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女剣士エルザが行く王女救出の旅  作者: あんことからし
6.エルザとジョーの旅
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第72話 旅立ち


王国には、早馬という通信手段がある。


それは、足の早い南部産の馬を使い、通常3日〜5日かかる手紙の配達をわずか1日で届けるという、速達郵便のことである。


エルザが城を去った直後、セラスはセドリックへと早馬を走らせ、届いた手紙を読んだセドリックは、すぐさま王都へと向かっていた。


そして、早馬には及ばぬものの、セドリックはわずか2日という短時間で王城へと到着し、門番へセラスを呼び出すよう大声をあげていた。


セドリック到着を聞いて、セラスは思わず部屋を飛び出し、城の入り口まで走って行った。


「叔父様!」


セラスが城の入口まで駆けてくるのを見て、セドリックは大きなため息を吐いた。


「いい加減にしろよセラス。ワシを何歳だと思っとるんじゃ」


するとセラスは心底申し訳無さそうな顔をして項垂れた。


「申し訳ございません……。今回ばかりはもう、何をどうしてよいやらわからず……」


普段は自信に満ち溢れているセラスが、項垂れて小さくなっているのを見ると、セドリックはそれ以上何も言えなかった。


「……とりあえず、どこかに座らせてくれ。休憩もなしに大慌てで来たから、さすがにワシも疲れたぞ」


セドリックがそう言うと、セラスは申し訳なさそう頭を下げた。


そこへ、エドガーがやってきて、セドリックに声をかけた。


「セドリック、このたびは本当にすまなかった」


バクスター家の当主・エドガーは、セドリックに頭を下げた。セドリックは手を振ってそれを遮る。


「いやいや、ワシの弟子がからんだことではあるし、色々と心配なこともあるからな……それで、今の状況を説明してくれんか?」


「立ち話で済む話でもないから、応接室へ移動しようか」


そう言うとエドガーは、先に立って応接へと向かった。その背中をセドリック、セラスが続く。


3人が応接室に入ってソファへ腰を下ろすと、すぐに紅茶が入れられた。


「こういう飲み方は少し邪道だが……」


セドリックは、一杯目の紅茶へ砂糖をドバドバと多めに入れて飲み、二杯目はストレートで入れてもらった。遠距離を走って来て、甘いものを摂りたかったのだろう。セドリックはストレートの紅茶の香りを楽しみながら一心地つくと、セラスの方へ顔を向けた。


「……それで、メラーズの屋敷で別れてからのことを、詳しく聞かせてくれんか?」


セラスは頷いて、口を開いた。


「およその内容は手紙に書いた通りですが、それらに補足しながら説明します」


セラスはそういうと、要点をまとめて、今回のジョーとエルザに絡んだ話を簡潔に説明した。


話を聞き終えて……セドリックは頭に手を当てていた。


「……まったく何年、騎士をやっとるんじゃ」


「はあ……しかし」


「しかしもヘチマもあるか。この場合、確かにお前は部下の遺族の側に立たねばならん。そして、エルザやジョーを糾弾せねば、皆は納得せんだろう」


「はい……全くその通りで。そこが私の苦しいところだったのです」


「だからな、そんなもの、あらかじめエルザと口裏合わせをしておけば良いではないか。……セラスが遺族の側に立ってだな、ジョーやエルザに恩賞を与えようとする国側と対立しながら、遺族のメンツを立てつつ彼らの利益となるような形で国から譲歩を引き出してやれば、話は丸くおさまるだろうが」


「あっ」


セラスは驚いて、背筋を伸ばした。


「あっ、じゃないわい。……それに、メラーズ男爵家を叩きのめしたエルザとジョーは、ある意味死んだ騎士たちの敵討ちをしたとも取れるじゃろう。……見方を変えれば色々と言いようはあるんじゃ。……とにかく話が拗れてしまった以上、どうしようもない。これからどうするか考えんとな」


セドリックがそういうと、セラスは背中を丸めて、シュンとした。


「エルザは、命の恩人であるジョーが殺されると思ったのだろう。しかも、自分が王都に連れてきたことが原因でな。メラーズ襲撃に協力させた挙句、罪人として処分したとあっては、エルザとしてはジョーに顔向けできないと考えたに違いなかろう」


それを聞いて、セラスは黙り込んでいた。


「私はエルザの信頼を完全に失ってしまった……エルザには、本当に申し訳ないことを……」


セラスはうつむいて、膝の上に置いた拳を握りしめていた。


「まあ、今更言っても仕方がない。とりあえず、遺族たちを説得せねばならんな。後で、大広間にでも集めてくれんか。ワシからも話をしてみよう」


「はい……よろしくお願いします……」


セラスは頭を下げた。


「まあ、そう落ち込むな。エルザに今度会ったら、ワシからも言っておこう。あの子が黙っていたのも悪いんだ。それに、お前だって、殺されかけた相手が目の前にいたら、正気ではいられんかったろうからな」


