6. 白
これは友達のEから聞いた話なんですけど。
そいつ、若いころけっこうヤンチャしてたみたいで。…いわゆるヤンキー系だったらしいんですよね。毎晩バイクを乗り回して、コンビニの駐車場とかに溜まって、みたいな、典型的なそれだったって。
でも、つるんでる奴ら全員に変なポリシーがあって、盗みとかはしなかった…けど、喧嘩はしたことある…って言ってたかな。
実際付き合ってても確かにチャラいところあるけど、しっかりしたところもある奴なんですよね。普段はいい加減でふざけてるんだけど、ここぞという時では誰よりも真面目なことを言うタイプというか。だから、俺はこの話も嘘じゃないんだろうと思ってるんですけど。
まあ、盗みはしないと言っても不法侵入はしてたらしくて。…心霊スポットとかにはよく行ってたらしいんですよ。
ほら、ああいう人たちって「度胸至上主義」みたいなところあるじゃないですか。だから度胸試しと称していろんなところに行ってたみたいで。でも、その時までは変な体験はしたことが無かったって言ってましたね。だから、どうせ世の中の心霊スポットの殆どは話に尾ひれがついただけの見掛け倒しなんだろう、とEはずっと思ってたと。
その廃墟は…昔は事務所として使われてたらしい、んですよ。らしいっていうのは、建物の中から荷物とかが全部運び出されてて、もうその建物が何に使われていたところなのかわからないみたいなんですよね。
で、その運び出しというか…処分の仕方が異様らしくて。普通の建物というか、廃墟だったら一つや二つぐらい物が残ってたりするじゃないですか。机とか椅子が残ってて、ああ、ここはオフィスだったんだな、って分かるような…そういうものが一切ないらしいんですよ。なんというか…病的というか。絶対にここにものを残してはならない、という命令か何かが出されてたとしか思えない、ってレベルらしいんです。
肝心の幽霊が出るとか怪奇現象が起こる、みたいな部分についてはなんか曖昧だったらしいんですけど、そこに行った人たちはとにかくその「ものが一切ない」空気にみんな耐えられなくなって帰ってくる。そういう場所だったらしいんです。
Eたちのいたグループは「ただ物がないだけだろ?何が怖いんだよ!」みたいな感じで、軽い考えでそこに行ったんです。周りの連中にも「あそこはヤバいぞ」って言われてたけど、「それはお前らがビビりなだけだよ!」って返してたみたいですね。
その建物はちょっと山奥にあったらしくて、いつものメンバーのうちの四、五人ぐらいで車に乗ってそこに向かったんですよ。確かそのメンバーの中で一番年長の人が持ってた車、って言ってたかな。
細いけもの道みたいなところを走ってったら、噂通り、大き目の廃墟が見えてきた。それでその前に車を停めて。
で、中に入ってみたら、本当に物がない。
だいたい4階建てぐらいのそれなりの大きさの建物で…そんなに古い建物じゃなかったらしいんですよ。先月ぐらいまで使われてたと言われたら信じられるぐらいだった、って言ってたかな。入口のもう動作してない自動ドアをこう…手で押し開けると、そこにはちゃんとカウンターがしつらえられた広めのロビーがあって、廊下とかの各所にはちゃんと火災報知器なんかもあって。当然動かないけど、エレベーターもあったみたいです。
なのに、どこにも物がない。椅子とか机とかの備品類はもちろん、棚やロッカーといった収納系のものも、消火器も、あと消火器を置いてあるところに立ってる看板もない。書類はおろか、紙一枚すら落ちてない。「今までいろんなところに行ってきたけど、あそこまで何も物が残ってないのはあそこだけだった」って言ってましたね。しかも監視カメラまでもがひとつ残らず外してあったらしくて。それに気づいた時は流石にゾッとしたそうです。つまり「建物から外せないもの」以外は全部持ち去られていたんです。
適当に駄弁りながら建物の中を巡ってるうちに、どんどん嫌なことに気が付いて。
まず、建物が一切荒らされてないらしいんです。
これだけ「あそこはヤバい」と話題になっている心霊スポットだったら、それだけたくさんの人たちが肝試しに来ているはずで、多少は荒らされてるのが普通なんですよ。
でも、どこまで行っても落書きはおろか、ゴミすら残ってない。心霊スポットって言ったら缶コーヒーの空き缶やペットボトルの一本ぐらい落ちてるじゃないですか、普通。吸い殻とかね。そういうのも、もう、全っ然ないみたいで。いくら雰囲気に圧倒されてすぐ帰ったからと言ってここまで何も無いのは流石に異常だな、と。
それに、建物が新しいのに管理されている痕跡がない。
