その58「居酒屋で泣く猫」パート2
結局、頑刃マスターの昔話はうやむやのまま終了。ごめんないマスター、またいつか聞かせてね。そして今、私の目の前にはスピリタスという名前のお酒が出されていた。小さいグラスの半分ほどに注がれたそのお酒はまったくの無色透明。なんだかゆらゆらと妖気的なものまで立ち上がっている気がする。
ごくり。
これ、危険薬物扱いされていたのよね? 本当に飲んでいいやつなの?
「おい、いいか? 今から店ん中は火気厳禁ってやつだ」
「お、フラグっすね? あ、読めたっす。今回は爆発オチっす」
「フラグじゃねえ! 冗談抜きでこの酒は燃えるんだよ。店を燃やすなっつてんだ」
白い少女姿の後輩ちゃんの冗談、たぶん冗談に律儀に返す頑刃マスター。私の隣ではそんな二人を火輪姐さんが笑顔で見ている。ようし覚悟を決めた。いざ。
「普通は何かで割って飲むもんだがよ、丸いの、お前は、」
「まずはストレートで頂きます」
「だよな。まあ、ちょっとだけ舐め、」
ぐいっと行く。
「おいっ!?」頑刃マスターが目を丸くする。何か言った? ん? 味がしない? というか飲んだ気がしないのよ? お酒が口の中からスーっと消え、て、いく……ぐぅおおおおはあぁ!? アツゥ!? 何!? 喉がっ!? 熱い!? 飲んだのは冷たいお酒なはずっ!? 焼けるっぅ!?
たまらず上を向いて息を吐き出す、すると、ゴウッっと火柱が上がった。火柱っぁ!? 私の口から火柱がっ!?
「ごほっ! ごほおっ!! がふっ!!!」
「だははははwwwwww。火柱っ! 爆発じゃなくて先輩の口から火柱!! これは読めなかったっすwwwだはははwww」
「言わんこっちゃねぇ……てか燃え移らなくてよかったぜ、ていうか何で火がついた?」
咳込み涙目になりつつ周りを見ると、頑刃マスターはテーブルの上のスピリタスの瓶を確保して遠ざけてくれていた。本当に燃えるお酒だったのよ。あービックリした。喉がまだ痛い。おつまみで注文したナマコ酢をつまんで口に入れる。これは冷たくて焼けた喉に丁度よさそうぐほぁああっ!
「ごほっ! ごほおっ!! むせた! す! すが! むせた! げほっ……っ!」
「だははははwwwwww死ぬwww笑い死ぬwww」
私涙目。テーブルを叩きながら笑う後輩ちゃんも涙目。ナマコの味なんかわかんない。マスターは呆れているし、火輪姐さんは手を口に当てて肩を震わせている。そりゃ笑うよね、ええ、はい、もっと笑ってくださいな。ちくせう。
あー熱い、顔が赤くなったのがわかる。すごいお酒もあったものなの、というか本当にこれお酒? お酒にはちょっとばかり自信がある私をたった一杯でここまでにするなんて……顔が赤い理由は恥ずかしいってのも少しあるんだけど。
場が落ち着いたところで頑刃マスターがスピリタスの飲み方を実践して教えてくれた。
「ショットガンって飲み方だな、見てろ」
小さなグラスにスピリタスを半分注ぎ、レモン果汁を絞る、そこに炭酸水を入れて片手で蓋をしながら持ち上げテーブルの上にトンと軽く叩きつけてそのまま一気に飲む。姿は巨大イタチだけど、様になっているのよ。「くぅー」と息を吐くマスターに一同拍手。ぱちぱち。
「やめろって。こいつは人死にだって出る酒だしな、知っていて自分が飲むなら死んでも勝手にしろで済むが、知らねぇで勧められたらそいつを殴っていいぞ、覚えとけ」
「そ、そんなお酒を販売していいの?」
「日本じゃいいみてーだな。外国じゃ販売もできねえ国もあるが。ま、妖怪の俺らにゃ人間の法律なんて知ったこっちゃ……守れるなら守った方がいいと思うぜ。……あー俺もなんかつまむか」
火輪姐さんと目が合ったよね、今。
なにやらゴソゴソとカウンターの下をあさり出した頑刃マスターから目を離して、私も同じようにやってみる。テーブルにトン、そして炭酸の泡が消えないうちに飲む。くー。こいつはキクってやつなの。口の中でシュワっとお酒が消えていく感覚はある、けどストレートで飲んだ時のような焼けつく感覚は無い、いやあるけどぐっと低い。味は……さわやかな柑橘系? 当たり前か、レモンだもん。お酒を飲んでいる感じが低いのでこれはグイグイいってしまうかも? 危険、これは人に勧めてはいけない奴だ。
「ふああ、胸の奥が熱い。火を噴きそう……あ、なんか火の妖術のランクがあがった気がする」
「絶対に使うなよ!? 振りじゃねえぞ!?」
鬼火スピリタス、とか出来そう、いや、なにそれ。冷静になろう。すー、はー。そうだ、あれを聞かないと。
「マスター、私、自分で猫まんまを作ってみたんだけど、マスターの作る猫まんまのようにならないのよ。何か秘訣とか秘伝とか、ある?」
「ねーよ。猫まんまにそんな大層なもんねーよ」
