に見せたら『お、俺が今の会社に勤め初めだった頃より稼いでる……!?』なんて驚かれてしまった。
なにより女性スタッフがみんなかわいいのだ! 噂によれば女性スタッフに限り容姿も採用理由に検討されてるらしい。確かにそんな噂がたってもしょうがない。だって本当にみんなかわいいし綺麗なのだから。……実は俺も一方的にだけど好意を寄せてる子がいる。姫田 紗生さん。同い年の17歳(らしい。いや、年齢直接聞くの、無理じゃない?)で、このバイト歴は僕より2ヶ月後輩。たった2ヶ月じゃ先輩風吹かせるわけにもいかないし、ここまで会話はほぼゼロ。精々仕事中の業務連絡くらいなもんだ。え? 二次元に嫁がいるのに三次元の女性に恋をするのかって? それはそれ、これはこれ、だよ。
そんなワケで『業務内容は地獄だけどバイト仲間に好きな人がいるから』という理由でほとんど毎日シフトを入れている。お陰で随分稼がせてもらってるよ。
っと、話が逸れちゃった。あの交差点を右に曲がればもうすぐバイト先の焼肉屋だ。今日も姫田さんかわいいんだろうなぁ……!
その時だった。大きな爆発音と共に地面が揺れ、俺は自転車から放り出された。丁度曲がろうとしていた為に減速してはいたが、頭から地面に突っ込みそうになり咄嗟に頭を振って肩から着地する。
幸い、鍛えられた筋肉と元々あった脂肪のお陰でダメージはほぼなかったが、痛いものは痛い。ぶつけた肩を抑えつつ立ち上がり周りを見渡すと……向こうの方から騒ぎが聞こえる。まさか、ステロイド!?
あっちには焼肉屋、つまり姫田さんたちがいる! 早くいかなきゃ! 俺は倒れた自転車を起こしてペダルを思い切り漕ぐ。日頃のスクワットが効いてる証に自転車はロケットスタートで現場へ進みだす。
現場へ近づくと……辺りは酷い様子だった。全身日焼けしたような真っ黒な身体に|ポージングトランクス$ボディビル選手が競技中に着用するコンテスト用パンツのこと。余談だが、ビキニの様に際どい形であるため競技中にパンツから陰毛がはみ出すことが無いようにあらかじめ剃っておくことがマナーとされている$を履いて、口角が歪に上がった表情の描かれた仮面を着けた大男達が数十名、思い思いのポージングをしながら暴れ回っていた。
ど、どうしよう……。あんなにデカイ強そうなやつらになんて勝てっこない……。逃げなきゃ……。
───ッ違う! 助けなきゃ! 姫田さんを! みんなを!
焼肉屋の方へ向かおうとした俺の前に一人の大黒男が立ちはだかった。思わず足がすくんでしまう。ヤツは|フロント・ラットスプレッド$ラットは『背中の筋肉』、スプレッドは『広げる』ということを意味し、背中の筋肉を広げたポーズのことを指す。そのうち正面から見せる『フロント・ラットスプレッド』は背中に付いた逆三角形の体型を形作っている筋肉である広背筋を脇の下から見せ、背中の筋肉を大きく左右に広げて背中の横幅を強調するポーズのことを言う$のポーズをこちらに見せた後、襲い掛かって来た。
「うわあああああああ!」
やられる……! このままじゃ、死ぬ!
そう思ったときだった。
「でぃやぁあああ!」
黄色の|プロテクタースーツ$プロテクターが内蔵されたスーツのこと。主にバイク用の物が多い。また、インナータイプとアウタータイプがあるが、彼らが着ている物はアウタータイプに近い$? に身を包んだ巨漢が大黒男に体当たりを見舞い、吹き飛ばしてしまった。
「大丈夫でごわすか!?」
振り向いた巨漢の顔は硬そうな、ヘルメットのような、マスクに隠されていて窺えない。が、とても優しい声だった。
「は、はい……」
「よし、すぐ逃げるでごわす! ここはおいどん達が食い止める!」
す、すごい迫力だ。思わずそのまま逃げだしそうになったがすぐに思い出す。俺はそもそも姫田さんを助けにきたんだ。焼肉屋は……! まずい! 大黒男達に店を囲まれている!