彼ら、今までいろんな心霊スポットに行って来たけど、新しい物件は侵入を諦めることが多かったらしいんですよね。というのも、建物が新しくなればなるほど警備システムとか、監視カメラとかが設置されてるから。流石に肝試しで警察沙汰にはなりたくねえよな、ってなって諦めて帰ってきてたと。
でも、そこの建物は全く管理されている気配がなかったんですよ。すんなり入れたから警備システムはそもそも作動してない。天井を見てみれば監視カメラは全部綺麗に外されている。そもそも「ここを管理しています」的な看板がどこにもない。
なのに、状態が良すぎる。
全員が薄々「ここ、マズいんじゃないかな…」と思い始めてたんですけど、変なプライドと惰性で建物の中を探索し続けたらしいんですよね。すると、その建物の三階の…最奥部みたいなところにドアが幾つかあるのを見付けて。
まあ、どうせここも何も無いんだろう、と思って扉を開けてみたら、その中には…まずちょっと高めの段差があって、その段差の上に壁で仕切られた三畳ほどの狭い空間が三つあって。で、その一つ一つが畳敷きの和室だったらしいです。
他は全部いかにもオフィスっぽい無機質な部屋だったから、いきなり和室が出てきてみんな面食らったんですけど、グループの中のうちの一人が「これ、仮眠室じゃない?」って言ったみたいで。確かに、一つ一つの部屋に布団が敷かれてた、と考えたら人一人が寝るのにちょうどいいサイズだったんだそうで、じゃあ、たぶんきっとそうだろうと。
それでよくよく部屋見てみたら、その壁で仕切られた畳敷きの空間一つ一つには窓がついてたんですけど、カーテンこそ付いてなかったけどカーテンレールもあって。それで、段差の下には多分布団が仕舞われてたであろう収納スペースもあったそうで、これは仮眠室でほぼ確だろう、と。
で、隣のドアを開けてみても、全く同じつくりの部屋。じゃあこれドアの中は全部仮眠室だね、随分立派な仮眠室だなあ、結構いい会社だったんじゃないのここ、なんて話しながら次のドアを開けたそうです。
そしたら、その部屋はさっきと様子が全然違って。
ちょっと高めの段差があるのは一緒だったらしいんですよ。でも、仕切りがない。つまり、その部屋だけ、段差の上が九畳ぐらいの広めの座敷になっていた。まあそこまでだったら、ここは他と違って雑魚寝用なのか、とか、あるいは仮眠というより休憩のためのスペースなのかな、って考えることも出来たんでしょうけど。
ただその部屋が他と決定的に違ったのは、その段差の上…畳敷きの床の上に、一枚の白い布が敷いてあったんだそうです。
ちょうどその、座敷の部分にぴったり合うぐらいの布で。九畳分の床にぴったり合うぐらい、ってことはかなりの大きさですよね、これ。何の柄もない真っ白い布が、多少のたわみはあったものの本当に一つの皺も折り目もなく、ピシッと敷いてある。で、布の縁のところどころの隙間に、ちょっとだけ床が見えてるところがあって、そこで辛うじて畳敷きだと分かったと。
そこに来るまでもなかなかな雰囲気だったのに、その部屋は輪をかけて雰囲気が異様だったみたいで、みんな思わず黙って固まっちゃって。それでもう探索する気力がすっかり尽きちゃったらしくて、誰からともなく「もう帰ろうか」と言い出して。それで満場一致で帰った方がいい、という話になって、出口へと向かったそうです。
その途中で、Eが
「よく考えたらさ、ここにずっとあったはずなのに、あの布、埃も溜まってなかったしカビも染みも無かったよなぁ…」
って気付いたことをみんなに話したら、お前ふざけんな、なんでそんなこと言うんだよこのタイミングで、とたいそう顰蹙を買ったって言ってました。
それで一階のエントランスの所に着いて。
…グループの中に、ずーっと「もうこんな気味悪いところ早く出ちゃいましょうよ!」って言って足早に出て行こうとしてた、一番後輩の奴がいたんですよ。なんだよお前弱虫だな~!とか、ビビりすぎでしょ!なんてみんなでからかったりしてて、むしろ建物の中に漂う異様なムードが和らいでたから他のメンバーも助かってたらしいんですけど。エントランスに着いたら、「オレ先に車の所に戻ってますね!」って言って建物の外に飛び出してっちゃったそうで。
なんだあいつは、なんて笑ってたら。
「あ、ああっ!!!!」
って、外からそいつの物凄い悲鳴が聞こえて。その後輩、そもそもビビりなもんだから、ふざけてそういうことするタイプじゃないらしいんですよ。むしろ心霊スポットとかでそいつをビビらせるようなことをすると、その相手が格上の先輩であろうと怒って「祟られますよ!」なんて言い出す人らしくて。これはなんかただ事じゃないぞ、ってなって、みんな建物の中から飛び出して。
