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第70話 秘密通路




エルザたちが秘密通路を降りてから数時間後。


セラスの元へ、驚きの報告がもたらされた。


なんと、エルザとジョーが消えたというのである。



「エルザとジョーが消えたって?」



セラスは冷や汗をかいていた。



「一体どうやって!」



「さあ、それがさっぱり……」



セラスに報告へあがった王城の警備隊長は、冷や汗をかきながら首をひねっていた。



「では、なぜいなくなったとわかったのだ」



「それは、扉の前で見張りをしていた2人の警備兵が、何者かによって昏倒させられたからでございます」


「昏倒させられた? エルザではなく、外部の人間にか?」



セラスは眉間にしわを寄せて警備隊長を見た。



「その警備兵は、縛り上げられて物置に押し込められていたそうです。なんとか自力で這い出してきて事が発覚しました」


「それはつまり、城内に詳しそうな協力者がいるということか?」


「おそらくは……」



セラスは、今後の対応を考えると、頭が痛くなった。



「それはやっかいだな……そうなると、エルザたちを見つけ出すのは困難だぞ?」



セラスは眉間に指を当てて考え込んだ。



「それにしても、一体どこへ行ったのだ? いくら手引きされていたとはいえ、ここは王城だぞ? そう簡単に出ていけるものでもないだろうに」



「はっ、おっしゃる通りです。……とりあえず、門番へはそれらしき人物は通らせないよう注意させております……それから城内の見回りも強化しておりますので、またなにかわかりましたら報告に参ります」



「うむ、よろしく頼んだぞ」



そういうと、警備隊長は、セラスの部屋を出て行った。



「一体誰がエルザやジョーの味方をするというのだ? ザカたちでは城内を自由に動けないし、他にこれと言って味方をする奴などいないように思うのだが……」



セラスの考えは完全に行き詰っていた。


そこへ、エドガーが、騎士のメイスを伴って部屋へ入ってきた。



「どうしたセラス。もうお手上げか?」



するとセラスは立ち上がって、エドガーの元へと歩いて行った。



「父上……正直参りました……。一体、誰がエルザとジョーを手引きして連れ出したのでしょうか……該当する人物が思い当たらず、頭を痛めている所です」



セラスがそう言うと、エドガーはニヤリと笑った。



「ついて来なさい。私に心当たりがある」



そういうと、エドガーは扉を開けて部屋の外へ出た。



「父上、一体どちらへ?」



「現場百回という言葉があるだろう? こういう時は、エルザたちがいた部屋に行ってみることだ」


「部屋ですか?」


「ああ。なにか手がかりが残されているはずだ」


「あの部屋はさんざん警備兵が調べていて、何も手がかりなんて残っていませんよ」


セラスは時間の無駄だとばかりに抗議するが、バクスター伯爵は取り合わない。



「まあ、いいからついて来なさい」



そういいながら、部屋へと向かった。


部屋へ到着すると、現場を警護兵が見張っていた。エドガーは、警備兵を帰らせて、セラスとメイスだけを伴って部屋へ入った。


そして、内側から鍵をかけてしまった。



セラスは部屋を見渡したが、警備兵が確認した以上の手がかりが見つかるとは思えなかった。



「父上……ここのどこに、手がかりなどが……」


「まあ、いいから来なさい」



セラスはエドガーに言われて、暖炉のそばまで歩いていった。



「この暖炉が何か?」


「わからんか? そこの石板を見てみろ」



セラスがよく観察してみると、なんだか引っ搔いたような痕跡と、削れた石で粉を吹いたようになっているのが見えた。



「これは一体……」



セラスの問いに答えるように、エドガーはナイフを取り出し、石板の隙間に差し込んだ。そして、その石板をこじるようにして持ち上げていった。



ズズズズ……


ゆっくりと石板が持ち上がっていくと、その下に穴のようなものが開いているのが見えた。



「あっ!」



セラスは驚いていた。


セラスの目の前には、地下へと続く階段が出現したからである。



「父上、これは一体!」



エドガーは、セラスの顔を見て言った。



「ああ。脱出用の秘密通路だ」



セラスは目を見開いたまま、その暗い空間を凝視していた。



「もう、何時間になるかわからんが、おそらくジョーとエルザはここから脱出したのだろう。むろん、この秘密通路の存在を知るものは少ない。誰か、手引きをする者がいたやもしれぬな」 


