その39「商店街で買い物を」パート1
何にもやる気が起きない時って、ある。あるよね?
今の私がそう。
あづきの奴、結局、深爪しやがったのよ。しかも最後の最後で。内心で恐怖に震えながら、嫌々でもあづきの爪切りを受け入れて、あれー? 以外にも丁寧な爪切り作業じゃないのーって私を安心させて、完全に油断していた所に不意打ちクリティカル。久しぶりに本気でフギャア!って言っちゃった。あづきには謝り倒されたけど、昨日からずっと不機嫌モード。もともと私に爪切りなんていらないのよ。ふん。
やる気がない。やる気がでない。あーでない。
やる気が無くてゴロゴロと一日中寝ていても許される。それが猫の特権。
あづきは今日はどこかに外出中、んで娘ちゃんは田辺のババの所に預けられていった。んー、田辺のババの家に娘ちゃんの様子見がてら、遊びに行く? いや、やーめた、天気も良くないし、面倒。
それに今、田辺のババの顔を見ると「怪異・猫耳老婆事件、宅配員は見た!」の件を思い出して吹き出してしまいそうだし。
何もしなくていいなら何もしなくてもいい。
だーら、だーら。ごーろ、ごーろ。
…………あきた。
飽きたのよ。
◇
「というわけで、イソノー、人に化けて買い物いこーぜ?」
「……嫌っす」
「秒で断られた!? えー、行こうよー、炊飯器買いに商店街までさー」
「今日ばかりは言わせてもらうっす。先輩はいつもいつも唐突すぎるんすよ。脈絡もなく部屋にやって来て、しかも、なんすか? その意味不明なノリは。イソノってw 先輩はナカジマ的な何かっすかwww」
「知っているじゃないの。買い物に付き合ってくれたら、ほら、煮干し3本あげるから」
「それ、にゃん吉がボケたやつ!」
固有空間を経由して後輩ちゃんの部屋に来て野球、じゃなくて買い物にお誘いする。いつも通り後輩ちゃんは大きな部屋に一人でいた。フワフワフリルのカーテン、ハート柄のクッションに、沢山の可愛いぬいぐるみ、そして猫用玩具。ピンク系の小物が多い。愛らしい白猫である後輩ちゃんのイメージに合うような、合わないような。大きなお屋敷のお嬢様猫なのよね。この部屋も彼女だけに用意された部屋だとか。すごい。後輩ちゃんの関係者にご挨拶した方がいいのかしら?
「あー、後輩ちゃん、やっぱり直接部屋に来るんじゃなくて、ちゃんと玄関から入ってきた方がいい? みなさんに挨拶とか」
「それはそれで嫌っすね。先輩という劇物はウチのモンどもにはちょっと刺激が強すぎるっすから。前言撤回するっす。これまで通り部屋に直接でいいっす」
「どゆこと!?」
「ていうか先輩? 昼間から人化っすか? つらいっすよ」
「はえ?」
「はえ、じゃねーっすよ。いいすか? 先輩は昼間から人化でも妖術でもバンバン使いまくってるっすけど、普通の妖怪って奴らは薄暗い場所とか夜、せいぜいが夕方くらいからとかでしか強い妖力を出せないってのが常識なんすからね? お天道様が出ている真下で平気で変化できる先輩の方が頭おかしいんすよ?」
「妖怪に普通とか常識を求められても困るというか……」
「正論っすなあ!」
私にはよくわからないのよ。
自分に出来ることは他人にも出来ると思うし、他人が出来ることは自分にも出来ると思う、そして自分が出来ない事は他人にも出来ないし他人が出来ない事は自分にも出来ないと思う。おお、これってなんかテツガクっぽい。深い話ね。
「そうかー。後輩ちゃんでも無理かー。そうかそうか。無理かー。無理ならしょうがないなー」
「カッチーンっす。無理とは言ってないっすよ。あっしだって疲れるってだけで普通にできるっすからね? つか問題は他にもあるっすよ。三毛髪の大正時代の服着た先輩と一緒に歩きたくないっす」
「後輩ちゃん、いつになく辛辣!!」
辛辣なのはいつものことか。普通だった。
「普通に道を歩いている感じの人に化けることもできるのよ? えいっ」
ちょっと癪な感じではあるけれど、さんざんおかしいおかしいと言われたからね、三毛猫柄をした髪の少女、少女に限らずだけど、とにかく普通にはいない三毛猫柄の髪の毛を黒髪に、そして服装をあづきの普段の外着であるデニムパンツを着た人に変化する。上は白いシャツと前に開く茶色のパーカーで三毛猫成分をかろうじて確保。
「どーよ?」
「…………ぅゎぁ」
「何その反応っ!?」
「何って……想像を超えてくるほど普通で地味で……ああ、先輩のアイデンティティーってあの髪と服装だけだったんだなって、思っただけっす……」
「酷くない!?」
そろそろ泣いていいかも知れない。
「とにかくこれで行くのよ! さー、後輩ちゃんもさっさと人に変化するのよ。行かないなんて言わせないからね」
「わかった、わかったっす。だからこっち見ないでくださいっすw ぷっw 地味www」
地味でも可愛いでしょうが。そうだ、この状態を地味かわ形態と名付けよう。そうしよう。
◇
固有空間の出口を商店街の頑刃マスターの居酒屋『錆鉈』の近くに設定。今回は居酒屋には寄らない。うっ、飲みすぎ食べ過ぎの記憶が。
「ところで、にゃん吉さんに貰った商品券が3枚無くなっているのよね。後輩ちゃん、何か知らない?」
「え? 忘れているんすか? 先輩、飲み会の最後の方で支払いどうこうになった時、商品券全部を頑刃のマスターに押し付けようとしたんすよ。マスターは断って一枚だけ持ってったっす。んで何故かキツネさんやタヌキさんにまで一枚づつ押し付けていたっすよ。持ってけ持ってけって言いながら」
「え!? 本当? まったく記憶にないのよ……」
「怖っ。あの時のあっしが受け取らなくて良かったっす。後で何言われるか怖かったっすからね。先輩、超機嫌よかったから気味が悪くて。へー、そうなんすね、あの時の記憶飛んでるんすね……」
「ほ、他に何かしてたりした?」
「そりゃあもう、色々と……ぷっwww」
「ちょ!? 教えて!? 何を、何をしたのあの時の私はっ!?」
「wwwwww」
白髪オッドアイの美少女形態の後輩ちゃんの肩を揺らすが、彼女はケラケラと笑うだけで何も言ってくれない。すごい気になる……何故私はあの時の記憶が無くなっているの? 無くしたい記憶は無くなっていないのに!
商店街の一番の大通りに出る時、ふと気になる気配。たぶん知り合いの気配。その出所を探す。
俯き加減で歩く一人の男。
北原みっけ。
北原逃げてー




