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その57「居酒屋で泣く猫」パート1



 楽器で遊ぶの楽しかったー。


 チャカポコチャポコ。まだ頭の中に楽器の音が鳴っている気がする。残るよね、こういうの。


 自由気ままなセッション、あはは、音楽やっている人からみたら笑われるしかないようなものだけど、途中から唐突に始まった私と後輩ちゃんの踊りながら楽器鳴らし対決が、いよいよ収集がつかなくなったため終了。私の「打ち上げいこー!」の合図で来ました、商店街の路地裏の隙間にある、店主も客も妖怪の居酒屋、その名も錆鉈。


 途中、娘ちゃんの様子が気になったので店に行く前に一度家に帰ってみたんだけどね、いやー、家の中を走り回ってましたわー、あの幼女。捕獲されかけたので即退散。いざ居酒屋へ。


 どーもどーもの挨拶で昭和感満載の店内に入って来る3匹の猫。私と後輩ちゃんに続いて火輪姐さんを見た時、コの字カウンターの中にいる店のマスターの頑刃さんは目を剥いた。


 どっしりやずんぐりというよりは、ドドン! って感じのイタチの妖怪の頑刃マスター、体格に相応しく性格もドドンって感じで落ち着いてる彼が目を剥く表情なんて初めて見たかも。


「なんてぇのを連れて来やがる……」


「二人はお知り合いなの?」


「……火車を知らんのか?」


「かしゃ! そう、それは聞いたことあるのよ。ひのわ姐さんは、かしゃのかりんだって」


「話は座ってからにするでありんす」


 店内に入るなり話を始めた私たちを制するようにして火輪姐さんはふわりと人化をする。青い目、黒髪の美人の姿。花魁の恰好ではなく動きやすそうながらも露出は少ない黒のドレス。相変わらずこの人は凄く自然に妖術を使うのよ。憧れる。後輩ちゃんも火輪姐さんが妖術を使う時は真剣に見てる。私も学ばねば。


「物を頂くときは人の姿になるのが一番でありんすゆえ」


 照れながら控えめに言う美人さん。癒される。それなら私も披露せねばなるまい、なのよ。


 キツネさんの家に招かれた時の会話で出ていた私の人化姿の新しいバージョン。基本こそは変わらない。奇抜だの、目に痛いだの、さんざんな評価を受ける三毛柄の髪の毛ではなく、黒髪に一部だけ自然な感じで流れる白と茶色の毛に変えたストレートセミロング、当然猫耳つき。おしゃれポイントとして髪留めもついている。さらに地味かわ成分として黒の地味眼鏡を追加。服装は白のTシャツに上下の茶色いジーンズスカート、および黒のストッキングに茶色のブーツ。完成。


 どーよ? さんざんな駄目出しを食らいながらも到達した造形なのよ。テーマはお忍びでいるのに隠しきれない可愛さを醸し出す女性アイドル。女子会と化したお茶会でも最高評価を受けたこの姿、ふふ、あの時のシメさんの遠くを見る目を思い出すの。……あれ? これ、もうご主人の作ってくれた三毛柄髪の毛と大正女学生の成分がどこにもないのよ……。ま、いいか、顔の造形は変わらないし。


 火輪姐さんに抱き着かれた。


「んなっ、なにゆえ!?」


「かーわーいーいー! かわいいっ! かわいいでありんすーっ!」


「ちょ、何、離れない!? 力、強っ!?」


 離そうとグイグイ押しても離れない。そういえば最初に会った時も抱き着かれたのよ。猫の姿だったけど。火輪姐さんは可愛いもの好き。ちょっと行き過ぎてる感は、うん、まあ。


「後輩ちゃん! ほら、あなたも人化して! 人化!」


 後ずさりをする後輩ちゃんを期待しながらじーっと見る火輪姐さん。後輩ちゃん、逃すまいぞ。あきらめて人化する後輩ちゃん。いつもの白い姿にオッドアイの美少女。なんと後輩ちゃんの白髪の頭には猫耳がついている。ファッションや可愛らしさについて、私と同じく色々と駄目出しされていたけど、どうやらそこが後輩ちゃんのギリギリの妥協点らしい。すぐさま火輪姐さんが抱き着きに行った。ふう。解放された。褒められて抱き着かれるのは、まぁ純粋に嬉しいけど照れるのよ。


 嫌がる美少女に、可愛いを連呼しながら抱き着いて離れない美人さんを見てるとなんだか癒されるよね。さ、席につこ……。居酒屋の席に着くだけでこんなにも疲れるのはなんぞ……





 後輩ちゃん、姐さん、私の順に席に座ってから注文。今日は何にしようかな?


 グテッとした後輩ちゃんは早々に鳥の唐揚げとアルコール薄目のハイボールを注文する。なるほど、後輩ちゃんにお勧め対決ではタヌキさんに軍配が上がっていたようなの。定番は強い。悩む。今まで食べた中からおいしかったものを選ぶか、それとも食べた事のない未知のメニューか? 店内に張られているメニューやテーブルに置かれているメニューから探す。


 私と後輩ちゃんに挟まれてニコニコ笑顔の火輪姐さんはてんぷらの盛り合わせと日本酒の常温を注文。なんだろう頑刃マスターが緊張している。店に有名人が来たー、みたいな感じだろうか。


 さて私の注文。悩む。いや駄目だ、決めないと。これ以上悩んでいたら”居酒屋の注文悩み妖怪”とか生み出しかねないのよ。よし決めた。未知の食材! 未知のお酒!