「察していただき、ありがとうございます……」


セラスは項垂れたまま、そう言った。その瞳には涙が光っているように見えた。


「それで、メリルはどうしているのだ?」


「今は、別室で治療しておりますが、今はおとなしくしております」


「エルザに斬られた腕はどうなったのだ?」


そう聞かれたセラスは、小さく首を振った。


「治癒魔法を使ったのですが、うまく接合できませんでした」


セドリックは小さく唸った。


「惜しい剣士なんだがな……隻腕で護衛は難しいか。……いいかセラス。秘密通路にメリルが入ったことは誰にも言うなよ。それがバレたらメリルは死刑になる。……これは一部の人間しか知らぬ、まさに秘密通路だからな」


セラスは青白い顔をして、セドリックを見ていた。


「はい……もちろんです。メリルにも口止めをしております」


「うむ、それでいい」


その時、扉がコンコンとノックされた。


「入ってくれ」


エドガーがそう言うと、執事が扉を開けて入ってきて、セドリックやエドガーへ告げた。


「ご報告がございます。エルランディ様がお目覚めになられました」


この報告に、3人はソファから立ち上がった。


「なんだって!」


3人はしばらく固まっていたが、顔を合わせて頷いた。


「すぐに、エルランディ様のお部屋へ向かおう」


そう言うと、3人は慌ただしく部屋を飛び出して行った。





エルザとジョーは、粗末な幌馬車で草原地帯を走っていた。


特に行く宛もなかったが、とりあえず南の果てにある町、ブラストへ向かうことにしたのである。


エルザはその町に住むオリバーという魔術師から、ヤタガルの証を取り除く手がかりを得たいと考えていた。


これまで手に入れた情報では、ヤタガルの証とは、強大な力を身につける魔法のアイテムのように語られることが多い。しかし、エルザには、その力を行使した者が幸せな人生を送れたとはとても思えなかった。


「過分な力は身を滅ぼす」と、エルザは考えたのである。


そして、ブラストに向かうエルザたちの馬車を追ってくるような者の姿は見えなかった。とりあえずは、セラスが言った、追手をださないという約束は守られたようである。


エルザは右目の包帯が隠れるように髪型を変えて、馬車に揺られていた。城を出るとすぐに、街の治癒魔法使いに治療してもらったのだが、エルザの視力が回復することはなかった。


そのことをジョーはひどく気に病んで、ひたすらエルザに謝り続けたが、エルザはこれ以上謝ることを許さなかった。


「もうやめてジョー。仕方がなかったのよ。……あんまりしつこく謝ったら怒るからね。その話はこれっきりにしましょう」


「でも、それではエルザに顔向けできない」


「じゃあ、あなたが私の右目になってよ、ジョー。早く元気になって、私を守って。それから、あなたが元気になったら、剣の相手もして欲しいのよ。まだ、片目で剣を振る感覚がつかみ切れていないから」


ジョーはエルザをじっと見た。エルザの言葉を聞いて、ジョーは少し、胸に熱く燃えるようなものを感じていた。


「ああ、わかった。元通りに動けるように、俺も頑張ってみよう」


エルザは、ちょっと前向きになりかけているジョーを見て、微笑みを浮かべていた。





その日の晩、エルザたちは、山の中で見つけた洞穴で眠ることにした。


王都からしばらく離れるまでは、足が付かないよう野宿で移動するつもりである。


馬車で寝ても良かったのだが、たまたま丁度良い洞穴が見つかったので、二人はそこで眠ることにしたのだ。


エルザは、街で買い込んできた食料で、簡単な調理を始めた。そして、買ってきたワインをグラスに注いで2人で飲むことにした。


「……エルザは、こういったワインなどを良く飲むのか?」


「ううん、普段は飲まないけど……お城では色々腹の立つことばかりだったから、少し飲みたい気分なのよ」


ジョーはそれを聞いて少し笑った。そして、焚火の灯りでワインを透かして見たりした後、ワインを口に入れた。


「結構、濃いものなのだな」


エルザも首を縦に振りながら、ワインを飲み下していた。


「ほんと。私の先生も良くお酒を飲んでいたわ。でも、そんなに美味しいものでもないわね?」


「ははは、俺は酒に詳しくはないが、酒の種類によって味もアルコールの強さも違うみたいだ。酒ならなんでもいいやつもいるし、特定の酒しか飲まないやつもいる。要はリラックスが出来れば、なんだっていいさ」


「そうよね……じゃ、今晩はゆっくり眠れるかしら? 最近、気が張り詰めることばっかりだったから」


「ああ。きっと眠れるさ。きっと疲れが溜まっているんだろう。早く休むといい」


「うん……そうするわ」


ジョーは思った。そうは言ったものの、逆に自分が眠れるかどうかわからなかった。随分とマシになったとはいえ、まだ、あの悪夢は毎晩続いている。しかも、今日はエルザが近くで眠っているのである。


(眠っている間、変なことを叫んだりしないといいのだが……)


ジョーは、そのことも気になって、余計に眠れなかった。


(それならむしろ、眠らず朝まで起きていようか?)


