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その62「夢の中で食卓を」



 ……


 …………


「はい?」


「ここは夢の中です。いらっしゃい、あづき。あれ? 私があづきの夢に入ってきたのだから、こんにちは? そしてお邪魔します、よね? やり直し、コホン、ここはあづきの夢の中です。お邪魔します、あづき」


「はい?」


 私を見て、周りを見て、また私を見るあづき。


 状況が全く呑み込めていない様子。まあ、そうなるよね。


 あづきは椅子に座っている。そして私は二足歩行モードで同じく椅子に座っている、ただしあづきと同じくらいの大きさになっているけど。テーブルをまたいで正面向かいで座り合っている私たちがいる場所は、なんと雲の上、そして空にはでっかいお月様。瞬く星、当然夜。


「夢に侵入する妖術を使ってあづきの夢の中に侵入しました。初めてお邪魔するのよ」


「はい?」


 猫又検定の試験対策として、常世のおばあさんに習っていた他人の夢の中に侵入する妖術、初めて人間を相手に使ったのよ。夢枕に立つとか、そんな系統の妖術ね。なんとなーく、それって礼儀的にどーよって感じで今まで使ってこなかったけど、なかなか悪い……面白いことが出来そうな妖術。今度北原あたりにでも使って遊ぼう。やり過ぎると怖い妖怪ハンターがやって来るから、加減は大事。


 ここではいろいろと出来るけど、状況のシチュエーションを雲の上にしたのは、その方が夢感あるからね。あづきにはちゃんと夢だって思ってくれないと、後で忘れさせることが難しくなるから。


「ということで、今回は夢オチです。ここで起きた事は朝には全部忘れます」


「はい? ということでって、どういうことで…………マル?」


 ようやく会話が出来そうなくらいに落ち着いたあづき。そして私に気がつく。


「そうよ? 私が私以外の何っていうのよ?」


「その特徴ある眉間の柄は確かにマルだけど、マルは普通の猫だから喋らないし大きくないし……」


「あづき、いい? これは夢だから何でもありなのよ」


「夢……」


「そう、夢。現実じゃないの。だから飼い猫が喋ってもおかしくないし、二本足で立ってもおかしくないの。そうね、こんなのはどう?」


 私が前足の肉球を合わせてポンポンと叩くとテーブルの上にはパッっと急須と湯飲みが出現する。目を見開くあづき。ふわりと浮かせてほうじ茶を注いであづきの目の前に置く。


「夢、夢かー。そうかー。なんでもありかー、……そこで出てくるのが急須から注がれるお茶とか……どれだけシブい夢見ているの私……いい匂い、あ、ほうじ茶だ……」


 はい、あづきも夢だと納得しました。本当はちょっと違うんだけど、夢だって信じたのなら夢でいい。


「何でも出せるのよ? 何でも食べたいものを言って?」


「何でも? じゃあ! カニ! カニ食べたい」


「カニね? カニは食べたことが無いから別の物にして!」


「何でもって言ったのに!?」


 ここでは色々と出来るけど、なんでも出来るってわけじゃないの。カニかー、カニは食べた事ないからここに出せない。うにゃ。カニ食べたい。


「世知辛い! 夢なのに世知辛い! 夢ってもっとこう、夢があるものでっ! ああ、何で私はこんなに辛気臭い夢を見なくちゃいけないの? くすん、ほうじ茶おいしい……」


「色々出すからっ!? 落ち込まないでっ!?」


 夢だと納得して明るくなった顔から、一気に暗い顔に変わったあづきに焦るの。まぁそうよね、夢だものね。もっと派手に行かなくちゃ。私の言葉を受けてまた明るい顔に戻る。ほ。


「ああ、そうだ、あづきにね、食べてもらいたいものがあるの。ふふ……あづき、あなた、猫まんまは、お好き?」


「猫まんまぁーっ! 世知辛いっ! 私の夢世知辛いっ! 雲の上にいるとかすごいのに! 何故か出て来るものが世知辛いっ!」


「わかった! 違うの出すから! 辛気臭くならないでっ!?」



 テーブルの上に所せましと並ぶご馳走たち。



 イカ焼き、たこ焼き、ハンバーグ、枝豆、山芋とろろの鉄板焼き、鶏の唐揚げ、エビの天ぷら、たこわさにナマコの酢の物などなど。各種お酒も並ぶ。スイーツだってある。あんころもちや揚げ芋餅、大あんまきの天ぷらなどなど。


 猫まんまを食べてもらうのはまた今度。雲の上、お月様に照らされるテーブルの上、とっても豪華。


「ほとんど居酒屋メニュー……私の夢って一体……」


 何が不満なのよ!





「うん、どうせ夢だし、起きた時には忘れちゃうんだけどね、あづきに言っておきたいことがあるの」


「ぶふっーっ! マル、おかしい」


「何にも言ってないよっ!?」


「だって! 眉間のシワが、シワが、真剣な感じで、あはは」


「シワじゃないから! 柄だから! それも言いたいことの一つなのよ! いい加減眉間のシワをネタにしてイジるのは止めて!」


 雲の上、お月様の下、ひとしきり居酒屋メニューのおつまみとお酒で盛り上がってから、言おうと思っていた話をする。さっそく話の腰を折られたけど。


「あづき、私はあの家を出ていくのよ」


「………………」


「今すぐじゃないけどね。遠くないうちに、私はあの家を出ていく」


「………………酷い夢。こんな夢なら見たくない」


 俯くあづき。


「あづき、聞いて。どんな形であれ、別れは必ず来るものでしょ? ご主人とも、そうだったように。他のすべてがそうであるように。ね、あづき、きっと私たちは幸運なの。突然に終わる前に、こうして言葉を交わせることが出来るのだから」


