その32「ねこねっとの中の猫」パート6
「いーい? あほチャトラ、私に駆けっこ勝負で負けたら、今後一切、私に話しかけて来ないでね。私の視界の中に映りこむのも禁止なの」
「マルの姉御、そりゃぁあんまりだ! 兄貴が可哀そうだ!」
「うっさいキジトラ! あと姉御ゆーな」
「へっ。妖術を使わねーマルなんぞに負ける理由が無ぇぜ!」
「あんた、それでいいの……?」
暴力と妖術をガッツリ禁止しておいて何で誇らしげですらあるのよ。恥とか、申し訳なさとか、そこのところどうなのよ? むしろワクワクとかしていそうなチャトラ柄をした大猫を見てどっと疲れが押し寄せてくる。あんたがそれでいいなら、いいけど。
◇
「ルールを確認するにゃ! 駆けっこのコースは常世寺をぐるりと左回りで一周にゃ。南の山門を潜ってスタート、ゴールも南の山門を潜って境内に入った時にゃよ。レースの際、常世寺の境内に踏み込むのは禁止にゃ、お寺の塀の上に乗るのもアウトにゃよ? そして両者は一切の妖術、暴力、そして妨害行為が禁止なのにゃ。にゃー達はそれを映像で記録するのにゃ。この駆けっこの様子は後でねこねっとで配信する予定なのにゃ。恥ずかしい思いをしたくにゃければ、不正はしない事にゃよ」
「えっ!? 妨害行為も禁止なの!? …………えと、軽いジョークなのよ」
「ジョークかにゃ……。マルにゃーの事がわからないにゃー……。コースが短いから、きっと激しい戦いになるにゃ。車には十分に注意するのにゃ。ねこふんじゃったは今時流行らないのにゃ」
「にゃん吉さん、録画のやり方はこれで合ってます?」
ハチワレの猫がにゃん吉さんに話しかけて確認を取っている。
なんと、私とチャトラを除く4匹の猫たちは今回の動画の撮影班。後輩ちゃんだけじゃなく、キジトラとハチワレもねこねっとと契約、にゃん吉さんにねこねっとを利用した動画の撮り方を教わっていた。
「先輩の雄姿をしっかりと収めるっすw」
「難しくね? これ難しくね?」
キジトラは動画撮影に苦戦中。ハチワレと後輩猫ちゃんはすでにもう使いこなせているようだ。あっち側、なんだか楽しそう。私も後でにゃん吉さんに頼んで動画撮影できるようにしてもらおうっと。
「さ、準備はいいかにゃ? 準備いいのにゃ?」
後輩猫ちゃんはゴール付近、キジトラとハチワレが西と東の担当。にゃん吉さんは追走しながら撮影するらしい。私とチャトラは南の門の下でスタートを待つ。
「へっ。マル、お前との真剣勝負は、あの月の夜いらい、」
「スタートにゃっ!!」
「話の途中だろうがぁ……っ!!!」
アホ猫が出遅れたのよ。
南の山門を潜り抜けて即座に体を右へ。爪を地面に食い込ませてターン、そして走る、ネコ科の本能に体を任せて走る、走る!
「先輩早っ……」
驚く後輩猫ちゃんの声を後ろに置き去りにして走る。走る。
ふふ、何を隠そう駆けっこに関しては私は兄弟たちの中で一番早かったりするのよ。あの、なんでも卒なくこなす出来る方の兄だって走るのに関しては私に勝てなかった。出来ない方の兄は言うに及ばず!
右側にお寺の塀を見つつ走る直線のコースはすぐに終わり、進路は北へ。ここからは道路と民家が複雑に絡み合っていく。ちらりと後ろを振り返る。遅れたチャトラの奴が必死な顔をしてくらいついてくる。頑張るじゃないの。
しかし!