「マスター、あのナマコ酢ってやつと、お酒はね、えと、このドクロマークが付けられているス、ス、スピリタス? ってのを頂戴な」


「やめとけ死ぬぞ」


「死ぬの!? 死ぬようなメニュー書いてるの!? え? どっちが? ナマコ? お酒?」


「いや死にはしないだろうがスピリタスってのがな……丸いのは酒に強かったか、まぁいいか、物は試しだ、持ってきてやる。ええと、どこに仕舞ったかな、危険薬物の棚だったか……」


 呟きながら店の奥へと消えていく巨体のマスター。


 何だろう、何が出て来るんだろう、ちょっとドキドキしてきた。危険薬物? まじか。


 すぐに戻って来て調理に取り掛かるマスター。「え、出てこないの?」の質問に「後でな」と答えてからこっちを見て「これを出した後は火気厳禁だからな」と言って意味深に笑う。こちらというか、火輪姐さんを見ながら? そんな姐さんも笑っている。ニコニコだ。そういえば、


「火車のかりんって?」


「ただの仕事の時に使われているあだ名でありんす。今まで通り、わっちのことは”ひのわ”って呼んで欲しいでありんす」


「あー、仕事。確かアンデッドスレイヤーって……」


「マルさん、楽しい酒の席で仕事の話は無作法でありんす。頑刃さんも、思わせぶりなことを言うのはやめるでありんす」


「あ、はい」「あ、はい」


 なんと私と頑刃マスターの返事が被った。


「姐さんって実は怖い妖怪だったりするんすか、ね?」


 恐る恐るって感じで聞く後輩ちゃん。火輪姐さん、ニコニコと笑顔なままなのが逆に怖いのよ。後輩ちゃんは勇気があるの。答えたのは火輪姐さんではなく天ぷらを揚げているマスター。


「この国を守護する大妖怪の一体だな。目を付けられたら燃やされて灰も残らねぇよ、そいつが生きていようが……たとえ死んでいようが」


 ニコニコ笑顔のまま無言の火輪姐さん、心なしか室温が上がったような……?


「……これくらいはいいだろ、火車のことを知らないままこの国で妖怪やんのは目隠ししたまま地雷原の上で踊るようなもんだからよ……ちょっとばかし昔話だがいいか?」


 天ぷらと鶏の唐揚げを調理し終えてテーブルに提供しながら頑刃マスターが声を潜める。喋りながらも手は止めない。あれはナマコ酢かな? ナマコ、食べたこと無いの。


「自分は力を持っていて、だからこの世界で何でも出来るって勘違いしていた世間知らずのアホ妖怪の話さ、そいつは、」


「天ぷらは揚げたてが一番でありんす。マルさん、エビ、食べるでありんすか?」


「食べるー!」


「聞けよっ!?」


 ガーンって感じで反応するマスターには悪いけど、今はエビの天ぷらの方が気になるのよ。


 あづきの作ったエビの天ぷらを食べた事はある。ドロボードロボー言われながらも食べたあの味は確かにおいしかった。しかし頑刃マスターが作った天ぷらは見た目からして違う。かりっかり、立派、おいしそう。エビの天ぷらを箸でつまんでこちらにアーンをしてくる火輪姐さん、取り皿を出してるんだけど……許してくれそうにないのでパクリと頂く。いただきまーす、!? サクッ……モグ……ハフ……うううううううまああ。


 香ばしい天ぷら衣が子気味良くサクッサクッっと心を躍らせる音を奏でる。エビの肉を歯で噛み切ると魚介系特有の、海の塩気を伴ったうま味の汁があふれ出し、それが口の中で天ぷらの衣と相まって……うみゃああ!


 何これ、おんなじ料理でここまで違うの!? あづきのはもっとこう、しっとりしてたし、エビ、そうだ、エビの火の通りが違う。あづきのは、もっと固かった。しかしマスターの揚げたこのエビの肉は生状態? いや生ってわけじゃない、けど火が通りきっているって状態でもない、……境界……そう、これは境界線、空と海との境界、昼と夜の境界、生と死の境界、このエビはそこにいる。生じゃない、でも生、いやどちらも違う、どちらでもない、いわば線の上。火が通っていることで生まれる香ばしさと、生だからあふれ出す瑞々しさの、いいとこ取り。プリプリでホクホク。宇宙の真理を私は見た。そうだ、エビの尻尾は食べる、食べない? ええい食べちゃえ。残ったエビの天ぷらの身と一緒に嚙み砕く。いける。確かに、今までの絶妙なバランスが嘘のように、ゴリゴリとした食感が口の中に残る、けど香ばしさはさらに上がっていく、全部ひっくるめて、エビのすべての命を頂いているという感情が芽生える。


 同じくアーンをされて困っている後輩ちゃんを見ながら自然と私は手を合わせていた。


 はふぅ。エビさん、頂きました。




話が長くなる理由はマルの食レポのせい(-"-)

今月中の完結を目指します。

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