第79話 愛と別れ
エルザは高熱で頭がフラフラする中、ジョーが必死で声を掛けてくれているのを耳にしていた。
何を言っているのか、エルザの頭に入ってこなかったが、ジョーがエルザのことを想って励ましてくれていることだけは感じ取れた。
無防備に体を預けることのできる安心感。そして、大きな背中で揺られながら運ばれていく心地よさを感じていた。
そのうち、意識は朦朧としてきて、視界はグルグルと回り出す。ここは現実なのか、何なのか。わからないまま眠りに落ちていくのだった。
気が付くと、エルザは白い霧に包まれた、岩場のようなゴツゴツとした場所で一人立っていた。空は嵐の前のように真っ暗で、地面には草木1つ生えてはいなかった。
そして、正面の岩場には、足が3本ある黒い鳥が一羽とまっている。その黒い鳥は1mほどもある大きな鳥で、まるでフクロウのような大きな瞳でエルザを見ていた。
エルザがその黒い鳥のことをマジマジと見つめていると、不意にその口が開いて声を出した。
「エルザよ……よくぞ倒してくれた……礼を言うぞ」
エルザは驚いて目を大きく見開いた。
「あなた、話せるの?」
驚きすぎて、すぐには声が出なかったが、なんとか言葉を口に出すことが出来た。
「礼を言われるってことは……カミオは死んだの?」
エルザがそう聞くと、黒い鳥は目をつぶって、頷くような仕草を取った。
「そうだ……濁流に飲まれたまま……落ちて来た大きな岩に圧殺されたのだ……その重みで、核も破壊された」
エルザは、カミルとあの魔獣が、馬鹿みたいに大魔法を撃ちまくったことを思い出していた。
「そうなのね……きっと、オリバー様の執念が、あの濁流を生んだのだと思うわ……」
エルザは、オリバーの、物腰柔らかな姿を思い出していた。
「過程はともあれ、結果としてすべての球が壊されたことを喜ぶべきなのかしら?……それがオリバー様の理想だったことだし」
「そうだ……あれが大きな災害をもたらす前に破壊できたことは、とても喜ばしいことだ」
エルザがそうつぶやくと、黒い鳥はコクコクと頷いた。
「あの、丸い球はあなたが作ったの?」
「それは、私ではない」
「でも、黒い鳥の紋章が刻まれていたわ。あなたではないの?」
「国の紋章が黒い鳥だっただけだ。……昔、天才と呼ばれた魔術師が作り上げた兵器の1つだったが、それによって当時の国家は滅んでしまったのだ……あその、最後の1セットが今回、ようやく消滅したというわけだ」
「あなたは一体、何者なの?」
「……災厄の作り出した者の、後悔の残滓とでも言っておこうか」
「神様なの?」
エルザのその問いに、黒い鳥は答えなかった。
「……お前には礼をしなければなるまい」
「御礼? 御礼をしてくれるの?」
「ああそうだ……お前の子供に祝福を授けよう」
「子供? 私には子供なんて、まだいないのだけど」
「お前の腹の中には新しい命が宿っておる……それは男の子だ」
「それって本当なの?」
「もちろんだ……」
そういうと、黒い鳥は霧のように消えていく。
「あっ、待って!」
エルザは叫んだのだが、黒い鳥はどんどん遠ざかっていく。
「時間だ、エルザ……また、会おう……」
そういうと、黒い鳥も周りの岩場も、すべてが霧でかき消されでしまった。そして、エルザはその真っ白な世界の中でフワフワと浮いたような感覚に包まれていった。
◆
白い霧が晴れるように視界が広がって、瞼が自然と開いた時、初めて見たものは、エルランディの顔だった。エルランディは、エルザを覗き込むようにマジマジと見ていた。
「エルザ! 大丈夫!」
懐かしいエルランディの声。エルザはこの人のために、これまで命がけで戦ってきたのだ。
「エル姉……あなた、毒はもう大丈夫なの……?」
エルザが弱々しく聞くと、エルランディはニコリと笑って言った。
「あなたこそ大丈夫なの? エルザ。 本当に無茶ばっかりするんだから」
エルザはそれにこたえるように、かすかに笑った。
「でも、どうしてここへ? ここって、ブラストでしょう?」
エルザが驚いて聞くと、エルランディは笑って言った。
