その21「火輪姐さんと古寺の宴」パート1
「火輪、急に呼び出してすまないねえ」
「常世様からの呼び出しですもの、駆けつけるのは当然でありんす。なにせ芸事での相談であるとか。そういった呼び出しなら、わっちはいつでも大歓迎しんす」
この突然現れた美猫さん、声も綺麗なのよ。透き通った声。大きい声じゃないのに、暗いお寺の境内の隅々までに届きそう。
「そこにいる子の話を聞いてやっておくれ。マル坊や、火輪に話を聞いてもらい」
火輪さんという美猫がこちらをゆっくりと振り返り私を見つめてくる。ふあ、綺麗な青色の瞳なの。穏やかな雰囲気なのに、引き込まれていくようで怖い。吸引力がすごいのよ。
「じー」
見てる。すっごい見てる。
「じー」
火輪さんは微笑んでいる。そして見てる。私を見ている。
「じー」
な、なんでしょうかっ!? 私が何かしたでしょうかっ!? 不安になってしまうのよ。耐えかねて声を出そうとした時に火輪さんの方から声をかけられた。
「可愛い! モチモチしてそう! 触ってもいいでありんすか?」
「え!? モチモチしてないから! 私、モチモチしてないから! 後輩ちゃん、私、シュっとしてるよね?」
「あ、少し時間が欲しいっす。先輩を傷つけない言い回しを思いつく時間をくださいっす。シュって、ぷw」
「普通に傷つくのよっ!?」
フワリ。
唐突に人型を取る火輪さん。薄緑を基本とした着物、黒髪を結い上げて簪を挿した大人の女性。瞳は猫の時と変わらずに吸い込まれそうな透き通った青。おお、この姿は花魁というものでは? 艶やかで華やかなのよ。てか、なんで急に人化したの?
先ほど現れた時もそうだけど、この人の妖術はすごく自然で、凄い。
妖術を使う時には気合を入れたり、声に出したりするものなのよね。普通は。私はあまり情報通ってわけじゃないから知らないだけで、実はこの猫又の姐さんこそ名の知れた大妖ってやつなんだろう。一体、私はどれほど練習したらこの領域になれるのかしら。
なーんて思っていると抱えられて抱き着かれた。いつのまにっ!? すごく自然な動きで凄い、じゃなくて。
「なんで抱き着くの!? おろして!?」
じたばたして脱出を試みるが、この姐さんの腕から逃れられない!?
「ふー、もちもち三毛猫、ゲットでありんすー。ああ、睨まないで」
「柄だから!? 眉間にシワがよってる感じの柄だから!」
後輩ちゃんに助けを求めて見るが、後ずさって逃げる白猫。役に立たないのよ。
「かかか、話が進まないねえ。用件はいいのかい? マル坊や」
「そうでありんした。許してくんなまし」
常世のおばあさんの一言のおかげで下ろしてもらえた。ふー。さすが古くからいる猫又のおばあさん、後輩猫と違って頼りになるのよ。
兎にも角にも、私のダンスを見てもらわないことには始まらないのよ。
「今からダンスをします。コホン。見て、そして何かアドバイスを下さい」
前と同じダンスを披露する。暗く静かな古寺の境内で無音で踊る一匹の猫。うにっとしてにゃー。
「ふー。……こんな感じ? どう?」
「……その、動きと動きを繋ぐ間が、その、とっても、独特? 不思議でありんすなぁ」
「かかか、マル坊のダンス、まるで池に溺れた猫みたいだったねえ」
「おばあさん!?」
「どうっす? 火輪の姐さん、先輩を治療することができるっすか?」
「病気扱いしないで!?」
すがるような目でゆっくりと火輪姐さんを見ると、ゆっくりと目を逸らされた。
え? どうしよう! 私、困らせている? そこまで? そこまで酷いの? 私のダンス。これはもう、本当に呪いや病気の線を疑うしか……
「そもそもの話を聞いていいでありんすか、何故ダンスなんでありんすか? マルさんの目的は何でありんしょう?」
「え? そこ? 根本から!?」
ダンスをする目的と言ったら、当然、猫又検定の試験内容にダンスの項目があるからであって。私だって猫又におけるダンスの必要性なんてものをよくわかってないわけで、ん、本当に猫又になるのにダンスって必要だったっけ。
「猫又にダンスって必須……なのよね? 猫又検定の試験内容なんですけど」
「ああ、検定の話でありんしたか。確かあれはダンスに限ったものではありんせん。芸事一般の習いでありんしょう。楽器の演奏や歌、詩吟なんかでもいいはず。わっちはそう記憶していんす」
「ええー」
「先輩、勘違いしてたんすね、かける言葉もねーっす。……ヒップホップとかw くくっw ツボっw」
勘違いしてたー。今までの私の苦労は一体何だったの。苦労……特別にはしてないような気もするけど。
「楽器とか歌でもいいんだ……」
詩吟は無理として、楽器なら出来そう。タンバリンとかでもいいのよね。猫又になるのにダンスのセンスなんていらなかったのよ。
ダンスはナシ、ダンスは捨て。きっと呪われていたのよ。
「とはいえ、楽器も触ったことないし、何をしようか迷うの」
夜の古寺の静かな境内、どうしたもんかと首をクイクイひねっていると、常世のおばあさんが火輪姐さんに提案をする。
「火輪、あんたの芸を試しに見せてあげたらどうだい。アタシも久しぶりにあんたの歌を聞きたいよ。少々騒いだってかまわないから」
提案を受けて火輪姐さんも乗り気の様子。
「そうでありんすね。では常世様の場をお借りして一曲」
艶やかな花魁姿の美人が静かな古寺の境内をしずしずと歩いて私たちから遠ざかり、こちらを振り返る。
「歌わしてもらいんす」
空気が、変わった。




