その44「赤味噌おでんとお疲れのあづき」
ああ、疲れた。
今日行ってきた同窓会でのことを思い出す。
一度家に帰ってから、娘を預かってくれていた志摩さんの家に行くと、なんと私たちの晩御飯用におでんを作ってくれていた。どうせならと晩御飯を志摩さんの家で3人でとることになった。お昼寝、というには夕方に近い時間だけど、寝ていた娘をもう少しだけ預かっていてもらい、今は再び家に帰って湯船の中。
北原君、相変わらずわちゃわちゃしてたな。もう少し落ち着けばいいのに。
駅前の商店街で帰りに出会った、黙っていればイケメンでモテそうな青年を思い出してつい笑ってしまう。あまりにも失礼な感想ね、それは。普通に彼女さんもいるだろうし。
そんなことよりも同窓会での久しぶりに会ったみんなのこと。
まー、口を開けば「旦那を亡くして大変だろう」「一人で育てて大変だろう」と……旦那を亡くして娘を一人で育ててる私には、それ以外のかける言葉が無いのかっていうね。別に家族で旅行を楽しんできた話とか私の前でもしてくれていいから。旦那自慢でも何でもしてくれていいって。だから言葉を選ばないで欲しい。
それでもって選ばれた言葉が「大変だろう」っていうのがさ……
……贅沢な不満だ。わかっている。
我慢。彼女たちは親切で言ってくれている。
たぶんね。
確かに看病に出産に葬式にと、一時期は自分がどこにいるのかもわからなくなるくらいに大変だった。けど助けてくれる人は大勢いたのよ。なにより――戦友。
北原君がどうしてそんな言葉を言ったのかはわからないけれど。しっかりと私に思い出させてくれた。まるで目が覚めたようだった。一人で娘を育てているっていう感覚は、思い上がりの勘違いでしかないでしょうが。沈みかけた私の心にカツを入れる。ってそろそろお風呂を上がろう。
そして今日は戦友の姿が見えない。
彼女は自由だからね。
今日はどこで何をしていることやら。
◇
身支度を整えて志摩さんの家に伺うと、娘は目を覚ましていて、キャーキャー言いながらドタドタと走り回っていた。ちょーい! ご迷惑! ご迷惑かけちゃうから!
「こら、亜美、家の中で走っちゃだめでしょ!」
強い口調で叱ってもテンションの上がり切った5歳児を止めることが出来ない。キャーキャードタドタと私に突進して抱き着いてくる。あー、はいはい。寂しかった?
「あれま、さっきまでいい子に……いい子ではあったけど、ドタバタと騒々しかったねぇ。ああ、今日一日こんな感じだよ」
「志摩さん、ご迷惑を……」
「いいよ、いいよ、しょぼくれていられるより、ずっとね」
家の中に上げてもらう。ふわっと香るお出汁のいい匂い。お座敷のテーブルの上には卓上コンロに乗った大きな鍋、その周りには人数分のお茶碗に取り皿にコップ。晩御飯の用意が完全にされていた。恐縮する私に「もう食べるだけだよ」と言って座らせる志摩さん。ありがたやー。
「亜美ねー。お卵むいたのよ。それから、それから、」
娘が料理の手伝いをしていたことを自慢げに報告してくる。よしよし、褒めてあげるから大人しく座って頂戴ね。コンロの火が危ないからね。
ご飯もよそって、全員が座ったのを見計らって志摩さんがお鍋の蓋を開ける。もうもうとした湯気とともに立ち上がるお味噌の香り。おでんはおでんでも味噌おでんだった。ドロッとした出汁は茶色というよりも黒に近い色。赤味噌のおでん。
「味噌おでんだー」
「味噌おでんは大丈夫だったかい?」
「大好きです!」
「あたしん家では昔からおでんと言えば八丁味噌のおでんだからね。他の県の人に言うと不思議がられるんだけどさ、こういうのは東海限定なのかね?」
「あるあるです。東海でも愛知限定のような気もしますね。岐阜とか三重の子もあんまり聞かないって言ってました。そもそも愛知でも昆布やかつお節のお出汁で作るおでんの方がずっと多いイメージですしね。名古屋近郊は赤味噌料理で何かとイジられます」
「あたしが好きだから食べるってだけだからね。他の奴の意見なんか知ったこっちゃないか」
お鍋の中には大根、卵、コンニャク、昆布、竹輪にウインナー、それからドロっとした味噌の濃い色で、もはや何が何やらわからくなった四角や三角や棒状の練り物たち。これは見慣れない人から見ると変なのかもしれない。好きだから食べる。知ったこっちゃない。志摩さん正論です。
3人が手を合わせて「頂きます」で食事開始。
志摩さんが取り終わってから、菜箸とお玉を使って娘の分を掬ってお皿へ。十分に冷ましてから食べるのよ?