「私、目覚めた時に、あなたが城から出て行ったって聞いて、このままではいけないと思ったのよ。あなたに会わなきゃってね。……そして、セラスから色々話を聞いて、私なりに考えたのよ。エルザならどこに行くかしら?ってね」
それを聞いて、エルザは笑った。
「それで、ブラストの町に来たの? すごく勘がいいのね?」
エルザがそう言うと、エルランディは笑った。
「ホントのことを言うと、方々に人を送ってあなたを探したのだけどね……でも、私はあなたならきっとここに来ると思ったわ。それで、リリスを向かわせたのよ。でもね、あなたったら、見つけたと思ったらもうどこかへ出かけてしまって……次に見つけた時は死にかけてるっていうじゃない。 私、本当に驚いたわ。でも、今は、こうやって話すことが出来て本当に良かったと思うわ」
エルランディの明るい語り口を聞いて、エルザは思わず笑顔がこぼれていた。
「エル姉ったら、相変わらずね」
エルザがそう言うと、エルランディもつられて笑顔になった。
「エル姉が、私を助けてくれたのね……私が眠っていた間のことで、エル姉が知っていることがあったら教えてくれる?」
それに対して、エルランディは頷く。
「実は私、ブラストであなたが襲われないか心配だったの。災厄の球は、色々な人が狙っているからね。そしたら、案の定、恐ろしい魔獣使いに殺されかけたっていうじゃない。私、びっくりしたわ」
「でも、一応、ヤタガラスの証を取り除くことは出来たのよ」
「うん、それは良かったのだけど……あなた、例の魔獣使いに襲われた時、随分と雨で濡れたし体が冷えたでしょう? それで高熱を出して倒れたのよ。ジョーの話では、薬もないし、食料も体を拭く布切れすらなかったから、途方に暮れたって言ってたわ」
「じゃあ、ジョーとはもう話したのね?」
「ええ、色々聞かせてもらったわ」
「彼は、怪我などしてないかしら?」
「大丈夫だと思うわ。今、別の部屋で眠ってる。……あなたの看病だって随分としていたのよ。後で元気な姿を見せてあげて……きっと喜ぶと思うわ」
エルランディはそう言うと、エルザに笑顔を見せた。
「でも、そんな状態なのに、私、よく助かったわね」
エルザがそう言うと、エルランディはニヤリと笑って話し始めた。
「ここからが、面白い所なのよ。しっかり聞きなさい、エルザ。……ジョーはあなたを背負って洞窟に上がって来た時、そこで7匹のサラマンダーに襲われている5人組のパーティと遭遇したらしいのよ」
「えっ! それは災難じゃない!」
エルザの反応にエルランディはニヤリとした。
「そう思うでしょ? ジョーはね、そのサラマンダーに飛びかかると、またたく間に7匹のサラマンダーを退治したのよ」
「へえ……!」
「その、助けた御礼にね、そのパーティの人たちに、あなたのために焚火を焚いてもらって、薬草を傷口に貼ったりしながら応急処置をしてもらったって言うのよ」
「まあ……」
それを聞いて、エルザは笑いだしていた。
「ふふふ、彼らしいわね」
「優しい人ね。……それでね、ジョーは道がわからないから、さっき倒したサラマンダーの素材と引き換えに、彼らに道案内をお願いしたってわけ」
「そんなことってあるのね……偶然だけど、その人たちと会わなかったら、私、結構危なかったんじゃない?」
「危なかったじゃないわよ。……私、あなたが右目を切られたっていうから、王都からエイミーと医師を連れて来ていたから良かったものの、この町の医者じゃ、あの状態のあなたを治療できる医者なんていなかったと思うわよ」
エルランディの話を聞いて、エルザの胸の中は暖かい気持ちでいっぱいになった。
「今度はエル姉が、私を救ってくれたのね……」
「医師を連れてきたのはたまたまよ。あなたの右目のことを聞いたから……やっぱり右目は無理だったけど、瀕死のあなたを救うことは出来たから良かったわ。もし、医者を連れて来てなかったらって思うと……本当にゾッとするわ」
「そんなに酷かったんだ……」
「ええ……もう最初に見た時は、本当に驚いたんだから……」
