その40「商店街で買い物を」パート2
匂いでわかる人の気配。犬ほどじゃないって言われるけど、猫だって鼻は良い。
ふんふんと嗅げば、周囲の空気から知り合いの匂いを嗅ぎ分けられたりするのよ。ただし来たことのないような場所でしか注意深くはしない。普段はなるべく気にしないようにしてるくらい。人と一緒に生きていると沢山の知らない匂いに囲まれて生きることになる、いちいち反応していたら大変だからね。
アニメのキャラクターなんかで「む、敵の気配」とか言っている人たち、あれもきっと匂いを嗅ぎ分けているのよ、たぶん。
そんな匂いにも似た気配を辿った視線の先には商店街の通りを駅から住宅地の方面に向かって歩く知り合いの姿。
静かにするように後輩ちゃんに指でジェスチャー。足音を消してそいつに近づく。抜き足、差し足。なんだろう、こうやって獲物に気づかれずに背後から忍び寄る行為。猫が持って生まれた狩猟本能ってのがうずくのよ。
「北原みぃーけっ!」
「ひゃ!」
「ぶふっ。ひゃって」
「その声! きっ、君は……君は……ええと、誰?」
振り向いた北原が私を見て目を丸くする。はて? こんなに可愛い女の子を見忘れたと?
遅れてやって来た後輩ちゃんが「先輩は今、アイデンティティー消失中っすからね」とか言う。その後輩ちゃんを見てギョっとする北原。
そう言えばそうだったのよ。今の私は猫耳も猫尻尾も無い、髪も服装も地味な普通の人間の形態をしていたの。地味かわ形態。
しかし、こうしてみると、真っ白い髪、真っ白いワンピ、左右で色の違う瞳の美少女形態の後輩ちゃんの姿の方こそがずっとずっと目立つのでは? 後輩ちゃんは普通にしているけど。
「……あ、今日はコスプレをしてないのか。印象がまるで違うからわからなかったよ、ええと、丸山さん?」
丸山さん? 後ろを見る。誰もいない。
「お前の事じゃい」後輩ちゃんに突っ込みを受けて思い出す。北原に名前を聞かれて、とっさにそう名乗ったのだった。
「そうそう、丸山だった、私、丸山」
「もう完全に偽名だよね、それ」
「あ、この子は後輩ちゃんで、名前は、」
「言わなくていいっす。ども。ただの後輩っす。紹介はいらねーっす。そちらの事は先輩から聞いているっすから」
「真っ白だ……。今度はこっちの子がコスプレ……。えと、聞いている、って……」
「恋愛弱者のへたれポエマーって聞いたっす」
「なんて紹介をしてくれてんだっ!?」
北原が怒っている。まー、まー。
「北原はどうして商店街にいるの? しょぼくれながら歩いてさ」
「しょぼくれているのは余計だ。ここにバイト先……いや、何でもない。ただ用事があっただけ。もう家に帰るんだよ」
「バイト? ほうほう、どこでバイトしてるの?」
「くっ、失言だったよ。絶対に教えない。押しかけて来られそうだから」
「北原は私の事をなんだと思っているのよ? 迷惑かけてまで押しかけることなんて、後輩ちゃんの所に行く時くらいなの」
「先輩に自覚があって草ァ!」
「ところで北原。この辺りのお店には詳しい? 炊飯器を買いたいのだけれど、どこの店に行けばいいのか教えて欲しい。正直言って、よくわからなくて困っているから助けて欲しいのよ」
「炊飯器? 普通に電気屋に行けばいいと思うよ。じゃあ僕はこれで……何で腕を掴むの?」
「先輩の巻き添え被害者二号っす。絶対に離さないっすよ」
「じゃあ私も」
逃げるようにそそくさと家に帰ろうとした北原の腕を掴んで離さない後輩ちゃんにならって、反対側の腕を掴む。北原確保ー。逃走防止なの。
「何なのこの子ら!? わかったから、ちょ、はっ、恥ずかしいから腕を掴むのはやめてくれ!」
人の目を気にする北原。昼間の商店街とはいうものの、ここにはあまり人がいない。昔は賑わっていたとか聞いたけど今はシャッターで閉じられている店が多い。駅を利用する人たちがまばらに通るだけ。
「僕もあまりここで買い物はしないからなぁ。家電製品なら通りから外れた所にあるけど、入ったことは無い……。何でこの寂れた商店街で買い物を? 普通にネットとか大型店舗とかで買えばいいんじゃないの? そっちの方が安いよ?」
「商品券を貰ったのよ。これ。……あれ? そういえば何で商品券なんだろう?」
なんだかんだで良い奴、北原は律儀にも家電製品のお店に先導してくれるのでついていく。その北原の前ににゃん吉さんから貰った報酬の商品券を出す。ねこねっとの動画作成の手伝いの報酬、う、考えたくない。記憶の無いうちに3枚使ってしまったらしいので残りが7枚。1枚1万円分だから7万円。普通に受け入れていたけど、何故お金じゃなくて商品券だったのだろう?
「溜め込むんじゃなくて使って欲しいってことじゃないか。地域振興券とか商品券ってのは、どこかから補助金が出たりして額面の金額以上の価値を出せるからね。信用さえあれば、ある意味では札束を刷るのと同じ、出せれるなら出すって話。君にそれを渡した人もこの商店街の関係者だったりするかもよ」
北原の説明に一応の納得。それを何故にゃん吉さんがって話は残るのだけれど。……にゃー。経済の話はとても難しい。きっと猫が考える必要のないものなのよ。うん。考えない。私たちにはもっとわかりやすいのでいいの。
「北原にも買い物を手伝ってくれた報酬に煮干し三本あげるね」
「どっから煮干しが出て来たのっ!? 意味が分からな過ぎて怖いよ!」
「先輩、そのネタ気に入ったんすねwww」
なんだかんだと言いながら電気屋の前に到着。おー……狭い、ごちゃごちゃに並べられた家電製品たち、店内はなんだか暗い。雰囲気があると言えばあるような店なのよ。そんなあからさまに「いちげんさんお断り」の雰囲気を持つ電気屋は、まるでそれが当然とのごとく、私たちの他に客はいない。
店内の奥へと足を進める私たち。
「いらっしゃいなのにゃー」
そして響く、どこかで聞いた声と口調。
「ぶふーーーーーっ!?」
ふくよかな体形、七三に分けられた乏しい髪の毛、それほど暑い季節でもないのに扇子でもって自身を仰ぐ人の姿。そしてなによりその人物か発する気配。
にゃん吉さんだコレ。




