第64話 やられたらやり返す
タミル族を救出した後、施設に囚われていたタミル族や捕虜を連れて、エルザたちは一旦セラスのいるメラーズ男爵の屋敷へと戻っていた。そして、セラスに現状を報告した後、軽く偵察と称してオムニ村までやってきていた。
あれから数時間は経ったので、太陽は西に傾き、空は夕焼けでオレンジに染まっている。
エルザはジョーとアルマを連れて、オムニ村近くの丘の上にいた。エルザはオレンジ色の光を背に浴びながら、遠眼鏡で村を観察している。
「あの村がそうね?」
エルザは遠眼鏡を見ながら、村の様子を探った。
エルザが遠眼鏡で村の広場を見ていると、何やら仰々しい恰好をした若い男が、豪華な装飾のついた馬車から降りてくるのが見えた。
そして、その男の周りに偉そうな中年の男たちがにこやかな微笑みを浮かべ、ゴマをするように取り囲んでいた。
「あの男がそうかな? 金ピカで偉そうな若造」
「フン…… どんな奴か知らないが、年に似合わない恰好をしている奴は、たいてい、姿恰好どおりの変わり者だろう」
「なんだか名言めいた言い回しをしているけど……」
「そう思ったから、そう言っただけだ」
「ふふふ、最近、よく話してくれるようになったわね?」
「フン、俺はいつも普段どおりだ」
少し、ジョーと照れたところが微笑ましく思ったエルザは、ニッコリと笑顔を向けた。
「ふふふ……で、とりあえずは、普通じゃない恰好をしているアイツがターゲットってことでいいわよね!」
「もちろんだ。いずれにせよ、ここの将軍かなんかだろうからな。それに、お前は王女を傷付けられた仕返しをしたいだけなのだろう? 俺たちは王国の騎士でもなんでもないんだ。たとえ皇太子じゃなかったとしても、どっちでもいいんだ。だだ、やり返して、舌を出してやればいい」
なんだか、よくしゃべるジョーに、エルザは目を丸くしていた。
(こんなにしゃべる人だったかしら?)
どちらかと言えば、無口な男だったはずだ。
でも、あまりしつこく言うと、またしゃべらなくなるから、エルザは黙って頷いていた。エルザにとっては、しゃべってくれるジョーの方が好ましいと思ったからである。
「よし、あの屋敷に入ったわ」
エルザは、例の豪華絢爛な服を着た男が、一軒の大きな建物へ入っていくのを確認した。エルザは遠眼鏡を置いて、アルマを見た。
「いい? 打ち合わせ通りにいくわよ? 今から私とアルマは隠ぺいの魔法を使って潜入するわ。脱出の際は、私はアルマを乗せて馬で逃走するから、もし、追っ手がきたら、ジョーは適当に蹴散らしながら逃げて頂戴」
「わかった」
「私も、OKよ」
そう言いながら、3人は頷きあった。
「じゃあ、行くわよ」
エルザがそう声を掛けると、アルマがエルザの手を取って、隠ぺいの魔法を発動した。
すると、あっという間に2人の姿は、夕闇の中へ溶け込んで行ったのである。
◆
ウインザー帝国・第一王子、エドワード・ウインザー。
駐屯地では皇太子……などと呼ばれているが、実はまだ正式に皇太子になったわけではない。
彼には2人の弟がいる。
第二王子、マイロ。
第三王子、リーヴァイ。
この2人の王子は若い頃から出来が良く、エドワードは学問でも剣術でも、優秀な弟2人に勝てるものは何一つなかった。
しかも、この弟2人は人望もあるのだ。エドワードにとって、次期王となるために、弟たちより優位に立っていることと言えば、ただ先に生まれたというだけなのであった。
帝国は、一応、王位は長子継承制となっているので、順調にいけばエドワードが王位に就くはずだが、安心は出来ない。となれば、エドワードが王位に就くために必要なこと……それは実績である。
その実績作りのために、ベルメージュの話に乗ったわけだ。
エドワードは、会議の場に集まった8人の将軍、参謀、そして大臣に向けて、大声で言い放った。
「いいか、今回のことは、何としてでも成し遂げなければならない。みんな気合を入れて事に臨むように」
「はい、皇太子様」
全員が小さく頷いていた。
「ところで、大臣のヴァルトから連絡はないのか?」
エドワードがそう問いかけると、すぐ前の席についていた大臣が話を始めた。
「は……定期連絡はいつも夜に到着しますので、間もなく皇太子様へもご報告出来るかと……」
「そうか……まあ、良い。今回の作戦は完璧だ。王国からボーマン伯爵家、メラーズ男爵家といった、我が国と国境を接している貴族が寝返り、しかも、あの魔女ベルメージュが大魔法で王都をぶっ飛ばすというのだからな。……他にも寝返る貴族がいるのだったか?」
