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その8「暖かくなると湧くよね」パート2



 あーじゃない、こーじゃないと指摘を受けながら人間形態の時の姿を少しずつ修正、変化させていく。どーやら、なんとなーく形になった? らしい。持つべきはおかしい所をちゃんと指摘してくれる友よね。ありがとよー、後輩ちゃん、感謝してるよー。調子に乗りそうだから口には出さないけど。


「先輩、素朴な疑問いーすか? なんで幻術を使わないんすか? そっちなら見る人の方が勝手に人間だと認識するように修正されるからずっと簡単でしょーに? 笑っているとか怒っているとかも相手の認識しだいなわけで」


「幻術かー。うーん、えい」


 コタツの中から一匹のねずみが飛び出して、ごちゃごちゃと物にあふれた四畳半の部屋の中を走り回る。突然の闖入者に驚き慌てる後輩を見てほくそえむ。


「んな!? ねずみが? どっから入ったっすか!?」


「むふふー。これは私の霊体の一部を切り離して変化させて、さらには幻術も使って完璧にねずみの演技をしているのだー」


「凄っ!? 普通に凄っ!?」


 人間形態の私の手に乗り、ぢゅ、と片手をあげてねずみが挨拶。


「何を隠そう、これで試験官だって完璧に騙すことが出来たのよー」


「? その話、詳しく」


「猫又検定の試験の一つにね、鳥かネズミを一匹とらえて殺すって試験があるわけだけど、ほら、私って基本的に生き物、殺せないじゃない?」


「いや、じゃない? とか言われても初耳っすけど……そんな試験があるんすね」


「たくさんある試験の内の一つでしかないけどね。それで私は必要も無いのに生き物を殺したくないから頑張ってみましたー」


「みましたー、じゃないっす。え? 先輩が検定に落ちたのは、ひょっとしなくてもその偽装ネズミでの件では?」


「それは無いと断言できるわ。この、なんちゃってねずみ君は常世のばあさんのお墨付きなのよ。あと、居酒屋の頑刃マスターも。試験官の猫又も問題ないだろうって言ってたし……やっぱりダンスが……」


「どっちも大御所っすね。あと先輩のダンスをちょっと見てみたくなったっす。つか、先輩、生き物殺せないって、鳥とか豚とかの缶詰だって、おいしいおいしいってガツガツバクバク食べるっすよね?」


「そんな下品な食べ方はしない。それとこれとは違うの。料理になってしまったならおいしく頂くのよ」


「っすか」


 納得のいっていない様子の後輩猫を見る。はて、ここに来た当初の目的がなんだったか……


「なんだか長くなったわねー、ええと、最初の目的は何だっけ」


「ストレス発散っす」


「そうそう、じゃなくて、あづきに付きまとう男の成敗よ、成敗。出発しましょー」


 手の上のねずみを消して、自分も人化を解除する。固有空間の出口を自分の家の近くに設置して外にでる。


「先輩、直接その男の所に出口を作んないんすか?」


「もー、そんなに簡単なわけないでしょ。私が固有空間の出入口に出来るのは知っている場所か、よく知っている相手の所にだけよ。あとはそうね、ねずみとかを作って最初に走らせておけばそこも出入り口に出来るけど」


「ほぼ自由じゃないすか」


「じゃあ、あいつを探すよー」


「えっ? そこからっすか? ちょーダルいっす……」



 午後の住宅街は静かで人の気配がない。みんなお昼寝しているのかしら。道すがら、誰かの家の庭に植えられた桜の木を見上げると、ほんの少しだけ花へと変わりかけたつぼみたち。もうすぐお花見の季節ねー。冬の間は散歩にもほとんど出かけなかったけど、春はいいね。ぽかぽか陽気。うにゃー。眠くなっていく。


 もはや目的も忘れかけてぼんやりと道路の端を歩いていると、家と家の隙間からぬっと現れる3つの影。


「んなぁーご、おい! よぉ、マル、遊ぼうぜぇ」


 ああ、嫌な奴に会った。いい気分で寝ぼけていたのに無理やり目が覚めていく。


「あっちいけ、しっし」


「連れねぇな。んで、猫又にゃーなれたのかよ? これでも俺は気にしてやってたんだぜ?」


 ちっ。このチャトラ柄の、柄の悪い猫はいちいち絡んでくるのよね。迷惑千万ってやつ。


「落ちましたけど? 何か?」


「ぶはっ! 落ちたとか! あんな簡単な試験にどうやったら落ちるのか、教えて欲しいぜ、ぶはははっ!」


 いらっ。


 このチャトラの大猫はこれでも一応検定に受かった猫又なのだ。なんでこんなんが受かって私が落ちるのか、私の方こそ教えて欲しいのよ。


 キジトラとハチワレの二匹の取り巻きを連れて偉そうに道の真ん中を陣取っている。私は完全無視を決め込んで横を通り抜けようとするが、あいつはそれをさせまいと近づいてくるので、当然、威嚇する。


