第73話 目覚め
セラスたちがエルランディの部屋へ入ると、エルランディは、少しボーッとした顔つきでセラス達を見た。
エルランディは、慌てた様子で駆け込んで来た3人の様子を見て、力無げに微笑んで見せた。
「私、随分と眠っていたみたいね……」
そう微笑むエルランディに、セラスは、これまで起きた様々な出来事を思い起こさせたのか、万感込み上げて来て両手に顔を伏せてしまった。
そして、両手の隙間からもれ聞こえる嗚咽と、両手から溢れる涙の雫を見ると、エルランディは胸に熱いものが込み上げてくるのを感じていた。
エルランディは、ベッドから身を起こして布団から出ると、ベッドの端に腰を掛けて、セドリックの方へと向き直った。
「叔父様……。私が眠っている間に、色々なことがあったみたいね」
セドリックは、優し気な表情をエルランディに向けた。
「ああ……色々あったさ……。特にこのセラスにはな……ま、とにかく目を覚ましてくれて良かったよ」
エルランディはベッドから立ち上がって、ゆっくりとセラスのそばへ行き、背をさすりながら言った。
「セラス、どうやら私のために、色々と骨を折ってくれたようですね。……ありがとう。そして、私が眠っている間に、一体何が起こったのか……良かったら、あなたの言葉で聞かせてくれないかしら?」
するとセラスは泣き腫らした顔を上げて、エルランディを見た。
「はい……。今回のご報告は、他の誰でもなく、私の口からお伝えしたいと思っておりました」
セラスのその言葉に、エルランディは頷いた。
「それでは聞かせて頂戴。……私が眠っている間に何があったのか……今、あなたがどんな問題を抱えているのかを」
エルランディの言葉を聞いて、セラスはこれまでの経緯を包み隠さず話し出した。メラーズたちがエルランディを毒殺しようとしたところから、ジョーとエルザが城を飛び出すまでのことを……。
セラスの話を聞きながらエルランディは、思わず涙を流していた。
「私のために多くの人が動いてくれて、多くの命を失った……それに対して、王家として報いなければならないですね」
エルランディはエドガーとセドリックの方を向いた。
「エドガー様、叔父様……一度、皆さんを集めてもらえますか? まずは亡くなった騎士の家族たちなど、我らが臣下を労わねばなりません」
それを聞いて、エドガーとセドリックは頷いていた。
「それに、彼らの興奮を収めなければ、エルザやジョーを受け入れる余裕など生まれないものね」
エルランディはセラスの肩に手を置いて言った。
「休む暇もなくて申し訳ないけれど、セラス……もう一働きして頂戴」
セラスはエルランディの顔を見つめた。
「もちろんです……しかし、私は一体何を?」
すると、エルランディはニッコリと笑った。
「エルザを探すのです。今回のことはどういう結末を辿ろうとも、私はエルザとジョーに合わなければなりません。私は彼らと会って話をしたいのです」
そしてエルランディは、壁に架けられている大きな地図のある地点を指で示した。
「エルザは多分、ここに向かっているわ。王国の南方……ブラスト」
それを聞いて、セラスは目を丸くしていた。
「ブラストですか!」
エルランディは横目でセラスを見てから、大きく頷いていた。
「今の2人は逃亡の身……そんな状況で故郷のアルカンディアへ帰るとは思えないわ。それにエルザは必ず、ヤタガルの証を取り去る方法を探すはず。これは私の勘だけど、エルザならブラストに向かうと思うの」
エルランディはセラスの目をじっと見つめた。
「もし、私の予想が外れても別にいいのよ。……ただ、もし、エルザがヤタガルの証を取り去るためにブラストに行っていたなら、妨害する者や横取りを狙う者とか……よくわからないけど……エルザが真相に近づくにつれて、危険が増すような気がするのよ」
セラスは頷きながら、話を聞いていた。
「では、エルザを良く知る者に声をかけて、探すよう手配致します」
「ええ。お願いねセラス。……エルザが見つかるまで、私は騎士たちを慰労をして、わだかまりを解くことに専念しましょう」