「では、急ぎ彼らを追わなくては……」


今にも階段を飛び込もうとするセラスを、エドガーは止めた。


「落ち着け、セラス。今から追っても追いつくはずもあるまい。反対じゃ。出口側から入るのだ。場所はこの地図に書いてあるから、メイスを連れてすぐに行って参れ」


そう言われると、セラスは立ち上がった。


「そこまで読んでおられたのですね……それでは行って参ります」


「くれぐれも気をつけるように。相手は相当の手練れ。あくまでも説得を試みるくらいにしておくのだ。……命を張って止めようとは思わぬように。逃げられたら、後で追っ手を差し向ければいいだけのことだからな」


「わかりました。いくぞ! メイス!」


「はいっ!」


そういうと、セラスとメイスは部屋を飛び出していった。





その頃、エルザはジョーに肩を貸しながら、ゆっくりと狭い通路を進んでいた。


通路の大きさは、幅、高さともに2mほど。その足元には土や埃などが積もっていて、掃除された形跡はひとつもない。


エルザたちは、そんな道を、かれこれ1時間半ほど歩いている。もうそろそろ、外へ出てもいい頃ではないかとエルザは考えていた。


「ジョー。大丈夫?」


体調が優れないのか、ジョーの息は荒い。


「足を引っ張ってすまない。だが、このくらいのペースなら問題ない」


ジョーは息を荒げながらそう言うが、見るからに辛そうである。男は見栄を張る生き物だから、限界まで無理をすると聞いたことがある。もし、ジョーが限界を訴えることがあったら、自分が担いででも外へ出ようとエルザは思う。


「もうすぐ外に出れると思うわ。王城だって、無限に広いわけではないもの」


そうジョーを励ましながら前へと進んで行った。


しばらく行くと通路は、数メートル先で、真横に折れ曲がるようになっていた。


エルザたちがその曲がり角を曲がった時、前方にランタンの灯りが見えた。


通路の10メートルほど先に、人が立っているのである。


エルザの背中に冷や汗が流れた。


こんな薄暗い地下通路で待っているなど普通の人ではない。


エルザたちがここを通ることを知っていたらこそ、ここで待っていたと考える方が自然である。


ということは、敵なのか、それとも味方なのか。


……おそらくは、敵だろう。


エルザの感覚が警報を鳴らしている。


「あなたは一体誰なの? ここで何をしているの?」


エルザはそう問いかけると、その人物は、ゆっくりとこちらへ近づいて来た。


その人物が、エルザの持つランタンに照らされて、少しだけ姿が見えて来た。……どうやら女性のようである。


女性ということで、もしかして味方ではないかとエルザは期待したが、その期待を裏切るように、女は剣を抜いた。


それに呼応するように、エルザも慌てて剣を抜く。


「ジョー!少し下がるわよ!」


壁を背にして戦うのは有利ではない。エルザは後ろに下がって角を曲がり、通路にランタンを置いてから、すこしばかり距離を取って剣を構えた。


そして、相手が角を曲がってくるのを待っていると、やがて、その女は姿を現した。


ランタンの灯りに照らされたその女を見て、エルザは驚愕のあまり、目を大きく見開いた。


「メリル……あなた一体どうして?」


メリルは憎々し気にこちらを見ながら、ゆっくりと歩いてくる。


「エルザ……その男を渡せっ……」


メリルがそう言って凄んだ。髪は雑に束ねられ、顔は青白く、目の下には隈が出来ていた。エルザは自分の前に立つメリルが、あの、アルカンディアで一緒に過ごしたメリルと同一人物とは思えないほど、心が荒れているように見えた。