猫にとって道とは道路だけじゃない! 走る勢いのまま、民家の郵便受けの上に飛び乗り、ブロック塀の上に飛び乗り、ベランダを経由してすたーんと屋根の上に飛び乗る。そして屋根から隣の屋根へ。入り組んだ地形なら地面を走るよりこっちの方がずっと早い。
下の道路で待機していたキジトラの上を屋根から屋根へと飛び移って通り抜ける。ちゃんと撮れてる? にゃん吉さんはぜーぜー言いながらお寺の塀の上からこちらを見ている。見ることがそのまま撮影になるのね。にゃん吉さん、足元に気を付けてね。
屋根と言っても材質や形状なんかで色々ある。瓦の屋根は傾斜がきつくても走りやすい、トタン屋根は滑りやすいから注意、さらには電線や、予期できない障害物も多くある。しかし細心の注意を払って走っていればいずれも問題なし! 飛び乗る! 走る! 飛び乗る! 走る!
古寺の北西の端に到着。家から家へと渡って東へ。ここで民家密集地域の終了。家と家の間隔が広いエリアなら無理して屋根の上を行く必要もナシ。地面に降り立つ。アホ猫をだいぶ引き離したようね。
さすがに疲れて来たけどそのまま走る。アホ猫に影すら踏ませず進路を南へ。東に配置されていたハチワレの横を通り抜けて走る。そろそろラストスパート。気を抜くこともしないし、油断もしない、うさぎさんとは違うので。うさぎさんとは違うので。
油断なんてしていなかった、だが、それにぶつかった。
最後の角を曲がり、残りは直線のみ、だけど、その前には、
集団下校の子供たち!
タイミング悪いーっ!? 不運にも集団下校をしている子供たちにぶつかった!
数は!?
多いっ!
道いっぱいに広がって目ざとく私を見つける子供たち。こちらを指をさして笑い声をあげる。私を捕獲すべく動き始めた子供たちもいるっ!? 悪ガキども! ちゃんと整列して下校しなさいよ!
どうするっ!?
ジグザクに走って強引に足元を通り抜けるかっ!? それともっ!?
くっ! いくらか遠回りになるけれど、お寺の反対側を走るのよ。お寺の塀の上には登れないから反対側の家の屋根を伝っていくしかない。
強引に道をつっきって反対側の家の門の上に飛び乗る、そのまま屋根へと飛び乗る。チャトラは!? 後ろが気になって振り返る。
子供が一人、私を諦めていない。
楽しそうにこちらに走り寄ってきていて、
そのすぐ横から車が……っ!!
轢かれる?
轢かれるっ!
助ける、
どうやって、
妖術、
何を使う、
間に合わない!
「どっせええええええええええい!!!」
道の向こうから、弾丸のように飛んできたチャトラの猫が自分の体ごと車に轢かれそうになっていた子供を吹き飛ばす。
子供を轢きかけた車はハンドルがとられて、ふらふらと今度は集団下校の子供たちの中へ、
「させないのよっ! に゛や゛お゛ぉ ぉ ぉ ん!!」
私の妖術で作った見えない空気の玉が、ゴムボールのようになって車の進行を阻む。ぐにょり、と不自然な動きで止まる車。
凍り付いた子供たち。チャトラに助けられて道端に座り込む子供と、転がっているチャトラ。お寺の塀の上のにゃん吉さんと、遅れて来た二匹の取り巻き猫。誰もが動きを止めて辺りは一瞬静寂に包まれる。
あわや大惨事になりかけた現場に、ゴール前から様子を見にやって来た後輩ちゃんが、むこうの屋根の上から子供たちには聞こえないような声でつぶやく。
「……何がおきたっすか? レースは?」
「はっ、そうだ! レース」
見ると一足先に起き上がったチャトラが一目散にお寺の山門を目指して走り出している。
おいいい。ちゃとらああ。それでいーのか? お前、それでいーのか?
いや、まだ。まだ勝負は決まっていないのよ。
遅れを取り戻すべく隣の屋根へと過去最高速で飛び移――
「カシャン」
飛び移るために踏ん張った後ろ足が滑って、足が後ろに流れる。私の体はすぐ隣の屋根まで届かず、重力に従いそのままの態勢で家と家の間の隙間に落ちていく。
前足を広げて、後ろ足も広げて……
言ったよね。
私。
トタン屋根は滑りやすいって。
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