「フッー!」


「ぶはっ! 猫又にもなれない子猫ちゃんが可愛いねぇ!」


 心底うざい。


「構ってないで、もういきましょう、マルさん」


 後輩猫が他人がいる時のお澄ましモードで私を促す。


「おい、貧相なメス猫が、口を挟むんじゃねーや」


「……貧相?」


 いらっとする後輩猫。


「私、これでも殿方には結構モテましてよ?」


 ぶふっ、後輩ちゃん、自分からモテる発言はちょっと。笑わせに来てる?


「はっ! そこの横にいるメスくらいに、もっちりとした満月のようなボディーになってから出直せや」


 いらっ。


 いらっ。


「さ、流石だ兄貴、メスに好かれたいハズなのに一瞬でメス二匹から敵にされてる!」


「よっ! 職人芸! さすが兄貴!」


「よせやい」


 何、照れてるのこのアホは。取り巻きからも馬鹿にされてるよ、絶対。


 お笑い芸を始めたオス3匹を横目に後輩猫に向かって「処す?」と目で聞くと「処すっす」と目で合図が帰ってきた。処すか。誰が真ん丸お月様か。


 私たちが引く様子も見せないのでチャトラのアホ猫は二本足で立ち上がり両手を広げて私たちを威嚇する。


「ははっ、俺が猫又の力を見せてやらあ。手本にしやがれ、これぞ本当の猫又の凄さってやつをよ! 妖虎変化!」


 御大層な術名を自信満々に宣言するとチャトラの猫の周りの風景が一瞬だけ歪んで、すぐに収まる。収まったあとには一体の大きな虎の姿が出現。


 こっ……これはっ!? ……うん、普通の幻術ね。虎、一応強そう。けど、しっかりと見ると虎の姿の中に肩を大きく上下させている二股のチャトラの猫又の姿が透けて見える。全力なのかしら?


「がああお! 惚れてもいいんだぜえ?」


 巨大な虎が目の前に出現しても、特に驚きも焦りもしない後輩猫が私をけしかける。


「先輩、やっておしまい」


「やるけど、なんであんたがけしかけるの? 釈然としないなー」


 やるけど。


 はい、全身霊体化どん、人化どーん。後輩猫を両手で掴んで頭の上に乗せる。後輩猫が「お? お?」と慌てるが本番はここからなのよ。


 超巨大化どーーーーーーん。


 妖力全開で人化したまま目いっぱい巨大化をしてみる。全力の全開でやるのは初めてかも。しかも人化したまま。今の私の姿は横幅だけでも道のギリギリいっぱい。縦で言うなら民家の屋根を越えている。バランスはさすがに悪いわね、二頭身くらいになってる? まぁマスコットみたいで可愛いわよね。


「ちょ! 高い! 高い、高いっすああ!」


 はしゃぐ後輩ちゃんを頭にのせて、呆然とする3匹のオス猫を見下ろす。虎の状態はすでに解除されて猫に戻っている、今更になって慌てて逃げようとする3匹を同時に両手で掬い取る。のっし、のっしと歩いて、近くの電柱の上に3匹をそっと乗せる。


 しゅるしゅると巨大化と人化を解除して猫に戻って溜息をつく。


「ふー、暖かくなるとああいう手合いが増えて嫌よねー」


 電柱の上で震えあがっている猫たちを見上げながら後輩はつぶやく。若干、足が震えている。


「……二頭身巨大人間、しかも無表情、恐怖でしかないっすねー。他人事ながら、哀れ」


「はーすっきりした、帰ってお昼寝しよっと」


「付きまとう男はもういいんすね? 先輩のそーゆーいい加減な所、ホッとするっすw」


 それはまた今度。帰ってお昼寝するの。



◇チャトラ視点


 電柱の上に置き去りにされて震えが止まらない。キジトラとハチワレが俺に話かけてくる。


「あ、あ、兄貴、何が起きたんです? 化け物が、化け物が、」


「もーアレに手を出すのはやめましょうよー。いつか死んじゃう」


 はっ。やめられるかよ。


 狂暴で、美しく、凛々しく、強い。俺はあれじゃないと駄目なんだよ。


 いつか絶対に俺のもんにしてやるからな。


 さっきから震え的なアレが収まらないのは電柱にしがみ付いていることからくるアレであって。高さからくるアレとかアレにアレして恐怖のアレじゃない。おおお下ろして。誰か。




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