その56「楽器で遊ぶ猫」
チーン……
「物悲しい音色でありんすなあ」
お堂に響くトライアングルの音色。火輪姐さんがそう評す。
◇
すこし前のこと。ご主人の顔をした黒いモヤを斬って、それが私の目線から見る写真のご主人に似ていたことに気がついて、あれやこれやと考え事をしていると、常世のおばあちゃんから念話が送られてきた。
考え事のひとつは私のこれからの事。私はあの家から出ていくべきかどうかってこと。だってねぇ、さすがにあそこまでガッツリ目が合ってしまえば、あの、何だかんだでゆるい所のあるあづきだって気がつくと思うのよ、家にいる猫は化け猫かもって、人の言葉を理解できる化け猫なんじゃないかって。
私は私自身のことを誰に迷惑をかけることもない人畜無害な普通の愛らしい猫だって思っているけど、尻尾を二本に増やせて、二本足で立って歩くことのできる猫を、人が見てどう思うのかは、わからないし。あづきは娘ちゃんが高熱を出した時のプチパニックは収まって、普段通りに振る舞っていたけど。
後はあの黒いモヤ、アレを生み出したのが私なら、これから何度だって同じような事が起きかねないのよ。その度に娘ちゃんや、あづきが倒れるかもしれない。それは、嫌だ……
とまあ、そんなことを考えていた時に頭に響く、『火輪と連絡がとれたよ、来るそうだから、おいで』とのおばあちゃんの声。
再びやってきました常世寺。後輩ちゃんも火輪姐さんに会いたがっていたし、と、後輩ちゃんも連れて常世寺の小さなお堂の中に行くと火輪姐さんはもういた。青い瞳を持つ、白地に薄墨で化粧を施したような毛並みの、とんでもなく綺麗な猫さん。お仕事で海外に行っていて日本を留守にしていたらしい。すごい。ワールドワイドな猫さんなの。
火輪姐さんは私の猫又検定の試験対策のため、簡単に出来る楽器を色々と持ってきてくれたのよ。私ですらちょっと忘れかけていた猫又検定を気に掛けてくれているなんて、はーありがたいの。
今朝がた起きたあれやこれやを話すと、じゃあちょっと様子を見てみるでありんす、と私と後輩ちゃんを連れて私の家へ。
二階でスヤスヤと寝ている娘ちゃんを見てくれた。あづきは一階で何かしている。その時、姐さんはさりげなく結界を張っていたけど、すごいのよ。なるほど、こうしておけば余計な邪魔や、不意をつかれて二本足で立っている所を見られることも無いのか。勉強になる。
見てくれていた火輪姐さんが娘ちゃんに息を吹きかけると、娘ちゃんの体は一瞬だけ燃え上がる、ように見えた。布団も含め、何も起きていない。何をやったのかわからないけど、やっていることが理解できないくらいすごい事なのはわかる。
再びの常世寺のお堂の中。火輪姐さんから説明を受ける。
ほとんど残骸になっていたから予想も入るけどよいでありんすか? との前口上の後に続いた説明では、どうやら娘ちゃんは呪いを受けていたということ、それは先祖から受け継いだもので、実は湯島家は短命な一族であっただろうということ、呪いの正体はわからないけど何かしらの動物から恨みを買ってたっぽいこと、今は完全に消滅してしまっているからこの先も心配はないとの事、最後に呪いの残骸を燃やしきったのは念のためとのこと、それから……
「湯島家の娘さんが受けていた呪いは一族の奥底に静かに巣食って、ゆっくりと寿命を削るもの、そしてそれは役割を果たせないほど弱っていたものでありんす。わっちの見立てでは、元々、もうほとんど力も残っていなかった呪いを核として、本来の呪いとは別ものの怪異にまで成長させてしまったのは、マルさん、ぬしさまでありんす」
やっぱり、そうか。
驚きは無いのよ。そうだろうと思っていたし。
「自分で生んで、自分で殺した……」
手に持つトライアングルを軽くチーンと鳴らす。楽器のトライアングルを鳴らす金属のバチ、これビーターって言うんだって。知ってた? 二足歩行モードで立ち上がっている私が持つ楽器から、物悲しい音色が響く。
「殺したと思う必要は無いでありんす。姿を得たとて、妖にもなっていないような存在でありんす。確かにそのまま放っておけば、いずれ何かしらの妖にまで成ったのかも知りんせんが、それは多くの人の命を喰らった後になりんしょう。いずれにせよ、人に仇なす存在として消されるものでありんす」
「妖怪ハンターのお仕事……」
「それからマルさん、妖は人が生むもの……妖は妖を生まないでありんす」
「え? そうなの?」
「人と関わらない所で妖から妖が生じていたら、世界は手に負えないくらいの妖で溢れてしまうでありんしょう。普通は、の話でありんす。妖、怪異、妖怪……わっちとて妖のすべてを知っているわけでもありんせん。むしろ知らないことだらけでありんす。妖を生む妖がいてもおかしくないでありんしょう」
「先輩は自覚するべきっす。自分がおかしい存在だってw」
こちらは後輩ちゃん。同じく二足歩行モード。白猫オッドアイの彼女は手にカスタネットを持ってカチカチと鳴らして挑発してくる。くぅっ。最近、ちょっと自覚があるだけに反論できない。代わりに楽器を鳴らす。チーン。
「初雪姫さん、それからマルさんも、わっちの言うことは話半分で聞いておくんなまし。妖事などいずれもあいまいであやふや、確かなことなどございんせん。話を聞くにマルさんは最近、悩み事とか、漠然とした恐怖なんかを持って過ごしていたのでありんしょう? そしてそれが無意識ながらも現実に出てきた」
「先輩は無意識でも周りに迷惑を振りまくんすねえ!」
反論できない。なので代わりに彼女に向けてトライアングルを鳴らす。チンチンチンチン!
