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第71話 脱出



メリルは血の吹き出る手首を押さえながら、エルザに言った。


「私の負けだ」


メリルはそう言うと、通路の壁に背中をつけて、尻を床に落とした。

そして、悔しそうにエルザを見上げた。


「早くとどめを差せ……剣で死ねるのなら本望というものだ」


エルザは肩で息をしながら、呼吸が整うのを待っていた。


「ここへ誘導したのはあなたね、メリル。……でもなぜ武器まで用意したの?丸腰だったら、さすがに2人を倒すことは容易だったでしょうに」


メリルは上目遣いにエルザを見た。


「武器がある方が、信用してこの通路を使うと思ったからよ」


メリルはため息をついた。


「それに、武器があっても勝つつもりだったから」


メリルはそう言って、エルザを睨んでいた。


エルザは返事をしなかった。

肩で呼吸していて、荒い息が切れることはなかったからだ。


右目は完全に切れていて、血が流れている。エルザは左目でメリルをじっと見つめていた。



すると、通路の先から人が駆けてくる足音が聞こえてきた。エルザは左目だけで通路の先を睨みつけた。足音からして、少人数のようである。せっかくメリルを倒したのに、また追っ手が来るとはツイていない。


エルザはなんとか戦える程度にまでは、呼吸を整えたいと肺を大きく吸って、酸素を体に送っていた。


「まて! 待つんだ! エルザ!」


エルザはその声に聞き覚えがあった。


「セラス様?」


通路の奥から現れたのは、セラスとその護衛騎士のメイスだった。


「待て! 殺してはならん!」


セラスはエルザたちの3mほど手前で立ち止まった。エルザは黙ってセラスの様子を伺っていた。


「その人は三日月湖でジョーに殺された、オルトラン殿の姉上なのだ。殺してしまうと遺族たちからの印象がさらに悪くなってしまう」


そう説得しようとするセラスを、エルザは冷ややかな目で見ていた。


「遺族たちの印象が悪くなったからといって、それがどうだって言うのよ……」


この期に及んで、遺族にばかり目が向いているセラスの言葉は、もうエルザの胸には響かなかった。


「遺族に気を遣うのはわかるわよ……でも、私たちを暗殺したりするのは違うと思うの。それをあなたたちは制御出来ていないんでしょ? 呆れて物の言えないわ」


「それについては謝ろう。死んだ仲間は私の部下だから、私にも騎士団長としての義理があったのだ。私は上司なのだぞ、彼らの気持ちを無下には出来ないんだ。それに、まさか遺族たちが君たちに危害を加えるなど思ってもみなかったんだ」


「思ってもみなかったですって? あきれた観察力ね。……その結果がこのとおりよ」


そういってエルザは自分の右目をセラスに見せた。傷口の深さから見て、おそらく視力が回復することはないように思えた。


「セラス様……どいてください。私とジョーはここから出ていきます」


エルザは見える方の目をギロリと光らせ、セラスを睨みつけた。


「まて! 一旦、城へ戻ってくれ! 決して悪いようにはしない!」


セラスは両手を振りながらそう説得するが、エルザは小さく首を振って返事をした。


「まるで信用できないわ、セラス様。仮に部屋に戻ったとして、もし、エスタリオン王がジョーを殺せと命令したら、あなたは私たちをかばおうとはしない。……それとも、体を張って私たちを守れるって言いきれますか?」


エルザにそう言われて、セラスは黙ってしまった。

この時、黙ってしまうのが一番悪い回答だと知りながらも、セラスは黙らざるを得なかった。


エルザは振り返ってジョーへ声をかけた。


「……ジョー。そろそろ行きましょう」


「ああ……」


ジョーはヨロヨロと先を歩いた。


エルザは剣を構えて、メリルをけん制している。


ジョーがセラスの横を通りすぎ、エルザも後を追ってセラスの脇を通りすぎた。

その時、セラスはエルザの方を向いて言った。


「エルザ! 私が悪かった。君には色々と助けてもらったのに、褒賞も出さずこんなことになってしまって! 本当にすまない!」


セラスのそんな言葉に、エルザはカチンと来て、激情を爆発させてしまった。


「だったら守ってよ! 私たちをちゃんと守ってよ! 結局最後は見捨てるのなら、そんな綺麗事は言わないで頂戴!」


エルザがそう叫ぶと、急にメイスが前に飛び出て来た。


「エルザ! 口のきき方に気を付けろ! このお方を誰だと思ってるんだ!」


メイスが言葉を言い終わるか終わらないかという所で、エルザがメイスの胸と腕、それから喉と拳の握りを変えて3発、拳を叩き込んでいた。


「うぐぅ!」


そんなに力がこもっていたわけではないのに、打った所が急所だからか、メイスは思わず膝をついた。


「あんたね、私らが死にかけていた時、のんきに馬旅をしていたくせに、知ったような口を聞くんじゃないわよ!」


エルザの瞳は怒りで真っ赤に染まっていた。


「セラス・バクスター! 私はあなたの命を何度救ったと思っているの! 一度や二度じゃないわよね! 今度はあなたが私たちの命を救いなさいよ! 城に帰って、エルザとジョーとは金輪際関わりを持つなと説得しなさいよ!」


エルザの怒りをまともに受けて、セラスはその顔を青白くしていた。

エルザは涙を流していた。そして、右目から流れる涙は血と入り混じって、真っ赤な血の涙となっていた。


「……行こう、ジョー」


エルザはジョーとともに、出口へと歩いていった。


「待て、エルザ!」


セラスは懐から革袋を取り出し、エルザに握らせた。


「少ないが持って行ってくれ……」


エルザは片目でセラスを見た。


「外には兵も誰もいない。そのまま森を抜けて、街へと出られるはずだ。逃げるにしても金はいるだろう? そのままでは、馬車に乗ることもできないぞ」


セラスにそう言われて、エルザは革袋を受け取って、懐へと収めた。

セラスは少し安心したような顔をして、エルザに言った。


「追っ手が向かわないよう、城へは私から言っておく」


エルザはジッとセラスを見つめるだけで返事はしなかった。


「……メリルの手首はその角を曲がったあたりに落ちています。今なら持って帰れば治癒魔法でなんとかなるでしょう……治してやってください」


そういうと、エルザは背中を向けて、ジョーの元へと向かった。


「さあ、ジョー。行きましょう」


そう言うと、エルザとジョーは、秘密通路を歩いて、城の外へと脱出したのだった。





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