その6「田辺のババはボケている」
「マルさんや、最近、あたしはボケてきちゃったんじゃないかって思うんだよ。髪留めが見つからなくて探していたら、もう自分の頭の上についていたり、とかねぇ……」
(え、うん……)
慎重に上目づかいで横に座る田辺のババを見やる。笑ってはいけない。目線を庭に戻す。
春のうららかな一日、田辺のババの家の縁側で私とババは隣り合って座っている。ぽかぽか陽気の中、田辺のババは腰かけてお茶を飲みながら、私は横に倒れてだけど。あー暖かい。田辺のババの方を見れない。
田辺のババは猫じゃらしを片手に持ち、ぶらぶらとさせている。もう子供じゃないのよ、そんなもので反応はしないの。私が反応しないので、彼女も特に興味もなさそうに遊ばせているだけだ。
田辺のババは私に向けて話を続ける、いや、私は決して反応しないので、完全に彼女の独り言だけど。うん、田辺のババは通常運転だ。この調子じゃあ、この前ベランダでバッチリ目が合って姿を見られたというのは私の気のせいだったわね。まあ? もし巨大ネコの姿とか見ても、このババなら普通に自分の見間違いとか思っていそう。そういうとこある。
「マルさんや、聞いておくれ、この前ね、いや、やめた」
(やめんのかい)
「でね、続くんだけど」
(続けるのかーい)
話を続けながら田辺のババは時々、私のつっこみ待ち、みたいな顔をしてくる。チラチラ見ないで。つっこまないからね。
「最近は目も悪くなってきた気がするよ、あ、そういや新しい眼鏡を買ったんだった。店員に進められて買ったけど、眼鏡も最近高いねぇ」
(くっ)
田辺のババは隣の袋から眼鏡? を取り出して自分に掛ける、動きに釣られてつい見てしまった。
「ああ、こりゃよく見えるねぇ!」
(それ宴会用の眼鏡ぇ! 目玉がとびだすやつぅ!! 視界なんて無いやつぅ!!!)
私の視界の端で田辺のババに掛けられた宴会用メガネのおもちゃの目玉がビヨンビヨンしちゃってる。こっち見ないで。くっ。いや視界とか、無いでしょうがそれ、見るなって。どうも、最近の田辺のババのボケ具合が酷くなってきている気がする。
(つっこまない、つっこまないぞ)
「そろそろ、お菓子でも作るかね、マルさんや、見ていくかい?」
「にゃあ」
どうやら料理を始めるようだ。田辺のババが料理をするのを見ているのは好きだし、なにより、この状況から逃れられるなら、もうなんでもありがたい。
田村のババは立ち上がりヨロけるなり宴会眼鏡を外して畳に投げつける。
「ええい! 何にも見えないんだよっ!!」
(なんでその眼鏡したのーーーーーっ!?)
「100万円もしたのに!」
(高っああああつっこまないぞ……つっ……疲れる……)
◇
「今日はサツマイモのもちもち団子を作るにゃん」
(語尾っ!)
田村のババのボケは続くようだ。これは気が抜けない。しかしお菓子作りが始まると真剣になっていくのが笑える。くっ。真剣な姿で逆に笑わせに来るのヤメて。
「芋をレンジでチンして皮を取って潰す。そしてそこに砂糖と牛乳、片栗粉を入れて一口の大きさにして丸める、と」
さくさくと手際の良い彼女の手元を見ながら思う。いつか私も料理が作れるようになるといいなー。
最近になって私の固有空間に電気ガス水道を引くことが出来るようになったので、あとは調理器具とかだなー。料理本とかもほしぃ。
料理は順調に進み、サツマイモの団子を油で揚げては取り出していく。
「これに粉砂糖を振りかけて、完成、と。ふー、ちょっと多く作りすぎちまったね」
ふーふー言いながら最初に揚げたサツマイモ団子を小皿に取り出して私の目の前に置く。
「どうぞ、マルさんや、食べるかい?」
騙されないぞ? これは罠ね。前に私に普通の猫が食べないようなものを出して「普通の猫じゃないね」とか言われたのをけして忘れないからね。
「ありゃ、昔、違う猫にあげたことあるけど普通に食べてたけどねぇ?」
え? そうなの? じゃあ食べる。
※マルは訓練された化け猫なので
もう十分冷めていそうだけれどふーふーして一口で口に入れる。あふっ、まだ熱い。十分な暖かさが残っていたけど、その熱さがとてもいい。油で表面がカリっと香ばしく揚げられた衣の下にもっちりとした食感のサツマイモの練り物。サツマイモだけでも甘いのに、練りこまれた砂糖で甘さがランクアップ、さらに表面にまぶされた白くてきめ細やかな砂糖が口の中から脳の内に幸福を伝えてくる……うみゃあ。
「こんな熱々の物をおいしそうに食べるなんて……普通の猫じゃないね」
もうやだ帰る。
◇
後輩の家に固有空間を繋げる。
自分用の個室があるとか、いい家に飼われているわね。レースがふんだんにあしらわれた部屋にギョっとしたままこちらを見て固まった後輩猫発見。大小さまざまなぬいぐるみは飼い主の趣味か。手招きで後輩を固有空間に引き込む。
「うえっ!? 先輩? い、い、いきなり何すか?」
固有空間の扉が閉まるのを確認してから後輩に向き直る。
「え? 無言!? 無表情、怖い怖い。何すか? 何が始まるんすか!?」
田辺のババの家に最初に訪れたときから口に出したくて出したくて仕方がなかった言葉をようやく吐き出す。すぅーー。
「ばばぁの猫耳とかダレトクーーーー!?」
「なんすかあ!? 何がなんなんすかああ!?」
田辺のババのやろう、最初から最後までずっと猫耳のカチューシャつけてやがった。誰得?