「姫田さん!」
「待て! どこへ行く!?」
「あの焼肉屋! 俺のバイト先で! 多分中にまだ人が!」
「何だって!?」
黄色の巨漢は驚いた様子で声を上げる。しかし再び走り出そうとした俺の手を掴んで引き留める。
「離してください!」
「落ち着け! おいどん達が必ず助ける! ブルー! 一緒に来るでごわす!」
巨漢が振り返った先には、似たようなデザインの青色のプロテクタースーツに身を包んだ細身の男がいた。
「嫌なこった。お前みたいなデブでブスでモテないようなヤツに命令されるなんて俺様のプライドが許さないんでね」
「ブルー! 人命がかかっているのだぞ!? ちっぽけなプライドなんか捨てるでごわす! おいどん達は『戦隊』なんでごわすよ!?」
「嫌なもんは嫌なんだよ。テメーが一人で行きゃあ良いじゃねえか豚」
「なんだと!? もう一度言ってみるでごわす!」
しかし黄色の巨漢と青色の細身は口論を始めてしまった。このままじゃラチがあかない! やっぱり俺一人でも! と、思った矢先。
「イエローさん! 僕が一緒に行くッスから! ブルーさんも! 戦いに集中してくださいッス!」
今度は緑のプロテクタースーツに身を包んだ少し背の低い男がやってきて二人を嗜める。二人共まだ睨み合っていた(マスクで顔が見えないので表情はわからないけど、聞こえてくる声、ていうか息遣いはまだ興奮した様子だった)が、今度はそこにもう一人、ピンクのプロテクタスーツ越しでもわかる筋肉モリモリマッチョマンがやってきた。
「二人共やめたまえ。そんなことよりこの上腕三頭筋を見てくれ。どう思うかね?」
仲裁するのかと思いきやこのピンクの筋肉モリモリマッチョマンは|サイドトライセップス$サイドは『横』、トライセップスは『上腕三頭筋』を意味し、上腕三頭筋の大きさとシェイプについて強調するために腕を背面で組んで横を向くポージングのことを指す$のポーズをして筋肉を自慢し始めた。な、なんなんだこの人……。
「テメーは暑苦しいんだよ筋肉ダルマ! すっこんでろ!」
「おいどん達は今真剣な話をしているでごわす! ピンクの筋肉を眺めている暇などない!」
予想通り二人は返ってヒートアップしている。そりゃそうだって……。でも、このピンクのマッチョマンは全く怯んだ様子もない。
「ふむ……私の筋肉を見ている暇は無いが、口論をしている暇はあるのか。『人命のかかっている』、『戦闘中』にありながら」
「っ!」
「……」
い、一瞬で黙らせちゃった。もしかしてこの人、凄い?