エルランディはそう言うと、急に顔をクシャクシャにしてうわーんと泣き始めた。
「ちょっと、エル姉!」
エルザが慌てて、エルランディの背中をさすってると、エルランディはエルザに抱き着いてきた。
「あなた、私を助けるために、本当に何度も死にかけたって聞いたわ。橋から落ちたり、天上の樹から落ちたり……骨もたくさん折ったし、首から血を吹いたことだってあったんだよね? どうして?どうして私のためにそこまでしてくれたの? エルザ! あなた死ぬとこだったのよ?」
「当たり前じゃない。私たちは、剣の姉妹でしょ? 私はエル姉だから命をかけたのよ? 私にとってエル姉は、大切な家族なの……外では色々立場は違うけれど……私にとっては大切な家族なのよ」
そう言って、エルザは笑った。
「ありがとう……ありがとうエルザ! 私、嬉しかったわ! 私のために駆け付けてくれて! 私、あなたに会って、ありがとうって言いたかったの! エルザ! 元気になってくれて嬉しいわ! もしこのままあなたが死のうものななら、私はずっと後悔したと思うわ」
「大袈裟ね、エル姉ったら……」
そう言って、エルザとエルランディは、2人泣きながら抱き合ったのだった。
そこへ、ドタドタと慌てたような足音が聞こえてきたかと思うと、部屋の扉が開いてアルマが入ってきた。
「エルランディ様……あ、エルザ! 気が付いたのね!」
「アルマ! あなたも来てくれたの?」
「ええ、そうよ。そうなんだけど、挨拶は後にしましょう! ジョーが……ジョーが大変なの!」
「ええっ! ジョーが!」
エルザは真っ青になってしまった。
「ねえ!教えて、アルマ! ジョーに一体何があったの?」
それを聞いて、アルマは顔を暗くした。
「それがね、よくわからないのよ……ついさっきまで元気だったのよ? あなたの看病もしていたこともあったし、私たちとも、いろんな話をしてくれたわ……。それがついさっき……急に胸が苦しいと言い出したの……。それでみんなビックリして彼をベッドへ連れていって、今お医者さんに診てもらっているところよ」
エルザはそれを聞いて、ベッドから立ち上がろうとした。
「ダメよエルザ。あなたまだ、治ってないんだから」
「いいえ、いいえ! 行かなければ! あの人が危ないなんて! ああ、神様! 一体どうしたら!」
エルザは立ち眩みのようにフラッとしたが、エルランディが脇に肩を入れてエルザを支えた。そして
エルランディはアルマへ言った。
「ジョーの所へ案内して頂戴。私が肩を貸して連れていくわ」
「わかりました、こちらです!」
アルマの先導で、エルザがエルランディに肩を借りて、ジョーが眠る部屋へと向かった。
◆
部屋に入ると、中にはエイミーとセラス、メリル、そしてセドリックがいた。そして、ジョーはベッドの上でぐったりとしたまま……意識はもうなかった。
エルザはみんなの方を向くことなく、ジョーの方へフラフラと進みながら言った。
「みんな、挨拶もなしでごめんなさい!」
エルザはそう言うと、倒れ込むように、ジョーが眠るベッドのそばへ駆け寄った。
「ジョー!」
エルザはジョーの右手を両手で握りしめて、摩ったり、揺さぶったりしてみたが、体は脱力したようになっていて、もはや何の反応もなかった。
「ジョー! 返事してよ、ジョー!」
エルザは涙をこらえることが出来なかった。
エルザのその、大きな瞳から、こぼれるように涙があふれ出してきた。そして、堰を切ったように、ウワッと泣き始めたのだった。
「ジョー! しっかりして頂戴! あなた言ったじゃない…… ずっと私のそばにいるって言ったじゃない! どうして先に行っちゃうのよ! ジョー……お願い……目を覚ましなさいよぉ……ジョー!」
そう言うと、エルザはジョーの眠る布団に突っ伏して、大泣きしはじめた。
部屋にいた誰もが口を開くことはなく、静寂に包まれた部屋の中で、ただ、エルザの泣き声だけが響き渡った。そして、その泣き声は、いつまでも止むことはないように思われた。
その日、ジョーは22歳という若さで生涯を終えた。




