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第68話 かみ合わぬ主張



リール騎士団長、ロイドの厳しい追求に、エルザは平民ながら真っ青になって抵抗していた。



だが、ここには、三日月湖でジョーに殺されたリール騎士団やセラスの部下たちの家族が集まっているのである。



いわば仇が目の前で座っているようなものなのだ。



しかも、その仇が騎士爵を受ける? そんなことは、遺族として到底、受け入れられるものではなかったのである。



「何を騒がしい真似をしている! ここは王と謁見するための控え室だぞ! 不敬であろう!」



その声に全員が振り返ると、バクスター伯爵・エドガーが立っていた。



「しかし、この男は銀狼のジョーといって、我々の仇なのですぞ!」



「それに関しては今、セラスを探しにやっているから、それで事実確認すれば良かろう。とにかく、この控え室の騒ぎで王はお怒りだ。よって、今日の謁見は中止にするとおっしゃっている」



「え! そんな!」



「そんなもこんなもあるか! この馬鹿者! 何があったにせよ、ここは謁見の間の控え室だぞ。これから王と会おうとする場で揉め事が起きれば、このくらい当然のことであろう!」



「では、エドガー様は、仇を目の前にしても、涼しい顔をしていろとおっしゃるのですか!」


「誰もそのようなことは申しておらん。それに、お前たちがあの男に褒賞を渡したくないのなら、謁見が延期になって、むしろ良かったではないか」


そう言うと、ロイド他、遺族の者たちは押し黙った。



「とにかく、彼がここに呼ばれたのは、それ相応の功績が認められたからだ。昔、ボーマン伯爵家の騎士団を消滅させた魔女ベルメージュを、この男が倒したのだぞ? お前たちが戦って、倒せるのか?」


そういうと、一同は押し黙った。



「たとえロイドの言うことが正しかったとしてもだ。どういう経緯で騎士団の仇が、我々の味方をしてくれたのかよく調べねばならん。決して軽はずみに行動するでないぞ!」



バクスター伯爵がそう言うと、控え室にいる者は皆、黙り込んでしまった。



「とはいえ、この事件はつい半月前の出来事。皆も大切な家族を亡くしているのだ。国益のためだからと簡単に納得することは出来んだろう。よって、ジョーの扱いについては、セラスに詳しい事情を聞いた後、国王と相談して決める。すまぬが今日のところはこれで引いてくれい」


エドガーがそう言うと、皆は不満ながらも控え室を後にした。


「今日の所は一旦、引かせて頂きます。だが、納得いく答えがなければ、我々にも考えがありますからな!」


リールの領主をはじめ、騎士団長ロイドや他の遺族たちはそういいながら、部屋を出ていった。


エドガーは、全員が立ち去るのを確認してから、エルザたちへ向き直って言った。


「さて、とりあえずはこうするしか、助ける方法が思いつかなかったから、褒賞を延期させてもらったが……エルザとジョーは、別の部屋で詳しい話を聞かせてもらおうかな?」


「わかりました……。ザカ、アルマ、シンディ、エイミー。……せっかくの謁見を台無しにしてごめんね」


「気にするなエルザ。私にとって、褒賞などどうでもいいことだ」


そう言うと、ザカたちは、使用人に導かれて部屋を出て行った。そして、エルザとジョーは、バクスター伯爵に連れられて、王宮の奥の方へと連れられていった。



この時のジョーはとても無口だった。



未だ悪魔や亡霊の夢を見るジョーにとって、控え室での出来事は、まるで悪夢の続きのようだった。ジョーの顔は青白く、目は見開かれ、脂汗が滝のように流れていた。



「ジョー……」



エルザはジョーに肩を貸して、ヨロヨロと歩いて行った。こんな弱々しいジョーを見るのは初めてだった。


エルザはジョーの体調と心境を思い、心苦しく思うのだった。







連れて行かれた先は、王宮の客間だった。その部屋のテーブルの席には、セラスが腰かけていた。


「セラス、連れて来たぞ」


「ああ、父上。よく連れ出せましたね」


「ああ。少しばかり骨が折れたがな」


そう言うと、バクスター伯爵は席についた。


「エルザもジョーも、まずは座れ」



セラスはそう言ったが、エルザは首を振った。


「セラス様、ジョーは帝国の呪術師との戦いで精神的、肉体的に回復していないんです。説明は私がしますから、ジョーは寝かせてやってください」


エルザがそう言うと、セラスは頷いた。


エルザはジョーをベッドに寝かせてから、セラスのテーブルに戻った。エルザが席につくと、セラスは口を開いた。



「今回……ジョーを騎士爵に推薦したのは私だが、それはベルメージュ討伐を含め、メラーズ一味捕縛に功績があったからだ。だが、その男は数日前、三日月湖で我等騎士団を襲ったジョーという男と同一人物なのだという。それは本当なのか?」