「はい……北の混乱に呼応して、南の伯爵家と、その寄り子の男爵家が寝返る予定でございます」
「ふふふ、これでは天が私に勝ってくださいと言っているようなものだろう?」
「まさにおしゃる通りで」
「だが、エスタリオンの次期王女と言われたエルランディの命は助かったそうだな?」
エドワード王子は、苛立たし気に大臣へ言った。
「ええ……メラーズの手の者が、さんざん妨害したらしいのですが、結局、解毒剤を王都へ持ち帰られて、命だけはとりとめたようです」
「くそっ! だから私はもっと強い毒を仕込んでおけと言ったのだ」
王子の苛立ちに、大臣は申し訳なさそうに弁解した。
「しかし、王女暗殺の混乱に乗じて、戦争をしかけようという作戦だったわけですから、ある意味目的は達せられたとも言えます。それに、王城の内部へ侵入するとなる監視の目も鋭く、あまり蛇とか蜂など強力なものは持ち込めません」
「だが、遅効性の毒とはなんともまどろっこしいものを使ったものだ。せめて、即効性のものにすれば良かったのではないのか」
「ですが、その時は、病気のように見せかけられて暗殺向きだと、皆が勧めるものですから……」
報告する大臣は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「しかし、惜しいことをしたものだ。姉が病に倒れ、何の苦労もなく女王の座を手にする未来を握っているなど、俺としても許せるものではない。……で、病状は回復しているのか?」
「一命はとりとめたものの、昏睡状態から目覚めてはいないとのことです」
「そうか! それはいい!」
そういって、エドワードは笑った。
その光景を、会議の場へ出席していた重鎮たちは、冷や汗を流しながら眺めていた。
「あいつはな……あのエルランディは、10年前の国際会議で会ったことがあるのだ。本当に嫌な女だった。ツンとしていて、俺のことを見ようともしなかったのだ。……いい気味だ。馬鹿め! バカバカバカ、バーカ! ……」
そんなことを言いながら、高笑いを続けるエドワードを、重鎮たちは冷ややかな目で眺めていた。
この劣等感の強い王子を誰も諫めはしない。不興を買うと、酷い目にあわされるからだ。
つまらない男とはいえ、この、秘密裡に進められているエスタリオン王都襲撃作戦が成功すれば、次期王位は決まったようなもの。ここに集まった重鎮たちにしてみれば、担ぎ上げないわけにはいかなかったのだ。
その時……。
不意に空中で黒い毬のようなものがふわりと飛んだ。
「なんだあれは?」
エドワードは、その黒い玉が何なのか目を凝らして良く見た。そうして見ている間に、エドワードの胸元へと落ちて来て、前のテーブルにぶつかるとパカリと割れた。
「あっ!」
するとその中からは、メタルホーネットと呼ばれる毒蜂が約15匹ほど入っていて、周囲にブンブン飛び出したのである。当然だが、玉が割れた拍子にエドワードの服や顔にもメタルホーネットが付着しており、その事実に慌てたエドワードは、慌てて蜂を手で払いのけたのだった。
「うわっ! 蜂だっ! なぜこんなところに! 誰かっ! 早く俺を助けろ! 何をしている! ああ、あああー--っ!痛たたたた! 痛いっ! 痛い! 誰か! 誰か……」
「王子!」
「王子っ!……」
◆
その光景を、エルザは屋根の上から眺めていた。
重鎮のうち3人は王子を助けようと駆け寄り、残りの5人は逃げた。
おそらく、駆け寄った3人の重鎮も毒でやられてしまうだろう。
「……なにがバーカだ……お前がバカだろ。このクソ王子」
エルザはそう吐き捨てると、アルマとともに屋根の上から降りていった。
エルザがアルマを背中に背負ったまま屋根から降りると、周囲はすでに大混乱となっていた。
中から飛び出て来た大臣の背中に、蜂が付いていたのである。
「だ、誰か!取ってくれ!」
走り回る大臣に、逃げ惑う兵士たち。
「噓でしょ? 今投げ入れた所なのに、なんでもう外を飛んでいるのよ!」
言ってる間に、メタルホーネットが高速で飛び回り、アルマの頭上のはるか上を通りすぎた。
だが、アルマにとってみれば、それは頭を掠めたように感じたのかもしれない。
「ひいいっ!」
アルマは仰天してエルザの背から落ちてしまった。
「あっ!」
思わず隠ぺいが解けて、慌てふためくエルザたち。
エルザは慌ててアルマをお姫様だっこして、森の中へ駆けこんでいった。
だが、そんなエルザの不審な行動も、周囲の人間には目に入らなかったようである。
なにせ、殺人蜂が飛び交う中である。
誰もがおのれの命を守るのに必死だったのである。
 




