表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/66

その60「狂気、知立大あんまきの天ぷら」



 おひさー。


 勝手知ったる田辺のババの家。家の近所にある民家の垣根の隙間を抜けて田辺のババの家に侵入、当然猫の姿。散歩の巡回コース。


 そこには3匹の猫たちにお刺身を振る舞っている田辺のババの姿。


「あんたらも喋れるんだろ? ほら、何か言いな? お刺身おいしいってさ。じゃないとお刺身取り上げちゃうぞ? ほーらほら、ほーらほら」


「ニャー」「ニャー」「……」


(あんたたち何やってんのー!?)


 猫の集会でもよくお世話になる広い庭の一角で繰り広げられていたのは、猫たちを喋らそうとしてお刺身が乗った皿を猫たちの目の前で下げたり、上げたりする田辺のババの姿。顔には邪悪な笑み。


 対する猫たち。イチゴ、ニコ、ぶっちゃん。


 口から出る言葉はたどたどしいとはいえ、そこは少なくとも10年以上は生きた賢い猫たち。わきまえたものでうかつには喋らない。お刺身の乗った皿が下げられた瞬間を待ってパクっと上手に持っていく。モグモグと無表情に食べている。そしてニャーと鳴きながら再びお皿が下がるのを待つ。


 何これ、田辺のババも猫たちも楽しそうではあるんだけど、なんか酷い。


「喋らないねぇ。あんたたちも知っているだろう? マルって言う名前の猫、湯島さんとこに居る猫さ、あの猫はまぁよく喋るねぇ、すごくお喋りさんだよ、ペラペラとお話するのさ。あんたらは喋らないのかい? 喋ってくれてもいいんだよ? ほーれほれ」


(騙されちゃダメーーーー! 私、喋らないから! 人間の前では猫の姿で人の言葉を喋ったりしないからね!?)


 くっ。田辺のババめ、何て狡猾な事を考え付くの。他の猫、いや私が人前で気軽に喋っているって信じてしまったら、イチゴたちもつい喋ってしまうかもしれない。邪悪なババなの。


 私参戦。


 いたいけな後輩をたぶらかそうとする悪いババから猫たちを守らないと。


 あとお刺身食べたい。



「来たね?」


 ずんずんと進んで私がババの前に姿を見せると、待ちかねたとばかりに口の端を上げて出迎える。


 戦いの火ぶたが切って落とされる。


 私が傍に近づいてきても、お刺身に夢中って感じで無視してくる彼女たち。うん、良い感じなのよ。普通の猫は「どもー」とか「おひさー」とか挨拶しないからね。その調子。


「そこにいる猫たちから聞いたよ。あんた人の言葉を喋るんだってねえ?」


(え!? 嘘っ?)


 思わずイチゴたちを振り返って見てしまう。彼女たちは知らんぷり。


 知らんぷりしているというのは、秘密を喋ってしまって気まずいとかそういうのではなく……


(だっ、騙されるところだったぁーーー!?)


 危ない!


 振り返って見上げると田辺のババの悪い顔。うかつ! さっきから、そうやって喋らせようとしていたじゃないのよ。ついイチゴたちなら言いかねない、なんて思っちゃたじゃないの。他の猫たちの信用までを揺さぶるようなことをして、なんて邪悪! なんて狡猾!


 いいから刺身よこせ、はよ。


「ま、嘘だけどね」


 そう言いながらお刺身の乗ったお皿を下ろし……下ろさない。私たちの目の前で上げる。釣られて上を見上げる猫四匹。つまり私たち。


 左に動かして、右に動かして、下げようとして、上げる。下げようとして、また上げる。その度に、お皿を目で追う私たち。


「ふふ」


(おんどりゃーーーーっ!)


 怒りのままに前に出ようとしてしまい、ぶっちゃんに止められる。スリっっと頭を擦りつけられて冷静になる。ふー。


 手ごわい。


 これは長い戦いになるぞ、と構えると「ああ疲れた」との一言を残してお刺身の乗ったお皿を地面に置いて手を放す田辺のババ。すぐに飛びついて食べ始めるイチゴたち。


 ええー。


 終わり? なんかこう、もっと長引きそうな雰囲気じゃなかった? お刺身で釣って私たちを喋らせようとしていたのはどうなった? はっ! うかうかしているとイチゴたちに全部食べられちゃう。お刺身、頂きまーす。自然なお魚の味。うんまい。できるなら醤油とワサビも欲しかったところだけど、それでも十分おいしい。溢れるうま味。イチゴたちとみんなであっという間に完食。ご馳走様でした。


 食べ終わったら前足で顔を洗って、庭から素っ気なく去っていくイチゴたち……


 猫っぽい、いや、猫だ……いわゆる普通の猫だ……自由で気ままな猫そのままの姿。イチゴたち、そんなに普通の猫の振りが上手かったなんて……。私や田辺のババを一瞥もせずに去っていく様には職人魂すらを感じるのよ。


 それでは私も後輩猫たちを見習って去りましょうかね? 猫らしく。


「マルさんや、デザートを食べていくかい? 餡子を使ったスイーツ、好きだろう?」


 スマートに庭を去ろうとする私を引き留めてニヤリと笑う田辺のババ。



 そんな、そんな、餡子のスイーツなんかで、私を釣ろうとしたって――





知立(ちりゅう)名物、大あんまきの天ぷらだよ。貰いもんだけどね、沢山貰っちゃったから、後で湯島さんとこにも持って行っておくれ」


 だから猫にお使いを頼まないでって、ん、今、何て言った? 天ぷらって聞こえたのよ。


 庭から建物の中へ。はい、大好きな餡子のスイーツに釣られたおバカな猫は私です。


 岡崎に近いから知立の大あんまきは私でも知っている。甘い餡子を包み込むスポンジ生地、いわゆるどら焼きと同系統のスイーツ。この前にタヌキさんが出してくれた一六タルトもそうだよね。ご当地スイーツになるのかな? そんなここいら近辺では有名な大あんまきは形が長方形になるように包まれている餡子のスイーツ。それを揚げたと? 油で? 餡子スイーツを? 天ぷらに?


