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その61「母と娘と喋る猫の話」



「ママー! 猫さん、帰ってきたー。しまーばもいっしょなのー。いらっしゃーい」


「しまーば……。亜美ちゃんや、こんにちわ。甘いモン持ってきたよ」


(ぷ。そういえば親子が神隠しに遭うあの映画見てたな。娘ちゃんは大笑いしながら見てたけど、あの映画のどこに笑うポイントがあったのやら)


 湯島家の玄関の扉を開けて出迎えてくれたのは娘ちゃん。手土産の大あんまきの天ぷらの包みを受け取ると、戦利品を高らかに掲げて家の中へ消えていく。代わって出てきた母親のあづきが、湯屋の業突く張りの婆のような呼ばれ方をした田辺のババに挨拶をする。……しまーば、邪悪な感じが、くっ、つぼっ。


「ああ、志摩さん、いらっしゃい。いつもありがとうございます。どうぞあがってください。お茶を入れます」


「ああ、そうかい、悪いね、お邪魔させてもらうよ」


 一同は家のリビングへ。はー、ちかりたびー。いつもの座布団、いつもの場所。軽く毛づくろいをして横たわる。落ち着くー。お茶の準備を始めたあづきと、席に着いた田辺のババと、貰い物のスイーツをいそいそとテーブルに広げる娘ちゃん。平和。平穏。よかろう、なのよ。


「じゃあお茶会を始めましょうね」


「お茶会ー! 亜美ねー、猫さんといっしょにお茶会したい!」


 さっそく平和が破られそうな雰囲気がでてきたのよ……。娘ちゃん、私の事は放っておいて。しかし元気な幼女は許してくれない。私の所にバタバタとやってきて体をゆする。くっ、無視なの、私は断固たる意志で幼女を無視するぞー。


「猫さん起きてー。いっしょにお茶会しよーよ!」ぐわんぐわんゆすられる。おおう。揺らすでない。


「駄目でしょ、猫さん嫌がっているよ」あづき、もっと言ってやれ。


「猫さん、お茶会、きらい? おしえてほしいのよー、猫さん、しゃべって!」喋らないからね……


「亜美っ! 猫は喋らないっ! マルは喋ったりなんかしないの!」そのとーり。


「しゃべるのよっ! 聞いたもん! しゃべっているのを聞いたもん!」聞こえなーい。


「いいかげんにしなさいっ!」


 突然の大声での叱責。


 静まり返る一同。


 とても珍しい。いや初めてと言っていいのでは? 怒って、そして焦っている? とにかく、あづきの普段あまり見ない様相なのよ。母親の本気の叱責を受けて娘ちゃんはみるみる涙目になっていく。しかし、それでも、この幼女は諦めない。どれだけ意志の強い子か。もうちょっと、こう、別の所で発揮して欲しいのよ。


「しゃべってえ! 猫さん、しゃべってよう! いっしょにお茶会するの!」


「亜美っ!」


「まぁまぁ、喋る猫とお茶会なんて、素敵じゃないか」


「志摩さん、猫は喋りません。現実の猫は喋らないんです」


「う、そりゃあ、まぁ……」


「カエルさんだってしゃべってた!」


「それは映画で作り物だから喋るのっ!」


(そうね、映画と現実をごっちゃにしてはいけないのよ。そこの境界が曖昧なままだと不思議ちゃん一直線だからね。将来、学校とかで苦労しそうだもん。あれ? 私の存在って教育に悪い?)


「……しゃべるもん。猫さん、しゃべるもん、それで亜美の上にのっかってた、黒い、いやなやつをやっつけてくれたもん。ずばってやって、やっつけてくれたもん……しゃべってたもん……」


 え?


 娘ちゃん、あれ、見えていたの?


 あの時、意識があった? あ、そういえば、あの時、娘ちゃんからお礼を言われたような気がする。二本足で立ち上がっているのをあづきに見られたことに動転してうやむやになっていたけど。それって、ええと、どうなのかな? あのモヤはあづきには見えてないようだったけど。


「それでも猫は喋らない。亜美、いいね? この話はもう終わり」


「しゃべる!」


 私は娘ちゃんにしがみ付かれて困惑中。


 あづきは私を見ないまま、娘ちゃんの肩に手をかけ、振り向かせ、私から離し、視線を合わせ、ゆっくりと、静かな声で語り始める。


「亜美、聞いてちょうだい。昔話よ。昔々のお話。あるところにあったお寺のお話」


 娘ちゃんは涙目のまま母親の言葉を聞く。田辺のババも固まっている。あづきは何の昔話をするというのか。


「そのお寺にずっと住んでいた猫がね、鳥を捕まえようとした時、お坊さんが邪魔をしたんだって。すると猫がね、残念、って喋ったの。それを聞いていたお坊さんがお前は化け猫かって問い詰めたらさ、その猫は認めるの。はい、自分は言葉を喋ることの出来る化け猫ですって」


 聞いたことがあるような話。えっと江戸時代の小話集だっけ?


