#27 全部俺が悪い
明沙陽の様子がおかしい。今日学校に来て、誰もがそう思ったはずだ。
いつもは朝から無駄に元気ですごく楽しそうなのに、今日はそんな様子を見受けられない。自分の席に座って、ずっと窓の外を眺めている。
そのためクラスのみんなは明沙陽を見て、とても心配していた。
「おい、明沙陽。朝から黄昏てどうしたんだよ」
「…………」
見兼ねて俺――飛鳥馬京也が話しかけてみるが、やはり反応はない。
さすがの幼馴染である実莉も、どうすればいいのかわからず困っていた。
結局それから一度も明沙陽とは話すことなく、あっという間に放課後になってしまった。
俺と実莉は明沙陽に「また明日」とだけ伝え、教室を出る。
すると、出た瞬間に後ろから大きな足音が聞こえてきた。
「……明沙陽? どうしたんだよ」
「これから二人で一緒に屋上に来てくれないか」
「「え、屋上?」」
明沙陽がいつもは見せない真剣な表情と声で言ってきたため、俺と実莉は顔を見合わせる。
そして明沙陽は「待ってるから」とだけ言って、スタスタ歩いて俺たちの前から姿を消した。
「……明らかに変だよな、あいつ」
「……うん。私もあんな明沙陽、初めて見た」
「行くか? 屋上」
「行くしかないよ。あんな明沙陽を放ってはおけないし」
「……そうだな」
屋上に行けば、きっと何があったのか分かるはずだ。
今度は俺だけでなく、実莉にも何かしらの相談をしたいのかもしれない。
そう思って少し不安になりながらも、俺たちは明沙陽に言われた通り屋上へ向かったのだった。
屋上に着くと、明沙陽は既に屋上にいて、こちらに背を向けていた。
「なんだよ、話って。てか、屋上の鍵どうやってもらったんだ?」
「そんなのはどうでもいい」
「……明沙、陽?」
明沙陽の様子がおかしい。
いつもは元気で明るいのに、今日は向けられた視線も、声もとても冷たい。
「なぁ、二人とも。俺に何か隠し事してないか?」
「「……隠し事?」」
「ああ。特に京也、お前は俺にとても大事な事を隠している。好きな人関連で。違うか?」
「…………」
まさかこいつは……。
「やっぱりそうだよな。ずっとおかしいなって思ってたんだ。急にお前たち二人は仲良くなって、いつの間にか実莉は京也のことばっか見るようになった」
「それは……」
「明沙陽、お前……」
明沙陽は何かを確信したかのように真剣な表情から一転し、怒りの表情を見せる。
「二人は付き合ってるのか? なぁ、教えてくれよ。京也」
「……付き合ってない」
「そうか。でもな、二人のことは俺が一番よく見てきたからわかる。席替えの時も、校外学習の時もお前ら二人は様子が変だった」
「お前……」
「陸上部の先輩に聞いてみたらすぐ教えてくれたぜ。最近になって、よく陸上部を見学しに来る女子がいるって。いつも京也と一緒にいて、二人は恋人同士なのかもしれないとも言っていた。その陸上部を見学している女子ってのは、お前だろ? 実莉」
ずっと俺に向けられていた冷たい視線は、実莉に向けられる。
だが実莉の顔を見てみると、怖がっているようにも焦っているようにも見えなかった。
「そうだよ。でも、私が中学生の時に陸上部なのは知ってるはず。だから――」
「好きなんだろ?」
「……え?」
「実莉は京也のことが好きなんだろ?」
「なんでそれを……」
実莉の反応を見て、明沙陽は悲しそうな表情を浮かべる。
「やっぱり否定しないんだな。お前の言動を見てれば誰だって分かる。京也に対する信頼の眼差し。京也に向けた一緒にいるだけでも楽しそうな笑顔。真っ直ぐな視線。それらは全て俺には向けられてないものだ」
「……うん、私は明沙陽の言う通り飛鳥馬くんのことが好きだよ。だけど、それは明沙陽には関係ないでしょ?」
「関係あるさ。関係ないわけがない。俺は、実莉のことが好きで京也にそのことを相談していたんだからな。京也、お前は実莉の好意を知っていたのか?」
「…………ああ」
もう明沙陽は全て、気づいてしまった。
実莉の俺に対する好意も。俺の裏切りも。すべて。
「お前、俺が実莉のことを好きだって知っておきながら……! どうして教えてくれなかったんだよ!!」
「言えるわけないだろ……。実莉は俺のことが好きだから諦めろ、とでも言われたかったのか? 親友に、そんなこと言えるわけないだろ」
「……っ! もしかして俺がお前に相談して応援してくれた時にはもう、実莉の好意を知っていたのか?」
「……いや、知ったのはその日の放課後だよ」
「(牽制だってしてたのに)」
明沙陽は再び、俺に対して怒りの表情を見せた。
俺は明沙陽に最低なことをしていたのだから、それも当然だろう。
明沙陽は怒りの表情を見せたまま、俺に詰め寄ってくる。
「おい」
「なんだ――」
直後、バチンッという鈍い音とともに俺の体は宙に浮き、後ろに吹っ飛ばされた。
地面に体がついたところで、右頬に痛みを感じる。
「飛鳥馬くんっ……! ちょっと明沙陽! 何やって――」
明沙陽に顔を殴られた。
そう理解したところで上体を起こすと、実莉が心配してくれたのか駆け寄ってきた。
「ふざけんなッ!! 京也てめぇ!! 俺の恋が実らないって分かっときながら応援しやがって!! 振られると分かってる惨めな俺を見るのは楽しかったか!? あぁ!?」
「……ごめん。本当はずっと言うつもりではいたんだ。でも、言えなかった。お前になんて言われるか。なんて思われるか想像がつくし、自分の気持ちを整理してから言おうって思ってたんだよ」
「言い訳は聞きたくねぇんだよ!! もううんざりだ!!」
そして明沙陽はすーっと息を吐き、俺を冷たい目で見下ろす。
もう明沙陽とは、これまでと同じ親友として一緒にいられない。
いずれこうなってしまうという予感はあったが、さっき言った通り実莉への気持ちを整理してから明沙陽に伝えるつもりだった。
もう少しだけ時間がほしい。
明沙陽とはこれからもずっと親友として仲良くしていきたい。
頼むから、あと少しだけ――。
「お前みたいなクズと今まで仲良くしていたなんてな。俺から全てを奪った裏切り者とは、もう仲良くできない。金輪際お前の顔も見たくない」
全部俺が悪いのは分かってる。
今更謝っても遅いことくらい、分かってる。
だけど――。
「絶交だ」
明沙陽はそう吐き捨てるように言い、屋上を去っていったのだった。
次話の投稿は本日18時です。