「ブルー……すまなかった、誰とて命令されるのはいい気持ちはしないものでごわす。おいどんが悪かった。グリーン、一緒に来てくれるでごわすか?」
「え、あっはいッス!」
「僭越ながら私も付いて行こう。ブルー殿、ここをお願いできるかな?」
「……ああ、任せとけ。欽、悪かったな」
ピンクの人がリーダーなんだろうか……。あれだけバラバラに見えたチームが一瞬で纏まっちゃった。やっぱ筋肉が凄いと頭も良いってことなのかなぁ。
俺がその場で呆けて見てると青い人に、邪魔だ、と怒られた。確かに、この状況じゃ完全に俺は邪魔者だ。大人しく逃げよう。いや、せめて救急車を呼ぼう。あと警察。今の俺にできることなんてそれくらいだろう。
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拓夫から報告を受けたことにより三人は目の前の焼肉屋に向かっていた。店の周りは多くの大黒男たちが占領しており、店の中にも既に何人か入っているようだ。イエローが体当たりや自慢の怪力で大黒男達を次々に投げ飛ばすとグリーンとピンクが店の中へと突入。
ホールに従業員の姿は無く、グリーンは店の奥を捜索するべく駆け出す。ピンクはホールにいる大黒男達の気を引く為に様々なポージングをして見せた。おかげでグリーンは誰にも邪魔されずに従業員達の下へと辿り着いた。
「みなさん! もう大丈夫ッス! 僕に付いて来て下さいッス!」
グリーンのハキハキした喋りとプロテクタスーツ越しに伺える健康的な筋肉は、従業員からの信頼を得るのに十分だった。全員文句一つ言わずにグリーンの誘導に従い、大人しく店の外に裏口から出るとそのまま現場から避難しようとする。
しかし、近くの窓ガラスが割れてピンクが飛び出してきた。グリーンが慌てて駆け寄る。
「ピンクさん! 大丈夫ッスか!?」
「グ、グリーン殿……。私の、筋肉、小さくなってないか……?」
「大丈夫です! 相変わらずデカいですしキレてます!」
「そ、そうか……良かった……」
「なにがあったんですか!?」
「き……気を付けたまえ……。一人、とてつもなくデカい筋肉の持ち主がいる……。強いぞ……」
ピンクのその発言の直後、割れた窓ガラスから一つの巨影が飛び出してきた。
「なんだ仲間がいたのか。しかし、よもや我々ステロイドに反抗する愚か者がいたとはな……」
出てきた巨影の姿は、全身日焼けしたように真っ茶色でポージングトランクスとブーツを履いて、顔には謎の模様が描かれたマスクを着けていた。
「な、何者ッスか! あんた!」
「俺か? 俺はデマヨ・ドーピー。我がステロイドの日本進行作戦における華々しい尖兵を買って出た男だ」
デマヨ・ドーピーはそう言うとサイドトライセップスのポーズを取る。その上腕三頭筋はピンクの物よりも一回り以上もデカく、まさに怪物のような腕だ。
「そこの貧弱男。本物の筋肉ってのはこういうもんだ」
誇示するように次々にポーズを変えては自慢の筋肉をアピールしてくる。その度にピンクはダメージを受けてるように声を上げていた。
「ピンクさん!」
「な、なんてデカさだ……勝てない……!」
「ピンクさん! しっかりして下さいッス! 明らかにダメージを受けている原因がおかしいッスよ!」
「し、しかし……!」
「しかしもなにもないッスよ! ていうかあいつらピンクさんと違って絶対|ナチュラル$一切ドーピングすること無く、自然なサプリメント摂取や地道なトレーニングを積み重ねるタイプのこと。ボディビルにおいてドーピングは完全に禁止されてるわけではなく、ドーピングをする者としない者で参加する大会を区別している。が、しない者が参加する大会にドーピングをした者が参加しようとしたり、ドーピングによる後遺症が深刻なものであるため、近年問題視され始めている$じゃないですって!」