 狂気の沙汰では?


 居酒屋で食べさせてもらったエビの天ぷら、おいしかった。しかしそれは中身がエビだからであって、餡子のスイーツ、ただそれだけでちゃんと成立しているスイーツを天ぷらにする理由は?


 わからん。何を考えたらそんなものが出来上がるのか。


 ちゃぶ台の上、包装から1つ取り出されたそれを見ると普通の大あんまきよりは小さい。そして確かに揚げられている。これはドーナツとかのジャンルになるのかな? 見た目は別におかしくない。田辺のババは立ち上がって私にも食べやすいように台所で小さく切って来てくれた。ババと二人で一個を半分コね。ご親切にどーもね。


 いざいざ。一口大に切ってくれたものをパクリ。んん? 別に油っぽくはない。さすがに揚げたてではないからか、サクサク感とかは無くてしっとりの食感、中身の餡子は粒が残っている。そんな餡子は甘さの中にも塩気がきいていて、その塩気がふんわりスポンジケーキ、さらには天ぷら衣と一緒になって、このスイーツを甘くなり過ぎないスイーツに仕立て上げている。


 なるほどね? 天ぷら衣! 重要! この衣のおかげで、甘すぎない甘さを存分に堪能できるのよ。こいつは、うみゃあ、なのよ。


 はー。目からウロコ。天ぷらにされたスイーツ。ありです。ご馳走になりました。



「最近の悩みを聞いておくれ。あたしはね、いつもマルさんを笑わせてやろうと思ってネタを考えているんだけどね」


 なんてことを。


 田辺のババはお茶をズズーと啜ってから顔を洗っている私に言ってくる。そしてその内容が酷い。何故、猫である私を笑わそうとするのか? それがわからない。


「しかしねぇ、あんまりいいネタが思い浮かばないんだよねえ」


 田辺のババの悩みはスランプ状態になったお笑いの人か何かなのよ。突っ込みたい。しかし我慢。


「……バニーガールの衣装でも着ようかね? 需要的に」「っ!」


(誰が見たいかっ!)


 危ない。突っ込みそうになっちゃたのよ。


「実はこの服の下はバニーガールの衣装なんだけどさ」


(脱ぐなよ? 脱ぐなよ?)


 田辺のババは一体何に追われているの? 私を笑わせるためにどんな覚悟をしているのか。怖い。田辺のババがちょっと怖くなってきた。


「だって、もう身を削るしか無いじゃないのさっ!」


(何切れっ!?)


 田辺のババは私の心でも読んでいるの? まるで会話が成立しているみたいになっているのよ。こわ。


「まあ、嘘なんだけどね」


(嘘かーい!)


「さ、湯島さんとこにあんまき天ぷらを持って行こうかね? 一緒に行くかい?」


(うん、行く……)


 疲れるの。





 彼女は普通の猫の振りをする気があるのかな?


 家屋から出て、人間の老婆と一緒に並んで歩いていく一匹の三毛猫の後ろ姿を見ながら考えてみる。


 だいぶ前のこと。「私たちの正体がね? 人間の言葉をちゃーんと理解している化け猫だってバレると面倒なことになるのよ、だからバレてはいけないの」うちらにそう教えていた彼女の姿を思い出す。


 彼女は人間にバレないように気を付けて生きているのかな?


 変わり者。どうにも彼女はその心情が酷く顔に出るようだ。目を見開いて驚く、口を開いて呆れる。口元が動き、ヒゲが動き、頭が動き、時には全身でそれを表現する。彼女はよく驚いて、楽しんで、そして笑う。彼女をよく観察してみると表情のままのことを裏表なく実際に考えている様子。とてもわかりやすい。あれでは人にバレるバレない以前の問題じゃないのかな。


 化け猫になるような猫たちなんて、いずれもどこか狂った所があるものだと思う。その点では常識を語り、平穏を尊び、人も猫も愛する彼女は善性の存在なんだろう。これが面白いことに彼女自身が持つ力の非常識さが全力で善性を否定してくるけど。


 彼女は人の事を尊重する、そんな彼女だからか、彼女は人の言葉をちゃんと聞く。人間が私たちに喋りかけてきたとしても、うちらがするように内容なんて一切気にせずに完全に無視をしていればいいというのに。人にバレないために。人に騒がれないために。



 だから、憧れる。


 あの変わり者の猫は、どんな猫よりも自由だから。



 うちらの方こそ考えすぎなのだろうか。人の目っていうのを気にしすぎなのだろうか。彼女の様に自由に生きてもいいのかな。つい先ほどのことを思い返す。この家の住人である老婆が刺身の乗った皿を揺らして笑っていた時のこと。怒った彼女が老婆を爆殺でもするのかと焦って止めちゃった。彼女がそんなことをするわけないのに。それでも勝手に体が動いてしまうくらいには彼女には信頼がない。なにせ、



「まあねえ、じらいおんな、だから」



「ぶっちゃん、いくの」イチゴが呼んでいる。ニコと並んで道の端を歩く。人の目を気にしながら。怯えながら。やっぱりどうも彼女の方が正しいらしい。うちらはもっと自由に生きていい。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