「どうして? どうしてあなたが私たちに刃を向けているの? 私たちはエル姉を助けるために必死で戦ったのよ? それをなんで、エル姉の護衛騎士であるあなたが、私たちに刃を向けているのよ?」


メリルは歯をギリギリとさせながら、悔しそうに叫んだ。


「私の弟の名はオルトランと言ってな……リールの騎士団長だったのだ。お前も知ってるだろう? エルザ……私の弟はな、三日月湖でそこの男に殺されたのだ」


「え! あのオルトラン様は、メリルの弟だったの!」


「そうだ。セラス様がリールで増援を要請した時、オルトランは部下を連れてお前たちの一行に加わったのだったな。そこで、みんな、後ろの男に殺されたのよ!」


「でもね、彼はその後、色々あって仲間になってくれたのよ。彼がいなかったら私も死んでいたし、エル姉も死んでいた。もっと言えば、戦争になって、王国も尋常じゃない被害を受けていたはずよ。あなたも騎士なら、もっと色々な可能性を考えてみて! 私はエル姉を助けることだけ考えて、必死だったんだから!」


エルザがそう叫ぶと、メリルは聞きたくないとばかりに首をブルブルと振った。


「うるさい! もう他のことなどどうでもいい。愛する弟を失った私の悲しみは海よりも深い。……その男を殺すことでしか、その気持ちは晴れないのよ! たとえ、この先に破滅が待っていようともな!」


そういうと、メリルは剣先をエルザへと向けた。


「さあ、エルザ! そこをどけ! そうすればお前の命は助けてやる。だが、抵抗するというなら話は別だ。 お前もろとも斬り捨てるぞ!」


メリルの激しい言葉を受けて、ジョーは真っ青になっていた。


まるで悪夢の続きのように恨みの言葉を浴びせられ、ジョーはもう生への執着を失いつつあった。


ジョーは手を伸ばして、エルザの肩に手を置いた。そして弱々しくエルザを見つめた。


「もういい……もういいのだエルザ。何もお前が苦しむことはない。俺が首を差し出せば済むだけの話だ。俺を残して先にいけ。後のことは心配しなくてもいいから……」



ジョーがそう言った時、エルザから強烈な張り手が飛んだ。


バシーンと大きな音がなって、ジョーの頬が赤く腫れた。


ジョーは吃驚して、目を丸くしていたが、それだけでは終わらない。


バシン、バシン、バシンとさらに3回も張り手をされたのである。


ジョーは驚いて両手で頬をさすった。


「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ! なんのためにこんな地下道を必死で歩いていると思ってるんだよっ! しっかりしろよジョー! お前、男だろ!」


ジョーはそう言われて、慌てて頷いていた。


エルザは興奮冷めやらず、そのままメリルを睨みつけた。


「あなたもあなたよ!」


エルザは大きく息を吸った。


 「……護衛騎士のお前がしくじったからエル姉は死にかけたんだろうが! 私たちはその尻ぬぐいに命がけで走り回っていたんだよ! それを仇討ちだなんだと勝手なことばかり言いやがって! ぶった斬ってやっからかかって来いよ!」


