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その15「妖怪居酒屋と猫まんま」



 住宅地から電車が走る駅に向かう途中には、商店街と言うのも憚られるような規模の小さな商店街がある。賑わっているのは一部アーケードに囲われた一本通りにあるお店くらいで、その通りだってシャッターによって閉ざされた元お店という家が目立つ。一本通りを外せば、そこは隠れ家的な雰囲気を持つ店と民家が並ぶ。つまり、駅に用事があって通る人もいないし、客もいないから常に静か。そんな道の店と店の間の隙間にその居酒屋はある。


 居酒屋『錆鉈(さびなた)


 店主も妖怪ならば来る客もまた妖怪。


 そんな妖怪居酒屋に私は挑もうとしている。緊張してきた。にゃー。って、もう何度も入ったことあるお店なんだけどね。猫又検定に落ちてから、一度も来ていないの。検定を受験するにあたっては、ここのマスターからいろいろと妖術を教わったし、やっぱり例に漏れず、マスターにも大見得を切ってきたので入りにくいの。だけど、このお店で出してくれる食べ物は普通の人間が食べる物がメイン。人の食べる物が食べたい猫である私にはなくてはならない大事なお店。えい。入るぞ。たのもー。


 店と店の間の小型の動物くらいしか入ることのできない隙間に体をねじ込む。居酒屋のマスターが展開する固有空間の中に侵入する感覚。実は私の固有空間もマスターの直伝。後輩猫から頭おかしいと言われる私なんかより、ずっとずっとすごいからね。ここはすでに異界。人の領域にあらずってね。


 しばらく進むと道幅は広くなっていく。路地の奥の行き止まりに、そのお店が見えた。


 看板は無い。古びた民家といった家屋には奥の見えないガラスの引き戸がはめ込まれていて、そこからこもれる仄かな明るさが中に何者かがいることを伺わせる。引き戸の左上には「酒」の文字が書かれた赤い提灯がぶら下がっている。薄暗い路地裏に灯るこの提灯だけが、ここが店であることを主張しているようだ。


 うおー、怪しげ! すごい怪しくてカッコいいのー。


 毎回ここに来る度にテンションが上がるのよー。なんかねー、怪奇って感じ、物語が始まりそうでわくわくする、よくわからないけど! いま私は二足歩行モード。完全な人化ではない、二本足で立つ猫ね。長靴とか似合いそうなやつ。体も少し大きくなって、ちょうど娘ちゃんくらいの身長だ。


 ここまで来たらためらいは無い! さくっと引き戸を開けて中に入る。


「ども……」


 薄暗い店内。コの字型のカウンターの奥、ででん! っと中央におわすのはこの店のマスター、頑刃さん。イタチの妖怪だって聞いたけれど、シュっとしたイタチのイメージとは程遠い、どーんとした体形。縦も横も大きいの。紺色の作務衣を着た二本足で立つ巨大イタチの妖怪。相変わらずの威圧感。


 カウンターの横には先客が二人、並んで座っている。こちらは完全に人化しているので何の妖怪が化けたものかわからないけれど、……妖怪よね? たぶん。


「猫さんだー。キツネさん、二本足で立つ猫さんが入ってきたよー。かあいい」


「初対面の方に、いきなり失礼ですよタヌキさん。どうも、こんにちは」


「ど、どうも」


「どもー」


 私が頑刃マスターに何かを言うより先に先制で言葉をかけられる。どちらも若い女性の姿、よく見ると頭には獣の耳がしっかりと乗っていた。ご丁寧にも変化する前の動物も教えてくれているような挨拶をしてくれる。大人びた方が狐さんで、最初に声を掛けた活発そうな方が狸さんと。わかりやすい。


「こちらタヌキさん、狐の妖怪変化で、私は狸の妖怪変化、キツネと呼んでね」


「えっ!?」


「えっ!?」


「なんでタヌキさんも驚くのかしら、冗談に決まっているでしょう。あなた狸の自覚は無いのかしら」


 ちょっと特徴的な人たちのようだ。狐耳の大人びた方がキツネさんで狐の妖怪変化でいいんだよね? 混乱しちゃうのよ。人を惑わす妖怪が猫を惑わしてる。


 頭にハテナマークを浮かべ始めた私に頑刃マスターが声を掛けてくれる。


「丸いの。久しぶりじゃねぇか」


「あ、はい、お久しぶりしてますです。この度はー、頑刃マスターに妖術の教えを受けたにも関わらずー、えー、検定落ちちゃった……」


「そうかい。どうでもいいやな」


「マスター……私は猫又にもなれない駄目な只の普通の猫」


「いや、おめぇほどの妖力があって只の普通の猫は無理があんだろ。猫又検定だかなんだか知らねぇがよ。誰ぞにどうこう言われなくても、おめぇはもう立派な猫又だろうがよ。その検定に意味なんてねぇよ。ふん、くだらねぇ」


「猫又検定? キツネさん知ってる?」


「確か増えすぎた猫又たちを管理するための制度よね。好き勝手する猫たちに鈴をつけろって出雲の会議で神さまに言われて、当時の猫又のトップたちが自ら始めたのだとか。けれどあまり上手に運営できていないという話もあるわね。作ったのはいいけど、今は惰性で続けているだけなんじゃないかしら? だってほら、猫って飽きっぽいもの」


