第81話 アルカンディアへ
その頃エルランディたちは、別室でやきもきしながら、エルザのもとへ向かったセドリックの帰りを待っていた。
自分たちが送り出したものの、武人のセドリックが悲嘆にくれるエルザをなだめることなど出来るだろうか……エルランディたちは、今更ながら不安になりだしたのであった。
「叔父様遅いわね……」
エルランディがそうつぶやくと、皆がそれぞれ、言いたいことを口に出した。
「失敗したのでしょうか……?」
「やっぱり、こういうことは繊細な女の人じゃないと無理なんじゃないかしら?」
「じゃあ、誰が慰めに行くというんだ?」
「やっぱり、物腰柔らかなエイミーかアルマがいいんじゃない?」
「え! でも私、恋愛経験ないんですけど……」
「私もです……」
「それを言うなら私だって……いや、なんでもない、なんでもない……」
そんなことを口々に言いながら、女性たち5人は連れ立ってエルザのいる部屋へと向かった。
部屋の近くまで来ると、5人は何やら部屋の中が騒がしいことに気がついた。
部屋の中から金属を打ち鳴らすような音や、人の叫び声、ドタドタとした足音などが聞こえてくるのだ。
「まさか、叔父様が荒っぽい真似を!」
「無理やり外に出そうとして失敗したのだわ!」
「早く止めないと!」
女性たちは慌てて走り出し、エルザのいる部屋の扉を開けた。するとそこには、斧を持ったエルザと、剣を振り回しているセドリックがいるではないか。エルランディをはじめ、女性たちの顔は真っ青になってしまった。
「な、な、何をやってるんですか!」
「おやめなさい!」
「あわわわ、エルランディ様、危ないです!」
こうして女性たちが騒いでいると、セドリックとエルザは打ち合いをやめた。セドリックは剣を下ろしてエルランディたちを眺めた。
「お前ら何やっとるんじゃ?」
「何をやってるって、叔父様こそ何をしているのですか!」
「何をって見てわからんか、剣術の稽古じゃないか」
「剣術の稽古??」
エルランディはエルザの方を見ると、汗をかいて清々しい顔をしたエルザの姿があった。
エルランディは、心配そうにエルザの元へ駆け寄って声をかけた。
「エルザ……もう大丈夫なの?」
エルザは何か吹っ切れたような顔をして、エルランディを見た。
「エル姉……心配かけてごめんね……私はもう大丈夫」
「良かった……。エルザ……」
エルランディはエルザの頭を軽く撫でながら言った。
「ジョーをアルカンディアへ連れていってあげなきゃ」
エルザはしっかりとエルランディの目を見ながら頷いた。
「うん……帰ろう、アルカンディアへ」
エルザがそう言うと、エルランディはエルザを抱きしめていた。
エルランディとエルザが抱き合っているのを横目で見ながら、セラスは小声でセドリックに話かけていた。
「……叔父様……一体どのようにしてエルザを立ち直らせたのです?」
セラスにそう聞かれたセドリックは、少し挙動不審になりながら言った。
「いや、まあ、剣術の稽古をしたからかな?」
「なるほど……そんな荒療治で……それはさすがに女性の私たちでは思いつかない方法ですね……」
「いや、セラスよ、真似はするなよ?」
セドリックは複雑な気持ちのまま、エルザを見た。……エルザの枕元に立ったジョーの霊が教えたという、斧の技……これにはセドリックも少し驚いていた。
(あの、ジョーの強さの一端を垣間見たってところかのう……)
セドリックはそう思った。誰に教わることもなく、一人で身に着けた技というなら、ジョーはやはり戦闘の天才だったのだろう。これはこれで、惜しい人物を亡くしたと、セドリックは思った。
ふと、エルザは見ると、女性たちはみんなでペチャクチャ話し始めている。セドリックはしばらくじっと待っていたが、いつまで経っても話が途切れる感じがないので、痺れを切らしたセドリックは大声で言った。
「おいおい、何時までしゃべっとるんじゃ。……とにかくみんな部屋を出ろ……しゃべるなら食事を食べながらにせんか。……エルザも腹が減ってるだろうに」
そういうと、みんなハッとしたように顔を見合わせて、それから一斉に笑った。それから行きましょ?とか言いながら、ゾロゾロと部屋を出ていった。
セドリックは、少し首を傾げて、やっぱり女はよくわからん……と、ボソリとつぶやいたのだった。
「とにかく、今日にでも出発することにしよう。食事を終えたら、すぐに身支度を始めるんだ、いいな!」
セドリックがそういうと、女性たちはハーイと元気よく返事を返すのだった。
◆
エルランディが腰から下げている剣は、王家の宝でもある、魔剣・ブリザード。
