その36「やけマタタビ酒とおつまみ4選」パート4
愛らしい人間の少女の姿に化けた後輩ちゃんの色白な顔がほんのりと赤く染まり、左右で色の違う大きな瞳は潤んでいる。これは後輩ちゃんこそ酔っぱらっているよね。ケラケラと特に意味もなく笑っているのがその証拠なの。
居酒屋のコの字カウンターの向こうに座って飲み食いしていた、こちらも愛らしい少女の姿をしているタヌキさんが元気に口を開く。
「次はぼくの番だよっ。ふふん、みんな、居酒屋の定番と言えばアレを忘れているんじゃないかな。さあ親方、出しちゃって。あっ、忘れてた、白猫ちゃん、お誕生日と初めての人化、おめでとー」
「おめでとー」
「忘れていたんならもういいっすからね!?」
「あら? タヌキさん。もったいぶった言い方しているけど、先ほどしっかり注文していたから、みんな知っているわ。鳥の唐揚げとハイボールって」
「キツネさん。それは言わない約束だよ! じゃーん。鳥の唐揚げとハイボール! みんなも食べて! ぼくのおごりだよ! 熱いのが苦手な白猫ちゃんは十分に冷ましてからねっ!」
「あ、鶏の唐揚げなら食べた事あるっす。無難なとこっすねw」
「私もー。唐揚げはおいしくて最高だけど、えーと普通? 攻めてないのよ」
「マルさん。私もタヌキさんが注文していた時、あ、タヌキさん、これは置きにいったなって思いました」
「無難って何!? 攻めって何!? 置きにいくって何!? 酷いよっ! ぼくは真剣に考えたんだよっ!?」
「あはは」
カウンターテーブルには大皿に盛られた大量の鶏の唐揚げ。それを箸で掴もうとする後輩ちゃんだが、箸の持ち方に悪戦苦闘。ついに箸をグーで握って唐揚げにぶっ挿して持ち上げる。見かねて口を出す。
「お行儀が悪いのよ。いい? 箸はこう持つのよ」
我が家の娘ちゃんも箸の持ち方を母親のあづきに教わっていたの思い出す。正しい箸の持ち方というのを後輩ちゃんに実践して見せる。
「先輩!? めちゃ器用っすね!? つか、猫の手だからどうやって持っているかもわかんねーwww。意味ねーw 教えてくれるってゆーんなら先輩も人化してくださいっすw」
「ぼくもマルさんの人の姿、見たい見たい!」
「えー、じゃーリクエストにお応えして、ぐっ、てして、ぽーん!」
椅子に座ったまま人化する。この術にも慣れたものなのよ。今回は猫耳も猫しっぽもナシの完全人間形態。どーよ。いけてるでしょー? 私の人間姿を見た後輩ちゃんが噴き出す。
「ぶふぉ! www 赤いっ!? 先輩、顔が赤いっすわ。ゆでだこw あははwww」
「えっ!? 顔、赤い?」
どうやら人間の時の姿の顔が赤くなっているらしい。ちょっとだけ酔っているのかもしれないのよ。これも世界の用意した姿というのか。
「赤いわね。猫の姿の時にはわからなかったわ。そしてそれを上回る髪の色のインパクト……」
「三毛だ! 三毛猫の柄をした髪だよ! あははー。不思議ー!」
「くっ、モグモグ、この髪型、可愛いと思うのよ、モグモグ、おいひぃ」
「あははw、唐揚げがw さっきから、あっしへの祝いの食べ物がw どんどん先輩の胃袋に消えていくっすwww 草生えるwww」
何がおかしいのか、後輩ちゃんが笑い続けている。しかし他人が幸せそうに笑っているのを見ると釣られて笑っちゃうよね。なんか私も楽しくなってきた。唐揚げひとつ箸で摘み上げてパクリ。唐揚げと冷たくてシュワってするハイボールの組み合わせはもう説明不要のおいしさ。これ最高。
「後輩ちゃん、モグモグ、ほら笑ってないで食べて、飲むのよ、モグモグ、ぷはーっ」
「うっすw」
「最後はマルさんだねっ! 攻めた注文って言うのを知りたいなー。何を注文するのかなー?」
タヌキさんが挑発的に聞いてくる。ふふ、実はさっきまでは何にしようか迷っていたけど、ついさっき頭にピーンときたメニューがあるのよ。
「ええっと、じゃあ、たこわさ! 頑刃マスター! たこわさ一丁!」
「ゆでだこみたいに顔が赤いマルさんがタコを注文……これが攻めたメニュー、ぶふっー」