「チンチンチンチンうるせえっす!」
負けじとカスタネットで応戦してくる後輩ちゃん。あう、カチカチカチカチうるさいの。
小さなお堂の中には火輪姐さんが持ってきてくれた様々な楽器が並べられている。見たことのある奴や無い奴、中にはどう使うのかもわからないものもある。小柄な黒猫の常世おばあちゃんはお堂の隅に追いやられて、寝ているのか起きているのかもわからないくらいに動かない。たぶん寝ている。
「私は……もうあの家にいちゃいけないの? あづきたちに迷惑をかけちゃう」
後輩ちゃんが別の楽器を持って鳴らす。ぽよ~ん、という間抜けな音がした。やめて、真面目な話をしているの。
「考え方ひとつでありんす。確かに力の強い妖であるマルさんが身近にいることで、飼い主さんたちに何かしらの影響はありんしょう。しかし今回の件、マルさんが居なければ、飼い主さんたちにとって良くないことになっていた可能性の方がずっと高いでありんす。娘さんに生じていたモヤを前から何度も散らしていたのでありんしょう? その度に呪いが本来持つ力を削られていったと思うのでありんす。娘さんがどんどんと健康になっていったというのが証拠でありんす。マルさんは、ずっと前から飼い主さん達を守っていたのでありんす」
火輪姐さんが四角い箱のような打楽器を持って鳴らす。今度はコーンという間抜けな音が響く。
「姿を消すも消さぬもマルさんの心ひとつ。自覚したのなら力の制御なんていくらでもやりようはありんす」
コンコ、コンコ、コンココン。リズムよく楽器を鳴らす火輪姐さん。心が楽になる。
後輩ちゃんが続けて、ぽよ~ん、ぽよよ~んと鳴らす。笑えて来るから、やめて。何あの楽器。
トライアングルを置いて楽器を持ち替える。これは知っている。マラカスって言うのよね。二本のマラカスを両手でもって振るとシャカシャカと音が鳴る。楽しい音。
「そういえば、後輩ちゃんはどうするの? 飼い主さんに化け猫だって疑われる前に出ていくの?」
「あー、決めてねぇっすが、あっしは多分、見た目を子猫の様にしてまた同じ飼い主さんとこで厄介になるつもりっす。父親がその口っすから」
「へぇ、そうなんだ。後輩ちゃんの父親が」
子猫の姿になって前の飼い主の元で生きる、か。それも一緒にいられる一つの方法、だけど、同じようで、違う。こちらは相手を知っていても、相手は私の事を昔の私だとは思わない。ううむ。
「人の姿で人として暮らしている猫又もそれなりに居るでありんす」姐さんの持つ楽器がコンコンココンコンココンとリズムを刻む。
それはにゃん吉さんタイプか。大変そうだけど、考えのひとつとして心に留めておこう。私の両手の楽器からシャカシャカと音が鳴る。
「山奥には猫又の集まる里なんてのもあるっすよ。あっしの母親がいるっす」
いつの間にか楽器を持ち替えた後輩ちゃんからカアァァ……という音が響く。木の板と丸い木が鉄の棒で繋がっている楽器だ。
「猫又の集まる里!? なにそれ面白そう!」シャカシャカ。
「あっしも行ったことは無いっす、特に何にも無いとこらしいっすw」カアァァ。
「それでも遊びに行きたい!」シャッシャカ、シャカシャカ。
「お? 猫又の里を吹っ飛ばしに行くんすか? 爆発オチは勘弁っすよ?www」カアァァ。
「なんでそうなるのかしら!? 爆発しないから! ……たまにしか」シャカシャカ。
「説得力ねーんすよ!?」
コンコンココンコンココン、シャカシャカ、カアァァ。
心まで踊り出しそうな軽快で愉快な火輪姐さんの生み出すリズムに乗って、自由に楽器を鳴らす。もうね。これ。
楽しい。
なんていうか、つくづく猫って単純な生き物なのよ。ご主人の残したあの家から出ていくのが怖いと思った。あづきと娘ちゃんから離れるのも怖いと思った。決められないと悩んでいながらも悩んでいないふりをしたし、そんな不安を無理やりに押し込んできた。
けど今は……
私の将来は私が決めていい。
悩む必要も、恐れる必要も無いんだ。
私が望むことを選ぶ。
単純。
そう思えるようになった。
あと、常世のおばあちゃん、このうるさい音が響く中、良く寝られるなーとも思った。すごいの。




