その24「お風呂の話と黒いアレ」パート1
黒いアレが登場するのは次回になります。
やられそうだったのよ。
危なかった。笑いを堪えるのに必死だったの。透明化も解いてしまいそうになってたし。だから早々に退散しちゃった。いや名前を呼ばれるだけで何年もかけていたら、その先に進展するよりも前に寿命が先に尽きるわーって。北原あなどりがたし。北原とあづきの関係はもう気にしないことにするのよ。
少なくとも人類が月旅行を始めるまでは。くすっ。
たっぷりと寝て、今は昼過ぎ。あづきと、今日はたっぷりと朝寝坊できた娘ちゃんは遅めの昼食をとっている。簡単にトーストにヨーグルトね、それ、食べ損ねた朝食のメニューよね。私はいつものカリカリをカリカリ……
「マル、お風呂に入りましょう」
朝食兼お昼を食べて片付けを終えたあづきは、食後に必ず行う、舐めて体毛を整える作業をしている私に向かって話しかける。舐めていた前足そのままの姿勢でピタリと動きを止める私。
お風呂かー。
そういえば、そんな時期かー。冬の間はお風呂に連れていかれることはあまりないのだけれど、暖かくなり毛の生え変わる季節になると、ちょくちょく不定期に訪れるお風呂タイム。
お風呂っていう行為は猫一般の常識を考えるなら大嫌いだというのが当然だろうけどね、私はそれほど嫌じゃないのよね。嫌な部分もわかるのだけどね、毛が濡れるから。人もちょっと想像してみるといいのよ。普段の服を着たまま、強制的にお湯につけられる状況を。
毛が濡れてしまうのは嫌いだけど、あったかいお湯につかっているのは好き。マイナスとプラスでプラスが若干優勢という、うーん、言葉にできないもどかしさ。
私の意見なんかはお構いなしに、お風呂の準備を始めるあづきにジャれて付きまとう娘ちゃん。
「猫さんお風呂に入るのー? 亜美も一緒にはいるー」
「亜美はちょっと無理かなー、ほら、猫さんは爪を立てるから」
「入る! 亜美も猫さんと一緒に入るのー!」
駄々をこねる娘の前で両手を猛禽類のツメのような形にして脅すあづきに抗議したい。
(失礼ね、人に爪を立てた事なんて無いでしょ? あったっけ? 忘れちゃったけど、無いはずなのよ、少なくともお風呂場では無いハズ)
あづきに対する抗議の頭突きを勘違いしたのか、あづきは、
「マルも亜美と一緒に入りたいのねー、うーん、じゃあ、まあいいか。一緒にマルをキレイキレイしましょうね」
「やったー」
(待って。違うから。待って。せっかくならゆっくり入りたいのよ。娘ちゃんが大人しくしているわけないでしょ。なによりお風呂、狭いじゃないの。二人と一匹は無理があるでしょ。待って、本気で待って)
私の本気の抗議は無視されて、あづきと娘ちゃんによってお風呂場に連行される。
あづきは髪の毛をゴム紐で縛ってから上にまとめ上げる。娘ちゃんは肩までも届かないショートカットだから必要なし。娘ちゃんは自分も髪の毛を伸ばしたい伸ばしたいと母親にねだる。なんでも真似したい年頃なのよね。いいんじゃない。短い方が手入れは簡単だと思うけど。
ポンポンと威勢よく全裸になった二人と広くも無いお風呂場に入る。猫用の大きな桶も一緒だからもう狭い。
「いい? 亜美、見ててね。猫さんを洗うのにも手順があるからね。ああ、狭い」
狭いのわかってたわよね? あづきは先ず娘ちゃんの体をシャワーで軽く流して湯船の中に配置する、水しぶきが飛ぶのよ。狭い。
その後はいつも通り。娘ちゃんへの説明が付く所がいつもと違う。
シャワーはとにかく最弱に近い勢いで。熱すぎるのもNGよ。顔にかからないように、耳の中に水が入らないように慎重に。頭を避けるように私の体を濡らしてから猫用のシャンプーを使う。あづきの両手が私の体をうおっしゅ、あんど、まっさーじ。
毛が濡れるのを我慢すると、あとはもうされるがまま。そうそう、指の先までよ。よきよき。
娘ちゃんも大人しく見てる。そのまま、そのまま。
おでこ、顎の下と、更なる慎重さが求められる部分も洗って、耳の中に水が入らないようにシャワーで丁寧に洗い流すとピカピカの水も滴る猫の誕生。どや。
「あはははははは猫さんぺったんこあはははは!」
娘ちゃん大うけ。
わかるわかる。頭の大きさはあんまり変わらないのに、毛が濡れてぺったりと体につくと猫って意外と細いよねーて、なるよねー。鏡で見ると私も笑いそうになるのよ。普段は丸いだのコロコロしてるだの言われるけど、ええ、実は私、シュっとしてるのよ。
「くっ、マル、こっち見ないで、眉間のしわが、くぅっ、あはは」
娘ちゃんに釣られてあづきまで笑いだすのよ。別に睨んでないから。怒ってもないから。むしろ楽しんでいるから。しわじゃなくて柄だから。
笑いながら猫用の桶にお湯を張るあづき。お湯が張れたら私がイン。
(ふいー)
あったけー。
あづきはこちら側にシャワーの水が跳ねないように慎重に体を洗って、娘ちゃんと一緒の湯船の中に入る。ぎゅうぎゅうよね。
「ふいー」
うんうん。お湯につかるとつい出ちゃうよね。私も口から出ないようにするのに気を遣うのよ。
「お母さん、猫さんといっしょの事言ったー。ふいーって」
は?
唐突な娘ちゃんの指摘。出てた? 私、出てました?
「あはは、そうね、猫さんもお湯につかると溜息が出るのね。そう聞こえたんだね。猫さんは言葉をしゃべることが出来ないから」
「えー、猫さん、しゃべるよー?」
ドキッ。
私が人の言葉を喋れる猫だって、気づかれていた? 娘ちゃんに? 慎重にしてきたのに。
「ごはん食べてる時とか、うまいうまいってしゃべるのー」
「あはは、言ってる言ってる」
こ、これはセーフ、か? 唸り声が人によっては「うまい」と聞こえるような聞こえないような微妙なライン。あづきも真剣に取り合ってないし、これはセーフ判定なの。セェーーフ。
「足りないなーって言ってたこともあるの」
アウトー! アウトじゃないの、私、え、いつですか、え?
しかもそんな食欲にまみれた意地汚い言葉を喋ってましたか!? わらからない! けど言いそう。私ならつい言ってそう!
「あはっはは、言いそう! マル、言いそう!」
あづき大うけ。
あづきの態度を見るに完全に笑い話として受け取っているから、やっぱりセーフなの?
うちの猫さんは賢いからしゃべれるのかもしれないねー、なんてふんわりとした落ちがついてこの話は終わった。今は娘ちゃんは自分の髪をどれだけ伸ばしたいのかの話になっている。ふー、肝が冷えたのよ。人の前で言葉をしゃべらないよう、いっそう気を引き締めねば。
娘ちゃん、もう許して。せっかく毛を濡らしてまで入るんだから、あったかいお湯に気楽にゆっくりとつからせて。
もう何年も使っている愛用の桶に張られたお湯に首までどっぶりと沈んで、桶のへりに頭を乗せる。もー、疲れるのよ。
ふぃー。
次回。黒いアレとの死闘。




