表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/66

その45「雨の日の猫は動かない」



 雨が降っている。


 ざぁ、ざぁ。



 雨は嫌い。けど雨の音は嫌いじゃない。雨の日は何もせずにひたすら寝ていたい。雨音を聞きながらだと、どれだけでも寝ていられる。どこにも出ていきたくないよね。濡れたくないし。だから外にはでない、寝ている。雨だものね。しかたない。


 あづきたちはこんな雨の日でも外出する。強くなる一方の雨にブーブーと文句を言いながら働きに行くあづきと、あづきに連れられた、雨合羽を着こんでご満悦の娘ちゃんを見送る。人間をやっていくのは大変だね。ごくろうさま。そんな私はお気に入りの座布団の上。ぬくぬく。


 あづきったら、ご主人の事を言うものだから、つい思い出しちゃったじゃないの。


 ハル、湯島春乃。ご主人。公園に捨てられていた私を拾ってくれた人。


 私が拾われた猫だってことを知ったのはだいぶ後、人間の言葉がわかるようになってからなんだけどね。私がというか、私たちが。


 今住んでいるこの家からはちょっと遠い、ご主人の実家の近くの公園で、ドーナツの箱に入って捨てられていたらしい。らしいと言うか、写真で見た。記憶にはかけらも残って無いからね。


 グレイの子猫、片方の耳だけが白の黒い子猫、そして三毛の子猫。小さい子猫が3匹、並んでいた。上を見上げ、口を大きく開けて必死に泣く様子を撮った写真からは、子猫たちのミーミーという声が聞こえてきそうだった。


 私たちを捨てた人間には言いたいことがある、けど、言わない。言っても仕方がない。たまたま私は拾われて、たまたま私は死なずに生きて、今の私は幸せだけど、それは捨てた奴の手柄じゃないから。


 ご主人が、当時は14歳くらい? だった時に拾われて、それは家族の大反対を押し切ってのことで、世話も全部一人でするし、おこずかいも全部猫のために使うと宣言して押し切ったという話らしい。人たちがする会話をつなぎ合わせるとね。


 だから私たちのご主人は世界で彼、一人だけなの。


 そんなご主人の愛情と、時に迷走するお世話を受けて、私たち3匹はスクスクと元気に育ったわけで。思い出すと、私たちって、いろいろと彼に迷惑もかけてたわね……すまんのご主人。


 迷惑をかけたで一番最初に思い出すのは、おにーちゃん、実際に生まれて来た順番なんて知らないけど、とにかくそう呼ばれていた。私もそう呼ぶ。


 基本はグレイの毛並み、前足だけは白い靴下を履いているように見える猫、おにーちゃんは兄弟の中で一番賢くて落ち着いているとかご主人に言われてたの。扉を開けるのも、その他も、何でも一番最初に出来るようになる猫だったから異議はないのよね。もう一方の兄と比べるとねー。


 そんな賢い、出来る方の兄であるおにーちゃんでも失敗の経験はあるわけで、ある日、おにーちゃんは鳥を捕まえて来た。それも生きたまま。怪我をした鳥はまだまだ元気で、ご主人の家の中を暴れまわり、ご主人と家族含めて阿鼻叫喚の地獄絵図。ご主人は鳥の命を救おうとするも叶わず、その鳥は死んでしまう。その時のご主人の悲しみようは。


 元から命を奪うことに抵抗があった私が、どんな命でも殺してはいけないと強く思ったのは、あの日の出来事があったからかもしれない。というか、そう。


 後輩ちゃんに「猫という生粋のハンターに生まれていて何を言ってるんすか、理解不能っす」なんて言われてもね、私がそうだからそうとしか。自分の手では殺さないってだけのゆるいものだし。


 最初は自慢げだったおにーちゃんも随分と反省したようで、獲物を捕まえて持ってきたのはそれ一回だけ、しかし出来ない方の兄、片方の耳が白い黒猫、ご主人からは「ちょいシロ」とか「ほぼクロ」とか呼ばれていた、もう一匹の兄は同じことを繰り返す。阿鼻叫喚の再現。あのやろー。


 ざぁ、ざぁ。


 雨は降り止まない。


 出来ない方の兄の失敗談は山ほどあるけど、一番に思い出すのは出来る方の兄の、めったにしない失敗というね。そんな兄弟たちは今、この家にはいない。ご主人が亡くなった後、二匹ともふらりと出て行ってからそのままだ。出来る限り探したけど見つからなかったのよ。生きていたらどこかで猫又になっているんだろうか。


 ご主人が亡くなってから4年、いやもうそろそろ5年になるのかな。猫は恩を返さない、人の事をすぐに忘れる、なんて、猫の事をよく知りもしない連中は言うけれど、そんな事はないのよ。ちゃんと覚えているよ。


 ご主人が亡くなったことは、ものすごく悲しい事ではあったけれど、そんなに悲しくも無いのは、ご主人の最期のアレを見たからか。


 あづきがご主人の容姿を例えて言っていたのは何だったかな、そうそう、「髪と身長の伸びた、のび太君」だっけ。


 あんなにハッキリと見えた霊体というは初めてだったのよ。


 自宅療養ということで家にいた、ベッドに横たわるご主人の体からフワリと抜け出して宙に浮くご主人。細身の高身長、丸眼鏡をかけた温和な表情に満面の笑みを浮かべている、健康そのもののご主人がハッキリとした姿で私たちの前にいた。


 フワリと浮いているご主人はあづきの頭に手をやり、やさしく撫でる、が、あづきは気づかない。それでも満面の笑みでもって私たちを見る。あづきを指さし、生まれたばかりの娘ちゃんを指さし、私たちを指さし、手を合わせて頼むというジェスチャーをするご主人の霊体。


 私だけじゃなく3匹ともはっきりと見たので見間違いじゃない。


 唖然とする私たちにも満足したのか、にこやかに光の柱の中に消えていった。しかもイイネって感じに親指を上に立てて。グッジョブ? ねぇグッジョブなの?


 なんていうか、ザ・成仏って感じだったのよ。



 成仏も、生まれ変わりも、輪廻転生とかも、私にはよくわからないのだけれど、あの調子じゃ、すぐにでも生まれ変わって、今はどこかで元気に暮らしているんじゃないだろうか。


 安心してねご主人。


 あづきも娘ちゃんも私も元気にやっているよ。ご主人のことは、たまにしか思い出さないくらいには忙しくしているからさ。



 ざぁ、ざぁ。


 雨の音は好き。


 休んでいていいよ、って誰かが言ってくれているようだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