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その1「落ち込むことだってある」



――末筆ながら、マル様が今後より一層ご活躍される事をお祈り申し上げます。敬具。



 何度見返しても文章は変わらないわけで……


 座布団の上に香箱(こうばこ)座りをして猫又検定を主催する全国猫又協会から送られてきたメールを確認している。香箱座りというのは、いわゆる前足をしまい込んだ、あれだ。


 2度目になる猫又検定の試験結果……不合格……


 なして? ほわぃ? 何もわからないまま受けた準備不足の一回目と違い、2回目の試験は手ごたえバッチリ。自信あったのに……。


 やヴぁい。知り合いの猫たちに「余裕で合格するからね」って言いきってた! 言い切っちゃってた!


「先輩なら余裕で合格するっすねー」なんて返されてたし……。恥ずかしいー。顔を見せられない。


 何がいけなかったんですか、試験官どの。苦手なダンスが足を引っ張ったのかなぁ?


 そもそも猫又になるのに歌とダンスが必須科目とか意味わからないんですけど! 意味わからないんですけど!


 日本妖怪協会が提供する大規模コミュニケーションツールのひとつ、猫又@ねっとわーく、通称「ねこねっと」のメールウィンドウをオフにする。目の前に浮かぶ半透明のウィンドウが消えて視界は通常に戻る。


 落ち着けー、落ち着けー、すー、はー、まずは体を舐めて落ち着くのよ。手を舐めて、舐めた手で顔を洗って……あ、前足が震える。


 まー別に? 猫又検定に落ちた所で? 公式に猫又の名前が使えないだけですし? なんなら猫又として認められたら面倒な義務とか発生するとかいいますし? 別に猫又と名乗れなくても? 何一つ困りませんけどお?


 けど、検定に受かって堂々と猫又を名乗れると、めちゃくちゃ威張れるんだよねー……


 次の試験からは生意気で強気なあの後輩猫も受けることができる年齢になる。やばい、あの子もすごい才能あるし、次の試験でも私だけ不合格になってあの子に先に合格されたらどうしよう……。笑われる、絶対笑われる、彼女に過呼吸から瀕死に至るくらいまで笑われる。絵が浮かぶ。ああっ、何か対策しないと。


 ちりーん。


 家に近づく人の気配。築30年、ご主人が中古で手に入れた一軒家の扉の前に人が立つ。


(あやつらが帰ってきおった)


 今の飼い主と子供が帰ってきた。


 ガチャリと音を立てて扉が開く。「ただいま」「ただいまー」二つの声が静かだった家に響く。ドタドタと人の幼児がリビングに入ってくる。「猫さんただいまー」と言いながらこちらに駆け寄る幼児。「亜美ちゃん、家に帰ったらなにするのかなー? 手洗いとうがいでしょー」玄関からは幼児の母親の声。


 こちらは飼われている気はさらさらないのだけれど、まぁ名義上の飼い主であり、同居人であり、私のごはん係の人ではある。彼女は幼児を連れて洗面台に向かいつつ私を見て「マルただいま」と声をかけてくる。


「にゃー」一応、挨拶。同居人だからね。それなりの礼儀は通すのよ。


「あれ? カリカリ食べてない」


 彼女は私のごはん皿に残ったカリカリごはんに目ざとく気づいて、つぶやく。そういえば彼女が出かける前に用意してくれてたカリカリ食べてなかったわ。完全に忘れてたー。まー食欲ないけど。


「猫さん元気ないのー?」手を洗った幼児が寄って来て乱雑に撫でまくる。くぅ。相変わらず雑だわよ。あいにく今日はかまってあげられないの。余裕が無いからね。さすがの私だってね、落ち込むことだってあるのよ。今日はもう放っておいてー。


 つい人間の言葉をつぶやきたくなるのをグッと我慢する。うちら人語をしゃべれる猫たちにはどうも強迫観念? みたいなものがあって、人間にしゃべれることがバレるとそこから出ていかなきゃいけないって気持ちがある。うまく説明できないけど。


 この家を出ていくつもりも無いので、しゃべらないでいる。人間たちが何を言っているのかも全部わかっているけど、全然わかってないよーって演技を完璧にこなす。言葉がわかっているって知られると面倒だからね。


 そんなことより今、私が考えるべきは、あの後輩になんて言い訳するのか。合格する気まんまんだったから明日いっしょに会う予定入れてるのよね。……夜逃げでもするか? いや、まだこの家から出ていきたくない。


「ママ―、猫さん元気ないよぅ」


 幼児、5歳、名義上の飼い主の娘がぐいぐいと私を撫でまわす。

 ええい、乱暴にさわるでないわ。


「買ったばかりだけど、これ食べるかしら? 病気じゃないといいんだけど、もう結構お年寄りだし……」


 ええい、年寄り扱いするでないわ。


 娘ちゃんの母親がバッグから柔らかごはんを取り出して封を切り私の目の前に持ってくる。


「ちゅるりん」ね。まあ嫌いじゃないけど、私はね、炊き立てのあったかごはんにかつお節をかけた「ねこまんま」が食べたい派、なのよね。


 チロリとひと舐め。


 あら? 新作なの? ふむ。香りがいい。けして暖かくはないけれど、食材のうまみを閉じ込めゼリー状になった魚介のエキスが舌に心地よい。これは鶏肉? いえ、ささみね、固くならないように十分に配慮されて加熱されたささみが食べやすいように細くされている。それが口の中で魚介のエキスと絡み合い……



 うみゃー。ナニコレ。うみゃー!





【猫又@ねっとわーく】


 通称「ねこねっと」

 日本の力ある神霊、妖怪たちの間で行われていた独自の連絡網が現代に合わせて発展したもの。その内の化け猫、猫又たちに特化したネットワーク。

 日本妖怪協会と契約をしてネットに繋いで展開をすると視界の中にウィンドウが開いて操作できる。展開にはそれなりの知力と妖力を必要とする。文章による連絡のみではなく音声を送ることも出来る。

 これは新しく生まれたばかりの技術であり、現在も手探り状態での運営がなされている。

 今年度からこのネットに繋がることができることが全日本猫又検定試験を受けるための必須条件となった。





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