「む……! 確かに言われてみれば」
「だからナチュラルでありながらこのデカさとキレを持っているピンクさんの方が絶対凄いですって! 自信もって下さいッス!」
グリーンの熱い励ましによって戦意を取り戻したピンクはゆっくりと立ち上がり|サイドチェスト$サイドは『横』、チェストは『胸』を意味し、胸の厚みを強調することからこの名前となっている。胸の厚みだけでなく、腕の太さや脚の太さなどの肉体の厚みを強調するポーズのこと$のポーズを取ると静かにデマヨ・ドーピーに言う。
「私の筋肉の方が、確かに小さいかもしれぬ。しかし───より美しいのは私の筋肉だ」
「栄養失調みたいな身体のやつが負け惜しみを言うんじゃねえ! コ・ドーピー達よ! こいつらを始末しろぉ!」
デマヨ・ドーピーの声により、大黒男達の大群が二人と従業員を囲む。が、そこにブルーとイエローも合流した。
「遅くなったな! 俺様の方は全員始末したぜ!」
「おいどんの方も全て片付けたでごわす! あとはあいつだけでごわすな!」
「はいッス! でも、あいつ。今まで戦ってきたヤツとは明らかに違うッスよ!」
「ああ。今までのヤツがただの兵隊なら、彼は小隊長、と言ったところだろう。筋肉のデカさが違う」
四人が揃い万全に見えるが、デマヨ・ドーピーは全く怯んでおらず、むしろ四人の方が怯んでるようだった。
「違うのは筋肉のデカさだけじゃねえぜ。強さも段違いなんだよォ!」
大黒男達───コ・ドーピー達が襲い掛かるのと同時にデマヨ・ドーピーも襲い掛かる。従業員達を背にした四人は避けることもできず、各々で防御の体勢に入っていた。
その時だった。
「うあああああああ!!!」
デマヨ・ドーピーの背後から走ってきた一台の自転車が、デマヨ・ドーピーの背筋に激突した。
「うお!?」
デマヨ・ドーピー自身は大したダメージを受けた様子もなく、しかしその自転車は大破していた。そして、その自転車に乗っていた人影も空中に放り出され、固い地面に激突した。
「な!?」
「君!? 大丈夫ッスか!?」
ブルーが驚愕し、グリーンが駆け寄る。地面に転がっていたのは───拓夫だった。
「少年! おいどんは逃げろと言ったハズでごわす! どういうつもりでごわすか!?」
イエローが掴みかからん勢いで詰め寄ると、拓夫はグリーンの手を借りながら立ち上がり、イエローに答えた。
「無理ですよ……俺だって、ステロイドの奴ら許せないし、何より、好きな人の前でぐらい見栄張りたいじゃないですか……!」
「何を言ってるでごわす! 命あってこそ! 勇気と無謀を履き違えてはいけないでごわす!」
「全くよぉ~。俺様が折角逃がしてやったのに……。ま、惚れた女の前でカッコつけられないようじゃ、男としては終わりか」
イエローが拓夫を諭そうとした、まさにその時ブルーが割って入る。イエローがブルーの方を向いて声を荒げる。
「ブルー! 無責任なことを言うもんじゃないでごわす!」
「欽よぉ、男にはな、絶対退いちゃイケねえときがあんだよ。この半ぽっちゃり眼鏡くんにとっては、今がまさにそれだったんだ」
「お前の言いたいこともわからんではない! しかし、我々は戦隊なのだ! その一挙手一投足には責任を持って」
「だぁから、俺様はコイツの肩を持つ代わりに責任持ってコイツと、コイツの惚れた女を守る。それで文句ねえだろ」
「しかし……!」
「イエロー殿。ここはブルー殿に任せよう。ブルー殿、彼と彼の仲間たちを安全なところへ」
「オーケイ。ありがとよ、力」
ブルーに連れられ拓夫と紗生達は避難を開始する。が、そこにデマヨ・ドーピーの魔の手が迫った。
「素直に逃がすとでも思ったかぁ?」
「くっ!」
「ブルー! 行くでごわす!」
しかしそのデマヨ・ドーピーの背中にイエローが組み付いた。
「欽っ!」
「お前のことは気に入らんが、その方たちを助けたいという思いは一緒! ならばやることは一つでごわす!」