「なるほど、そう簡単には教えてくれないと?」
「逆さに振っても何も出ねえわ。ふん、醤油は何を使ってんだ? 丸いのに出す時の醤油はうま味の強いダシ醤油を使ってるぞ」
「醤油に種類が、そういえば、あるような」
固有空間から商店街で買った醤油を取り出してみる。これは何醤油だろう。
「生醤油だな。良さげなモンだが味は違うだろうな。ほれ、これが俺が使ってるダシ醤油だ。持ってけ」
「し、師匠……」
「何の師匠だ。免許皆伝みたいな空気出すのやめろ。ただの市販の醤油だ」
固有空間の妖術の師匠ではあるけどね、料理はまだマスターから習えてないからね、けどつい、うるっときちゃったのよ。ありがとう頑刃師匠、師匠から譲り受けたダシ醤油を胸にいだいて、誇り高く使っていくね。
なんだか私、貰ってばっかりだな。……ここか? ここで出すタイミングか? 決めた。
座席から立ち上がり、後輩ちゃんの近くに行く。完全に冷めた唐揚げを頬張る彼女は私を見上げて固まる。急いで飲み込んでごくりと唾を飲み込む少女。
「な、なんすか?」
「後輩ちゃん。あなたに、プレゼントなの! 受け取って!」
固有空間から包みを取り出して後輩ちゃんに渡す、受け取らない後輩ちゃん、いや受け取って? 無理やり押し付ける。
「実はね、誰にも内緒で商店街に行って買っておいたのよ。最後の商品券を使って、ね。後輩ちゃんへのプレゼント、普段からのありがとうの贈り物なのよ」
そう、にゃん吉さんから貰った10万円分の商品券。その最後に残った商品券を使ってこっそりと買っておいたのだ。これで全部。
「ちょっ! 受け取れねーっす! あっしは別に何にもしてねーし、あ、後が怖そうっす!」
「疑い深いなー。普段から仲良くしてくれているお礼だから、後で何も求めないのよ。……それとね、知っているよ? キツネさんの家で、猫又はいつか飼い主の元から去るって話を後輩ちゃんが私にした時、言わなきゃ良かったって感じで後悔した顔をしていたこと、私は知っているよ……それで、その後、いつもよりほんの少しだけ、私への当たりが強くなったなぁって」
後輩ちゃんは何も言わずに私を見ている。
「けど、そんな後輩ちゃんとのやり取りが私を元気にしてくれたのよ。……気にしてくれたんだね? ありがとう。いつも元気をくれて、ありがとう」
「ふっ……不意打ちは……やめるっすよ……」
後輩ちゃんは俯いている。声が、震えているよ。
頑刃マスターは静かに見守ってくれている。火輪姐さんが瞳を潤ませてこちらを見ている。私まで泣きそうになる。
「だから受け取って。贈り物は相手が欲しがる物を贈る。まだ私には難しいけど、精一杯考えてみたよ?」
「べ、別にぃー、そーゆーのは先輩の? 勘違いってやつですが? まー、しょーがねーっすねえ。後で何も求めないってゆーなら? 受け取ってあげてもいいっすよー?」
強がっちゃってまあ。目元、潤んでるよ。
「あ、開けるっすよ? どーせ先輩の事だからロクなもんじゃねーって、あっしは知ってるっすからね? 確認してやるっすよ」
「うん。いいよ。開けて」
いそいそと立ち上がり、ガサガサと紙の包装を取り除いて品物を取り出す後輩ちゃん。中から出て来るのは白いおしゃれなワンピース。頬を赤く染めて、服を持ち上げて広げる後輩ちゃん。
白いワンピースの胸のあたりには黒字で大きく『初雪姫でぇす』の文字。文字の最後にはピンクのハート。
「………………」
「………………」
「………………ロクなもんじゃねえええええええええっ!!!」
「贈り物の内容はタヌキさんとキツネさんを参考にしました!」
「参考にするんじゃねーっすよおおお!?」
「あ、後輩ちゃんの部屋を見るとピンクの小物とかハートのクッションが沢山あったから、そういうの好きなのかなって?」
「論外の問題点があるんすよおおお!!!」
「はぁ、特注品って高いのね。一万円を超えたの」
「叩き返してこいやああああ!!!!!!」
「相手が欲しがる物を贈る。まだ私には難しい」
「開き直ってんじゃねええええ!!!!!」
「あれ? 後輩ちゃん、泣いてる?」
「泣くわっ! 怒りがあふれ出して涙になってるんすよお!?」
これまで静かに見守ってくれていた火輪姐さんが瞳を潤ませながら口を開く。
「うう……貴いでありんす」
「え? 見てて泣くとこあったっすか!?」
頑刃マスターがビーフジャーキーを齧りながら口を開く。
「良いモン貰ったな、愛用してやれ」
「適当言ってんじゃねえーっ! おかしーんすか!? あんたら全員おかしーんすか!?」
笑う一同。
特注ワンピースを握りしめてジタバタと大騒ぎする後輩ちゃんの目からは涙が零れていた。
よしっ。サプライズプレゼントは大成功なの。




