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第一話 手に余るのならください

第一話です。

老舗呉服店『田川屋』に不審な男が現れたのは、日が暮れたすぐ後だった。一目見て一級品とわかる紫色の着物に黒の羽織を合わせた上品な男は、呉服屋にとって上客になりうる有難い客だ。

この店の亭主である道造(みちぞう)もそれは心得ており、値踏みするように見た後、ぱっと顔に愛想の良さそうな笑みを貼り付けた。


「お越しいただきありがとうございます。今日は何をお探しで?」

「嗚呼、どれもとても綺麗ですね」

「ありがとうございます。こちらなんて、如何でしょうか。お客様の髪色にぴったりかと」


道造は男の透き通るような水色の長髪を一本に結び肩から流している姿を見ながら、濃い青色の生地を持ってきた。だが、男は一度生地に触れると興味なさそうに扇子で口元を隠した。


「すみません。勘違いさせてしまったようですね。私は着物を仕立てに来た訳ではないのです」

「‥‥‥と、いいますと?」

「貴方の娘さんにお会いしたく、ここまで来た次第です」

「娘というと‥‥‥琴音のことですか?」


琴音は、今年二十になる道造自慢の娘だ。気立が良く、要領が良く、少しきつい顔立ちをしているものの愛嬌がある。この城下町でも評判の美人だった。

この色男がどこで琴音のことを聞きつけたのかは知らないが、これは厄介なことになったと、道造は思った。というのも、道造は去年娘しかいない田川屋の未来を憂いて、跡取りとなる男を探し出し、琴音に婿として取らせたばかりなのだ。見合い結婚ではあるが、二人は仲睦まじい夫婦として有名だ。

もし、この男が琴音を妻にと望めば‥‥‥男の身分は不明だが、格好を見れば大体わかる。着るものにこれだけ金をかけられるのだ。貴い身分に違いない。

道造は政略的な結婚を琴音にさせたが、娘の幸せを心から願っている。急に出てきた得体の知れない男に壊されるなんて我慢ならないのだ。


「嗚呼、ごめんなさい。私としたことが、紛らわしい言い方をしてしまいましたね。私がお会いしたいのは、長女ではなく次女の方です。ええっーと、なんと言いましたっけ?」


その言葉を聞いて、道造の顔は明らかに引き攣った。


「うちに、娘は琴音ひとりしかおりません。話がそれだけなら、お引き取り下さい」


道造は顔から笑みを消すと奥へ下がろうとした。瞬間、男が口元を隠していた扇子をパチンと閉じた。予想以上に大きな音を立てたそれに驚き再び男に向き直れば、男は機嫌良さそうな顔のまま道造の首筋を閉じた扇子でなぞるようにして撫でた。

道造の背に悪寒が走る。

それは、本能的な恐怖。


「城下町で評判の呉服店、田川屋は妖怪を飼っているのではないか。最近、此方でそんな噂が流れましてね」

「‥‥‥あんた、何者だ」

「おやおや、私としたことが自己紹介をしていませんでしたね。東郷(とうごう) (めい)と申します。しがない陰陽師です」


その名を聞いて、道造は観念したように頷いた。





───────────────────





男、東郷冥の生家は陰陽師として名を馳せた名家であった。

『陰陽師』

それは、遥か昔に妖怪という忌まわしい存在が現れた時に対抗するようにして生まれた妖怪退治をする役職の者だ。遥か昔の陰陽師は皆、家ごとに異なる異能の力を持っていた。その力と呪術を用いて妖怪退治していたのだ。

しかし、それは遥か昔の話。

現在では、血が薄まったせいか陰陽師の異能者も力が薄まり、遂には異能者が途絶えた家も出てきたほどだ。


だが、冥の生家である東郷家は違った。

本家、分家共に力の強さに差はあれど、全員が異能の力を持ち陰陽師としての地位を確立している。

数ある陰陽師の中でも特に異能の力の強い四大家門のうちの一つ。それが東郷家である。

冥もその力を存分に受け継いで、今では東郷家の中で歴代最も異能の力が強い陰陽師と言われる程になった。


そんな男は今、亭主に連れられ噂の呉服店の住居スペースを訪れていた。亭主の道造が扉を開ければ、よく教育された使用人たちは一斉に頭を下げて出迎えた。だが、道造は目もくれず冥を連れてどんどんと奥へ進んで行く。使用人たちは見慣れない冥の姿に目を丸くしていたが、本人は全く気にしていなかった。


やがて裏庭に着くと、道造は大きな鉢植えを退かした。その下から現れたのは、ひとひとりが漸く入れるような小さな扉だった。道造は、その扉を持ち上げるようにして開けると一瞬の躊躇の後に中へ入って行った。冥もそれに続く。