イエローは組み付いた体勢のままデマヨ・ドーピーを抱え上げ、地面に叩きつけた。
「さあ早く!」
イエローがデマヨ・ドーピーの前に立ちふさがるようにしてブルー達を守る。
「ありがとよ欽! ちょっと見なおしたぜ!」
ブルーはイエローにそう言うと、コ・ドーピー達を蹴散らして退路を確保し、避難誘導を開始した。
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「ここまでくれば大丈夫だろう」
俺達はブルーと呼ばれる人によって安全な所まで誘導された。
「おい、眼鏡くんよ。ちゃんとキメろよ? この未来のNo.1ホストである俺様がお膳立てしてやったんだからな」
「は、はい! ありがとうございました!」
「おう、じゃあな!」
そう言ってブルーさんはあっという間に戦場に戻ってしまった。
「古見家くん……」
「姫田さん……無事で良かった」
俺も、覚悟を決める。ここで言わなきゃ男じゃない。
「あの、姫田さん、実は俺……ずっと前から」
「君! 突然だが失礼!」
一世一代の告白をしようとした矢先、横から現れた謎の老人に邪魔をされた。驚きとやるせなさで脱力してしまう。
「なんですかあなた、っていうか誰ですか?」
「身体に触らせてもらうぞ」
「え? あ、や、ちょ」
抵抗虚しく身体を頭のてっぺんからつま先までベタベタ触られる……不愉快だ。
「やめてくださいよ!」
俺が払うと同時、いや振り払うより少し早く老人が離れる。
「うぅむ……今は脂肪量が多く目立たないが内側にはしっかりと筋肉が育っておる……。有酸素運動と食生活で絞れば理想的な肉体が作れそうじゃな……」
俺から離れた老人が何かブツブツと呟いている。不気味すぎる。が、ここはハッキリさせなければ。
「いきなりなんなんですかあなたは!? 何の用です!?」
「おっと、いかんいかんワシとしたことが……つい夢中になってしもうたわい」
老人はそう言うとかけていたサングラスを外し、そのパーマっぽい白髪を根元から掴むと髪を脱いでしまった。というかカツラだったのか。やけに彫りの深い目元に一本も毛髪がない頭部。代わりのように蓄えられた髭がより一層際立つ。……というかこの人、いやこの方は……!
「ドクター・プロテイン!?」
「どうやらこの国でもワシのことは知られているようじゃの」
「今世界一有名な科学者であるドクター・プロテインのことを知らない人なんていませんよ! あ、あの、サイン貰えますか!?」
「科学者からはサインよりもアドバイスを貰うべきじゃよ。じゃが今はそんなことどうでもいい。君に頼みがある。それもイエスと言って貰わねば困る頼みじゃ」
「俺に頼み!? なんですか!?」
「君に『超筋力バルクマン』の『バルクマンレッド』になって貰いたい」
「『超筋力バルクマン』?」
「先程君達を助けた四人組じゃ。じゃが、まだ完全ではない。あれは五人揃って漸く一つのチームなのじゃ。そのためには君の力が必要じゃ」
お、俺があの人達みたいに……? でも俺にそんなのつとまるのかな……。
「心配は無用じゃ。君はなんの力も無いが、しかしあのドーピーに立ち向かったじゃないか。それに君の筋肉は確かじゃ。何よりもこのワシが認めた。これで理由なら十分じゃろう? まだ何かいるかね?」
「い、いえ……」
「まだ迷っとるようじゃな」
それはそうだろう。いきなりこんなこと言われて、即断即決ってわけにはいかない。でも、あのステロイドとの戦いにおいて、力になりたいと思っていたのは確かだ。でも怖いんだ。だって奴らのフィジカルは並じゃない。鍛え足りてない俺なんて全く戦力にならないだろう。
「優柔不断な男は女子からモテないもんじゃ。やるのか、やらないのか?」
……っ! 今ここには姫田さんがいる。なら、カッコ悪い真似できないよな!
