その4「後輩猫とほうじ茶」
「だーはっは! 先輩ぷっくくく、あれだけ大見得切っておいて、落ちるとか、落ちるとか……だーはははははは!」
「…………」
コタツの天板を前足で叩いて目に涙を貯めて大笑いする後輩猫の姿を見つつ、私の気分はどんどんと落ち込んでいった。マジなんなの、この後輩、よくそこまで笑えるわね、もうちょと、私の事いたわりなさいよ……あ、けど、本気でいたわられたら、そっちの方がへこみそう。
全身の毛は白の一色、そして金色と青色のオッドアイ、ご近所でも美ネコと評判のこの後輩は、私に対して容赦がない。飼い主の前や別の猫の前ではお澄ましモードなの、知ってるからね。なんなのこの落差。
今いるここは私の妖術で展開した固有空間の中。まぁプライベートルームって奴ね。四畳半ほどの広さの空間に畳とコタツを持ち込み、他にも棚やら本やら何やらと雑多な物を放り込んでいる。ごちゃごちゃとしているが、二匹ぶんくらいなら座れるスペースはある。これが出来る妖怪は結構貴重らしい。
私ってば実はすごいのよ……猫又検定には落ちたのだけれども!
今は二人とも二足歩行モード。両手が使えるしね。向かい合ってコタツに座っている。
さらに追撃してくる容赦のない後輩猫。
「いやぁあ、先輩が、ぷっ……落ちるとか、まったく、カケラも、想像もしてなかったっす、難しかったんっすね! ……試験前の先輩の自信に満ちた顔……ぷくく」
おのれ、コタツから放り出してくれようか。
私はこの生意気な後輩猫に負け惜しみめいた反論をする……いや、認めるしかない、これは負け惜しみだよ。とほほ。
「……たぶんだけど、ダンスが足を引っ張ったのよ。ダンスはちょっと苦手と言えるから。あー、あと問題があるとしたら? ふむ……最後の色仕掛けかなぁ……最後のあれで試験官がいっきに不機嫌になった気がする……」
「! いwろwじwかwけw だっははは、ああw先輩、あっしを笑いw殺すwつもりですか? だはは」
「草を生やすな、草を」
器用に幻術を使って「w」の映像を辺りにまき散らす後輩。いやほんと器用ね。逆に関心するわ。
「wどんな風にやったんすか?」
「どんな風って、そりゃ、こう、片目をバチンとウィンクして、あはん……」
「 む w り w だ w 笑 w い w 死 w ぬ wwwwww」
再びコタツの天板をたたき出す後輩猫。過呼吸になるわよ。
あんころもちを食べて落ち着きましょう。
田辺のババが作るあんころもちは甘さが控えめ、もち米から作られた生地を包む粒あんも、時間をかけて煮られているのか、潰され切っていない小豆まで口当たりが良くて実によろしい。さらには、少し冷めてぬるくなったほうじ茶をひとすすり……あう。なんでこんなに甘いものとお茶って合うのかしらね。あんころもちを一口、そしてほうじ茶。うまーい。
胃のあたりを抑えてぜはぜは言っていた後輩が聞いてくる。
「ふぅー、先輩に殺されるとこっした……実際問題として、猫又になったところで何か、いーことあるんすか?」
「力ある先輩妖怪たちと直接話ができる機会があったり、意外と簡単に会えたりとかするらしい」
「あんまり惹かれないっす」
「あとは”ねこねっと”の機能が拡張したり、各種の補助が受けられたりってのもあるらしい。実際のところどれほどの物かはよく知らないけれど。ま、他の猫又たちに馬鹿にされなくなるってのが一番のメリットかも」
「次の試験からあっしも受けられるようになるっす。あっしが受かって先輩が次も落ちたら……ぶふっ」
くっ。この子。
考えたくないけど、この子は才能があるから十分に起きるかもしれない未来……っ!
「次は受かる、ダンスを特訓するから」
「先輩は色仕掛けを伸ばした方がぶふふっ!」
「ところであなた、自分の事を吾輩とか言ってなかったっけ?」
「それは言わないで欲しいっす……というか、先輩も昔は吾輩って言ってたって聞いたっす」
「おはぎとあんころもちは違うのよ? 全部もち米なのがあんころもちなんだって、知ってた?」
「あからさまな話題転換、乙っす」
ふー。あんころもちとほうじ茶が、あう。
うみゃあ。
◇後輩猫目線
「家の近くに送ろうか?」そんな言葉でもって自分の家の近くの電柱の影からでてこれた。
(はー、緊張したっす)
姿はもう普通の猫に戻っている。オッドアイの白猫は後ろを振り返る。
彼女、いやあの化け物と最初に出会った時のことを思い出す。
自分の縄張りに侵入してきた異物。
行方不明になった兄を探している、何か知らないですかと、彼女は警戒するでもなく近づいてきた。
ちょっと頭の弱い奴がいるから痛い目を見せてやろうかと、出来心で加えたちょっかい。
尻尾の先でも燃やして慌てる姿を笑ってやろうかと、背後から放った小さい火の玉は、彼女に当たる前に弾けて消えた。そして攻撃を受けたその猫は気にした風でもなかった。というかそもそも攻撃を受けたとすら認識していなかった。
ん? 今、何かあったかしら? なんて首をかしげる三毛のメス猫。
すごいと、才能があると、周りにいる知り合いの猫又や妖怪たちから言われ続けて、調子に乗っていた自分をへこますのにそれは十分な出来事だったわけで……
そのあと、仲良くなって彼女から色々な事を学ぶ内に、だんだんと理解してきた。
今では先輩と呼び、密かに畏れ、尊敬だってしているあの一匹の化け猫。
彼女のことを一言で表すなら規格外という表現が正しい。
固有空間ひとつとったところでそうだ。彼女は四畳半分しかできない、なんて言って笑う。そりゃあ伝説の神霊や大妖怪なんて本当に力を持つものは、山ごと、とか、島ごと、とかで固有空間を展開することができると聞いたことはあったけど、たった20数年しか生きていない只の猫が気軽にやっていい技じゃない。
そして本来ならば、自分の影とか、体の隙間とか、特定の場所とかでしか展開できないはず。
いいすか先輩? 好きな場所を気軽にぽんぽんと出入口にするのは普通の猫又でもできないらしいっすよ? テーブルの上のお餅を二個だけに絞って空間に放り込むのだって頭おかしいっす。あと電気ガス水道が通ってるのとか意味不明っすからね。それ、どっから来るんすか?
他の事でもそう、彼女が何の気なしに行う術の大半は自分にはマネのできないことばかり。
どれもこれも規格外なんすよ。
…………
猫又と呼ばれるための試験が年々難しくなっているというのは聞いていた。
しかし、あのマル先輩が落ちるほどの試験て一体……