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その14「桜を見る人を見る猫」パート2



◇北原視線


 はぁ……


 最近、溜息が多い。理由はわかっている。先日、突然僕の前に現れて、いつの間にか消えていた少々……いや、色々とおかしなあの猫耳コスプレ少女の言葉を忘れられないからだ。



――あなた、ご近所にいる奥さんを見る目がすごくやらしいって、近所で有名だもん



 やらしいって、有名って……本当に? 本当にご近所で有名なのですか? 


 はぁ。考えたくない。暗い気分が続いているのはどうにも心に良くないから、いくらかは気分も晴れるかと思って今日は花見にやってきたんだ。


 桜は好き。一年でわずか数日、美しく咲いて、最後は儚く散っていく桜の花を、僕は好きなんだ。


 特に目的地も決めず、一人で満開の桜の道をぶらぶらと歩く。


 ひょっとして彼女が、あづきさんがここで花見をしていて、かち合ってしまうかもしれないと少し思ったが、そうそう出会うものでもないだろう。花見をする場所なんていくらでもあるし、今日の今日、彼女がこの公園で花見をしている確率なんてどれほどあるというのか。天気予報では夕方あたりから雨になりそうだし、今日くらいが今季で最後の桜の花を見る機会というもの。……もし万が一、バッタリと出会ったらどうしよう? やらしい目、ご近所で有名……ああ、もう。そんなの、恥ずかしくて逃げ出してしまうかもしれない。花見の誘いにも断られたのだし、会わす顔なんて無いじゃないか。やばい、なんだか無性に怖くなってきたぞ。帰ろうかな?


「ストーカーなの?」


 突如、後ろから声をかけられて、僕の体は僕の意思を無視して跳ね上がる。


(この声は!)


 恐る恐る声のした方向を見ると……いた。


 あの時以来、忘れたくても忘れようもない、大正時代の女学生めいた恰好をしたコスプレ少女が、そこにいた。三毛猫柄に染められた頭には相変わらずの猫耳がついている。そんな彼女の腕には本物の白猫が抱えられていた。


 何か猫の成分がパワーアップしている……



「ストーカーなの?」


 見つからないように、背後から素早く忍び寄って声を掛けると、男はびっくぅ、と飛び上がって、こちらを見た。ほほー。いい表情をするではないか。人が驚くのを見るのって、なんか楽しい。


「ストーカーじゃ、無いよ……また君か……」


「だってあづき……湯島さん達親子、この公園にいるよ? 会いに来たんでしょ?」


「ちっ、違う! 断じて違うから! え、彼女たち、公園にいるんだ、ちなみにどの辺?」


「やっぱストーカー」


「違うから! 本当に! やめてくれ。彼女に合わす顔が無いから、会わないようにするためだよ……」


「え? 会わないの? むしろなんで?」


「え? それは、彼女をやらしい目で見るのが近所で評判になってるって君が……」


「あー、それね。それについて謝ろうと思ってて。ごめん、それ嘘なの。ご近所でっていうの、嘘。あの時、私の姿を貶されて、悔しくて、とっさに口から出ちゃった嘘なんだ。謝る。ごめんなさい」


「え? それじゃあ」


「うん。彼女をやらしい目で見ているなーって思っているのは今の所私だけ、他は知らない」


「あ、君はそうなんだ。じゃあ良かった……のか?」


 首をひねる男と笑いたそうに震える腕の中の白猫。


 なんだか、ちょっとだけ心残りだったのよねー。嘘ついちゃってずっともやもやしてたから。これでよし。正々堂々と可愛いと言わせてやれるのよ。


 男はこちらを見て、微笑みを浮かべる。


「こちらこそ、あの時は君に言い過ぎたかもしれない、ごめんね。いや、そもそも君が何がしたかったのか、未だにさっぱりわからないのだけれど」


「それなのよね……あずきに色目使いやがってーとか思ったのが最初だとは思うんだけど、そもそも私は誰が誰を好きになろうと別にどうでもよかったなって、うーん、次にはストレス発散? あ、決闘だった、私の姿を可愛いと言うかどうかの戦い? はて、私は何をしたかったの?」


「…………何か色々と酷すぎる。あの時、初めて会ったんだよね? 僕らお互いの名前も知らないのに」


「北原よね、家を確認したから知ってるのよ」


「怖っ! 君こそストーカーなんじゃないか? それで、君の名は?」


「私の名前はマル…………丸山……しげき」


「プロゴルファーでそんな名前の人いたなぁ!」


 後輩猫ちゃんが私の腕に爪を立てる。どうも笑うのを我慢しすぎて苦しいらしい。


「聞いてもいいかな? 君はあの人……湯島さんとはどういう関係、」



 ぐ~きゅるきゅる。



「…………」


「…………」


 事件発生! 突如、私のお腹の虫が北原の言葉を遮る!!