エルランディがそう言うと、セラスの顔に元気が戻って来た。
「わかりました。それでは功績者やその遺族たちの招集と、ブラストでのエルザ捜索の手配致します」
セラスは力強くそう言って、エルランディに一礼をした。
「それでは叔父様……」
「ああ、わかってる。その後のことはワシらに任せておけ」
セドリックがそう言うと、セラスは部屋から飛び出していった。
セラスが部屋から出ていくと、セドリックはエルランディの方を向いてため息を吐いた。
「セラスはこの作戦の大将なのだから、本来ならば両手を上げて称賛されてもいい功績なのだがな……。ま、あとはワシらでフォローするしかあるまい。エルランディ様、少し力を貸してくだされ」
「ええ、もちろんよ。みんな、私のために戦ってくれたんだもの。私の胸の中には、みんなへの愛しさで溢れているわ。もちろん、エルザやジョーにもね」
セドリックはその言葉を聞いて、小さく微笑んだのだった。
◆
その日の晩。
悪夢の中で、子供姿に戻っているジョーは泣き叫んでいた。
幼い頃に経験した、盗賊によるウズ村襲撃……。
その光景は、ウズ村唯一の生き残りのジョーにとって、何よりも辛いものなのだった。
「うううっ! なぜだ! なぜこの夢を見せる!」
夢の中のジョーは、子供の姿のままもだえ苦しんでいた。
夢の中とはいえ、親しい人が殺されていくのを目の当たりにしているというのに、何も出来ない無力感……。
ジョーには、己が切り裂かれるよりもっと辛い、やるせない思いでいっぱいなのだった。
「もうやめてくれ! 俺の、俺の命を奪ってくれ! 俺はもう、これ以上、この惨劇を見ていられない!」
子供姿のジョーはそう叫んで、涙を流した。
すると、亡者たちはジョーの方を見た。
そして、ゆっくりと、ジョーの元へと集まっていく。何体もの亡者が幾重にもジョーを取り囲み、そして、ジョーの身体を掴んでいく。
そして、一番前にいた鎧を着た骸骨が、ジョーの首筋に先の尖った指先を突きつけて言った。
「終わりだジョー」
そう言って、亡者たちがジョーの肉を掴み、それを引き裂こうとした時、突然、七色に輝く虹のような光が、目の前に広がっていった。
「うわっ! なんだこの光は!」
亡者たちは、その明るさに耐え切れず、光に背を向け、両手で顔を隠した。
しかし、その光は段々と輝きを増し、虹色はグルグルと混ざりあって白となり、丸い円の形を取って周りを照らし出したのである。
「うがあああっ!」
「やめてくれ!」
「き、消える……」
亡者たちは、口々に叫びながら、ジョーのそばから離れだす。闇が遠ざかり、光はますます輝きはじめ、ジョーの周りを明るく照らしていった。
「うわ……」
「か、体が……」
「消えてゆく……」
亡者たちは絶望の形相で、その光から逃れようとしているが、もはや逃げる余地などどこにもなかった。ジョーの周りには光があふれ、ポカポカと暖かなぬくもりだけがジョーを包んでいった。
「なんだこの安らぎは……そしてこの温もり……」
ジョーはこれまで感じていた身体の緊張が解け、脱力していくのを感じていた。
そして、子供の体のジョーは、その丸い光の中へ、吸い込まれるように突き進んでいく。
「なんだか瞼が重い……だが、嫌な感じではないな……俺は……そこへ迎えばいいのか……」
ジョーは目を閉じて、右手を伸ばした。すると、ジョーは何やら暖かいものに飲み込まれ、そして安心感のような穏やかな、さざ波のようなものに包まれていくのだった。
そして、その波に誘われ、ジョーは丸い光の中へと飛び込んでいく。
その瞬間、ジョーの眼前は真っ白な光で一杯となって、身体の中まで光で満たされていったのだった。
◆
ジョーが目を覚ますと、ジョーは真っ暗な中で、毛布にくるまって横たわっていた。
そして、身体の左半身に柔らかな温もりを感じて、毛布の中を覗いてみると、そこには赤い髪をした女の頭と白い肌が見えたのである。
(エ、エルザ?)