この世界にも数少ない古代文明のアーティファクトで、風魔法と水魔法の2属性を持ち、氷系統の魔法攻撃が可能な珍しい魔剣である。
今回の旅では、手練ばかりとはいえ少人数での旅である。ゆえに集団戦に備えて、エルランディとセラスは魔剣を所持しているのだった。
セドリックとエルランディは、町から少し離れた森の入り口あたりへ来ていた。そこで、セドリックは、エルランディへある提案をした。
「……で、叔父様、この魔剣でジョーの体を凍らせろと?」
エルランディは、セドリックの無茶振りに驚愕していた。
「うまく魔力調整をしてやれば、やれるじゃろ、ほれ、そこの岩で練習でもしてみろ」
「そんな! 失敗したらどうするんですか!」
エルランディは泣きそうになったが、セドリックは許さなかった。
「7日も旅するのに、氷室から氷を買ってくるだけで持つわけがないわい。なんとしても、そのブリザードの出力調整を覚えてだな……お主が適宜、冷やす魔法をかける必要があるわの」
「本気ですか!」
こうして特訓は夕方頃まで続けられた。
そして、繊細な魔力制御が出来るようになったエルランディによって、ジョーの遺体を腐らせずにアルカンディアへ運ぶことが出来るようになったのである。
「いくらエル姉と私の仲だといっても、一国の王女様にこんなことまでしていただくなんて……」
これには、さすがのエルザも恐縮していた。
「いいのよ、これくらい……それに、ジョーはアルカンディアに行きたがっていたんでしょう? こんな南の果てに埋葬したら、ジョーはきっと寂しがると思うわ。……エルザ。あなたはアルカンディアでお墓を立てて、ジョーを埋葬しなさい」
エルランディはそう言って笑った。
その日の夕方。アルカンディアへ向けて移動が始まった。ジョーの遺体を抱えているため、片道6日で移動するという、なかなかのハードスケジュールである。
旅の途中で王都の騎士がゾロゾロと護衛に加わった。……これは、エルザやジョーの遺体を護衛するためではなく、もちろん、エルランディの護衛である。
本来なら、エルランディは先に王都へ帰っても良いものだが、ジョーの遺体を冷やすという、役割があるため帰ることが出来ない。
だが、それも一つの口実で、病み上がりのエルランディにとっては、こうして外に出て、エルザたち気の許せる仲間と旅することが何よりの療養になっているのだった。
「エルザ……私、あなたにお願いしたことがあったわよね? 王都に来て、わたしの護衛騎士になってくれるって言う話」
エルランディがそう言うと、エルザは頷いた。
「もちろん覚えているわ」
「ジョーの埋葬が落ち着いたら……王都へ来てくれるかしら?」
エルランディの問いかけにエルザは少し俯いて言った。
「エル姉、申し訳ないけれど、それは少し先になるかもしれないわ……」
「それはどうしてなの?」
エルザは俯きながら、横目でチラリとエルランディを見た。
「……なんだか赤ちゃんが出来たみたいなの」
その告白に、エルランディは目を見開いて、たちまち笑顔をみせた。
「本当に? エルザ! 良かったわね! 全然わからなかったわ! いつわかったの?」
エルランディにそう聞かれて、エルザは申し訳なさそうに言った。
「えーと……お腹の中に……なんとなく生命の存在を感じるのよ……」
それを聞くと、これまで笑顔だったエルランディの顔は、怪訝な顔へと変貌した。
「え……生命?……。エルザ。私も子供産んだことないから、よくわからないけど、頭が重いとか、オエッとかあったわけ?」
「そういうのは、まだなんだけどね……」
エルザがそう言うと、エルランディは少し心配そうな顔をした。
「エルザ……もしかしてジョーのこと忘れられなくて、そんなこと言ってるんじゃないでしょうね?」
「違うの……そんな感じじゃないのよ……。お腹の中がピクピクしてるっていうか……恐らく妊娠してるという、感覚があるのよ」
実際に、なんだかそんな身体的な感覚がエルザにはあるのだが、さすがに黒鳥の夢の話は伏せておいた。
「まあ、そうなのね……わかったわ。それならあなたは、元気な赤ちゃんを産んで頂戴。また、落ち着いたら、私の護衛騎士の件も考えてね」
「もちろんよエル姉……。でも、今、護衛騎士にならなかったといっても、万一エル姉の身に何かあったら、私は飛んでいくからね。メリルにもそう伝えておいて」
「ありがとう、エルザ……」
エルランディは、そうお礼を言ってから、少し心配そうな顔をエルザに向けた。
「ところで、メリルとは、仲直り出来たのかしら?」