 なんてこと、こんなことなら朝ごはんをしっかり食べてこればよかった! 恥ずかしい! こらこら白猫ちゃん、腕をバンバン叩かないの、普通の猫は人の腕をバンバン叩いたりしない。するか、するわ。


 おなかすいた。屋台を見る。どれもおいしそうだな。けどどれか一つを選ぶとするなら、今はイカ焼きかな。うんイカ焼き。イカ焼き食べたい。北原を見る。屋台を見る。北原を見る。屋台を見る。


「……イカ焼きは好き?」


 なんと北原の奴と一緒に屋台のイカ焼きを食べることになった。不思議。


 ベンチに座って横に後輩猫を配置。イカ焼きの攻略に取り掛かる。


 イカ焼き。それはイカを焼いた奴。足は無いタイプの串に刺さったイカ焼き。先ずは見た目が暴力的。三角頭に続くつぶれた円筒形のぷっくりとした肉、そこに獣の爪で引き裂かれたかのような切れ目が入っている。醤油の焦げから生まれる茶色をベースにした皮つきの本体に、切れ目から覗くイカ肉の白さが強い主張を放っている。ゆっくりと鼻を近づけてみる。匂いが暴力的。醤油や砂糖の焦げた匂いに負けていない魚介系の磯の香りが混然一体として鼻を通して脳みそにまで届く。ほんのりと湯気を上げる屋台のイカ焼きの匂いは、もはや、これは屋台のイカ焼きの匂いであるとしか表現できない。ふー。持ち上げて、口に入れて、イカ肉を嚙み切る。食感の暴力! プリッっとした歯ごたえでプチンと噛み切れるイカの肉は噛めば噛むほどに口の中にうまみが生まれていく! 味覚の暴力! ふにゃあ、これは、うみゃああ!


「おいしそうに食べるなあ!」


 幸せの表情、自然と出来ていた! たぶん、おいしくて幸せだから!


「それで、君と湯島さんとの関係は何?」


 イカ焼きを完食した私を見計らって質問してくる北原。こいつ、難しいことを聞いてくるのよ。


 んー、最初はご主人の奥さんで、ちょっとのあいだは敵で、今は同居人で、飼い主で、後は、病気になったご主人を一緒に支えて、看取って、子育てに右往左往して……


「んー? 戦友?」


「うわぁ、想像できなかった言葉が帰ってきた。戦友か。……それで、その、湯島さんは僕が花見に誘ったこと、何か言っていたり? 気にしていたら悪いなって」


「ん? いや、一切、何も言って無いから、気にするどころか、多分もう忘れているんじゃないのかなー?」


「う、そう、それは、それならそれで……」


「北原はきっと気にしすぎなのよ。どうでもいい事はどーでもいーのよ」


「…………」


 雨風だろうか。おだやかだった天気が不穏な気配を発し始める。ひと際強い風が吹いて桜の花びらを散らす。うおー、桜吹雪! 絶景なのだ。


「……じゃあ僕は帰るね」


「遠くからでも見ていかないの? というか、はなしかけないの?」


「うん、僕は臆病者だからさ、異性とまともに会話とか、出来ないんだ」


「私とは普通に話してるけど」


「君のジャンルは女性枠じゃない。得体の知れない名状しがたきモノってジャンルに入っているから」


「それ、他にどんなのが入っているのよ!? 北原は奥手って奴なのかなあ、けど、ちょいちょいあづきの前に出てきて見切れてくるし」


「見切れてって、どこから見てるの? ひょっとして彼女の家の前の家の子? あ、いや、通学路だから! たまたまだから! 見てるだけで……いや見てない! やらしい目でとか、見てない!」


「……いつか誰かに取られちゃうよ? 私の知っているアホなんて私の顔をみる度に、やれ俺の物になれだの、大人しく俺について来いだの言うのよ。男なんてそんなものでしょ。アホよね」


「はは、すごい人だね。そういうことが僕にも言えたら気持ち良いだろうな。だけど僕には無理そうだから、いいんだ、後悔はするんだろう、な、けど、…………僕は帰るよ。じゃあね丸山さん」


 丸山さん? 後ろを見る。誰もいない。桜の木々を見上げながら去っていく北原。


「お前の事じゃい」


 ベンチの横に座っていた白猫が私の膝を肉球で叩いたのは、北原がいなくなってしばらくしてからだった。


 にゃあ。オス、男と言っても色々なタイプがいるものだなー。あっ、可愛いって言わせるの、忘れたの!




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