そして私。おでんといえば私は大根、先ずは大根を頂く。
箸で切れるほど柔らかい。筒状の大根を箸で切ると、中までほんのりと色がついている。いつから煮込んでいてくれたんだろう。さらに小さく切り取り口の中へ。八丁味噌の香り豊かなコクと強い甘味、それなのに失われていない大根の自分は大根であるという強い主張よ。
「おいしいー! 志摩さん、おいしいです。どうしたらこんなにおいしく出来るんですか?」
「おでん作るのにコツなんてないだろうが、まぁ味噌おでん作るなら砂糖だけはケチらないことだね。ドバッって入れて、さらにドバドバ入れる。ここで日和ったら駄目だね」
「ハフッ、ハフッ、おいしー。ハフッ」
娘もね、おいしそうに勢いよく食べているのはいいんだ。甘いの好きだもんね。けどね、そんなにガツガツ食べないでー。ご飯、おでん、ご飯、おでん……。人の家でご馳走になって、汗をかきながらガツガツと食べていく娘の姿を見る母の気持ちよ。ああもう、亜ー美ー、おいしいのはわかるけど、もうちょっと上品に!
「もう寒くもないのにこんな熱いもん食べさせてすまないね。ふと食べたくなってさ」
「そういうの、すごくあります」
ふと食べたくなる、するともう、ずっと頭の中でそれを考える。わかる。子供の頃、味噌おでんの卵と汁とごはんをグチャグチャに混ぜて食べていたのを思い出す。おいしかったなぁ。ああいうのも親にいい顔をされなかった思い出。ああ、もう。
娘が殻をむいたという卵を頂く。ご飯の上に乗せて、四つに割り、その上に味噌ダレをすこしだけかける。混ぜたくなっても、ここは混ぜずにそのまま頂く。
ハフッ。おいしい。ハフッ、ハフッ、おいしーこれ。
◇
お世話になりっぱなしの志摩さんにどういうお返しをしようか悩みながら帰宅。マルは家に帰って来てた。
いつもの座布団の上で香箱座り。なんだろう、彼女の眉間のしわが普段より深いような気がするのは。帰ってきた私たちに反応してくれない。
「マルー。ごめんねー。遅くなっちゃった。ご飯は食べた?」
見ると家を出る前によそっておいたカリカリは全部無くなっていた。食欲はあると。
「まだ爪を深く切っちゃたのを根に持ってるの? もー、ごめんってば。許してよ」
撫でる。無視される。ああ、これは根深く恨まれているぞ……
「ねぇ、覚えてる? 最初に会ってからの私たちの仲ってさ、良くなかったよね? けどさ、私の妊娠とハルさんが倒れるのが重なってさ、大変だった時、ぴったりと喧嘩をやめてくれたよね。私がハルさんの横にいれない時は代わりに横に寄り添っていてくれてさ、あの後も沢山の大変なことがあったなーって。もー、マルってば優しいんだもの、娘の傍にも、私の傍にも寄り添ってくれてさ」
マルは私の話を聞いている。
「今日、北原君って子にさ、戦友がいるかって聞かれたのよ、だから私はそれを思い出しながら答えたの、戦友はいるぞって。マル、あなたの事よ」
それまで動きの無かったマルは私を見て、目を見開く、すくりと立ち上がり私の足へスリスリと頭を撫でつける。んもー、可愛すぎるやろがい。許された? 許されたよね?
「おお我が戦友よっ!」
「せんゆー」
娘も交じって猫を抱きしめる。
うん。大丈夫。
大変でも何でもない。私は今、幸せだ。