滑り落ちるようにして入ったみると、そこは驚いたことに案外広い穴蔵になっていた。だが、造りは粗悪で、石で補強しているもののいつ壊れてもおかしくないようなそんな場所であった。そして、更に驚くのは穴蔵にはこれまた粗悪ではあるものの格子が組まれており、その先には畳が敷かれているのだ。

土だらけの畳が、どれだけ本来の役目を果たしているのかは定かではないが、この穴蔵は形だけは座敷牢のようになっていた。


「おやおや、これは驚きました。こんなところに十年も閉じ込めておくなんて」

「薄情とでも言いたいのか?」

「いえいえ、ただ、こんな造りでよく壊れなかったものだと感心しているだけです。ここは、ご主人がひとりで造られたのですか?」

「そんなこと貴殿に話す義務はない」

「それもそうですね」


どうでも良さそうに返答した冥は、ちらりと座敷牢の中を流し見る。


そこには、少女が横たわっていた。


赤い着物を着て、長い薄茶の髪を無造作に散らばせた少女だ。長らく風呂に入っていないのだろう少女の体は、お世辞にもいい匂いとは言えなかった。その証拠に少女の周りには蝿が飛んでいる。

ピクリとも動かず蝿が集った少女は、まるで死んでいるようだと冥は思った。


「この格子、果たして意味はあるのでしょうか?」


冥は扇子で軽く叩きながら道造に尋ねる。扇子で壊せそうな程、格子は脆かった。


「普通の時は、なんの問題もありませんよ」

「なるほど、つまり普通でない時は問題がある、と」

「‥‥‥」

「そう怖い顔をしないで下さい。私は、何も貴方を糾弾しにきた訳ではありません。ただ、噂の真意を確かめに来ただけです」

「噂?」

「田川屋で雇われた使用人が最近頻繁に行方不明になっているとか。

私まで噂が回ってきたので調べてみれば、それは皆、此方のお嬢さん担当の使用人だったらしいことがわかったのです」

「此方も勝手にいなくなられて迷惑してるんだ」


道造の悪態を冥は無視してそのまま話を続ける。


「更に詳しく調べてみれば、その現象が始まったのは最近ではなく十年前だったというではありませんか。驚きました。恐らく被害者が孤児でしたから、発覚が遅れたのでしょうね‥‥‥嗚呼、そう言えば、お嬢さんが閉じ込められたのも十年前でしたね」

「何が言いたい」

「言いたいことはひとつだけです」


冥は人好きのするような笑みを浮かべると、扇子を広げて口元を隠す。


「貴方の大切なお嬢さん、手に余るのでしたら私に譲ってくださいませんか」


道造は一瞬目を見開いたものの、瞬く間に無表情に戻った。


「お好きにどうぞ」

「おやおや、随分とあっさりですね。本当に良いのですか?」

「それは最早私の娘ではありませんので、貴殿が有効活用して下さるのなら願ったり叶ったりです」


どこまでも無関心な道造に微笑みながら、冥は少女に手を差し出したのだった。











少女を座敷牢から出すや否や冥は少女共々、田川家から追い出された。座敷牢に閉じ込められていたせいで、碌に歩いたことのないらしい少女は足を引き摺りながら懸命に冥を追いかけて来る。その更に後ろから、忙しない足音が近づいてくることに気が付き、冥は足を止めた。必然的に手を繋いでいた少女の足も止まる。転びそうになった少女を支えながら、冥は背後の気配に目を向けた。


栗色の髪を綺麗にまとめ上げたきつそうな印象の女性だ。息を切らしているところを見ると、相当急いで走ってきたのだろう。冥は見たことがなかったが、座敷牢に閉じ込められていた少女とどこか似た雰囲気に、すぐに琴音だと思い至った。


「何か御用ですか?」

「‥‥‥これ‥‥‥忘れ物です」


琴音の手には薄汚れた簪が握られていた。


「嗚呼、ありがとうございます。態々届けてくれるだなんて、妹さん思いですね」

「‥‥‥そんなんじゃありません。私はただ、その女と二度と関わりたくないだけです。忘れたって言って戻ってこられても迷惑なので」


琴音は心外だと言うような顔をした後、また無表情に戻る。そして、冥に簪を握らせると少女に一瞥もくれず帰ろうとした。

その背を冥は引き留める。


「そうでした、貴方の妹さん名前はなんと言うのですか?」

「‥‥‥忘れました。お好きに呼べばいいと思いますよ」


それだけ言って琴音は、今度こそ帰って行った。


「貴方のご家族は、中々愉快な人たちですね」


少女の口の端からぽたりと漏れ出た唾液が地面を湿らせた。冥は、そんな少女を静かに見つめながら簪を懐にしまったのだった。

後二話投稿します。

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