そうも考えてみた。だが、エルザは体を休めるように言った。不眠は体に良くないし、体の不調は精神にも影響を及ぼすから、と。


その晩、エルザとジョーは、洞穴の奥に毛布を敷いて寝た。エルザが一番奥で寝て、ジョーは少し離れて入り口側で寝た。


ジョーは、少々ワインを飲んだせいもあるが、しばらくすると眠りに落ちていた。


その日のジョーは、心穏やかだった。もしかしたら、今日はゆっくり眠れるかもしれない。そう思いながら眠りについた。





だが、その日もまた、ジョーは悪夢の中にいた。……ジョーが殺した騎士の遺族が、夢の中に現れて来たのである。


夢の中で、ジョーは控室の椅子に、ロープで縛り上げられていた。


そして、その周りに騎士の遺族とともに、骸骨と化した騎士が亡霊となって付き添っているのだ。


「良くも私の息子を殺したなジョー!」

「一体、何人殺したんだ!」

「返事をしろジョー!」


そう言って、無抵抗なジョーに対して、剣で突き刺していく。


「ぐうううあっ……」


今日の亡霊たちは、いつもより執拗にジョーを攻撃してきていた。


その、無間地獄のような責苦が繰り返され、これまでにない数の亡霊が、ジョーの体を切り刻んでいく。


そんな責苦が永遠に続くかと思われた頃、気が付くと、ジョーは貧しい村の広場に横たわっていた。


「ここは一体、どこだ?」


ジョーは顔を左右に振って、あたりを良く観察してみた。するとそこは、かつて自分が幼い頃に暮らしていた村だった。


「これは……ウズ村か?」


ウズ村とは、ジョーの生まれ故郷である。そして、ジョーは自分の両手を見て、さらに驚いていた。手が小さいのである。


「これは……俺の体が縮んでいる?」


ジョーは全身を触ってから、自分の顔や髪などに触れた。どうやらジョーは、子供の姿になっているのである。


「ここは、俺の過去の記憶なのか?」


ジョーは寒気をもよおした。子供の頃に経験したおぞましい、村での出来事を思い出したからである。


周りを見渡すと、そこには、知り合いの村人や友達、それから家族がいた。

自分を愛してくれた父と母。かけがえのない兄弟たち……


そこに、村外れから盗賊の一行が押し寄せて来るのが見えた。


「みんな逃げろ! 盗賊が来た! あいつらはお前らのすべてを奪って、最後には殺されるぞ!」


だが、その声は村人たちには届かないようだった。


「この悪夢め! 亡者に俺を殺させるだけでは飽き足らず、この記憶を掘り起こす気か!」


ジョーは、体を揺すって縛めを解こうとした。だが、縛めはジョーを拘束して離そうとはしない。


「ああ! 憎々しいあの記憶を呼び覚ますとは! これこそ悪夢と言わず何と言うか! くそっ! 俺からすべてを奪った盗賊め! もう二度と見たくない! 消せっ! 消してくれっ!」


だが、押し寄せてくる盗賊たちは、村人や家族を殺し始める。絶叫と悲鳴が、ジョーの耳に突きささってくる。ジョーの大切な人たちが、ジョーの目の前で虐殺されていく。


これが、ジョーの生まれ故郷で起きた悲惨な出来事なのだった。


「やめろ! その人たちは!」


身動きの取れないジョーを後目に、盗賊たちは殺戮を繰り返す。


これは地獄だ……これこそ地獄の光景。


「やめろー-っ!」


ジョーは、気が狂いそうになっていた。


「あー-っ! うわー--っ! 嫌だああっ! やめてくれっ! 俺の両親を、家族を、友達を殺さないでくれ!」


ジョーはその時、血の涙を流しながら叫んでいた。





夜中、突然、悪夢にうなされ始めたジョーの姿を見て、エルザは飛び起きていた。


これまでも、ジョーのうなされているのを見たことがあったが、これほどまでに取り乱したのを見たのは初めてだった。


これが、悪魔教男爵の呪いなのだろうか。それとも、薬物の影響なのか。または、催眠術のようなもので、心の奥底に何か楔のようなものを打ち付けられたのかもしれない。


いずれにせよ、今日のジョーは、鬼気迫るものがあった。


「ジョー、落ち着いて! 目を覚ましなさいジョー!」


エルザは引っ叩いてでも、正気に戻そうとジョーの両肩を押さえつけてみたが、その時のジョーの顔は、幼い子供が親の庇護を求めて泣いているような、とても弱々しいものだった。


「ジョー……あなた一体……」


エルザはそんな幼子のような顔をしたジョーの頬を、引っ叩くことなど出来なかった。


「ああ……母さん、父さん……助けて……」


その悲しげに庇護を求めるジョーの涙を見て、エルザは思わずジョーの顔を、自分の胸の中へと抱きしめていた。


ジョーは、エルザの胸に顔をうずめて、いつまでも泣きじゃくっていた。エルザは根気良く、ジョーが落ち着くまでジョーを胸に抱いていた。


やがてジョーは弱々しくエルザの身体に手を伸ばし、その胸に手を触れた。


「暖かい……」


ジョーは涙を流しながら、そう、呟いていた。




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