「やります!」
「そう言ってくれると信じていたぞ。君にこれを渡そう」
ドクター・プロテインが取り出したのは、一風変わったダンベルのような何かだった。
「こ、これは?」
「『バルクアップダンベル』じゃよ。これを使ってバルクアップすることで『超筋力バルクマン』となって戦うことができる」
「バルクアップダンベル……」
「使い方はまず、ここを捻るのじゃ」
俺の手に握られたバルクアップダンベルの片方の重りをドクター・プロテインが捻ると、『コウフカ!』と音声が鳴った。
「そうしたら右手で三回、左手で三回、正しいフォームで|アームカール$上腕二頭筋を鍛えるトレーニング方法のこと。ダンベルを持ち、肘を腰に付け、肘を曲げる形でダンベルを上げるのが正しいフォームである。ダンベルでなくチューブを使う者や、反対側の手で負荷をかけて行う者もいる$をするのじゃ。終わったら最後に胸の前に両手でバルクアップダンベルを持ち『バルクアップ』と宣言すれば、君は『超筋力バルクマン』へとバルクアップできる」
言われた通りにアームカールをゆっくり行う。……思ったより重いな。でも筋肉に効いてるのがわかる。両方の腕でしっかりとアームカールをやった俺は両手でバルクアップダンベルを胸の前に掲げて叫んだ。
「バルクアップ!」
すると、バルクアップダンベルが光り輝き、凄まじい力で両手が弾かれる。しかしバルクアップダンベルは地面に落ちることなく宙に浮いたまま、更に光を増していった。やがて俺の身体が光に包まれると、全身に何かが纏わりつく感覚がした。光が消えると、バルクアップダンベルもどこかへ消えていた。そして俺の視界に、少しだけ違和感があった。まるで、何かを被っているような……。
「おめでとう。これで君も今日から『超筋力バルクマン』の一員、バルクマンレッドじゃ」
「え? 俺どうなってるんです?」
「ワシが開発した特殊スーツ『バルクプロテクションスーツ』に身を包んどるんじゃよ。詳しい説明はまた後でしてやろう。それより今は四人を助けてくれ」
「はい! ドクター・プロテイン!」
駆けだそうとしたが、一歩踏みとどまる。大事なことを伝えなきゃイケない相手がいるのだ。
「姫田さん」
「え? あ、はい!」
「あとで、お時間ありますか?」
「え、えーっと、はい」
「良かった。あとで大事な話があるんです。聞いてもらえますか?」
「……はい! 無事に帰ってきてくださいね!」
姫田さんの笑顔に更なるパワーを貰った俺は戦地へと駆け出した。待ってろよ、みんな!
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「おいおい、威勢がいいのは最初だけだったようだなぁ?」
デマヨ・ドーピーが見下ろす先には地面に伏す四人の姿があった。皆満身創痍といった具合で、立ち上がることさえままならないようだ。
「くっ……そっ……。なんでだ……。俺様達が勝てねえなんて……」
「つ、強すぎるでごわす……。これまでのとは……根本的にレベルが違う……」
「ぼ、僕たち……このまま死んじゃうんですかねぇ……」
「ぐむぅ……ここで折れれば筋肉が廃る……が、しかし……。現状、打つ手が無いのが事実とは……あまりに、無念」
地面に伏したままの四人にトドメを刺すべく、デマヨ・ドーピーが一歩一歩足を進める。
「まあ、俺達ステロイドに楯突いた者がどうなるか、っていう見せしめには丁度いいやな。じゃあな貧弱四人衆。精々地獄で鶏ササミ食ってろや」
デマヨ・ドーピーがその巨腕を振り上げる。四人が諦めかけた、その時だった。
「本日二度目ええええええ!」
デマヨ・ドーピーに向かって突き進む自転車が一台、あった。そこに乗っていたのは───四人が着ているプロテクタースーツによく似たデザインでありながら色は赤という、四人とは違うスーツを着た中肉中背の男だった。
「ぐおわあああ!?」
今度は自転車の大破と引き換えにデマヨ・ドーピーが吹き飛ばされる。赤いスーツを着た男は四人の倒れる方向に身体を向けると、フロント・ラットスプレッドのポーズを取って叫んだ。
「超回復!」
すると、四人の下に優しい光が落ちてきた。光源はバルクマンレッドのようだ。光を浴びた四人の身体のダメージはみるみる内に消えてしまい、四人は立ち上がることができた。
「これは、一体……?」
ブルーの疑問にレッドが答える。
「ドクター・プロテインに教えてもらったんですけど、俺達『超筋力バルクマン』は五人揃うことで真の力を発揮できるみたいです。今のもその一つみたいで、みんなできるらしいですよ」
説明を受けた四人全員がその説明に納得しつつ、新たな疑問を抱いた。
「君……その声ひょっとして、先程の少年ではないかね?」
「はい! ドクター・プロテインに認められて、今日から皆さんの仲間として戦隊やらせてもらいます! よろしくお願いします!」
