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その22「火輪姐さんと古寺の宴」パート2



 静寂に包まれていた古寺の境内を塗り替えた空気は、圧力すらを伴って体を打つ。ぞわりと体中の毛が逆立つ。


 火輪姐さんは一言発した後、動きはない。


 微笑んで、そこに在る。


 どん、どんと、鼓動が聞こえる。これは私の鼓動?


 どん、どん。


 これは、太鼓の、音だ。


 どこか遠くから、太鼓の音が聞こえてくる。心臓の鼓動にも似たその音は徐々に近づき、大きくなり、ビリビリと周辺の空気を震わす。


「せ、先輩……」


 横にいる後輩ちゃんの声が聞こえるのよ。けど、その声に応えることが出来ない。


 ふと気が付けば、空一面に整列された火が灯っている。鬼火……いや、あれは灯篭なの。空一面に浮かぶ火の灯った石灯篭。それが太鼓の音に合わせて地面へと降り注いでいく。どん、どん。カカッ。どん、どん、カカカッ。どん、どん、どん、どん。


 地面に降り立った石灯篭の一つ一つから影が伸びる。それは三味線を持った猫の姿だったり、他の楽器を手に取った猫だったりと……


 停止してる彼女、私と後輩猫ちゃん、そして常世のおばあさんを避けるようにして、あたり一面が火の灯った石灯篭と楽器を持った猫たちで埋まる。唖然として口を開けるだけの後輩猫ちゃん。私も同じく。


 空一面の石灯篭のすべてが降りつくすと、太鼓の音は止み、古寺は静寂を取り戻す。しかし、緊張を孕んだ静寂。明かりの灯る石灯籠は熱を伴い、煌々と私たちと彼女を照らす。


 ゆるり。


 燃え盛る灯篭の明かりに照らされた火輪姐さんが左足を軸にしてゆっくりと体を回転させる。


 それだけで、艶やかな花魁の姿から、和装、洋装、どちらともいえない、しかし変わらず艶やかで、尚、煌びやかで、それでいて動きやすそうな装いへと変化する。


 三味線の旋律が流れる。最初はひとつだけ、一匹だけの猫の演奏……それは静かに始まり、静寂を切り裂くように強くなり、すこしして、他の楽器たちも続いて、


(っ!)


 火輪姐さんが声を発した。


 彼女の優しい透き通った声は今、力強さを伴って響き、私の体を揺らす。彼女は演奏に合わせて踊り、踊りながら歌う。


 演奏が激しくなれば彼女の踊りが激しくなり、炎に照らされた衣装は煌びやかに翻る、彼女が優しく歌えば、演奏がそれに従う。ごうごうと、ゆらゆらと。



 それは悲恋の歌だった。恋こがれて、自分の命すらを燃やして、かなわず、すべてを燃やして、滅ぼして、それでも愛を乞い願う(うた)



 声、歌、音楽、音、空気の振動。


 今、天と、地と、演奏はすべて、私たちが見ている彼女ひとりのためだけに存在する。火輪姐さんの歌と踊りに合わせて世界のすべてが震える。やさしく、悲しく、強く、はかなく……


 天地を焦がす炎の明かりに照らされて、暗闇の中ですら輝いている彼女の姿と踊りに魅入る。魅入る。長かった? 短かった? 時間の感覚すらもわからなくなる。それでも終わりがやってくるのは、わかる。


 やがて彼女が歌い終わると、世界そのものを揺らしていた演奏も終焉に向かって進む。最終を告げる彼女の腕の動きで、気が付けば周辺の石灯籠も楽器を鳴らす猫たちも消えていた。天へと昇るわずかな火の鱗粉。


 古寺の境内は、普段の静寂と暗がりを取り戻す。


 まるで先ほどの演技は最初から存在しなかったかのような、静寂。


 自分の体の中に猛る火照りが、あの時間が確かに存在していたことの証明……そして、



「おそまつさまでありんした。どうでありんすか? 参考になりんしたかえ?」



 大胆に開かれた胸元、着物から覗く白い太もも、優しい顔立ちだった火輪姐さんは、化粧によって印象のまるで違う、強くて官能的な女性へと変わっている。


 微笑んで佇む彼女に、拍手を送ることすら忘れて呆けていた私は、かろうじて声を絞り出す。


「け、桁が違いすぎて……参考になりませぇん……」


 凄っ!? 凄い! 凄いけどっ! 凄すぎて、いったい何のどこを参考にすればいいというの?


「かかか。先ずは火輪に拍手を」


 常世のおばあさんの、ぽふぽふという拍手に続いて私と後輩猫ちゃんも前足が痛くなるほどの拍手を彼女に送る。


「凄いっす!!! 凄かったっす!」


「ほんとに凄かったの! 凄っ! 凄ーっ!!」


 ひたすら凄いを言う機械になった私と後輩猫ちゃんの感想を受けて、くねくねと身を悶えさせて照れる火輪姐さん。凄かったのー。


「火輪姐さん凄げえ! あっし、感動したっす! 先輩の呪いのダンスとか、頭の中から吹き飛んだっす!!!」


「次は後輩ちゃんのダンスの披露ね!」


「出来るかっ! 何の罰ゲームっすか!? さっきの演技の後でとか鬼の難易度すぎるっす!」


 出来ないだろうね。何だったら最初に披露した私のダンスの記憶を消したい。いや私のはダンスじゃない。呪いの何かよ。火輪姐さん、どうか吹き飛ばしちゃってください。


「よかったけど、マル坊の参考にはならないねえ」


「ごめんなさいなの、楽器の演奏の人たちも、三味線とか太鼓とかだけはわかったけど、他の楽器の名前とかもよくわからなくて……」


「あ、そういえば演奏中にいた猫たちは何処から来て何処にいったんすかね?」


「マルさん、あやまることはありんせん。そしてあの猫たちはわっちの術で出した猫たちでありんす。生きた猫でも猫又でもありんせんから、えと、」


「はつゆき、初めての雪の姫で”はつゆき”なの」


「初雪姫さん。愛らしい名前でありんす」


「ぐはぁ、恥ずかしいっす! なんかわかんないけど恥ずかしいっ!? けど、火輪姐さんに名前を呼ばれてちょっと嬉しい気持ちがあるっすー!」


 今度は後輩猫ちゃんがグネグネと照れだした。


「もっと静かな歌とかもあるんじゃないかねえ、火輪、まだ時間はあるかい?」


「皆様の時間があるんなら、今夜はとことんつきあいんしょう」


「ある!」


 ニコニコ笑顔の火輪姐さんに即答で返す私。横では首を縦にブンブンと振る白猫。


 では、と言って笑顔の姐さんはくるりと一回転をする。今度は落ちつた色合いのドレスにギターを手に持った姿になる。ふおお、今度はギターなの。長い髪を下ろして清楚な印象へとガラリと変わった火輪姐さんはギターを構え、静かな旋律を(かな)で始める。


 唐突に古寺で開かれることになった火輪姐さんの演奏会は始まったばかり。なにこれ最高。


 最高。




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