「いやだ」


「私も、嫌なの。あづきと、亜美ちゃんと、別れるのは嫌だ。怖いし、悲しいのよ。だから聞いて、誤解をせずに、しっかりと受け止めて欲しい…………別れても、大好きよ、あづき」


 俯いたあづきから涙が溢れて零れ落ちる。


「出て行かないでよっ! ずっと一緒に、ずっと一緒にいたらいいじゃない!」


 それはできない。猫は人間と同じようには生きていけない。只の猫なら人より早く、寿命の尽きない化け猫なら人が早く、どうしたって先に寿命が尽きる。そういうもの。


「聞いてあづき。ある日、突然に私があの家から消えてしまったのだとしても、あづきは、自分の事を悪いとか思っちゃ駄目よ? 嫌いだから居なくなった、とか、そういうことを思っちゃ駄目、その時は、その時が来たから居なくなったんだなって、それだけを思って欲しいの。別れても、離れても、私は、あなたの飼い猫は、あづきのことが大好きなんだって」


 あづきと目が合う。悲しそうに泣いている。私は泣かない。猫は泣かない。


「どんな形で別れることになろうと、私はあづきに、これっぽっちだって後悔して欲しくないの。悲しんで欲しくない。泣いて欲しくない。だから、言葉で伝える。夢の中だから、喋れる猫だから、言葉で伝える。わかって欲しい。あづき、大好き」



 別れても、離れても。



 大粒の涙をいっぱい零しながら、あづきは立ち上がる。私も立ち上がる。テーブルは霞の様に消えて月の下、猫と人、二人だけ。


「誤解なく、ちゃんと伝えられたかな? 目が覚めたら忘れる夢なのに、ね。ただの自己満足。親切にしてくれてありがとうね。色々とありがとう。私の、大切な、戦友」


 私に近づいてくるあづき。手を伸ばしてくる。けれども夢はもう終わり。あづきからは私の姿は遠ざかっていくように見えただろう。私からも離れていくあづきの姿が見える。


 悲しい気持ち、けど猫は泣かない。だから鳴くの。


 にゃおん……


 …………


 ……





 ちゃんと聞いてた? 家から出ていくのは今すぐじゃないって、はっきりと言ったよね?



 朝、夢から覚めたあづきはドタドタとうるさく階段を転がり下りてきて、パジャマ姿のまま私に抱き着いた。しかも夢の内容を覚えているらしい。


 なんてこったい。夢侵入の妖術は教わっただけで全然使ってこなかったから熟練度が足りてないのよ。記憶を消すのをミスしちゃった。やっぱり妖術は使わないと駄目ね。練習しないと……北原あたりで。


 そして、パジャマ姿のあづきは私を強く抱きしめながら「家から出て行かないって言って! マルっ! 出て行かないって言うまで離さないから!」と、そう言ってきかない。あのね、あづき、現実の猫は言葉を喋らないからね? 夢だから喋っていたんだからね?


「出て行かない、ほら! 出て行かないって言って! ちゃんと!」


 ええい、夢と現実をごっちゃにするんじゃないのよ。無理やり喋らそうとするんじゃない、田辺のババか。 娘ちゃんに向かってあづき、あなた何て言ったよ? 思い出して。


 異常な事態に、娘ちゃんまで階段から降りてきた。事情もよく呑み込めてないだろうに、あづきと一緒に私に抱き着く娘ちゃん。「でてっちゃだめー!」泣く母親に釣られて、同じように泣き始める娘ちゃん。もうね……


 そんな彼女たちに私は一切の反応を示さないのよ。完璧な猫の演技、誰か褒めて。


 ああもう、いつまでそうしているの? だから、すぐには出て行かないって言ったでしょう? ああ、言いたい、喋りたい。すぐには出て行かないって言ってるでしょって言いたい! この場で怒鳴りつけてやりたい! たぶん、今、この瞬間、本当に私の眉間にはシワがよってるのよ。


 ここでやりたいこと、やり残したこと、いっぱいあるの。だからすぐには出て行かないの。


 気になることも沢山ある。娘ちゃんが黒いモヤを見えていたってことが気になるし、タヌキさんやキツネさんから妖怪退治の仕事のこととか聞きたいし、にゃん吉さんの商店街のその後とか、なんならカラスのクーたんとオウムのムーたんの恋の進展もちょっと気になる。


 後輩ちゃんたちとも遊び足りない。常世のおばあさんや頑刃マスター、火輪姉さんたちには恩がまったく返せてないし、そもそも猫又検定に受かってない。やりたいことは各種妖術の訓練とかもそうだし、楽器の演奏はうまくなりたいし、料理だってこれから始めようかってなったばかり。夢の中でもいいので私特製の猫まんまはあづきに食べさせてあげたいし。ああカニ、カニだって食べたい。カニだけじゃなく、もっと色々。


 だからまだこの家にいるのよ。


 少なくとも猫又検定に合格するまでは、ね。


 だがしかし伝わってない、ああ、人間の言葉。難しいの。


 言葉って、喋れるだけじゃ駄目なんだなって。


 ああ、もう、雨まで降り出した。絶対に行かない。今日は外に出ない。濡れたくないからね。


 出ていけって言われても絶対に出て行かない。だから揺すらないでって。


 ああ、伝えたい。喋れるのに喋れない、喋れる化け猫たるこの身のもどかしさよ。


 疲れた、にゃうん……




エンディングも投稿します。

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