「えっ! そうなの!?」


「……当の猫たちがよくわかってないくらいの、ふんわりした制度よ」


「ふんわり。猫さんたちらしくて、なんか面白いし可愛い」


 知らなかった。タヌキさんたちが言うようにそんなふんわりしたものだったの。とはいえ、意味が無くても試験で落ちるのは悔しい。ぐぬぬ。次から検定を受けないという選択肢も、いや、すっきりしない。それだと、きっと、もやもやする気持ちを抱えたままなのよ。


「おう、適当にやっとけや。それより、丸いの、喰っていくんだろ? 何にするよ」


 ぶっきらぼうに頑刃マスターが話を切り上げさせてくれた。私の事を「丸いの」呼びしてくるのはもう諦めた。何度言っても直してくれないから。ちなみに後輩猫ちゃんは「白いの」呼び。


 頑刃マスターは色々と作れる人、人じゃないけど、言えば大抵のものを作ってくれる。食べたいものはいくらでもあるけれど、今日はここに来る前から心に決めているのよ。


「マスター……猫まんま、かつお節多め、ヤッコ付きで」


「猫さんが、猫まんまを、く、笑っちゃいけないけど、くぅ」


 向こうでタヌキさんが何かの壷にスイッチが入っているけど気にしない。私は猫まんまを食べるぞー!


 さほど時間はかからずに提供される一つのお盆。お盆には炊き立ての湯気が立ち昇るごはん、別皿に盛られたかつお節、そして冷奴と醤油の小瓶が乗せられている。これです、これ。


 猫まんま……それは背徳の食べ物……


 人によっては猫まんまと言われて思い浮かぶのはお味噌汁をかけたごはんのことかもしれない。けれど私はこれ。かつお節かけごはん。この店でも猫まんまと言えばこれが出てくる。ごはんは炊き立ての熱々なのが重要。どちらにせよこの食事、名前に反して、塩分過多やら米が消化しにくいやらで普通の猫には体に悪い。ご主人に拾われてから少しの間に食べてさせてもらっていただけ。それは幸せで満足な記憶として確かに残っている。ご主人がいろいろ猫の飼い方を学ぶ内に自然と食べさせてもらえなくなった思い出の食べ物。禁断メシ。


 いけない。これは時間との勝負。いざ。


 炊き立てのごはんの上にかつお節を全部乗せる。湯気で温められたかつお節が白米の上で踊る。かつお節が踊るたび、かつお節に封じられていた香りが解き放たれ、あたり一面に海鮮の匂いを振りまき始める。お箸を取り、ヤッコを半分ほど切り分けてかつお節ごはんの上にのせて、少しほぐす。熱々のご飯に冷たい豆腐、その組み合わせもまた背徳と禁忌を思わせる。醤油をさっと回しかける。完成系。ごくり。


 お箸を持った前足を顔の前にそろえて”いただきます”と囁く。礼儀なの。


 お茶碗の端から、ごはんとかつお節と豆腐を崩れないように静かに箸で持ち上げ、口に入れる。はふっ! 熱い、ごはん、とうふ、冷たい、節、しょうゆ、うまい。口の中で暴れる熱いと冷たいの間でかつお節の風味と醤油の風味が好き勝手に走り回っている。はふっ、熱い、はふっ、冷たい、はふっ、うまい。お茶碗のごはんが半分くらいになった所で、自分に待ったをかける。後半戦。残っていたヤッコを全部お茶碗に入れて、追い醤油。


 まぜまぜ。禁断のまぜまぜ。


 炊き立てのご飯を、こうやって混ぜ混ぜするのは良く思わない人もいるかもしれない、けど炊き立てご飯でないと成立しないものだってあると思うの。冷たいヤッコが均等に混ざった今、ごはんは熱々ではなく、むしろぬるい、しかし一粒一粒に醤油とかつお節と豆腐たちが程よく絡まっている、これは冷めたごはんにはできない仕様。口に運ぶ。うみゃ。先ほどとはまた違った食感と風味。コーティングされた米たちがするする、するすると口の中を軽快に通っていく。熱さと冷たさの猛々しさで暴れた直後のやさしさ、温かさ……



 こんなん、好きになってまうやん?



 いや、誰? 一粒も残さずに完食。ごちそうさまでした。


「ふぅーー、大、満、足。マスター腕上げた?」


「上げられる要素なんてどこにもねぇが」


「……キ、キツネさん、ぼ、僕はこれほど猫まんまをおいしそうでうらやましいと思ったことがないよ、今度来たら猫まんま食べよう」


「おいしそうに食べるわね。箸の扱いも上手。そしてタヌキさんが食べたいものを次まで我慢できるようになったことが驚いたわね。立派に成長したわねタヌキさん」


「キツネさんは僕をどういう目で見てるのさ!?」


「もちろん、かけがえのない親友だわ」


「えっ!? えへへへへ」


 私は一体何を見せられているんだろう。狸と狐は喧嘩するとかよく聞くけど、この二人は仲がいいのね。


「丸いのさんはどこかの由緒ある大妖だったりするのかしら?」


「えっ? またまたー。只の名も無き普通の猫なのよー。あ、名前はあるのよ。ワガハ……名前はマルです」


「マルさん、あたなが普通の猫は無いから」


「そーそー、とっても可愛い猫さんだよね!」


「えっ!? えへへー」


「えへへー」


「マルさん、タヌキさん……私は何を見せられているのでしょうね」


 滅多に笑わない頑刃のマスターも笑っているのよ。うーん、やっぱいここはいいお店!




へんな生き物チャンネルにどっぷりハマって動画を見続けていたら

狐と狸のキャラ造形が引っ張られて、うごご……

許して(-"-)

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