外出ると、その後輩が腰抜かして地面にへたり込んでて。
「どうした!」
「大丈夫か?」
とか言って肩を抱えてやろうとしたら、その後輩、
「…あ、あれ…」
って前の方を指差してて。
みんな、後輩の事に気を取られてずっと下向いてて、全然前の方を見て無かったらしいんですね。そこで初めて前を見て。
廃墟の前に停めてた、みんなで乗ってきた車に、大きな白い布が掛けられてたそうです。
とても大きな布が、ちょうど車の窓を全部隠すような形で、上から被せられていて。
E曰く、人間は想像の範疇を越えた出来事に遭遇すると十秒ぐらい本当にフリーズして、何も出来なくなるし何も考えられなくなるということが分かった、と。それで、その十秒を過ぎた辺りから猛烈に怖くなってきて、みんなで大騒ぎになって。
その布は本当にデカくて、例えば今へたり込んでる後輩がこっそり持って行って…みたいなことは出来そうにないらしいんですよ。外のどこかに隠してたのか?とも考えたみたいなんですけど、そもそも後輩が建物の中から飛び出してから悲鳴を上げるまで十秒も経ってないわけで、それも不可能だろうと。Eは「あの大きさの布を広げて、車にきれいに被せるには最低でも二分ぐらいの時間はかかるはずだ」って言ってましたね。それに、建物の中を探索してたときはずっとみんなで一緒に行動してたから、途中で誰かが抜け出してこっそり車に布を被せた、ということもない。
だとすると、もう二択しかないんですよね。誰かが潜んでいて布を掛けたか、それとも人ならざる何かが布を掛けたか。
でももう、これをやったのがお化けでも生きてる人間でもどっちにしろ怖いことは変わりないわけで。生きている人間だったら、こんな山奥まで来てわざわざこんなことをやりに来るヤバいやつがどこかに潜んでいるかもしれない。怖い。もしも人間じゃない何かだったら、もうそれ以前の問題で怖い。逃げ場がない。
さすがにヤンチャな彼らも足がすくんじゃって、これどうすんだ、みたいな空気になって。
それで結局三分ぐらいどうする?どうする?みたいな話をしてたらしいんですけど、そしたらいちばん最初に「この廃墟に行こう」って言い出した奴が、「俺が責任を取る!」ってだしぬけに叫んで。年長の人から車の鍵を預かると、車のところまで走って行って、布をガバッ!ってめくって地面に捨てて。
「来い!」
ってこっちに向かって絶叫して。
その人曰く、その布は本当に何の変哲もない、高級そうな手触りの良い布だったそうで。ただ、その布がすごい…染みや折れ目が一つもない、すごい綺麗な布で、どうしても建物の中で見た、部屋に敷かれた布を思い出しちゃったらしくて。彼はグループのみんなを怖がらせないようにしようと気丈に振舞っていたけど、(これは建物の中に敷かれてたやつじゃないか?)って考えが頭の中でぐるぐる回っていて、内心では発狂しそうなぐらい怖かったみたいです。
それでみんな彼の男気に感動しながら走って車まで行って、死に物狂いで乗り込んで、エンジンかけて、もう…バーッて車を出して、山道で出せるギリギリのスピードを出して急いで山を降りたそうです。
まあ、布を触った人含め彼らには何も起こらなかったらしいんですけど、それきっかけでむやみに心霊スポットに行くようなことはやめたようで。
…この話を、俺はEから何回か聞いてるんです。やっぱり彼の中でも鉄板エピソードらしくて、新顔が多い飲み会とかでけっこう頻繁に話してるんですよ。
ただ、何年か前の夏に俺と、Eと面識がなくてこの話を知らなかった俺の友達と、Eとの三人で宅飲みをしてて。それで怖い話をする流れになって、じゃあ色んな人に話してるとっておきを、って感じでEがこの話をしたんです。
…でもその時だけ、Eがこの話を最後まで話し終わったあと、急にシリアスな表情になって。
「顔掛け、かなあ?」
ってぼそっと言ったんです。俺が「かおかけ?」って訊くと、
「あの、死んだ人の顔にかける白い布、あるじゃん?この前仕事の関係で初めて知ったんだけど、あれ、顔掛けって言うんだよ。…昨日見た刑事ドラマでそういうシーンがあったのを急に思い出してさ。それで今気付いたんだけど、あれってもしかして俺らの車に”顔掛け”をしようとしたんじゃない?」
…そんなことを真顔で急に言うもんだから、話を聞いてた友達と一緒になって、「お前さあ、なんでこのタイミングでそういう嫌なことに気付くわけ!?」ってキレましたね、流石に。