「うん……メリルとも、セラス様とも仲直りしたわ……。お互い斬り合った中だもの、完全に昔の通りとは言えないけれど、少なくともいがみ合う関係ではないことは確かよ。もっと親密な関係になれるかは、これからのことかしら……」
「そうよね……。メリルとセラスの今後を見てあげてくれる?」
「もちろんよ、エル姉……。でもね、どれだけ言葉を尽くしてみても、たった一つの行動に勝るものはないと思うの。口だけで仲直りをしたと言ってもそれは本当の仲直りではないと思うわ……」
「ある意味許せていないってこと?」
「そうじゃないわ……これからは、お互い信頼を積み重ねていかないといけないって思うだけ」
エルザは一つ息を吸って、静かに話出した。
「だから、ジョーが王城であんな扱いを受けたのは、彼が過去に行ってきた行動の結果だと思うの。彼が心を入れ替えたと訴えた所で、信じるはずがないものね」
エルザはエルランディの顔を真っ直ぐに見た。
「ただ、彼は、私に対しては、決して口先だけのことはしなかったわ。ちゃんとメラーズを討伐し、帝国の第一王子へエル姉の仕返しをして、タミル族を救出し……そして、私の、ヤタガラスの証を取り除くことまでやったのよ」
エルザはジョーのことを考えると、今でも悲しくなるようだった。
「だから、誰がなんと言おうと、私にとってはいい人だったのよ……」
エルザはそういうと、ホロリと涙を流した。
エルランディは、エルザのそっと寄り添って、背中を摩った。
「エルザ……あなたはあなたなりに、誰に対しても誠実に付き合っていたのね……」
エルザはそう言うと、エルランディの胸に顔を埋めていた。
◆
ジョーの遺体とともに、エルザがアルカンディアのに着すると、すでにエルザの両親が墓地で待っていた。
そして、すでに準備されていた墓穴へと、慌ただしくジョーを埋葬していく。そして、これも事前に準備されていた女神教の牧師が祝詞を唱え、身内だけのささやかな、ジョーのお葬式を終えた。
「見て、ここがアルカンディアよジョー。安らかに眠ってね……」
エルザは涙を流しながら、そう祈った。だが内心、夢の中でジョーが言った言葉が気にかかっていた。
「また会えるさ……夢の中ではなく、現実でな……きっとだ。会えば俺だと、きっとわかる」
夢の中のジョーは、はっきりとそう言った。また会えるかもしれないというジョーの言葉は本当なのだろうか。もし、魂の生まれ変わりというものがあるのなら、お腹の中の男の子が、ジョーの生まれ変わりなのかもしれないと、エルザは思うのだった。
お葬式が終わると、エルランディは連れ去られるように王都へ向かう馬車へ乗せられていた。
「実は、帝国から第二王子が来るらしいのよ」
そういうと、エルランディは照れ臭そうに笑った。
「そんな大切な用事があったのに、私たちに付き合ってくれていたの?」
「あなたのことがとても大切だったからよ、エルザ。だから優先したかったの……それにあなたとジョーは、国を救った英雄じゃないの。何が問題だっていうの? そんな奴がいたら、ぶっとばしてやるわよ」
エルランディはそう言って笑い、それから真面目な顔をして言った。
「エルザ……褒賞の件が、まだ何も出来ていないけれど、国からは、あなたとジョーが安心して暮らせる土地をあげようと思っているの」
エルザは何のことかわからず、キョトンとした顔をしていた。
「つまりね、あなたに男爵位を授けて、アルカンディにある3つの村を治めてもらおうと思っているのよ」
それを聞いて、エルザは椅子から転げ落ちそうになるくらい驚いていた。
「私が? そんなの無理よ!」
エルザがそう言うだろうことは予測済だったのか、エルランディは笑って手を振って言った。
「ちゃんと領地経営出来る人を派遣するから大丈夫よ。心配しないで。まあ、他にも色々伝えたいことはあるけど、あなたはしばらく、子供を育てながらのんびりするといいわ。そして、落ち着いたら王都へ来るのよ?」
「わかったわ。エル姉……元気でね」
エルザとエルランディは最後に抱擁をした。そして、エルランディは馬車に乗って、アルカンディアを去っていったのだった。
エルザはそのまま実家に帰って、しばらくの間両親とともに過ごした。
そのうち、エルランディが言ったような、頭が重かったり、吐き気に襲われたりしながら、妊娠したことを体で実感した。
エルザにとって、妊娠中の数か月はとても大変なものだった。お腹の中の男の子は、エルザの腹を蹴って暴れまわっているようだった。悪阻もひどくて、随分と大変な思いをしながら妊娠期間を送っていたが、それから約10か月ほど経ったある日。
エルザは男の子を出産する。
その男の子の名前は、ジョーデンセンと名付けられた。