2人とも一糸纏わぬ姿である。ジョーは動揺し、赤面した。エルザはジョーの胸に頭を乗せて、スウスウと眠っていた。
いくら鈍いジョーでも、昨晩何があったか想像はつく。
(つまり、俺とエルザは……)
ジョーはエルザの柔らかい体の丸みを感じながら、優しげな視線をその美しい顔へ落とした。
「エルザ……また、お前が俺を救ってくれたんだな」
ジョーは、なんだか晴れ晴れとした気分で目覚めていた。心の傷が全部塞がったかのような、そんな満ち足りた充実感があった。あれほど苦しめられた悪魔の呪縛から、すっかり解放された気するのだ。
ジョーは恐る恐る、エルザの髪に触れた。艶のある美しい髪だ。ジョーは一房の毛束を指先でつまんで、しばらくそれを眺めていた。
「ジョー。起きたの?」
急に声をかけられて、ジョーはどぎまぎしてしまう。
「ああ、今しがたな……」
エルザは身体を回して、上目遣いにジョーを見ると、ジョーはその瞳に心が射られたようにドキリとした。
「酷くうなされていたけど、大丈夫なの?」
そう言われて、ジョーは優し気な微笑みをエルザへ向けた。
「ああ。俺はもう大丈夫だ」
ジョーがそう言い切ると、エルザはニッコリと微笑んだ。ジョーは、エルザの髪に触れた。
「……夢の中で、俺は心が打ち砕かれそうになっていた。あの、悪魔教男爵の暗示か何かが、心に楔のようなものを打ち付けていたのだろう」
ジョーは髪に触れていた手を、エルザの右頬へと滑らせ、優しく触れた。
「だか、突如、白い光に包まれて、俺は救い出された。それが何なのか、俺はわかっている」
ジョーはジッとエルザを見た。
「お前と結ばれたことで、俺の心の楔が外れたのだろう……」
エルザは黙って話を聞いていた。
「エルザ。俺はお前を愛している」
「愛しているって、どういうこと?」
「俺は馬鹿だからうまく言えないが、どんなことよりも、お前のことを大切にしたいと思っている」
「じゃあ、そんな大切な私がもし壊れそうになったら、あなたは私のことを守ってくれるわけ?」
「ああ。この先何が起きようとも、俺はお前を守ると誓おう」
エルザはジョーの胸に顔を埋めながら、上目遣いにジョーを見た。
「こんな片目の女だけど、いいのかしら?」
するとジョーは大真面目な顔をして言った。
「何を言う。それは、お前が俺を守ろうとして負った傷じゃないか。愛おしさを感じこそすれ、嫌いになどなるはずがないだろう」
エルザは再び、ジョーの胸に顔を伏せた。
「ジョー。守ってよ。本当の私は、見た目よりずっと弱いのよ」
そう呟くエルザの頬へ、ジョーが無骨な手の平を添えると、エルザは顔を上げてジョーをジッと見た。
「ああ、任せてくれ。俺がお前を守ってやる」
その言葉を聞くと、エルザは再びジョーの胸に顔を埋めて、ふふふと笑った。
「それって、あなたが言うと世界で一番、頼もしく聞こえるわ」
エルザはそう言うと、身体を起こしてジョーへと抱きついていた。ジョーも、思わずエルザをそっと抱きしめた。
「見て、ジョー」
エルザの言葉に、ジョーは洞窟の入り口へ目を向けた。そこには、オレンジ色の朝日が差し込んできているのだった。
エルザとジョーは思わず立ち上がって、裸足のまま、洞窟の入り口へと寄り添いながら歩いて行った。
そして、暗い洞窟からオレンジ色に輝く外へと、2人で足を踏み出したのだった。そして、2人で輝く朝日を眺めながら、エルザはジョーの腕を握りしめた。
「ジョー。もう一度口づけをしてちょうだい」
すると、昨日のことをあまり覚えていないジョーは、ドギマギしたが、ぎこちなく、エルザの唇へ、己の唇をそっと触れさせた。
エルザはそれが不満だったのか、ジョーの首筋をグッと掴むと、強く顔を抱き寄せた。そして、強く、ジョーの唇を吸ったのである。
ジョーは驚いて目を丸くしたのだったが、やがて彼自身も目を閉じて、エルザの背中に腕を回したのだった。朝日はそんな2人を、暖かくオレンジ色に照らし続けたのだった。




