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第65話 ウインザー帝国



ジョーが遠眼鏡で村を見ていると、オムニ村はまさに蜂の巣を突いたような大混乱が生じていた。

ジョーがしばらく観察していると、その混乱の中からこっそりと、逃げ出すエルザの姿を見つけた。


とんでもない変顔で、必死の形相をしたエルザは、アルマを抱えて森へ飛び込んで行ったのである。


その顔を見て、ジョーは思わず吹き出していた。


「エルザ……なんて顔で逃げているんだ……」


そして、ジョーは、タミル族救出後、メラーズの屋敷へ戻ったエルザが、偵察に蜂を持っていくと言い出したのを思い出していた。


「こうなるだろうことは、目に見えていたのだがな……」


そして、結果はジョーの予想通りの展開となったが、エルザの変顔が見れたことは、ちょっとしたおまけとして、少しだけジョーを笑顔にさせたのだった。


「それにしても、アルマもアルマだな。いくら蜂が怖いからって隠ぺいが解けているじゃないか」


ジョーは薄っすらと笑みを浮かべながら立ち上がった。


「さて、俺はここから立ち去る準備をしようか」


そういいながら、草むらに隠した馬を2頭引き出して、いつでも乗れるように準備をしておいた。


しばらくして、エルザがアルマを背中に背負って走ってきた。


「ジョー! お願い!」


「ああ、準備は出来てる!」


そういいながら、エルザは馬へ駆け寄り、アルマとともに馬へ乗った。


「さあ、急いで帰るわよ!」


そういいながら、馬の腹を蹴った。


そして、エルザの後を追うように、ジョーは馬を走らせて行くのだった。






このオムニ村の騒動には後日談がある。



結局のところ、オムニ村の駐屯地では、なかなかメタルホーネットを駆除することが出来ず、大混乱の末、40人もの死者を出して終結した。


蜂は網などで捕らえられたり、火で焼かれたりしながら徐々にその数を減らして行ったらしい。


何せ刺されたら死ぬという、強力な毒蜂である。駐屯地から逃げ出す兵まで現れ、現地はたった蜂15匹のために軍としての機能を一時的に失ってしまったという。


そして、今回の騒動で、エドワード王子のほか、軍の最高責任者であるリーグ将軍、アスター将軍、参謀のゲイルなどの重鎮5名が死亡。


このことは、帝国にとって大きな痛手となり、しばらくは軍事活動の休止を余儀なくされたのだった。


「全くワシに黙ってよくもこんな大それたことを!」


ウインザー帝国のゴードン王は、報告を聞いて、手に持っていた杯を宰相へ投げつけていた。


「は……。エドワード王子が、あの魔女ベルメージュや王国の貴族たちと結託し、王都襲撃を計画していたことは、一部を除いて秘密にしていたようでして……」


ゴードン王は、その秘密を共有していた責任者に怒りをぶつけたい所だったが、あいにくリーグ将軍もアスター将軍も、エドワードと共に死亡してしまった。


ゴードンは、苦虫を噛み潰したような顔をして、宰相を睨みつけた。


「馬鹿に刃物を持たせるなというが本当だな。国と国との関係がどういうものか、何もわかっておらんくせに」


ゴードン王はため息を吐いた。


「王国襲撃の首謀者が王国の貴族だったとしても、こちらの協力者が第一王子と軍務大臣だとあっては、知らなかったでは済まないからな!」


ゴードンは玉座から立ち上がって、宰相に言った。


「エドワードは、毒蜂にやられたのだったな?……おそらくそれは、エルランディに毒を盛った意趣返しといったところだろう。……この件は、これ以上大きくするな。エドワードは病死として発表せよ。もとより、皇太子の器ではないと思っておった。丁度良かったのかもしれぬ」


「は、わかりました。……それよりも、今はヴァルド大臣の身柄の方が問題です」


「もちろんそうだ。こちらは完全に国際問題。王国との話し合いにはマルロ、お前が行って来い」


第二王子マルロはすぐに立ち上がって一礼をした。


「父上、お任せ下さい」


「うむ……。だが出来るだけ、戦争は回避せよ。我が国は今、色々と疲弊しているからな」


ゴードン王は、そういうと天を仰いだ。



数か月後、王国と帝国の間で、王都襲撃計画事件の事後処理について話し合いが持たれた。


はじめ、王国は戦争も辞さないという構えだったが、次期王と言われるマルロ直々の王都訪問による謝罪と説明があってから、一変して態度が軟化。


賠償額はそれなりに考慮されて減額され、代わりに経済交流を活発化させることで、王国に長期に渡り利益をもたらすという提案を受け入れることにした。


要は、うまく賠償額の引き下げに乗ってしまったということである。


マルロの立派な交渉や態度を見て、エスタリオン王は、エドワード死亡という出来事は、かえって帝国を利することになったかもしれないと、こぼしたという。




ヴィクターの樹とは、エスタリオン王国とウインザー帝国との国境近くにある大きな樹のことである。



デスモン教の牧師であるモーリスは、三日月湖で命を落としたヴィクターの亡骸の一部をこの樹の下に埋めたのだが、それを知っているのはモーリスとジェームズだけである。つまり、2人しか知らない秘密の待ち合わせ場所というわけだ。