ピンクを除く三人が驚きの声を上げる。当のピンクは一つ頷くと、
「そうか。よろしく頼むぞ、レッド殿」
と言ってレッドの肩を叩いた。
「おい力! なに勝手に話進めてるんだ!?」
「そうでごわす! いくらなんでも急すぎるでごわす!」
「まぁまぁ! 僕も驚きましたけど、元々仲間は探してたじゃないッスか! 丁度見つかって良かったって喜びましょうよ!」
相変わらずブルーとイエローをグリーンが窘める。この会話の間に体勢を立て直したデマヨ・ドーピーが鋭く、低い声で威嚇する。
「てめぇら……大人しく寝ときゃ、楽に殺してやったってのに……。後悔させてやるぜ、俺を怒らせたことをよぉ!」
咆哮を上げたデマヨ・ドーピーに五人が向き合う。
「折角揃ったのだ。ヤツに、いや、恐らくこの戦いを見ているであろう黒幕殿にも知って貰おうではないか。我々の名を!」
ピンクの言葉に、全員がおうと答え、一人一人が己の名を名乗っていく。
「熱く滾るトレーニング魂! バルクマンレッド!」
フロント・ラットスプレッドを決めるバルクマンレッド。
「クールに磨く肉体と心! バルクマンブルー!」
|アブドミナルアンドサイ$アブドミナルは『腹』、サイは『脚』を意味する。両腕を頭の後ろで組み、腹筋と脚を強調するポーズの事を指す$を決めるバルクマンブルー。
「若さの前に限界なし! バルクマングリーン!」
サイドチェストを決めるバルクマングリーン。
「強さはデカさ! バルクマンイエロー!」
|フロント・ダブルバイセップス$バイセップスとは『上腕二頭筋』を意味する。両腕で力こぶを作るようにする、最も有名なポーズのこと$を決めるバルクマンイエロー。
「筋肉は美しさ……美しさは筋肉! バルクマンピンク!」
|モストマスキュラー$『最も発達した筋肉』を意味する。肩まわりの僧帽筋や三角筋、腕の太さを強調するポーズのこと。余談だが、前述までのポージングと違いボディビルの大会においては規定ポーズに含まれない。主にフリーポーズ(決勝審査)やポーズダウン(表彰式)で行われる$を決めるバルクマンピンク。
「我ら筋肉に惚れ込み筋肉を愛し、筋肉を守るために立ち上がった筋肉戦士!」
全員を代表してバルクマンレッドが叫ぶ。その宣言に、デマヨ・ドーピーが一瞬怯む。
「超筋力!!!」
全員が構え直す。レッドを中心に広がってポーズを取りつつ、自分達を表す戦隊の名を、宣言した。
「バルクマン!!!」
五人の闘志を表すように背後で爆発が起こる。デマヨ・ドーピーは完全に委縮し、それでも小さなプライドの為に牙を剥いた。
「くっそぉ! コ・ドーピー達! こいつらを殺せ! 今すぐにだぁ!!!」
デマヨ・ドーピーの命令に答えるようにコ・ドーピー達は喊声を上げてバルクマンに突撃する。しかし、五人揃ったバルクマンの敵ではない。
あっという間にコ・ドーピー達をノシてしまい、残るはデマヨ・ドーピー唯一人となった。
「後はお前だけだ! デマヨ・ドーピー!」
しかしバルクマン達とデマヨ・ドーピーの間に割って入るように稲妻が落ち、戦いは止められる。
「出直せ、デマヨ・ドーピー。こいつらを倒すには相応の作戦と戦力を必要とする。一度撤退するのだ」
地の底から響いてくるような低い、恐ろしい声がどこからか響いてくる。辺りを見回していたバルクマン達より先にデマヨ・ドーピーが稲妻の落ちた箇所の方を見て跪き、頭を垂れていた。
「承知しました、ツェネッガー総統」
一言だけ答えたデマヨ・ドーピーが再びバルクマン達を睨む。
「命拾いしたなぁお前ら! 次に会う時までに、精々お友達や家族に別れを済ませときな!」
デマヨ・ドーピーはそれだけ言うとどこかへと跳躍し、逃亡してしまった。
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逃げられた……というより、見逃してもらえた、って感じがした。───ああああ!!! 怖かった! 俺は腰が抜けてその場にへたり込んでしまい、同時にスーツもダンベルへと戻ってしまった。他のみんなも次々にスーツをダンベルに戻している。
「この姿になったことだし、改めて自己紹介しよう。私は郷里 力也。大会ではバロン 郷里の名で通ってる者だ。好きに呼んでくれたまえ」
握手を求めながら、紳士的に話しかけてくれたこの人は多分ピンクさんだ。このデカさとキレのある筋肉はこの中で一人しかいない。
「おいどんは本田 欽太郎。四股名は雷梟汰でごわす」
このふとマッチョさんは間違いなくイエローさんだ。喋り方ですぐにわかる。
「僕は風早 実。現在高校一年生! 所属は野球部ッス!」
ん!? その制服、もしかして後輩!? まじで……。世間って狭いなァ。
「俺様は龍輝。未来のNo.1ホストだ」
下の名前しか教えてくれないのか……。もしかして源氏名ってやつなのかな?