「悪さをしないならこのままお寺にいてもいいよってお坊さんは言ったの。けどね、その猫はいなくなっちゃったのよ。お坊さんの前から消えたの。はい、終わり。これで話は終わり。これで全部……」


 娘ちゃんは真剣に聞いている。


「……私はね、その話を聞いた時、思ったんだ。猫が喋ったのに気がついたその時にさ、お坊さんが猫に喋ることを認めさせなかったら、そのまま見て見ない振りをしていたのなら、ずっと猫とお坊さんは一緒に居られたんじゃないかって。そのまま何事もなく過ごせていたんじゃないのって」


 あづきはこちらを見ない。


「私はね、そのお坊さんは後悔したんじゃないだろうかって思うの。問い詰めなければよかったって後悔したんじゃないだろうかって。後になって、猫が居なくなってから」


 あづきは娘ちゃんを見ている。私を決して見ない。


「亜美は猫さんがいなくなると、悲しい?」


 泣きながら、何度も頷く娘ちゃん。


「私も嫌だ。そんなのは怖い。だから……マルは言葉を喋らないし、化け猫でもない……」


 あづきは言葉を続ける。


「たとえ、万が一、ありえないけど、マルが本当は化け猫で、言葉が喋れても、決して無理に喋らそうとしては駄目なの。猫が喋るなんてことは現実ではないの。こんなこと人に言っては駄目、猫に問いかけても駄目。ね? 亜美、私の話を聞いてくれた? わかってくれた?」


 そうか。あづき。そうなのか。


「……うん、ママ、うん、わかった」


 娘ちゃんは泣いている。そして向こうでは田辺のババが胸をおさえている。


「たとえ猫が喋っているように聞こえても、それはただの聞き間違いだし。二本足で立つのも、猫なら普通だし、おかずやお供え物がちょいちょい無くなるのも、まあ気のせい? だし」


 あづきも目を潤ませている。目に涙を貯めながら笑っている。そうか、あづきも、怖かったんだ。私が居なくなることが怖くて、私が二本足で立っているのを目撃しても何も言わなかったのよ。問い詰めないように、無かったことで済ました。曖昧なまま、なあなあで済ました。


 それと、おかずやお供え物をこっそり頂いてしまってごめんなさいっ! 言い訳させて、全部、とか、ごっそりとか持って行ったことは一度も無いの。持って行く時は沢山ある時だけで、沢山あるなら、ちょとぐらいならいいだろうし、バレないって思ったのよ。あああ、もうしないので許して。


 ついでにあづきの言葉、さっきから田辺のババにザクザク刺さっている。


「いい、亜美、考えて、喋れる猫さんが喋れるのに黙っているっていうのは、何か理由があるんでしょう。そういう相手に無理やり喋らそうなんて考えては駄目よ? だって、ほら、その猫さんの迷惑も考えないと!」


「わかったー。めいわくかけたくない」


「いてててて」


 邪悪なババめ、ついになんか言い出したぞ。いいぞ、あづき、もっと懲らしめてやるのよ。胸をおさえて悶絶しているババは無視してあづきは娘ちゃんと笑い合う。


「だから、さ、私たちだけでお茶会をしましょう。猫さんは、そう、また今度、猫さんがお茶会がしたいよーって言ってくれたら、その時に、ね」


「うん!」


 娘を連れてテーブルに向かうあづき、彼女は最後まで私を見なかった。



 あづきは、私が喋れる猫だってことに気がついている。化け猫だって、気がついている。



 私を見ない、それこそが彼女が私を意識している証明のように思ってしまう。言葉にせずとも、わかっちゃった。それでも言葉っていうのはやっぱり重要だ。あづきがどう思っているのか、何を思っているのか、今日のあづきの言葉でようやく知れたのよ。


「どうしました、志摩さん?」「うん、ちょっと持病のシャクがね」「大丈夫ですか!?」「ふふん、こんなのなんてことない痛みさ」「しまーば、亜美、しまーば、たすけられる?」「いててて、純粋さがいててて」「志摩さんっ!?」



 言葉にしなくても伝わること、言葉じゃないと伝わらない事。言葉って難しい。


 私の思いをあづきに正しく伝えたい。あづきと喋りたい。誤解されずに伝えたい。


 ただ喋れるってだけの猫にそれが出来るだろうか?


 この家を出ていくのは、それが出来てからだ。



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