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その11「マルの人間観察」


 桜もようやく五分咲き六分咲きと言ったところ。ちょっとだけ寒さのぶり返してきた春の一日。


 私は家の前にあるブロック(べい)の上から人間観察をしている。人間の動き、素振り、とくに表情についての勉強をするためね。閑静な住宅街なので、人通りもまばら。朝や夕方の通勤の時間ならまだしも、平日の午前中とくれば道行く人も少ない。今日は田辺のババが訪ねてきている。家の中ではあづきとお茶をしているはずだ。


(うにゃー。人が通らないわねー。大通りにでも出ていこうかしら?)


 人がいないんじゃ人間観察もままならない。大通りに出るのもいいだろうけど、ここはいっそ大胆に学校にでも忍び込んで子供たちや教師たちの観察に行ってみようか。あー、でも、見つかって追いかけまわされるのは嫌だなー。一回あるのよねー。ちょうど下校を始めた子供たちに見つかって追いかけまわされたこと。怖かった。自分よりも何倍も大きな相手から追われるの、怖いから本当やめて。


 ねずみよりも、もっともっと小さく霊体を小分けにして、それに視覚を持たせることって出来ないかしら?


 何事も挑戦。イメージはアレ、ジブリ映画の作品で、隣にいる巨大妖怪でお馴染みの真っ黒い奴。ちょびっとだけ霊体を切り離す、あ、出来た。意外と簡単。


 出来たのは黒色じゃなくて白色、ちょと黒や茶色も混ざっている。うーん、ケセランパサラン? おしろいで増えそう。とにかくこれで、暴虐な幼児に見つかって両手でパンッってされても問題なさそう。


 ふわふわの空を舞う毛玉で遊んでいると、家からババが出てきた。


 目が合う。無言。


 田辺のババはゆっくりと腰に手を当ててすこしだけ腰をかがめる、胸を張る。そして、


「往年のプロレスラー、カールゴッチの決めポーズ」


「しっ……」


(知らねーーーーー!?)


 知らない! え? なんで? なんで猫にそれを!? プロレスラーの物まねを? 誰? いや知らない!?


 一体何がどうしてなのか、満足して去っていく田辺のババ。


 ほわい!? 田辺のババの生態が謎すぎるんですけど!? よっぽどの妖怪よりもずっと謎なんですけど!!



 未だ混乱中の私の視界に、道の角を曲がってこちらにやってくる一人の男が入り込む。


(あづきに告白みたいなことして、玉砕してた奴)


 そうそう、こいつ。こいつもご近所さんなんだよね。この家とこいつの家がちょうどバス停への通り道になっているからよく見かけるのよ。


 男は私の前で立ち止まり、家を見上げる。


 私と目が合う。両者、無言。


 おずおずとこちらに手を伸ばす男。


(それ以上その手を近づけるとバクっていくわよ?)


 私の放つ殺気に気が付いたのか、男は手を伸ばすのをあきらめて溜息をつく。これは”物憂げな表情”ってやつなんだろう。よくよく見ると人間の女の子たちが色めき立ちそうな顔の造形をしている。背もそこそこ高い。大学生だったっけか。


 男は何かを言いたげにしていたが、溜息をついてからポツリと、


「猫になりたい」


 ねこかー。



北原利信(きたはらとしのぶ)視点


 当時は中学生3年だったから、もう7年? それくらい前に近所に引っ越してきた家族。愛想が良くて仲のいい夫婦。当時はその程度の認識だったわけで。彼女についても綺麗な奥さんだなーとしか思っていなかった。今の胸の中に渦巻く気持ちが恋だと気づいたのはいつだったろうか。


 最初は決して(よこしま)な感情を抱いていなかったはずだ。それは断言できます、いや誰に? まぁ自分にだけど。


 高校に上がり、大学に合格して通う間に、僕の彼女を見る目がゆっくりと変化をしていったわけで。そもそも今まさに通学している大学の、人には決して言えない志望理由が、彼女が見れなくなるから実家から離れたくないというものなわけで、いやそれが全部というには語弊がある、どちらかというと少しの割合なわけで……僕は心の中で誰に言い訳をしているのだろう。


 ご近所の綺麗な奥さんはやがて綺麗な妊婦さんになり、綺麗なお母さんになっていく。しかし、その間に彼女の旦那さんが病気に倒れ、しばらくの後、お亡くなりになった。あるいは旦那さんの件が無ければ、僕の馬鹿で邪な想いはただのほろ苦い初恋の思い出として昇華されていたのかもしれない。


 落ち込む彼女を、辛そうにする彼女を、見かける度に僕にできることは何かないかを考えた。ずっと声を掛けたかった。結局、僕は何も出来なかったわけで。当時の心の中を思い出せば、今でも強い後悔と懺悔の思いに囚われそうになるくらいだ。


 彼女と交わす会話なんて、今でもすれ違う時の挨拶程度なもの。こちらから声すらまともに掛けられない臆病者です。


 それでも、道端で、バス停で、彼女は僕に笑いかけてくれる。僕の心の中の邪で淫らな想いなんて、何も知らずに。


「はぁ……」


 返す返す思い出されるのは、この間のこと。僕はついに意を決して彼女をお花見に誘った。気軽な気持ちを装って、しかし、心臓が痛くなるくらいに鼓動を速めながら。見事に断られたわけで。秒殺でした。我ながら唐突すぎた。いい天気ですね、そろろそ桜が咲くし、お花見にでも行きませんか? って、僕は一体何を言っているんだ。あの時ほど時間を戻す能力が欲しいと切実に願ったことはない。ああ、そろそろ彼女の家の前だ、足が重い。バス停と家の途中にある彼女の家の前を通る自分の行動がわからない。なんで道を変えないのか。


「未練だな……」


 ひとり子供を育てている彼女はすごいと思う。そんな彼女の力になりたい。うー、けど彼女に迷惑をかけたくない。話をしたい。けど迷惑がられたくない。嫌われたくない。うー。


 気が付けば彼女の家の前。


 彼女の家の前のブロック塀に座ってこちらを見下ろしている三毛猫と目が合う。彼女の飼っている猫だ。もう結構な年齢だと聞いたが、元気そうに丸々としている。手を伸ばしてみるが逃げる様子は無い。人に慣れた猫なんだね。結局猫を撫でるのはやめる。猫だって知らない他人に撫でられるのは迷惑というものだろう。


 溜息一つ。


「猫になりたい」


 はぁ、何も考えない猫になりたい。


「猫ちゃんや、愛ゆえに人はもだえ苦しみ、愛ゆえに人は泣く、猫ちゃんや、君は愛を知っているかい? ああ、当然、知っているのだろう、だから猫は、にゃあと鳴くんだろうね?」


「ポエマーかっ!?」


 !? 周りを見回すが誰もいない。今、人の声がしたような? 気のせい? え? 誰かに聞かれていた? もう一度周りを見回すが、いるのは前足で顔を隠すようにして丸まって寝る三毛猫だけ。誰かに聞かれていたら……はっ……恥ずかしい! いや気のせいだ。


 か、帰ろう。いそいで帰ろう。




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