さて、みんなが教えてくれたんだから俺も答えなきゃね。
「俺は古見家 拓夫。よく聞かれるから最初に答えとくけど、その通り! アニオタだ。最近になって筋トレ始めたからみんなに比べたらまだまだ全然仕上がってない身体だけど、よろしく!」
「よろしくな、古見家殿」
「よろしく頼むでごわす、古見家くん」
「よろしくッス! 古見家さん!」
みんな変わる変わる握手してくれたけど、龍輝だけ握手してくれない。なんでだろう? 俺がアニオタだからかな。
「おい拓! さっきの娘にはもう告ったのか?」
「え!? い、いやまだだけど……」
「はぁ~……やめとけ。今時オタクが恋してんじゃねーよ。仮にOKもらったとしてもあとでバレて結局終わるんだからよ」
「あ~それなら大丈夫。もう知ってるから」
「は?」
「いや、俺こんな名前だからさ、必ず聞かれるんだよね。だからもう先にバラしちゃうようにしてるんだ」
俺がそう言うと龍輝は固まってしまった。───ってそうだ! こんなことしてる場合じゃない! 早く姫田さんのトコへ行かなくっちゃ!
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「ツェネッガー総統、俺の力不足で失望させてしまい、すみませんでした」
デマヨ・ドーピーが跪き謝罪の言葉を口にする。その相手は、先の戦闘を中断させた張本人。その姿は闇に包まれ窺い知ることはできない。
「良い。お前の責任ではない。日本にあれほどの反乱分子が眠っていることなど誰も予想できなかったのだ。スライ長官」
総統と呼ばれた影が名前を呼ぶと、反対側からもう一つの影が現れた。
「お呼びで? 総統閣下」
「今すぐ世界中に散らばった戦力を日本へ集結させよ。奴らは我らステロイドの威信をかけて叩き潰す」
「了解」
影はすぐに消えた。ステロイドの、バルクマン掃討作戦が始まろうとしていた……。
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「あ、帰って来たッスよ」
実の言葉に三人が顔を上げる。明らかに落ち込んだ様子の拓夫が戻ってきた。
「で?」
「……もう少し痩せて、ファッションを綺麗にしてくれって……」
「あ~。正直、それは言われても仕方ないッスね~」
「うむ。おなごと付き合おうというのにそのままではまずかろうとは、おいどんも思っていたでごわす」
「案ずるな。私がトレーニングのコーチを買って出よう。しっかり身体を仕上げて、もう一度アタックすればいい!」
四人がそれぞれの反応で拓夫を迎え入れる。拓夫は少々不満げな表情でありながらも次第に笑顔に変わり、やがて走り始めた。
超筋力バルクマン。これは、筋肉を鍛え、精神を鍛え、人類の期待をその大きな広背筋に背負った、熱き若者達の物語である!
行け! バルクマン! 君達の戦いは、始まったばかりなのだ!
──────つづく