ジェームズがその樹の下で待っていると、デスモン教の牧師モーリスは、赤と黒のド派手な鎧を着て現れた。ジェームズはその姿を見て、眉間に皺を寄せた。



「モーリス、目立たないように来いといっただろう」



それを聞いた、モーリスは、ホ、ホ、ホと甲高い声で笑った。


「何をおっしゃいますかジェームズ殿。この鎧の色はデスモン教の色。赤と黒は信仰の証ですぞ。目立つとか目立たないとか、そういう問題ではないのです」


それを聞いたジェームズは大きなため息を吐いた。


「私はお前の信仰を否定しているのではない。お前のそのド派手な恰好が、王都の連中の目に付くのではないかと心配しているのだ。こうなると思ったからわざわざ伝言まで頼んだのに……心配していた通り、その悪趣味な鎧で来るのだからな。まったく、私の言うことをなんだと思っているのだ」


そういうと、モーリスはホ、ホ、ホと甲高い声で笑った。


「ジェームズ殿、ご心配なく。私は森の中を歩いて来ましたゆえ、誰とも遭遇しておりませぬよ」


それを聞いてジェームズは眉間に皺を寄せた。


「その笑い方をやめろ。もっと普通に笑えないのか」


そういうと、ジェームズはモーリスを睨みつけた。このモーリスという男は、元々はカスケード男爵家の令息で、デスモン教にどっぷり浸かったため勘当されたと聞いている。この変にお高くとまった笑い方も、貴族の階級意識をこじらせたものではないかとジェームズは思った。


「この笑い方が変ですと? 困りましたな。では、どのような笑い方がお好みか、お伺いしましょうかな?」


それを聞いて、ジェームズは両手を振った。


「もううんざりだ。笑い声とかお前の恰好などどうでもいいわ」


「私だって、どうでもいいんですがね……しかし、この話は私ではなく、あなたが言い出したことなんですが」


モーリスは、そう言ってジリジリとジェームズへと近寄っていく。ジェームズはだんだんとイライラしてきた。


「……わかった。私が悪かった……。もうこの話題はやめよう」


「はあ、そうですか……あなたがそれでいいのでしたら、私は結構なんですが」


ジェームスは頭を抱えて言った。


(こいつは妙な術を使うから、戦闘面では頼りになるのだが、どうもこのマイペースなところが私には合わない)


ジェームズはそう言いながら、ため息を吐いた。


「ところで、ヒゲはどうされたのですか、ジェームズ殿」


「イメチェンというやつだ。知らないのか? 今はそんなこと、もう、どうでもいいだろ。これから戦うやつは強敵だから気を付けるんだぞ」



メラーズ屋敷に潜入するためにヒゲを剃ったジェームズだったが、もうモーリスに説明するのも面倒だった。



「モーリス。とにかく、お前はこの先の街道で待機しているんだ。おそらく、ベルメージュ様を倒したという男女2人が通るはずだ。そいつらをな、お前の例の技で倒してくれ」



ジェームズがそう言うと、モーリスはホ、ホ、ホと笑った。


「そいつらが、ヴィクター様の仇というやつね?」


「ああ、そうだ。一人はエルザという赤い髪の女で、もう一人はジョーと言う銀の鎧を着ている。2人とも……などと贅沢を言うつもりはない。お前との相性的に、ジョーを殺して欲しい。こいつは以前、闇の銀狼という盗賊団に所属していてな、暗殺部隊として働いていたんだ」


「あらまあ、それじゃ、随分と人を殺しているのね?」


「殺してるも何も、殺しまくってるさ。この間も、王都の騎士を数十名斬り殺していたさ。だが、ちょっとそれを悔いているそぶりもある」


「それなら私の術にはまりやすいかもね」


「ああ……そう思ってお前を呼んだんだ。おそらく、あの男に勝てるのはお前だけだろう」


「ええ、そうね……私だけでしょうね。そんな強敵こそ、この術にははまりやすい。それは、経験上そうなのだから」


モーリスはそう言ってジェームズを見た。


「そんな目で私を見るなモーリス。私に術を使うんじゃないぞ!」


それを聞いて、モーリスはホ、ホ、ホと笑った。


「ジェームズ殿も、随分と人を殺していそうですからね、一度試してみたいものです」


それを聞いてジェームズは目を見開いて怒鳴った。


「冗談でもそんなことを言うんじゃない!」


ジェームズは顔を真っ赤にして鼻息荒くした。モーリスはそれを見て、ホ、ホ、ホと笑った。


「あらまあ、冗談ですぞ、ジェームズ殿。あなたに術をかけようものなら、その前に斬られているでしょうから」


「フン……まあいい。これから戦闘になるのだ。お前には気持ち良く働いてもらいたいからな。いいか? そいつらはヴィクターの仇でもあるのだからな」


「ええ。任せてください。我がデスモン教の秘儀をお見せしましょう……その代わり……例の約束はお忘れなく」


それを聞いて、ジェームズは頷いた。


「わかっている……王都転覆が成功したら、新政権では、デスモン教の布教活動を許可しよう」


だが、ベルメージュが死亡した今、それがどこまで可能かは微妙だとジェームズは思った。だが、今そんな余計なことを口にするつもりはない。可能性があるとすれば、ウインザー帝国の力が頼りということになるのだが……。


(メラーズが落とされた今、帝国の協力を取り付けられるかどうかわからないな……)


正直なところ、そう考えるジェームズだった。


「俺はこれから王都の貴族たちへ工作へ行ってくる。お前はここで、ヴィクターの仇を取れ」


それを聞いて、モーリスはヴィクターが眠る樹に手を当てながら言った。


「そうですね……では教祖の仇もここで討つとしましょうか」


そう言うと、ホ、ホ、ホと笑うのだった。



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