「タコ繋がりっすw たこわさっすか? それって、おいしーんすか?」
「え!? 食べたこと無いけど。たぶんタコの何かなの」
「ぶはっw あっしへのお勧めってコンセプトはどこいったっすか!?」
「頑刃ますたー、あと赤ワインもー! 飲んだこと無いからー!」
「自分が気になるもの優先w これが先輩クオリティwww うけるwww」
店内に溢れるみんなの笑い声のせいか、頑刃マスターのこわもてな顔もなんだか笑っているみたいに見える。楽しい。
マスターが出してくれた”たこわさ”なるメニュー。薄切りにした生のタコとワサビの茎の辛い和え物なのだとか。タコとワサビでタコワサ。そのままの名前で笑えて来る。やってきたものは小皿に美しく盛られたたこわさ。タコの白い身、それにワサビの薄い緑色が絡んで綺麗。
いざ。
「っ!? 辛いっ!! マスター、これ辛いっ!」
「ワサビだから辛いっつてんだろ……」
「だははw ついにあっしが味見するより先に食べだしたっすよw」
生のタコの歯ごたえ、すごい。薄切りにされていても、なお手ごわい食感を持ったタコの身を、グムって噛めば溢れるうま味、そして甘味。そこにシャク、コリッとしたワサビの茎が重なって、口の中で不思議な食感の調和を生み出す。ツーンとくる辛さが鼻に抜けていく。うまい。うまーい。
そして赤ワイン。これも飲んだことがないから楽しみ。口の中にタコのうま味が残る内に、赤ワインのグラスを手に取り、グイッと飲む。
あれ?
「? 渋ッ!? それと生臭い!? 赤ワインって生臭いのー」
「ふふ、マルさん。それは赤ワインが悪いんじゃないのよ。赤ワインと魚介の成分が反応して渋さと生臭さを生み出してしまっているの。赤ワインと魚介はあまり推奨されない飲み方の組み合わせのひとつと言われているのよ」
「キツネさん、知っていたなら言ってあげて!」
「ふふ、タヌキさん、こういうのは自分で経験するのが一番の学び。どういう反応をするかもちょっと楽しみにしていたけど」
「やっぱり酷いや!」
そういうものもあるのかー。試しに唐揚げを食べてから赤ワインを口に含む。おおっ!? さっきと全然違う飲み物になった! よくわかんないけど美味しいかもー。
「すごーい。キツネさん、どうしてこんなことになるの?」
「それは、アレね。赤ワインの中のアレが魚介のアレとアレしてアレになるアレよ」
「適当!? アレが多くてさっぱりわからないのよ!?」
「あはは、キツネさんが解説を放棄したー!」
面倒くさくなった感のあるキツネさんだが、彼女も楽しそうにお酒を飲んでいる。私の隣では後輩ちゃんが唐揚げを箸で持ち上げようと集中している。そーそー、後輩ちゃん、練習なのよ。
あと少しの所で唐揚げが箸から落ちてコロンと転がる。
「落ちた……ぐふふ、落ちる、猫、がはははwww」
まだ言うか。
「せーんぱーいw ねこねっとの動画って他の人に見せられないっすよね? これ、どうにかして他人にも見れるようにならないっすかねー? だって、ほら、先輩の雄姿はみんなが見るべきっすwww」
「見なくていいのよっ!」
「先輩の雄姿をみんなに見てもらうのがー! あっしの使命だと目覚めたんすよー!」
「そんな意味不明な使命には目覚めなくていいからっ!!」
「なに、なに? 何の話してるのかなー?」
「ねこねっと……猫又の人たちのみで共有する情報ツールですか。ちょっと設定をイジればいけそうな気がしますよ?」
「やめーっ!! 今すぐ無駄な行為はやめるのよーっ! キツネさんも協力しないでいいのー! あああ、思い出したのよ、忘れたいことを思い出したのよ! 忘れたい、忘れたいのー!」
「ほら、先輩、あっしの残したマタタビ酒をどうぞっすw」
「ぐびーっ! ぷはーっ!! マスター! もう一杯!!」
「おー!」
拍手の音。笑い声。ふふ。なんだか世界がふわふわして、楽しいの。
…………
……
お酒は自分の責任で飲みましょう。
他人に強制するのは不可ですよ?
ちな、ようつべで「へんないきものチャンネル」見ながら一杯やるのが最近の鮭雑炊のジャスティス(死語)