セラスからそう問われ、エルザは胸が痛くなる思いがした。


「本当です……黙っていてすみません」


セラスはガックリと項垂れて頭を抱えた。


「どうして、我等を襲った盗賊が、数日後、我等に加勢することになったのか。その経緯を聞かせてくれないか」


セラスはそう言うと、顔をあげた。エルザは、セラスとエドガーの顔色を窺窺った。


「まず、三日月湖の吊り橋あたりで、セラス様の部下の方が全滅して、セラス様お1人がジョーに追われていたのを覚えておられますか?」


するとセラスは頷いた。


「ああ、もちろん覚えているとも。あの時は本当に死を覚悟したからな。ギリギリのところで、エルザが助けてくれたのだったな」


エルザは頷いた。


「あの時、私が運よくジョーを負傷させること出来たので、私たちは窮地を逃れたのでしたが……それをきっかけに、私がジョー以外の相手に倒されそうになった時、助けてくれるようになったのです」


「なんだって?」


セラスは驚きの声を上げながら、首を傾げていた。


「……どうしてそうなるのだ?」


エルザはうーんと唸った。


「つまり、私と決闘をしたいと申し出があったわけです」


「決闘だと?」


セラスはさらに驚いてしまった。


「はい……ジョーからすれば、自分と決闘する前に、他の者に私が倒されると困るというわけです」


今度はセラスが唸ってしまった。


「そこからどうなれば、ベルメージュ討伐の協力するという話になるのだ?」


「それは、もし私との決闘を望むなら、ベルメージュ討伐の手助けするよう条件を出したからです」


「えーっ!」


セラスは驚いて、のけ反り返ってソファの背もたれに体を預けた。バクスター伯爵も驚いて口を開けていた。


「君はベルメージュ討伐を手伝わせるために、決闘を受けたというのか?」


エルザは頷いた。


「君は大胆な提案をするなあ」


セラスは半ばあきれるように言った。そう言われて、エルザは申し訳なさそうな顔でセラスを見た。



「本当は、すべてが終わった後、密かに決闘をして、彼との関係は終わるものだと思っておりました。だから、セラス様には余計なことは言わない方がいいと、その時は判断しました」


セラスは頷いた。



「そのあたりは報告して欲しかったところだが、報告していたら、ジョーの協力は拒否されていた可能性は高いだろうな」


「私もそう思います。でも、ジョーの協力がなかったら、ベルメージュを討伐することは難しかったでしょう」



「そのとおりだ。討伐自体、行われていたかどうかわからん」


エルザは頷いた。


「もし、ジョーの協力がなかったら、ベルメージュ討伐は計画しなかったと思います」


そして、エドガーの方へ向いてエルザは続けた。



「こういうものはスピードが大事なのです。事実、帝国は戦争の準備に入っておりました。あの時、彼らの計画が順調に進んでいた場合、帝国とベルメージュ、この2つの勢力と正面衝突となり、甚大な被害を受けた可能性が高いのではないでしょうか」


エドガーは、大いに頷いて、エルザの意見に賛同していた。


セラスはエルザに言った。



「だが、なぜ、そこまでジョーに肩入れするようになったのだ?お前とて、命のやりとりをした敵ではないか」




セラスの問いに、エルザはチラリとジョーの方を見た。






「……彼は戦闘しか能のない自分を恨めしく思っていたようです。そして、一緒に戦ううちに、彼が人を殺しながら生きていく己の人生を悔いていることを知ったのです。もし、彼に盗賊以外に生きる方向を示すことが出来るなら、彼はきっとまともな生活をおくることが出来ると、そう思ったのです……」




エルザはそう言って視線を床へ落とした。セラスはフッと視線を緩めた。






「それで、私の騎士爵推薦の話に喜んだのだな?」






「はい。それに、これだけの実績もあげたうえ、あの武力ですから、きっと王国で騎士になれば、役に立つはずだとの確信もありました」






そのことについて、セラスななぜか複雑な表情を見せた。






「ああ、それはきっと大きな力になるだろう」






「それで、彼が私たちを襲った黒い戦士だということは、私の胸の中にだけ収めておこうと思ったのです」




セラスはそれを聞いて、ため息をついた。




「エルザ。お前の考えはよくわかった。だがな、私の立場も考えてくれ。私は彼に、連れて行った部下全員を殺されているのだ。そして、協力を依頼したリール騎士団も全滅したのだぞ……」






