その7「暖かくなると湧くよね」パート1
私の固有空間の中、コタツの向かいには後輩猫が遠い目をしてお茶をすすっている。ずいぶん暖かくなったとはいえ、まだまだコタツは手放せないわね。
「でね、今の飼い主に付きまとっている男の話なんだけどね」
「ちょい待つっす」
金銀妖眼の白猫が待ったをかけてくる。
「まったく話が分からないんすけど、え? なんであっしはここにいるの? つか、どうやってあっしをここに引き込んだんすか?」
「左の前足で”くいっ”て招くと人とか招けるよね? で、あづきに付きまとってる男の話なんだけどね?」
「!? え? 左の前足で? 人を招く? くいっ? カケラも納得できねーす! 怖い怖い! 頭おかーしんすか!? 先輩頭おかーしんすか!?」
ギャーギャーうるさい。左手で招くと他者が、右手で招くと物品が私の所にやってくる。そういうもんよね? むしろそれ以外に説明できないんだけど。
「……ふー、ふー、先輩の頭のおかしさについては、今更なんで、まぁ、いいとして、で、ババの猫耳がどうしたっす?」
「ババの猫耳はもういいの。忘れて。今はね、私の家の同居人である一応の飼い主のあづきにね、つきまとってる男がいるって話なの。あづきを見る目がもうね、いやらしいの。若い男。そいつをどーにかこらしめてやりたい」
「まためずらしーっすね。先輩って、飼い主だろうが誰だろうが、人間のやる事には無関心って感じじゃなかったっすか? 誰と誰がくっつこうが喧嘩しようが知らんぷりって」
「まーね。普段はそうなんだけど、あづきがきっちりと誘いを断ったのに、ちょいちょい見切れてくるからうっとーしーなって、あと、今日、ちょっとストレスが溜まってて」
「ストレス発散が本当の目的なんすね……」
「ストレス発散が本当の目的なのは否めない」
否めない。
「で、どーやって先輩に目を付けられた哀れな被害者をこらしめるって?」
「哀れな被害者ゆーな。案は一応、考えてはいるのよね。いい? 先ず、私が美少女に人化するでしょ、そしてそいつの前に現れる、そいつは私にホレる、あづきの事は忘れる、そして私はそのまま消えて男はしょんぼりする、以上」
「雑ぅっ!? すごく雑ぅ!?」
え? 雑かなぁ。コレ思いついた時には完璧な作戦だと思ったんだけど、ちょっと今、口にしてみたら確かに雑かもしれない。
「先輩の人化した時の姿をしっかり見た事無いんすけど、自分で言えちゃうほどの出来なんすか? 美少女てw、草生えるw、ぷぷw」
「そうね、見てみる? 最近ちょっと腕を上げたわよ?」
私はコタツから出て立ち上がり全身を霊体化して思い描く人間の形をとる。そして物質化して固定。人間形態の完成。実にスムーズな流れ、我ながら見事というしかない。褒めてくれていーのよ?
「どーよ?」
「………………突っ込みどころ、どれから消化すべきか」
「突っ込むところなんてある?」
「幻術を使わずに霊体から変化するとかは今更なんで置いておいて……そうっすね、まずは軽いところから、その服装は、えと?」
「服装? なんか大正ロマンって感じでしょ」
「ひょっとして先輩って大正時代から生きている由緒ある化け猫だったりして?」
「んなわけないでしょ。これは死んだ私のご主人の趣味なのよ。ご主人は私たちが人の姿になったらどういう姿になるだろーかとか日々妄想してイラストも自分で書いてたの。そのご主人からして漫画とかアニメの影響だから大正時代とかよく知らない」
赤い袴、幾何学模様の柄付きの上着、大正時代をテーマにした作品に登場する女学生でハイカラさんと言えば10人中9人くらいはイメージが固まるはず。
「あー。うちらの変化した後の姿が誰かの認識に引っ張られることってあるっすね。その古めかしい服装をした人を町で見かけることとかねーよってのはとりあえず置いておくっす。……で、そのカラフルで奇抜な髪の色は?」
「髪の色? 普通に白地に茶色と黒色で染めた感じ?」
「三毛柄! 三毛猫の柄! それ、そんな感じに人間が染め上げるのはすごい手間がかかるっしょ? 違和感がすごいって」
「え? そうかなー。これが一番楽で簡単なんだけど、……猫耳を生やしてみたりして、えい」
「あ、違和感が少し消えた? 不思議!」
人化した時の髪の毛はストレートのセミロング。これもご主人の書いた絵に準拠している。変えることもできるけど、自分がぱっと思いつく姿だと人化が楽なのよね。それから、ふむふむ。三毛柄の髪の毛には猫耳が似合う、と。覚えた。
「異物に異物をぶつけるとプラスになる謎の現象は置いておくっす……、お尻のあたりから生えている二股の尻尾も放置するっす、さて、本命いくっすよ? いいすか? …………顔でかっ! 顔がでかい! バランスどこいったっすか!? 全体のバランスもおかしい!? あと、無表情! 圧倒的に無表情! 怖い! 怖い怖い!」
「えと、総評すると?」
「怖いの一言っす。なんてーか、不気味の谷を飛び越えようとして失敗して落下、そのまま谷底をうろつき、さまよっている感じっす。夕方に子供が見たら確実に泣くっす」
「…………人間の表情って苦手なのよね」
「人間形態の無表情がこれほど怖いものとは意外な発見っす。先輩、猫の時は結構表情豊かなのに」
「え? そう? 結構なクールビューティだと自認しているんだけど。ま、いいや、これで外に出てみましょう」
「大騒動になるわ」
ふ、クールビューティ―の部分には突っ込まれなかったわ。なんか勝った気分。
「あ、クールビューティ―の件は突っ込まないすw」
おのれ。