エルザは、これまで見たことないようなくらい怒っていた。


溜まりに溜まった怒りが爆発したのだろう。


しかし、エルザの無遠慮な罵りは、メリルの怒りの炎に、油を注ぐ結果となった。


「その口が言ったかエルザ! アルカンディアで、一度でも私に剣をかすらせたことがあるのかっ! 死にたいのなら相手をしてやるわ! その首差し出せよ! エルザ!」


そういうと、メリルは前へ飛んで、刃を振り下ろしてきた。同時にエルザも前へ出た。


ヒュンヒュンと剣を躱す音に混じって、ガン、ガンと鉄と鉄が打ち鳴らす音が地下道に鳴り響く。


この通路は幅、高さともにたった2mしかない。


つまり、剣は大上段で構えることは出来ないし、左右に振り回すことも出来ない。攻撃を受けても、横へ躱すことも出来ないのだ。


つまり、小さく剣を振り回し、剣を剣で受けたりしながら戦うことになる。


実は、メリルはこのような小技の効いた攻撃が得意だった。それゆえこの地下通路を戦場に選んだわけである。


「邪魔だエルザ! そこをどけい!」


メリルの剣が、風を斬ってエルザに襲い掛かる。エルザはその剣を受けようとして、壁へ剣先を突き刺してしまった。


「あっ!」


その隙をメリルが逃すはずもない。小回りの利いた振りで、エルザの小手を狙ってくる。


「くっ!」


エルザは壁から剣を外すと、前後の足を入れ替えて体を振り、コンパクトに刃を回してメリルの刀身に当てた。


暗い通路に火花が飛んで、キインと大きな音を立てた。


メリルの剣先がエルザの体から逸れたと同時に、エルザは突き技、秘剣・竜巻を放った。


「ええええい!」


想像以上の踏み込みで、剣を奥へと突き伸ばし、相手の胸先で刃を回転させるバクスの必殺技。


いかにメリルといえども、初見でこれを躱せるだろうか。


「うわっ!」


メリルは大きく飛び退き、自身の剣をうまく当てて刀身を逸らした。


「くっ! これは無双流の技ではないな!」


「くそう!」


秘剣・竜巻は、奥深くへ体を伸ばして突き刺す技であり、体勢を大きく崩すので、外した時の隙も大きい。今度はメリルがその隙を狙う番だ。


「でえい!」


メリルの下段からの振り上げを、エルザは刃で受け流しながら、後ろへ飛び退き、約2歩の距離に着地した。エルザは着地と同時に、足のバネを使って前へ飛んだ。


対するメリルは動かない。


「ええええぃ!」


「やああああっ!」


メリルは、エルザ渾身の突きを一歩引いて躱すと、その伸びきった刀身へ自身の刃を滑らせ、鍔と鍔とをぶつけた。


無双流・鍔打ち……。突きなどを放ってきた相手の剣の鍔へ、自分の鍔をぶつけることで、相手の肩へと衝撃を与える技である。


「ぐあっ!」


エルザの肩に衝撃が走った。


そのせいで、エルザの上半身はのけぞるように体勢を崩しつつあった。


「終わりだエルザ!」


メリルはぶつけた鍔を外すと、そのままエルザの顔面へと剣を突き入れた。メリルの剣は、体勢を崩したエルザの顔面へと突進していく。


そして、右頬を裂き、そのまま右目を切り裂いていった。


その時である。


メリルは異様な寒気を感じた。


これはメリル独特の、命を脅かす危険が迫っていることの警報。


1秒にも満たない攻防の中で、一瞬でそれを読み解く鋭い感覚が、メリルに迫る危機を教えていたのである。


それは、剣を持つメリルの両手と胸の間に出来る三角形の空間から、エルザの剣先が、下から斬り上げてくるのがわかったからである。


剣先はメリルの鼻先にまで迫り、このままでは顔のみならず、両腕も斬り上げられてしまう。


メリルは剣を持つ手のうち、左手を離して両手を広げ、顔を反らしてエルザの剣を避けようとした。


だが、その時、エルザの剣はメリルの右手をスッパリと斬り飛ばしていた。


「あっ!」


メリルの右手首は、剣を握りしめたまま、汚い通路へと落ちた。


「ええぃっ!」


エルザはそのまま前へ踏み込んで腹へ蹴りを入れ、メリルを曲がり角の壁まで突き飛ばすと、剣の切っ先を喉元へと突きつけた。


エルザは肩で息をしながら、片目でメリルを睨みつけていた。


メリルはエルザを睨みつけていたが、やがて諦めたようにガックリと肩を落とした。


「強くなったな……エルザ」


そう言うとメリルは血の吹き出る手首を押さえながら、エルザに言った。


「私の負けだ」


メリルはそう言うと、通路の壁に背中をつけて、尻を床に落としたのだった。




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