セラスは、エルザを見つめて言った。






「それも、長い年月が経っていればわだかまりもなかっただろうが、殺されてから1か月も経っていないのだ。先日、三日月湖でその遺体を回収してばかりで、遺族の胸の内はまだ彼らの死を受け入れていない」





エルザは黙って聞いていた。




「そんな中で、その仇が目の前にいるとわかれば激昂するのは当然だろう?」




セラスにそう言われ、エルザは項垂れてしまった。




「様々な戦闘があった中でのことだ。貴族社会のことを良く知らぬエルザが、そこまで配慮出来なかったのは仕方のないことかもしれないが……。まさか、ジョーの顔を知っているものがいるとはな。私自身、仰天しているよ」




エルザは椅子から腰を上げて、セラスへ迫った。






「では、褒賞などいりません。彼の命を保証してください。私がメラーズ討伐に誘ったのです。このまま彼が処刑されたとあっては、私は彼を利用した挙句、罠にかけて捕縛の手伝いをしたようなものではないですか。それには私が耐えられません!」






「だが、彼は盗賊だぞ。エルザ、これまでの流れを見ると、お前がすべて背後で操っていたのではないかと、疑われても仕方のない状況だぞ?」



エルザは目を剥いて言い返した。



「そんなバカな! 私はセラス様に誘われたから参加したのですよ?」



「私はわかっているさ。だが、被害者である者たちから見れば、そういう目で見るの者もいるかもしれない」




セラスにそう言われて、エルザは項垂れてしまった。それからゆっくりと顔をあげて、睨むようにセラスを見た。




「セラス様のお考えはよくわかりました。ですが、どうしても、ジョーを殺すというのなら、私にも考えがあります」




エルザのその言葉に、セラスはギョッとした。






「……何を考えるというのだ」






エルザは今にもセラスへ斬りかからんばかりに睨みつけると、言葉を噛みちぎるような強い口調でセラスへ言った。






「もし、ジョーが殺されることになったら、私はこの王城で暴れて死にます!」






セラスは思わず席を立っていた。




「お前は自分が何を言っているのかわかっているのか!」






エルザはセラスと胸ぐらを掴みあって、いまにも喧嘩が始まりそうなほど、緊張した空気が張り詰めていた。






そんなエルザとセラスの間に、エドガーは割って入り、2人を引きはがした。




「まあまあ、止めろ! お前らが喧嘩してどうする!」






引き離されて、二人は少し距離を置いた。




エルザは涙を流していた。




「こんなことなら、あなたを助けなきゃ良かったっ! 何もしなきゃ良かった! 私はただ、エル姉の命を救いたかった! ただそれだけなのに!」




それからエルザは、おいおいと泣き続けた。




セラスとエドガーは、困ったような顔をして、お互いの顔を見た。

セラスは、エルザに対して言い過ぎたような気がしていた。



「エルザ……」



セラスは声をかけたが、エルザは泣き続けるだけで、呼びかけに答えようとしない。


彼女には、彼女なりのモラルがあるのだろう。あれだけ協力させておいて、褒美が”死”では、エルザがジョーに対して顔向けできないと考えているのかもしれない。


「ではエルザ。王城で早まったことをするんじゃないぞ。これからどうするのが最善か、父上と相談してみるから」



セラスはそう言ったが、エルザは泣きじゃくっていて、返事はなかった。セラスはこれ以上の会話は無理だと判断したのだろう。今日の所はひとまず、自身の部屋へと戻ることにした。


「じゃあ、エルザ。また来るからな。今日のところはこの部屋でゆっくりと休んでくれ。君のベッドは、奥の部屋を使ってくれるといい」



そう声をかけたが、エルザは泣き続けるだけで返事もしない。セラスは大きなため息をひとつ吐いた。



「ではまた来るからな。ゆっくり休むんだぞ」



セラスはそう声を掛けると、父であるエドガーとともに、部屋を出ていった。




部屋の外には見張りが2人立っていて、セラスたちの姿を見て、道を空けた。エドガーとセラスは、軽く手をあげて答えながら廊下を歩いていく。




「しかし、父上。エルザがあれほどまでジョーに入れ込んでいるとは思いもしませんでした」




「あの娘なりの正義があるのだろう。それにしても良く戦いのことがわかった娘だ。ジョーを失うことで、あの娘を失うことの方が惜しい。なんとかしてやりたい所だが……」




その言葉にセラスは頷いていた。




「エルザは稀に見る剣の達人です。さすがは叔父様の弟子……。そうだ、セドリック叔父様へ、どうしたものか相談の手紙を書きましょう」




「ああ、それがいいな。部屋へ戻ってすぐに書こう。そして、早馬で手紙を持たせるのだ」






そう言いながら、2人はエドガーの部屋へと足を急いだのだった。







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